第17話 天界+大天使
猛は神殿にいた。日光を遮断している部屋にいる為、彼の姿は、神殿の中に唯一ある大理石で出来た井戸のような穴から放たれる光りの反射のみで確認出来た。
「同じ時間枠でサタンとラファエルがあんな身近に現れる。これは偶然か? それとも、神が望む結末の一つなのか」
猛は井戸の中を覗いた。そこには、数名の男女が懸命に生きている姿が写し出されていた。可憐がいたAランクとはかけ離れ、極めて不衛生な場所。そこで、Aランクと同じ生きている人間が日光と北風のなか、笑っていたり、死を平然と迎えていたりした。
「ラファエルの傍にウリエルが存在する確率は高いな」
井戸の底にはEランクの世界が写っていた。可憐と変わらない年齢の髪の長い少年が市場からリンゴを盗んでいた。
「こんな世界にウリエルがいるわけ無いか」
「パートナーは見つかったかい?」
不意に背後から声が聞こえた。猛が振り返ると、そこには光の姿があった。六枚の翼が微かに音をたてた。
「ガブリエル……。どの人間も転生する魔力を持つものの、大天使までは及ばない」
猛の隣につき、光は井戸を覗いた。先ほどと変わらない映像が写っていた。
「そのようだね。ねえ、サタンとラファエルが同じ時間枠にいたのは本当に偶然なのかな。神は、ぼくたちに何をさせたいのだろう」
井戸に映る少年が盗んだリンゴを仲間であろう、もう一人の少年に渡していた。リンゴを盗んだ少年は、長い髪を持っていて服装を変えれば可憐と変わらないくらいの齢の女性に見えるだろう。
「神は俺たち天使を苦しめる事はするが、人間に苦しみを与える事は無いだろう。愛のガブリエル、お前は今何を求めているのだ?」
猛の言葉に光は表情を固めた。
「それはどういう意味かな? 裁きのミカエル」
「お前は磯崎可憐が欲しいのか? それとも、ラファエルの言葉に従い、あいつとの契約を求めているのか?」
「そんなの、ぼくにも分からないよ。確かにぼくは可憐の事が好きだ。でも、それはぼくが愛の大天使ガブリエルであり、彼女が癒しの大天使ラファエルであるから。それだけだよ」
微笑する光。美しく、儚い彼の笑みは見るものを引きつける。
「君は唯一転生を知らない天使だ、ミカエル。先代のぼくと比べているんじゃないかい?」
そのまま光は猛をじっと見つめた。六枚の翼が虚しく音をたてる。
「ガブリエル……」
猛の言葉に光は首を横に振った。
「ぼくはガブリエルであり、ガブリエルじゃない。君に映るぼくは人間の聖書に綴られているぼくなんでしょ」
猛の瞳をじっと見つめる光。猛は彼から目をそらしていた。
「答えてよ、猛君。それともミカエルって呼ばなきゃ振り向いてくれないかな? ぼくは大天使ガブリエルになったからには君の仲間だ。君に信頼されたい」
光の言葉に猛は視線を合わせることで返事した。数秒の沈黙が二人を支配する。
「先代のガブリエルはお前と真逆な性格をしていた。悪魔を滅ぼす為なら手段を選ばない。そんな奴だった。本来のガブリエルは人間を愛する天使だ。お前は俺の知っているガブリエルそっくりだったから無意識にかぶせていたようだ。すまない」
光の頭をそっと撫でる猛。安堵の表情を浮かべた光は猛から離れた。
「そっか。ところで、君の剣の調子はどう?」
いつもの光明光の笑顔で話しかける光。猛は一度、井戸の光景を覗いてから再び光を見た。
「磯崎のようにサタンの魔力を受けたわけではない。加治屋も明日には使えるようになると言っていた」
井戸には相変わらず長髪の少年を映していた。仲間と笑い合う少年。彼からは微かに赤いオーラが放たれていた。それを猛は見逃さなかった。
「まさか……。あのロン毛がウリエルなのか!?」
目を見開き、井戸を覗き込む猛。光も猛の隣で井戸を覗き込んだ。ルビーレッドの光りが少年の周りを包んでいた。
「可憐以上にルビーレッドの光線を放っているね。ウリエルである確率が高いよ」
光が井戸に魔力を注いだ。すると、少年の映像からどこかの地図に変わった。地図の中心が赤く光った。
「ぼくらの予想は外れたみたいだね。ぼくはてっきり可憐がラファエルの言っていた二つの魂を持つ者だと思っていたよ」
地図の内容を暗記するように井戸を覗き込む光。
「またこの時代か。ここまで綺麗に出来た偶然なんてあるのか」
光が地図を暗記したのを確認し、猛は、井戸の映像に魔力を注ぎ込み、地図から少年に変えた。少年は相変わらず仲間と盗みを繰り返していた。
「名前は
小首を傾げる光に猛は一度目を閉じた。数秒後、彼は目を開いた。
「お前が契約出来れば考えてやらない事もない」
それだけ言うと、猛は光に背を向け井戸から離れて行った。
「どこ行くの? 加治屋?」
「磯崎に会いに行ってくる。お前がなぜそこまで奴に執着するのか、天界だと少しは理解出来るかもしれない」
ぶっきらぼうに言えば猛は井戸から遠のいた。光りを放っているのが井戸だけなので猛の姿は光に見えなくなった。
「君はいつもそうやって辛い現実から逃げるよね。ミカエル」
光の皮肉は猛には届かなかった。
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