第7話 夢+恋敵
可憐が目を覚ました場所は自分の部屋だった。辺りを見回して自分がベッドに寝ている事に気づいた。
「夢……だったの?」
身体を起こす可憐。衣服の匂いを確認したが、先ほどまで感じていた死臭はしなかった。髪も濡れていなかった。
時計を見れば可憐がいつも朝、起床する時間よりも五分ほど早いだけだった。
枕元にある携帯電話を見れば優美からメールがきていた。メールを読むと優美の祖母の病気が悪化したため二、三日学校を休むという内容だった。了解の返事をし、携帯電話を鞄に入れた。
優美の両親は彼女の幼少期に他界していて、祖母と二人暮らしだった。祖母が病気になったのが三年前で、医師からは入院を勧められていたが、優美の祖母が自宅での治療を希望したのだ。
自室から出たら両親の姿は無かった。
可憐の両親は医療関係の仕事についていて家にいない事が多々あった。お弁当と朝食は前日や夜中に作ってもらっていたので可憐は勉強に集中できた。
冷めた目玉焼きを温め、簡単な朝食を済ませる。栄養バランスを考え野菜ジュースを口にした。しかし、今の可憐には味がわからなかった。
「朝から不快だわ」
光の登場により毎日が少しずつ狂い始めた。それに七海の事も気になっていた。猛の言葉から推測すれば七海も二人の関係を知っていたのか天使になる才能があったのか。おそらく後者だと可憐は考えた。
朝食を食べ終えた食器をシンクに置いて鞄に弁当を入れた。不要な教科書を取り出し、必要な教科書を鞄に入れる。
準備を終え、いつもより少々早かったが可憐は家を出た。久しぶりに一人で登校した。昨日と大して変わらない冬の風が可憐を包む。
「寒い」
慌ててマフラーを巻く可憐。早足で通学路を歩く。何かに集中したかった。出なければ昨夜の夢を思い出してしまう。
「癒しのラファエル、愛のガブリエル、裁きのミカエル、戦いのウリエル、そして裏切りのルシフェル。……」
登場人物もその容姿も未だにはっきりと可憐は覚えていた。特にガブリエルの容姿は光そっくりだったため忘れたくても忘れられなかった。
早足で学校に行った為かいつもより早くついた感覚だった。
教室に入ったら数名のクラスメートと光と猛がいた。可憐の存在に気付き二人が近寄ってきた。
「おはよう」
光の挨拶に可憐は無言で返した。
「挨拶ぐらい返して欲しいな。クラスメートじゃないか」
肩をすぼめる光。可憐は更にそれを無言で通した。
「随分嫌われたな。俺たち」
苦笑する猛。光は諦めないで可憐に話しかけ続けた。それでも可憐は無言を通し、勉強道具を取り出し自習を始めた。
「本当に今日はご機嫌斜めだね。もしかして変な夢でも見たとか」
夢という単語を聞いた時、可憐が動かしていた手をピタリと止めた。口角を上げる光。
「もしかして図星?」
「やっぱり、あなたのせいだったのね」
「やっと口を開いてくれた」
可憐の前の席の椅子に二人は腰掛けた。光を睨む可憐。
「私に何をさせたいの? Cランクから来た人間を蔑みたいの?」
いきなり攻撃的な可憐に光は両手を大きく振った。
「違う。ぼくは可憐と契約したいだけだよ」
「だから名前で気安く呼ばないでペテン師」
更に攻撃的な可憐に光は困り果て、再び肩をすぼめた。
「ラファエル、ガブリエル、ミカエル、ウリエル、ルシフェル。この名前に覚えがあるだろ。全員には無いかもしれないが、誰か一人は必ず有るはずだ」
猛の言葉に可憐は目を一瞬見開き、視線を光から猛に移した。
「昨日の夢に全員出てきたわ。戦争が起こっていた」
「少し詳しく教えてくれないか」
猛の言葉に素直に頷く可憐。光は猛を軽く睨んだが猛に倍で睨まれた。
可憐は簡単にだが昨日の夢の内容を順序よく話した。話し終えた後、二人は暫く黙り込んだ。
「どうせペテン師がまた私を催眠状態にして変な夢を見せたんでしょ」
可憐の皮肉に光は苦笑する。
「うーん。ぼくはただ君が早く契約者としての自覚をするように記憶を蘇らせただけだよ。それが夢という形で出ただけで、ぼくは催眠術なんて使ってないよ」
「記憶を蘇らせる?」
首を傾げる可憐。しかし光たちを見る目は二人の言葉を信じていない目だった。
「うん。君の天使である記憶だよ。君には癒しの大天使ラファエルか戦いの大天使ウリエルの記憶を引き継いでいる。話の内容から考えたらラファエルの記憶は全て見たみたいだけど、ウリエルはまだみたいだね。ウリエルの記憶がラファエルの記憶と少し混じっただけで君はラファエルである可能性が高い」
光はそこまで言うと、指先に魔力を集中させた。その魔力を可憐の机に正方形を書くようになすりつけた。小型テレビほどの大きさの魔力で出来た正方形の中から可憐が昨日見た夢の一部が再生されていた。
負傷した天使を癒すラファエルを守るガブリエル。二人が愛し合っていた事もそこには映し出されていた。
「これはぼくが持っている記憶だよ。愛の大天使ガブリエルの記憶。戦争の後、ぼくはマリアにイエスの誕生を告げた」
正方形の中には一人の天使が人間の女性に何かを告げていた。
「では、あなたが旧約聖書に名前が登場する天使の一人だというの?」
可憐の言葉に光は口笛を軽く吹いた。
「ふーん。天使は信じていないのに聖書は読んだんだね。言っただろ? ぼくは光明光。光明光という人間が愛の大天使ガブリエルの記憶を引き継いで天使となった。それだけだよ」
