第16話 天界+魔痕

 光と入れ変わりでエンジェが部屋に入ってきた。一礼し、可憐の隣にある椅子に腰掛けるエンジェ。



「ガブリエル様とお話出来ましたか?」



 エンジェの問いにゆっくりと首を縦に振る可憐。



「ええ、相変わらずのペテン師だったわ。ねぇ、エンジェ、私の魔痕はどこが一番酷いのかしら。首だけでは無いわよね」



 可憐の言葉にエンジェは失礼します、とだけ返し、可憐の背中に触れて、魔力を注いだ。注ぎ終わったら、可憐の腰に手を添え、上半身だけを起こすような体勢をとらせた。エンジェの魔力によって、先ほどの激痛が襲うこと無く可憐は起き上がる事が出来た。



「今は私の魔力で痛みを和らげていますが、五分ほどしか持ちません」



 それだけ言うと、エンジェは先ほどよりも大きな鏡を持ってきた。それを可憐の背中が映るように立てかけた。



「服を脱いで背中を確認して下さい」



 エンジェの言われた通りに服を脱ぎ、可憐は自分の背中を鏡に映した。自分の背中が鏡越しに視界に入った時、可憐は目を見開いた。



「嘘……。何なの、この痕は」



 背中自体には影響は無いようだが、刺青を入れたように背中に黒い翼のような形をした魔痕が可憐の背中にはあった。黒い血液を手で塗りつけ、翼のように描いたようなイメージを可憐は浮かべた。



「普通、魔痕には特別な絵柄はありません。しかし、可憐様の魔痕は意図的につけられた魔痕としか言いようがありません。知識が浅くてごめんなさい」



 俯くエンジェ。可憐は自分の背中に着いている魔痕にそっと触れてみた。凹凸おうとつも無く、本当に刺青のように感じた。



「いいの。あなたが謝る必要はないわ。分からないものは分からないのだから」



 微笑し、エンジェの頭を撫でる可憐。エンジェが顔を上げたら可憐は手を離し、再び鏡に視線を向けた。



「これが、悪魔と出会った印」



 優美が自分に行った事を思い出す可憐。死を連想させた抱擁は優美ではなく、サタンが行った事だと可憐は悟った。



「可憐様、そろそろ魔力が効果を失います。服を着て横になって下さい」



 エンジェに言われ、服を着込む可憐。徐々に背中に痛みが現れ始めた。



「そうね。ねぇ、なぜあなたは私に敬語を使ったり、名前に様をつけたりするの?」



 エンジェの力を借り、横になりながら首を傾げる可憐。エンジェは可憐の言葉に数回まばたきした。



「当たり前です。可憐様は癒しの大天使ラファエル様の記憶を受け継ぐお方です。四大天使は天使の中の天使、天界に住む天使全員が敬う存在ですからね」



 笑顔を見せるエンジェに可憐は頷いて相槌した。



「ペテン師……ガブリエルはどんな地位なの?」



「ガブリエル様はイエスの復活を告げたお方です。人間界にある聖書という本にミカエル様と共に唯一書かれている大天使様なんですよ。天界でも、私たちの平和を祈り続けて人間界を守り続ける立派なお方です」



 楽しそうに語るエンジェ。彼女の頬が微かに赤く染まっている事に可憐は気づいた。しかし、その事をエンジェに指摘する事は無かった。




「簡単に大天使様について説明させていただきますと、元々、大天使様たちは個々でかなりの魔力をお持ちのお方でした。しかし、二番目の大天使様……元大天使である裏切りの大天使ルシフェルが神様へのクーデターを起こしました。このような慢心を再度持つことも無いように残りの四大天使様で力を分散しました。


 悪魔と戦うために戦闘に特化した戦いの大天使ウリエル様。


 戦いで傷ついた天使たちを治癒する癒しの大天使ラファエル様。


 全ての天使を愛し、全ての本質を見抜き、人間へ神の御言葉を伝える愛の大天使ガブリエル様。


 そして、裏切りの天使や契約違反を犯した天使の魂を解放し裁きを与える裁きの大天使ミカエル様。


 それぞれが四人分の力をお持ちで全員揃わないとサタンとまともに戦う事は不可能と伺っております。故に大天使様方は私たち下級天使たちに慕われ、お守りするご身分でございます」




 優しく笑うエンジェ。可憐は今まで疑問に思っていた事を質問せずとも説明してくれたエンジェの手に優しく触れた。



「彼はこちらの世界では、相当支持されているみたいね。羨ましいわ。誰かに信頼されているって」



 エンジェに微笑みを見せる可憐。それを境に可憐は自分の思いを彼女に打ち明けた。



「私は、他人から生まれつきの学力によって差別された。両親がいくら働いたって収入は変わらない。上の人が楽をするために下の人が苦しむ。そんな世界間違っているわよね」



 可憐の言葉にエンジェは言葉を返す事が出来なかった。



「私が彼を嫌う理由はきっと、上からからの蔑みを恐れている事じゃない。あなたみたいに彼を信頼している人が沢山いて、慕われていた事がどこかで感じていて、それがただ単に羨ましかっただけ。無い物ねだりをする子供だったのよ」



 可憐の首についた魔痕が薄くなった。それに気付いた人物は、誰一人いなかった。



「可憐様は素晴らしい友人をお持ちではないですか!世の中、それすら出来ない人もいます。仕事柄友達を作る事を許されない人もこの世界にはいるのです。可憐様は充分人間界でも慕われていましたよ」



 励ますエンジェだが、可憐は彼女の友人という言葉で優美の存在を思い出し、俯いた。



「私のせいでその友人が悪魔になったのよ! 私にとって優美は掛け替えのない存在。でも、彼女にとって私は自分を悪魔の道に誘った存在よ!私の方が悪魔よりよっぽどたち悪いじゃない」



 自分を責める可憐。目尻には涙が溢れていた。そんな可憐をエンジェは優しく抱擁し、自分のぬくもりを可憐に伝えた。暖かなぬくもりは、光の時とそっくりだった。



「可憐様は何も悪くありません。あの人が自分で悪魔になる道を選んだだけです。あなたが絶望すればそれは悪魔が望む道です。可憐様が今出来る事は二度とこのような事が起こらないようにする為に、私たち天使の光りとなり、平和へ導いてください。可憐様は独りじゃないですから」



 可憐の涙が彼女の顔を伝い、シーツを濡らした。かけられたらシーツから手を出し、エンジェを抱きしめる可憐。



「私は、優美を救いたい。優美とまた笑い合いたいの。その為には、私がしっかりしなきゃ。ありがとう、エンジェ。あなたがこんなにしっかりしているのに、私が弱音吐いたら本当に私が弱い存在になっちゃうわ」



 可憐の目尻から涙は消えていた。それを確認したエンジェは可憐から離れた。



「私は可憐様を信じています」



 エンジェの笑顔を可憐は確認すれば、再び気絶するように眠りについた。


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