第11話 戦争+犠牲
「はぁ……」
可憐は一人自室でため息をついていた。休日は基本一人で勉強をして過ごす可憐だが、今日に限って勉強に集中出来ず、ノートの隅に落書きをしながら時間を持て余していた。
何かに集中しなければ、先日見た夢の一部が脳内で勝手に再生されるのだ。それを避ける為に一番好きな教科の勉強をしているのにそれすら集中出来ないのだ。
「癒しのラファエル、愛のガブリエル、裁きのミカエル、戦いのウリエル、そして、裏切りのルシフェル………」
無意識に夢の登場人物を口にする可憐。彼女の脳内に愛し合っていたラファエルとガブリエルの姿が映る。
「愛しています。ガブリエル」
ラファエルの言葉に合わせて可憐の口が勝手に動く。次第に可憐の周りには小さな竜巻が渦を巻き始めた。
急に可憐の頬に涙が走った。涙は頬を伝い終わり、何も書かれていないノートを濡らした。
「ラファエル。あなたはどうしてそんな事を……」
夢の続きが可憐の脳内に現れた。悪魔との戦争が終わり、ラファエルは生き残っていた天使たちの怪我を治療していた。負傷した天使の中にはガブリエル、ミカエル、ウリエルの姿があった。
「ルシフェルはコキュートスに堕ちたのですね」
ラファエルはミカエルの治療をしながら彼と話しをしていた。彼女のエメラルドグリーンの瞳がルシフェルの事を思い出す度に潤む。
「有能な天使だったのに。神の座を求め、堕ちた」
隣にいたウリエルが口を開く。彼の傷は甲冑を着ていたので、一番浅かった。
「大切な仲間を失って心底心を痛めます」
ラファエルの瞳の色と同じエメラルドグリーンの光線が優しくミカエルを包む。頬についた傷などが全て治っていった。
「兄さん……。裏切りの大天使ルシフェルは神には相応しくなかった。それだけだ。もし俺たちが負けていたら、天界は愚か、地上の人間たちも滅びていただろう」
ラファエルがミカエルから光線を外した。ミカエルの傷は一つも残っていなかった。
「人間の世界では、もうすぐ神と崇められる人間が生まれる。僕はそれをマリアという女性に知らせないといけないんだ」
ガブリエルがラファエルの服の裾を握りしめた。ガブリエルに視線を移し、次は彼の治療に専念するラファエル。
「人間がわたしたちと同じ過ちを犯さなければ幸いです」
「何を言っている、癒しの大天使。人間は下等な生き物だ。私たち以上の過ちを犯すに決まっている。だいたい貴様は人間に甘いのだ」
甲冑を脱ぎ捨て、自分の魔力で治療を始めるウリエル。彼の説教はもう何度目がラファエルには分からなかった。
「ウリエルだって、あなたは元人間ではありませんか。すこしは人間の気持ちが分かる方だと思いましたけど」
「元人間だからこそ、人間に甘くすれば人間は更に欲求が強くなる事を私は理解している」
自分の治療を終えたウリエルは再び甲冑を着込んだ。ラファエルも丁度、ガブリエルの治療を終えた。
「はい。終わりましたよ。ガブリエル」
「ありがとう。ラファエル」
起き上がりラファエルの頬にキスをするガブリエル。ガブリエルのキスに頬を赤らめるラファエル。この光景にミカエルがため息をついた。
「お前ら、恥ずかしくないのか? 天使たるものそうやって人前で愛し合うのはどうかと思うぞ」
裁きのミカエルのため息に便乗するように、戦いのウリエルが右に同じと呟きため息をした。
「僕は愛の天使だよ。これが仕事だからいいんだ」
優しい笑みを見せるガブリエル。
「何が愛の天使だ。またこのような戦が起きぬよう、常に神経を研ぎ澄ますのが真の天使ではないのか、癒しの大天使ラファエル」
突然話しを振られたラファエルは少し戸惑いながらもウリエルに話しを返した。
「ウリエルの言葉も一理ありますが、天使にはそれぞれこなせばならない任務があります。人間がわたしたちを必要としている限り、わたしたちは何が何でも存在し続ける必要があるのです」
ラファエルは立ち上がり、ウリエルの甲冑に魔力を注いだ。すると甲冑は音をたて、ウリエルから離れた。
「ラファエル! 何をする!」
怒鳴り叫ぶウリエルを無視して彼の手を握るラファエル。しかし、その手は腐りかけていた。
「それはこちらの台詞です、戦いの大天使ウリエル。あなた、身体が限界じゃないですか。早く転生しなければあなたは消えてしまいますよ」
握られた手を無表情で見るウリエル。ガブリエルとミカエルはただ、二人を見る事しか出来なかった。
「まだ二百二十年じゃないか」
「わたしたち天使にとってはまだ二百二十年ですが、人間の身体でいるあなたはもう二百二十年です。人間の身体は二百二十年も長く生きられるように出来ていないのです」
ラファエルが握りしめていた手を緩めた隙をついて、ウリエルはその手を乱暴に離した。その勢いでウリエルに激痛が襲った。
「うっ……!」
顔を歪め、慌てて自分の魔力を生み出すウリエル。しかし、彼から出る魔力は微々たるものだった。
「ほらみなさい。早く契約出来る人間を——」
「何故私だけなんだ」
腐りかけていた手に無理やり魔力を込め、再生させるウリエル。
「ウリエル、魔力で身体を再生したって気休めにしかならないぞ。早くラファエルの言う通り人間と契約し身体を——」
ミカエルの言葉はウリエルの耳には入らなかった。無理やり魔力を詰め込むせいでウリエルの体力は削られていった。
「私は確かに人間だった。しかし今は、お前たちと同じ天使だ。なのに、何故私の身体だけ朽ちていくのだ。何故私だけ人間の身体を借り、契約者という形でなければ、ここにいられないのだ」
ウリエルの息づかいが徐々に荒くなっていく。彼の魔力を失った指先が朽ち始めた。
「人間に死後の身体と引き換えに願いを叶えさせる。私だけこの契約に縛られる」
ウリエルが魔力を指先に込めるが、腐りきった指先には魔力は効かなかった。
「ウリエル! はやく契約しなきゃ君の身体が腐り果て、魂が人間界をさ迷う事になっちゃうよ!」
ガブリエルが気休めだがウリエルに回復の魔力を注いだが、光線の特性上、彼の魔法はウリエルの身体には効かなかった。
「時間がない。ラファエル、ウリエルの身体と魂を繋ぐ事は出来るか?」
ミカエルの問にラファエルは首を縦に振った。
「出来ます。しかし、今のウリエルが、わたしの魔力を拒めば私の魔力は効きません。裁きの大天使ミカエル。お願いがあります。あなたの力でわたしとウリエルの魂を解放して欲しいのです。わたしも契約者となり、人間の身体を使い天界で使命を果たします」
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