光が指を鳴らした。すると、可憐の机の上にあった映像と光りは消えた。
「別に私は宗教を批判しているわけではないから。ただ、存在しないものを恐れたり、崇拝したりする時間が無いだけ」
ため息をする可憐。彼女の頭を少々雑に撫でる人物がいた。光と猛の表情が一変した。
可憐が上を見ると、そこには吹雪の姿。
「あんなペテン師と話すよりオレと学校をさぼらねぇか? どうせ今日優美は来ないんだろ?」
可憐の隣に堂々と座る吹雪。クラスメートが一気に騒ぎ出した。
「ペテン師は君だろ? 南風君」
吹雪を睨みつける光。そんな光を吹雪は見下すように笑った。
「今は可憐と話してるんだけど」
「そもそも何故君がここにいるの?」
「学生が学校に行って勉強しちゃ駄目なのかよ」
二人の間に火花が散る。可憐のため息は一層大きくなった。
「帰りたい」
優美もいないので愚痴を聞いてくれる相手もいなかった。吹雪の手が頭に乗せられたらまま可憐は自習を始めた。
「今ここでお前を消したっていいんだぞ」
二人の会話に猛が入る。しかし、吹雪は表情を変えなかった。
「その言葉何回聞いたことか。そう言ってもう何年もオレを消せずにいるだろぉ?」
可憐の頭をわしゃわしゃと撫でながら笑う吹雪。この時、吹雪が微かに魔力を可憐に注いだ。
可憐は急に頭痛に襲われた。頭が締め付けるような痛みを超え、潰れそうなくらいの激痛だった。
「うっ……」
持っていた筆記具を落とし、倒れ込む可憐。彼女の身体を吹雪が受け止めた。
「可憐!」
光の声も可憐には届かず、ただ痛みに耐えていた。昨日見た夢の映像が彼女の脳内を支配した。ミカエルとルシフェルの姿が可憐の脳内にあった。
「ルシフェル……」
それだけ言うと、可憐は痛さのあまり気絶した。
「可憐に何をした!」
立ち上がり机を叩く光。猛も吹雪を睨んでいた。
「別に俺はお前と同じ事をしただけだ」
吹雪はそれだけ言うと、可憐を横抱きにし、立ち上がった。
「可憐から離れろ!」
光の叫び声に笑う吹雪。
「今可憐を保健室に連れて行かなかったら、悪化するんじゃねぇの? 大丈夫だって。オレは摘み食いなんてしねぇからなぁ」
「お前の言葉なんて誰が信じるか!」
あまりにも急な展開にクラスメートも可憐の身体を心配し始めた。
そんな中、一人光たちに近づいたのは七海だった。
「良かったらわたしがついて行っていいかな? ほら、女のわたしなら光明君も不安にならないんじゃない?」
光に笑顔を見せる七海。光も流石に人間を巻き込んで可憐を襲うなんてハイリスクな事を吹雪はしないと考え、七海に頷いた。
「七部海さんがいるなら、まだ平気かな。でも絶対にあいつの言葉に耳は貸さないでね!」
光の必死な訴えに七海は思わず笑ってしまう。
「大丈夫だって。可憐ちゃんを寝かせたらすぐに追い出しちゃうんだから」
冗談を言い、七海は吹雪の所に向かった。七海は吹雪と少し会話をすると教室を出て行った。
二人が出て行くと教室のざわめきは落ち着き、数人の男女が光と猛の周りに集まった。
「光! お前よく吹雪にそこまで言えるよな!」
クラスメートの男子が光の肩をとる。他の男女も賞賛や不安の声をあげた。
「ぼくは、ただ可憐を……」
今までの口論を周りに見られていたと考えたら光は途端に恥ずかしくなり、口数が減ってしまった。そんな光を猛がフォローするように撫でた。
「こいつと磯崎は恋仲だからな」
猛が微笑むと、彼の周りにサファイアブルーの光りが現れた。前回の紫色の光りとは違い、その光りはクラスメート全員を包んだ。
「えっ!? そうなのか!?」
驚く男子に猛はにっと口角をあげた。
「磯崎は認めて無いけどな。光は磯崎にデレデレだから問題ないだろ?」
猛の言葉に光も便乗し、笑顔をみんなに見せた。
「そうそう。ぼくと可憐は運命の人なんだ。だから南風君には負けられないよ」
役者顔負けの満面の笑みは光から疑いという言葉を消した。
ちらりと光は猛の顔を見た。そして、猛にしか聞こえない言葉を呟く。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
猛も光にしか聞こえない声で呟く。
「何のために一緒に地上に降りたんだ」
優しい表情で微笑む猛。その顔に再び笑顔で応える光に、猛は一度目逸らし、それを誤魔化すように光の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょっと猛君やめてよー!」
笑いながら猛の手を退けようとする光。しかし、身長差によりそれは困難だった。
「チビなお前が悪い」
更に強く頭を撫でる猛。周りのクラスメートはそんな二人を笑っていた。
「ぼくの美髪がー!」
「自分で言うなよ!」
笑いが溢れる教室。光はこの時この空間の居心地良さと不安を感じた。自分が人間だった時、このように友達と時間を共有していたのだろうと思えば、人間に戻りたいと叶わない願望が出てしまう。
教室のざわめきが最大になりかけた時、教師が教室に入り朝礼が始まったのでいつもの雰囲気に戻った。
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