第8話 吹雪+奈落
保健室には担当の教師は居なかった。吹雪は可憐をベッドに寝かせ、シーツをそっとかけた。
「これでいいか。暫く寝かせたら大丈夫だろぉ?」
そっと可憐の頬を撫でる吹雪。口元には笑みが浮かんでいた。
「……で、お前はどうしてオレの後を付けるんだ? 七部海七海さんよぉ。それとも別の呼び名があるのかぁ?」
吹雪の背中から黒い翼が二枚現れた。翼を生やした吹雪が振り向けばそこには、いつものように穏やかな表情をした七海ではなく、吹雪と同じ黒い翼を生やした七海がいた。髪も桃色の可愛らしい内巻き髪から、腰よりも長く真っ直ぐで、闇と毒を混ぜたような色をした髪に変わっていた。
「元天使階上級級第三位。現十地獄第四地獄〝奈落〟地獄長、魔界公爵アスタロトです」
アスタロトは髑髏を両肩にはめ、唇には口紅よりも真っ赤な血が塗られていた。微かにする死人の臭いが吹雪の鼻孔を刺激した。
「血が塗られた唇に、現れる時の死人の臭い。間違いなく本物だな」
吹雪は眠っている可憐の額にそっと口付けを落とすと、アスタロトに近づいた。忠誠を示すように膝を床につけるアスタロト。
「魔術の都合上、人間と悪魔の中間な容姿であることをお許し下さい」
深く頭を下げるアスタロト。七海の時には無かった唇に塗ってある血が彼女の顔を伝い、床につく。
「構わない。お前の魔力はあの大天使たちの目を欺ける。可憐もお前の存在には気付いていない」
顔をあげろと吹雪が言い、アスタロトはゆっくりと視線を床から吹雪に向けた。
「わたしにお手伝い出来る事があれば何なりと命令下さい」
アスタロトの口元に血がこぼれた。それを吹雪は指ですくい取り、舐めた。吹雪の口内に人間の生臭い腐った血の風味が広がった。
「優美と契約しろ。そして悪魔にするんだ。下級悪魔なら殺してもいい。恐らく優美には悪魔になる魔力が今なら溜まっている」
再びアスタロトから溢れる血を舐める吹雪。髑髏が、不気味な音をたてた。
「御意」
アスタロトはそれだけ言うと、翼で自分を包み込んだ。それと同時に、毒々しい色をした光りがアスタロトを包む。数秒後、光りは消え、現れたのは七海だった。死人の臭いは消えていた。
「一つ、忠告いいですか?」
立ち上がり、可憐の頬を撫でる七海。
「忠告?」
首を傾げる吹雪。彼の背中に翼はもう無かった。
「はい。磯崎可憐。彼女はわたしたちの最大の味方にもなれますし、最大の敵にもなれます。敵に回れば、わたしたち悪魔族を滅ぼす力をもありますから。それだけです。わたしは過去や未来を見る力があります。しかし、ここ数十年の未来が全く見えません。わたしの忠告が吉とでるか凶とでるか、それすら予測不可能なのです。磯崎可憐の扱いには充分気をつけて下さい」
七海の言葉に吹雪は大きな声で笑った。そのまま立ち上がり、保健室の出口へ向かった。
「未来が見えるぅ? 可憐の扱いには気をつけろ?面白い。上等じゃないかぁ。オレは何が何でも可憐をオレのものにして天界をぶっ壊してやんよぉ!」
吹雪は笑いながら保健室の扉を開けて、出て行った。それと入れ替わるように可憐が目を覚ました。
「私……」
ゆっくり身体を起こす可憐。頭痛は無くなっていた。
「もう平気?」
横を見たら七海が、心配そうな表情で可憐を見ていた。
「ええ。もしかして、私を保健室に連れてきてくれたのは、七海さん?」
可憐の問いに首を振る七海。
「ここまでおぶってきてくれたのは、南風君だよ。直ぐに可憐ちゃんを寝かせたら帰っちゃったけどね」
苦笑する七海。可憐は状況を理解し、今更教室に戻る気も無かったのでもう少しベッドを借りる事にした。
「そう……。ねぇ、七海さんは天使とか悪魔などの神話は本当にあった事だと思う?」
不意な質問に七海は暫く考える素振りを見せる。片手を口元におおいっていた。口角が上がっていたのを隠していた事は可憐には分からなかった。
「うーん。わたしは信じるよ。どうやって人類が生まれたとか、未だ解明されてない人間の神秘とか好きだし。いたっておかしくは無いんじゃないかな?」
可憐ちゃんは専ら信じてなさそうだけどねと付け足し、笑う七海。可憐は無表情で七海を見ていた。
「じゃあ、もしも絶対不可能な願いじゃなければ叶う事が起きれば七海さんは何を願う?」
かけられていたシーツから両手を出し、自分の手を可憐は握った。七海もまた質問の答えを暫く考えていた。
「その、絶対不可能な願いが具体的には分からないけど、わたしだったらこう願うかな。可憐ちゃんともっと仲良くなりたいってね」
満面の笑みを可憐に見せる七海。彼女の笑顔に可憐の心臓は不覚にもどきりと音をたてた。それを誤魔化すかのように目を逸らす可憐。
「あなたに聞いた私が馬鹿だったわ。あなた、優美と同じ目をしている」
その言葉の意味は、七海はもちろん、可憐自身にも分からなかった。首を振る可憐。
「混乱させてしまってごめんなさい。今の質問と私の言葉は忘れて」
微笑で誤魔化す可憐。そんな可憐の手を七海は握りしめた。
「可憐ちゃん。わたしは可憐ちゃんと仲良くなりたいの。わたし、Aランクに上がったって決まった時、凄く嬉しかったのと凄く不安な気持ちがあったの。Cランクからの人間だからって、いじめられないかなって。でも、可憐ちゃんはそんな事無かったよね? 可憐ちゃんと一緒にいたら、どうしてみんなが可憐ちゃんを認めているか可憐ちゃんの魅力が分かるかなって」
変にしゃべりすぎちゃったねと付け足し笑う七海。可憐も彼女の笑顔につられて笑っていた。
「私も最初は七海さんのような不安があった。でもね、私たちは国が認めてここまで上がれたの。国が認めて一般人が認めない事なんてありえないでしょ?」
握られていた手を可憐はそっと握り返した。
この時可憐の手のひらからエメラルドグリーンの光りが微かに彼女たちの手を包んだ。七海は顔を歪めたが、可憐はそれに気付かなかった。
「そうだよね。わたし、元気でたよ! ありがとう!」
歪めた表情を誤魔化すように七海は可憐に抱きついた。気付いていない可憐はその抱擁を受け止めた。
「私はもう平気だから、授業にでて」
七海が抱きついた頃には可憐が放っていた光りは消えていた。その隙に七海は可憐の背中に禍々しい魔力を少し注いだ。しかし、それは可憐の光りにより相殺された。
「分かった。無理しちゃだめだよ」
七海が可憐から離れ、笑顔を見せる。可憐も微笑で応える。七海が保健室を後にした時、舌打ちをした事を可憐は知らなかった。
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