第6話 天界+戦争
可憐は戦争の中にいた。しかし、戦っているのは人間ではなく、翼の生えた天使だった。
可憐の周りは負傷した天使たちが治療を待っていた。
「なにこれ。またペテン師の仕業?」
周りを見渡すが、光の姿は無かった。可憐は傍にいた負傷した天使に近づいた。しかし、天使は可憐に気づかなかった。今度は天使に触れる為に手を伸ばした。伸ばした手は天使を通過した。
「コンピューターグラフィック?」
可憐の疑問に答える人物は誰一人いない。
ふと、可憐が触れようとした天使が手を伸ばした。びっくりして数歩距離をとる可憐。
「ら、ラファエル様……」
振り向く可憐。そこには六枚の翼を持った美しすぎる天使が負傷した天使を見つめていた。黒くて長い美しい髪や、大きめの瞳はどことなく可憐と似ていた。ただ、唯一ハッキリと違うと分かるところは、瞳の色だった。黒い瞳の可憐に対し、目の前の天使はエメラルドグリーンの美しい瞳の持ち主であった。
ラファエルと呼ばれた天使は負傷した天使の傷を優しく撫でた。そこからエメラルドグリーンの光りがこぼれ、光りが無くなった頃には天使の傷は無くなっていた。
ラファエルは傷が癒えた事を確認すると、また別の負傷した天使の傷を同じ方法で治していった。
「ペテン師と同じ。でも、ペテン師が放っていた光りの色はオレンジだった」
可憐はラファエルの後をつけていった。穏やかに歩いているように見えるが、歩くスピードは速く、可憐が早歩きするくらいでやっとついていけた。
「私、あなたに聞きたい事があるの!」
可憐の言葉はラファエルには届かず、天使の治療に専念していた。
ラファエルの後ろでは空中で見るのもおぞましい戦いがあっていた。可憐には同族にしか見えない天使同士が互いを斬り合っていた。天使も人間と同じく、負傷したら鮮血が溢れていた。
ふと、可憐と空中にいた天使の目が合った。天使はにやりと笑い戦っていた天使を斬り、可憐の所に急降下してきた。
「きゃ! ラファエル! こっちに敵が!」
ラファエルが振り返った時にはもう避けることの出来ない距離まで天使が近づいていた。斬られる。そう思い可憐は目を閉じた。
その時、可憐の身体には何も異常は無く、代わりに金属がぶつかり合う音がした。ゆっくり目を開ける可憐。そこにはラファエルと同じ六枚の翼を持った天使が二人を守っていた。見覚えのある後ろ姿だった。可憐たちを守った天使が敵の天使を斬った時、天使が振り向いた。
「大丈夫? ラファエル」
整った茶髪。男子にしてはやや高めの声。光明光そっくりだった。
「ぺ、ペテン師! あなた何やっているの! 私に説明しなさい!」
可憐の罵声はその天使には届かなかった。確かに光と、うり二つの天使だが、光のようなおおらかさは無く、可愛らしい印象ではなく、どちらかというと猛のような美少年の印象があった。瞳も、光のような漆黒の黒ではなく、鮮やかな赤い瞳だった。
「ラファエルは負傷した兵士の治療に専念して。負傷した天使を癒せるのは君しかいないからね」
微笑する天使。ラファエルは無表情で天使を見つめていた。
「大丈夫だよ。ラファエルは絶対に僕が守るから」
笑う天使。しかし、剣を握りしめている彼の右手は震えていた。
「僕は、ラファエルを守れるなら何も後悔は無いから」
再び天使が急降下してラファエルたちを斬りつけようと剣を向けた。それを不慣れな手つきで受け止める光そっくりな天使。
「そんな鈍い動きならあなた斬られるわよ! どうして戦うの!?」
可憐がいくら大声で叫んでも彼女の声は誰にも届かなかった。生臭い血の臭いが可憐に不快な思いをさせる。
