第12話 愛+約束

 ラファエルの予想外の言葉にガブリエルとミカエルの目が見開いた。




「そんな事をしたら、ラファエルも転生しなきゃ天界で生きていけなくなるよ!」



「解放するのはウリエルだけでいい話しだろ! ラファエル!」




 ガブリエルとミカエルの言葉にラファエルは首を横に振った。



「ウリエルだけに苦しみを与える事は許されません。彼がここまで天界に執着するのは一度、ルシフェルを天界への侵入を許可した事があるからです。彼だけ苦しむのは不平等です。わたしがウリエルと同じ境遇に遭います。こうして、ウリエルの不満が少しでも解消すればわたしは後悔しません」



 優しい笑みを見せるラファエル。ガブリエルの頬には、大量の涙が伝っていた。



「嫌だよ、ラファエル! やっと戦争が終わって平和な天界に戻ったのに、ラファエルがいない天界なんて……」



 ガブリエルはラファエルを抱き締めた。か細いラファエルの身体はガブリエルを無条件で受け入れる。



「泣かないで下さい、愛の大天使ガブリエル。わたしが消えるわけではありません。姿形は変わりますが、わたしであることは変わりないのです」


 ガブリエルの涙がラファエルの服を濡らした。泣き崩れるガブリエルをあやすように彼の頭をそっと撫でるラファエル。



「ラファエル、ラファエル……」



 何度も愛しい天使の名を呼び続けるガブリエル。ラファエルはそれに応えるようにガブリエルを抱きしめる。



「泣き虫のガブリエルをおいて消えるわけにもいけませんしね」



 ラファエルとガブリエルの視線が重なった。数秒後、ガブリエルがラファエルの唇に自分の唇を重ねた。目を閉じ、ガブリエルの口付けに応えるラファエル。


 二人の間だけ、時間が止まったようだった。



「ラファエル……」



 ミカエルが愛し合う二人を見る。二人の傍にはウリエルが二人を見ていた。



「ミカエル、話しがある」



 朽ちた手でウリエルは必死でミカエル招く。ウリエルがあまり動かなくていいようにミカエルは彼の傍に行き、腰を下ろした。



「今のうちに私だけ魂を解放してくれないか。愛し合う二人を引き裂くような事は私には出来ない」



 ウリエルは視線をミカエルから彼が持っている剣に移す。ミカエルは承知し、剣をゴールドの魔力で包んだ。それに気付いたラファエルはガブリエルから離れ、ウリエルの前に立った。



「わたしも一緒に解放して下さい、ミカエル」



 ラファエルの言葉にミカエルは首を横に振った。



「ウリエル自身、お前を巻き込みたくないと言っている。ラファエルが契約者になる事は誰も望んでいない」



 ラファエルの手をガブリエルが繋ごうと自分の手を差し出した。



「そうだよ、ラファエル。君が契約者になることは、僕はもちろん、ミカエルもウリエルも望んでいない」



 差し出された手を、ラファエルは振り払った。



「わたしが望んでいます。今回の戦いでわたしたちは沢山の仲間を失いました。魂が人間界をさ迷い、また天界に戻れるようになるには、契約者となり、転生する必要があります。契約者になる必要が無いのはわたしたちだけです。それこそ不平等ではないですか、裁きのミカエル、愛のガブリエル」



 いつもと違い、強気なラファエルにミカエルは一度剣を下ろした。ガブリエルも彼女の勢いに負け、何も口に出来なかった。



「私はお前たちを離す事は出来ない。大天使は天界を守る義務があるだろ。転生に時間がかかったらどうするのだ」



 ウリエルがラファエルの後ろから立ち上がった。既に片手は朽ち果て、地面に落ちていた。



「わたしは守護天使でもあります。人間はもちろん、あなた達を守るのもわたしの務めです。それに、わたしも今回の戦いで大量の魔力を消費しました。一度転生して人間の強い魔力を借りなければ元の魔力に戻るのは不可能でしょう。これはわたしの為でもあるのです。ウリエル、分かって下さい。ガブリエルも、お願いします」



 ラファエルは指先に魔力を集中させた。その光りは大天使には相応しくない微かな光りだった。数分間ガブリエルとミカエルは沈黙した。


「それに神からの伝言がわたしのもとに届きました」


 ラファエルの言葉にミカエルの目が見開いた。


「神から伝言だと!?」


 頷くラファエル。


「はい。近い将来、ほとんどの天使が契約者になる日が来るという伝言でした。さらにわたしの魔力を利用し、未来を推測したらある予言が浮かびました」


 六枚の翼を大きく広げるラファエル。彼女のエメラルドグリーンの光線は三人の大天使の心を冷静にさせた。



「予言します。二つの契約者の記憶を同時に引き継いだ人間がいつか必ず現れます。その人間と残りの大天使の誰かが契約して下さい。そうしたら本当の平和が訪れます。しかし、その人間は悪魔たちに魂を売れば、ルシフェル以上の力を悪魔たちに与える事になります」


 一度口を閉じるラファエル。ガブリエルたちは自分たちの身体を確認するように視線を泳がせた。



「どちらにしても俺たち大天使も契約者となり人間の身体を借りなければならないのか」



 自分の剣と手を見つめるミカエル。ガブリエルも俯いていた。



「正直わたしの、この予言は当たって欲しくない予言です。しかし、これは神の伝言により生まれた予言。必ず当たります。今回の戦争以上の戦いが遠い未来で起きようとしているのです。人間の魂を利用し、魔力を高める悪魔。それを止めるのもまた、人間の魂だということです。また、この予言は、わたしたち天使が神に与えられた魔力では敵わない時代が訪れる事も意味しています」


 ラファエルの瞳に迷いは無かった。大きく広げられた六枚の翼は、彼女の心理状態を表すかのように今は落ち着いていた。


「……。分かった。ラファエルの願いを僕は受け入れるよ」


 ガブリエルがラファエルの手を取った。今度は振り払われる事は無かった。


「ラファエルの魂が解放された後、僕も契約者になる。これなら僕もウリエルや君の気持ちが理解できる」


 ガブリエルの言葉に全員が目を見開いた。ミカエルがガブリエルに剣を突きつける。


「お前にはマリアにキリストの誕生を告げる義務がある。話しはそれからだ」


 しばらくミカエルはガブリエルを睨み付けた。ガブリエルもミカエルを数秒間睨みつけていたが、すぐにもとの表情に戻った。


「分かっているよ、それくらい。僕は僕の使命を果たしたら必ず契約者となり、ラファエルの言った人間と契約する」


 ガブリエルが落ち着いた態度に変わったらミカエルは剣を下ろした。



「ガブリエルは自分の任務を果たしてから、自分のやりたい事をやって下さい」


 先ほどの気迫から一変し、優しい表情を見せるラファエル。ミカエルは剣を大きく振りかぶった。


「分かった。僕が必ず契約する。そして二度とこんな悲劇を繰り返さないようにする」


 ガブリエルがラファエルを抱き締めた。その後、触れるだけのキスをし、二人は離れ、ラファエルはウリエルの傍に腰を下ろした。


「愛しています。ガブリエル。たとえ姿形が変わっても、わたしは、あなただけをずっと」


「ラファエル。僕も君をずっと愛している!」


 ガブリエルの言葉と同時にミカエルはラファエルとウリエルを同時に斬った。二人の身体は癒しのエメラルドグリーンと戦いのルビーレッド。それぞれの光線の色の光りの粒となり、地上に降り立った。



「転生して、来世でまた逢おうね」



 ガブリエルの言葉は光りとなったラファエルには届かなかった。

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