第3話 悪魔+邪

「どうして南風君がそこで登場するのよ?」



 優美の質問は次の光の声により打ち消された。


「何故彼の存在を知っているんだ!」


 立ち上がる光に可憐は怯んだ。しかし、そのあと光も冷静になりまた腰を下ろした。


「南風君は私と優美のクラスメート。でも、学校には来てない。今日光明君が落ちてきた時私たち、逃げたでしょ。そこにいたの。見間違いかもしれないけど、光明君とは対照的に彼は黒い服装と翼だった」


 そこまで言うと可憐は黙り、光の反応を見た。光は手をきつく握りしめていた。


「なる程、流石だよ、南風君は。残念だけど彼は天使じゃない。あれが悪魔の姿さ」


 知人が悪魔なんて可憐の脳内では理解出来なかった。しかし、今話された事と吹雪の様子を考えたら光の話を全て信じる必要があった。


「南風君が悪魔……」


 ゆっくりまばたきする可憐。


「分かった。念のため二人には伝えとくね。南風君の誘惑には絶対に乗らない事。ぼくがなるべく傍にいて彼との接触を遮断する。特に君には悪魔に魂を捧げて欲しくないんだ、可憐」


 光は立ち上がり可憐の頭をそっと撫でた。可憐は光の手を振り払いたかったが身体が動かなかった。可憐の頭から手が離れると光は再び天使の格好に変わりベランダの窓から羽ばたきどこかへ飛んで行ってしまった。


「意味が分からない」


 時間差の可憐の不満は光には届かなかった。




 翌日可憐と優美は何事も無かったかのように学校に登校した。


 同じ時間に学校に到着し指定されてはいないが、お気に入りの席に二人は腰掛けた。


「結局昨日の出来事は何だったんだろう」


 優美が鞄から教科書を取り出す。


「あんな非科学的な事、誰も信じてくれないよ、きっと。この事は口外にはばかれたくないな」


「何が口外にはばかれたくないの?」


 突然聞き慣れない声が二人の耳に入った。見上げればそこには七部海七海の姿があった。


「し、七部海さん」


「七海でいいよ。二人とも」


 おはようと付け足し笑顔を二人に見せる七海。頭には可愛らしい赤いカチューシャがはめられていた。


「私なんかより他の子と話したら?」


 可憐の頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。この事を共有出来るのは優美しかいないのに今は七海のせいで話しが出来ないので少し冷たく当たってしまった。


「わたしね、二人と仲良くなりたいの。可憐ちゃんと優美ちゃん二人とね。特に可憐ちゃん。可憐ちゃんもCランクから上がってきたんでしょ? 同じ元Cランク同士仲良くなりましょうよ」


 両手を差し出す七海に優美は片手を使い握手したが、可憐はその手を取らなかった。


「あなたと群れて落ちこぼれ同士仲良くなっていると思われたくないの」


 可憐はそのまま立ち上がり、教室を一度出ようとした。しかし、可憐の出ようとしたドアから吹雪が姿を現した。


「ふ、吹雪!?」


 クラスメートの男子の声により一気に教室が静まり返った。


「よっ」


 吹雪の喧嘩慣れした肉体は服の上からでも充分見る事は出来た。無駄の無い筋肉は一見美男子と思えるが、彼から放たれる雰囲気から華奢という単語を一番彼から遠ざけていた。


「南風君……」


「お、可憐じゃねぇか」


 可憐の存在に気付いた吹雪は彼女に近づき頭を撫でた。


「ちょうどいいや。おいみんなよく聞け! 今日から可憐はオレの女だ!」


 今度は教室が一気にどよめいた。優美が反論しようとしたが、自分が吹雪に勝てるなんて思えないので動けなかった。


「理不尽すぎる」


 可憐の反論も吹雪の耳には届かず、可憐を自分の胸元に寄せるように抱き締めようとした。その時、その手を掴む人物がいた。


「それはちょっと理不尽すぎるよ。南風君」


 可憐がその姿を確認すればクラスで一番恐れられている人物の手を堂々と掴んでいるのは光だった。


「光明君……」


 光の登場によりさらにクラスがざわめく。命知らずと言う者や光の行動に対して黄色い声援をあげる者もいた。


「何か文句あるのか? 光明」


 睨みつける吹雪に対して光は全く怯(ひる)まなかった。


「当たり前だよ。いきなり所有物宣言される彼女の身になってみなよ」


 掴んでいる力を光は少し強めた。この瞬間、微かに自分の魔力を吹雪に注いだ。オレンジ色の暖かなひかりがひかるの手のひらから微かに溢れていた。顔を微かに歪める吹雪。


 可憐は光の魔力を見逃さなかった。周りを横目で確認したが、誰も光の魔力に気付いた者はいなかった。


「お前が可憐を庇う必要なんて無いだろ。その手を離せ。クズ」


「離しても良いけど、二度と彼女に触れないって約束してくれる?」


 更に光は吹雪に魔力を注いだ。吹雪が顔を歪める。耐えきれず吹雪が手を振り払った。これにより可憐は吹雪から解放され、彼から距離をとった。


「これくらいじゃオレを倒せないぜ。喧嘩なら受け付ける、表出ろ」


 吹雪の手の平から紫か黒に近い禍々しい光りが微かに漏れた。これも魔力なのだろうと可憐は自己解釈しそれもまた、自分以外には見えていないとも理解した。


「ぼくは君と喧嘩をしに学校に来たんじゃない」


 先ほどまで吹雪の手を掴んでいた手を軽くはたいて光は、可憐の前に出た。


「誰だろうとも、可憐だけは譲らないよ」


 恋敵宣言とでもとれる一言に、吹雪は舌打ちをし、空いている席にふてぶてしく座った。クラスメートが騒ぎ出した。


「これはすごい! 可憐を取り合って吹雪と光が宣戦布告だ!」


「可憐モテすぎ!」


「羨ましいよ!」


 いつの時代も年頃の少年少女は他人の恋愛に興味津々だ。それに対して可憐は無表情だった。


「大丈夫?」


 光の心配する声を無視して可憐は自分の席に座った。


「気安く名前で呼ばないでペテン師」


 冷たい視線を光に送る可憐。光は、やれやれと言う代わりにため息をついた。


「とんだ災難だったね、可憐」


 優美が可憐を慰めようと苦笑しながら話しかけた。


「優美、話しがあるの。後で時間いい?」


 先ほどから無表情な可憐に優美は何かを察した。七海が近くにいるので話しづらいのだろう。優美は頷き、あとは何事も無かったかのように授業の準備をした。


「どうして光明君は南風君の事知っていたんだろうね。わたし、あの人とは初対面だったよ。昨日学校に来てないし」


 七海の素朴な疑問に二人は答えられなかった。


「ま、でも名前くらいは名簿とかで分かるのかな」


 自問自答の七海に優美はそうかもねと軽く受け流した。可憐は七海を観察するような目で見ていた。


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