ラファエルは光そっくりの天使の言うとおりに、負傷した残りの天使の傷を癒し始めた。
「ガブリエル様」
一人の天使が呟いた。その声に光そっくりの天使は振り向いた。
「大丈夫。確かに僕は戦いの天使じゃない。でも、ミカエルがいない間、君たちが怪我している間に何もしないのは嫌なんだ」
ガブリエルと呼ばれた光そっくりな天使は、さらに襲ってきた敵の天使を斬った。ガブリエルの頬に返り血がつく。
「同じ平和を夢見た同族同士なのにね。どうして今は、殺し合わないといけないのかな」
ガブリエルの頬に涙が走る。涙はガブリエルの頬についた返り血を微かに洗い流した。赤い涙がガブリエルの白い衣服を汚した。
「ガブリエル」
ラファエルが初めて口を開いた。治療を終えたラファエルはガブリエルを後ろから抱きしめた。
「辛いのはあなただけでは無いのです。わたしも、ウリエルもミカエルもあなたと同じ気持ちです。だから、あなた一人で抱え込まないで下さい」
優しい声色だった。抱きしめられたら手をガブリエルは握り締めた。剣を握り締めている方の手はもう震えていなかった。
「この戦いを人間に学ばせてはなりません。欲深い心が生み出した戦争は誰もが苦しみます」
ラファエルがガブリエルを抱き締める力が強くなる。ガブリエルはそれに応えるようにラファエルの手を強く握り返した。
「愛しています。ガブリエル」
「僕も愛しているよ。ラファエル」
戦いの中愛し合う二人の天使の周りから徐々に崩れはじめた。可憐はそれを避けていたが、足場が無くなり、悲鳴とともに闇に落ちていった。
金属が重なる音で可憐は目を覚ました。先ほどの場所とは違い、たくさんの天使の亡骸があちらこちらに散らばっていた。
可憐はあたりを見回したが、ラファエルとガブリエルの姿はどこにも無かった。空中では同じように戦いが行われていた。
「うっ……」
腐敗した亡骸の放つ臭いに可憐は吐き気を覚えた。時折、空中にいる傷ついた天使から血が落ちて可憐の髪を撫でた。
先ほどの場所とは違い、ここは復讐と粛清で溢れていた。
上空で大きな翼を持った天使が通り過ぎた。ラファエルやガブリエルと同じように六枚の翼を持った天使だった。ガブリエルのように戦いに慣れていないようではなく、逆に戦うために生まれたかのような容姿の天使はどことなく一色猛を思い出させた。
「隠れて無いで出てこい! 裏切りの大天使ルシフェル!」
猛を連想させる天使の叫び声に黒い翼を十二枚も持った天使が姿を現した。
「大声を出さなくてもオレはここだ。裁きの大天使ミカエル」
ルシフェルと呼ばれた天使は数枚の翼をバサバサと音を鳴らせた。剣を握りしめ、戦いの姿勢をとるミカエル。
「俺はお前を倒す」
ミカエルの剣に炎がまとわれた。しかしルシフェルは、それに全く動じず、笑っていた。
「神に一番愛されたオレを倒すのか? 不可能だな。いくらミカエルが神に最初に作られた天使だと言われても、神の右手に座れたのはオレだけだった」
ルシフェルの周りに禍々しい光りが生まれる。
「オレは神を倒し、この世界を統一する。俺が理想とするオレだけの世界にする」
ルシフェルの光りが彼の右手に集中した。どす黒い色をした光りは可憐の生きる気力を奪うような迫力だった。
「神への反逆者ルシフェル。神はお前を許さず、永遠の苦しみを与える」
雄叫びと共にミカエルが剣をルシフェルに向かって振りかぶった。ルシフェルはそれを避け、十二枚の翼でミカエルを叩いた。ミカエルは亡骸の上に打ち付けられた。可憐はミカエルの傍へ走った。
「あなたは一体何者なの!? 何故戦い続けるの?」
やはり可憐の言葉は天使たちに届かない。
