第4話 契約+選別

「長い一日だった」


 朝の一件から休憩時間には毎回七海が二人の所に来るようになった。転校生なので不安があると思い、二人で話したい事は山ほどあったが、七海を邪魔者扱いにはしなかった。


 流石に帰りは家の方向が違うらしく、七海は近所の女子生徒に囲まれて帰宅していた。その姿を可憐と優美が確認したら、人目につかないように学校を出て行った。


「七海ちゃんがずっと一緒にいたもんね」


 苦笑いを見せる優美。可憐の性格上、多人数と会話をするのが苦手だという事を優美は理解していた。


「普段なら七海さんと会話するのはいいよ。私七海さんの事嫌いじゃないし」


 いつもの帰り道。冬の冷たい風が頬を撫でた。


「珍しいっ。今日はただ単に、ご機嫌ななめなだけ?」


 化学繊維で出来たマフラーを可憐は握りしめた。手編みではなく、工場で大量生産されたマフラーは、可憐の喉元をそっと暖めていた。


「友好的にはまだ時間が足りないだけ。でも、彼女には凄く興味があるの」


 口角をゆっくり上げる可憐。


「朝の事かな? あたしも薄々感じていたんだっ」


「うん。私、凄く疑問に思っていたの。七海さんが言った事は確かに正論だった。逆になぜ七海さんしか気付かなかったのか。光明君と南風君が、面識があるわけ無い。なのに、みんなは、既に二人が知り合いかのような態度をとっていた」


 歩きながら可憐はマフラーの裾を握りしめた。幼い時からの癖で歩きながら何かを考える時、衣服の裾を握りしめるのだ。


「それも、昨日光明君が言っていた魔法、なのかな?」


 優美の言った魔法という言葉に可憐は一度立ち止まった。


「魔法なんてこの世に存在するはずない。あのペテン師の言葉なんて私は絶対に信じないから。たとえそれが事実でも」


 握りしめたマフラーの裾を離し、可憐は再び歩き始めた。優美もそれに続いた。


 数分間歩いた時、背後から二人の男子の声が聞こえた。


「あれは流石にやりすぎだろ光」


 低い声。振り返るとそこには猛の姿があった。もう一人は光だった。


「猛君も分かっているでしょ? 南風君があのまま彼女に触れていたらあの子が危なかった。まだ魂が不安定なあの子は南風君によって悪魔になったっておかしくない状況なんだから」


 彼らの姿を見た瞬間、可憐は無表情になり立ち止まった。


 その姿を猛と光は目撃し、可憐たちの所へ向かった。


「あら奇遇ね。今朝はよく南風君にあんな態度をとれたわね、ペテン師」


 名前も呼びたくない可憐は光をペテン師呼ばわりした。優美が光に弁解するが可憐が優美を軽く睨んだ。


「この言われようだぞ、光。大丈夫なのか?」


 猛が光を横目でちらりと見た。光の表情は穏やかだった。


「ぼくがいつ、どこで君を騙したの?ぼくは事実を話しただけだ。ペテン師呼ばわりされるのはちょっと不服だな」


 言葉のわりには光の顔からは笑みがこぼれていた。その表情が更に可憐の怒りを高めた。


「その表情、凄く私を不愉快にさせるの」


 マフラーの裾を握りしめる可憐。優美と猛がそれぞれのパートナーをなだめようとするが無駄だった。


「ほらほら、そんな顔しないでよ。美人が台無しだよ」


 もう一度平手打ちをお見舞いさせようかと可憐は思ったが、光には聞きたい事がある事を思い出し、その怒りをマフラーを握りしめるという仕草で鎮めた。


「あなたには聞きたい事がまだあるの。一色君、悪いけど席を外してくれる?」


 可憐は猛を見た。改めて見ると、彼が光とは対照的な存在だと可憐は思った。


「もしかして、今朝何でみんながぼくと南風君との面識を疑問に思わなかった事かな? それなら、猛君の魔法だよ」


 ね?猛君と付け足し笑う光。猛は光の言葉に頷いた。唖然とする可憐と優美。


「じゃあ、一色君も天使なの?」


 優美の問いに猛はまばたきを数回した。そして光を見た。


「言ってなかったのか、光」


 苦笑する光。


「言い忘れちゃってた。ごめんね、猛君」


 形だけの謝罪をする光。それに猛は微かに殺意を覚えたが必死で抑えた。


「まあいい。俺も光と同じ契約者だ。使える力はこいつとは違うけどな」


 可憐を見て微笑む猛。独特な低い声との組み合わせは可憐をなぜか冷静にさせた。


「その力は、人間の思考回路を一時的に止めるの?」


 優美が猛に近づいた。猛は優美を一度見たらそのままぶっきらぼうに答えた。


「思考回路を止めるんじゃない。俺は人間の考え方を変えさせる。まあ、簡単に言えば今朝の現象は光と南風の接点を気にさせないという事だ」


 自分のやった事を自慢気に話す猛。優美は納得したみたいだが、可憐はまた一つ疑問が生まれた。


「私たちは知っていたから一色君の魔法にかからなかったの?」


 魔法という単語を可憐は自分で口にした時、例えようがない敗北感に陥った。自分が魔法を信じるはずがないが、今目の前の彼が行った事は可憐の知識では魔法と呼ぶしかなかったのだ。


「磯崎は選ばれた人間だ。よってあの程度の魔法は効かない。他の奴らは事情を知っている。あるいは、磯崎のように特別な力を持っているかのどちらかだ」


 沖田は前者だと付け足し優美を見た。


「可憐は選ばれた人間?」


 優美も猛を見ていた。首を横にこくりと動かし、猛の次の言葉を待った。猛は暫く黙り込み、二人に説明する言葉をゆっくり選んだ。


「磯崎可憐には魔力の才能がある。お前の力は、言えば諸刃の剣だ。悪魔に魂を売れば魔王が蘇るかもしれない。逆に早めに俺たちと契約すれば癒しの大天使ラファエルの後継者として人間界を守る事が出来る」


 このような説明をしても可憐が信じないと猛は分かっていた。しかし、それ以外説明しようが無いのだ。


 可憐の視線が猛で止まる。


「私は天使や悪魔なんて空想的なものは信じないから」


 挑戦的な可憐の目。猛はその挑発に乗るかのように指先から、濃く鮮やかでコバルトブルーに近い紫の光りを放った。


「大天使の長と人間、戦いを起こせばどちらが勝利するか容易に想像がつくだろ?」


 猛から放たれる異様な光りは強気だった可憐を黙らせるのには充分すぎた。


 光が二人の間に仲裁に入る。


「猛君、ここで揉めるのこそ仕事のロスだよ」


 光の言葉で猛は正気を取り戻した。指先にあった謎の光りは姿を消していた。


「俺の相手はこいつらの周りにはいなかった。早く光が磯崎と契約しなければ俺はここから移動する事も出来ない」


 猛が一人愚痴をこぼせば優美が猛に微笑みを向けた。


「あたしじゃ駄目かな? あたしがあなたたちと契約する事は出来ないの?」

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