ルシフェルが翼を大きく振った。鋭い羽が抜け落ち、ミカエルに降り注いだ。ミカエルはそれを剣にまとっている炎で焼き払った。
「少しは腕が上がったみたいだな」
にやりと笑うミカエルだが、一枚だけ焼き払えず、頬をかすった為頬から血が流れた。それを見たルシフェルは口角をゆっくりと上げた。
「うっ……!」
不意に吐き気がミカエルを襲った。敵の亡骸の上にミカエルは嘔吐した。慌ててミカエルは頬の傷から血を出した。
「上がりすぎてオレの翼に毒が塗ってあるまでは発想が無かったようだな」
再び羽を降らせるルシフェル。ミカエルは羽に当たらないように炎で羽を燃やした。この時ミカエルの上空から剣とは違った金属音が聞こえた。
「暁の子、ルシフェルよ。どうして天から落ちたのか。世界に並ぶもののない権力者だったのに、何故神をも超える存在を求めるのだ」
聞き慣れない声が耳に入ってきた。ミカエルと可憐が振り返るとそこには剣と盾を持ち、甲冑を着た天使が姿を現した。
「戦いの大天使ウリエル……」
ウリエルと呼ばれた天使は持っていた剣に鮮やかなルビーレッドの炎をまとわせた。
「私がルシフェルを裁く」
ウリエルの言葉にルシフェルは挑発するかのように翼を広げた。
「誰が何人かかってこようがオレは負けない」
亡骸の上にいたミカエルが羽ばたきウリエルの隣についた。
取り残された可憐はただ上を見ていた。男でも女でもとれる容姿のウリエルは、剣の炎の威力を強くした。
「ウリエル、お前は天使を裁く事は出来ないはずだ。俺にやらせてくれ」
ミカエルがウリエルの肩に手を乗せた。ミカエルの炎も威力をあげていた。
「ウリエルは、俺が斬ったルシフェルを二度と天界に来る事が出来ないように地上の奥深くに閉じ込めていて欲しい」
ミカエルの言葉にウリエルの炎は消えた。頷くウリエル。
「二度と神に刃向かわぬようにコキュートスに閉じ込める。そこの番人は私が引き受けよう」
ウリエルの言葉にミカエルは感謝すると述べ、剣をルシフェルに向けた。
ミカエルが剣を振りかぶった。ルシフェルはそれを避けようとしたが多すぎる翼がそれを妨げ、炎が翼を焼き焦がした。
苦痛の表情を見せるルシフェル。ミカエルは隙を与えず再び剣をルシフェルに向け、斬りつけた。翼が負傷し飛行バランスを失ったルシフェルはミカエルの攻撃を避ける事が出来ず、亡骸の上に叩きつけられた。
「これで最後だ。裏切りのルシフェル」
ミカエルが剣を一度空へ向けた。その隙にウリエルがミカエルの剣に魔力を注ぎ、電気を剣にまとわせた。
電気と炎をまとった剣をミカエルは一気にルシフェルに刺した。
「さよなら。兄さん」
ルシフェルにだけ聞こえるようにミカエルは呟いた。
ミカエルが刺した剣の電気と炎はルシフェルを包み込んだ。
ルシフェルの悲鳴が天界中に響く。ウリエルがその隙にルシフェルの下にあった亡骸などを消した。穴となったそこはルシフェルを天界から落とした。
可憐はその穴の近くに寄り、地上を見た。そこは可憐の知っている場所ではなく、海と木々のみの簡単な世界だった。
ルシフェルが落ちた所は海だった。海の底にウリエルは氷結地獄を作り出し、ルシフェルの尻を凍らせた。立ち上がれないルシフェルは何かを叫んでいたが、可憐には聞き取れなかった。
「コキュートスは言わば氷結地獄。極寒の地では十二枚の翼は役にたたぬ」
ウリエルはそのままルシフェルが落ちた穴に飛び込んだ。
この時、ウリエルが飛び込んだ穴から再び足場が崩れ始めた。
「嘘、また!?」
足場を失った可憐はそのまま闇に落ちていき、意識が途絶えた。
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