第5話 皆揃ったバレンタイン

 二月十四日、バレンタインデー。

この日にデート出来るなんて、僕はこの世で一番恵まれているのではなかろうか。

ガチャっと、隣の家の扉が開いた。でも出てきたのは一子さんではなく。

僕の前に現れたのは、頭に白いシュシュをつけたサイドテールへアーの彼女だった。

でも服装の雰囲気がいつもと違うな。白いロングワンピースに、薄いベージュ色のコート。

どちらかと言えば、服装は一子さんのままって感じ。

「おはようニ依奈」

「やっほー。ごめん、やっぱり不安だーとか言って、一子出てこないんだよね」

「そっ、か」

「んなガッカリすんなし。代わりにあたしが来てやった。服も一子風っしょ。感謝して」

「ありがとうございます」

「ったく。何が不安なんだか」

「まぁ、一子さん変わってるし」

「そうだけど。アンタがいるんだから」

「信頼されてるようで嬉しいよ。ニ依奈、僕の事結構好きだよね」

「……悪い?」

予想外の素直な返事に、ちょっと動揺している自分がいる。

「悪くはないよ。どっちかって言うと……嬉しい、よ?」

「当然じゃん。ね、あたしジェットコースター乗りたーい」

デート相手が一子さんじゃなくて、残念ではある。けど、これはこれで楽しく過ごせるかもしれない。


 ジェットコースターは下りたけれど、テンションは上がりっぱなしの二依奈。

「やっばい! 超楽しかったぁ」

「うん。すっごい急降下」

「次どうするよ。あ、お化け屋敷とか行っちゃう!?」

「そうだな――あ」

僕は目の前から歩いてくる人と目が合った。

「あれ、玲じゃん」

クラスメイトだ。隣にいるのは彼女さんだろうか。相当楽しんでいるようだ、お揃いの猫耳カチューシャをつけている。

ニ依奈を覗き込むように見るクラスメイト。

「その人」

「初めましてー、彼女の一子でーす」

あれ、一子さんのふりしてくれるんだ。まぁ、その方が都合良いか。同じ顔だしな。

「おぉ、やるじゃん玲」

肘でつつかれた。悪い気はしない。

「まぁね。そちらも?」

「ふふん。まぁね」

幸せそうな顔をしているクラスメイト。多分僕も似たような顔をしている。


 クラスメイト達と別れ、僕はズボンのポケットの中に入れていた園内マップを広げた。

「お化け屋敷行くなら、少し歩くけど」

「んー、今何時?」

僕はスマホの時計を見た。

「十一時五十七分。もうお昼だね」

「そか。じゃ、ちょっとトイレ行ってくる」

「大丈夫? 一人で行ける?」

「何歳だと思ってんのよ!」

「冗談。じゃ、そこのベンチで待ってるから」

「玲」

「何?」

「あたし、楽しかった」

「そりゃ良かった。けど何故今そんな事を?」

「んじゃトイレ行ってくるわ」

「聞けよ」

結局答える事なく、二依奈は僕に背を向けた。


 トイレ脇に設置されたベンチに座って待つ。いくら二依奈でも、ここにいれば見つけられるだろう。

「お待たせ」

「あぁ、いえ……一子さん?」

「うん」

「何で」

僕の目の前に立っていた、一子さん。服装は同じだけどニ依奈と違って、結んでもいないサラサラヘアー。

右手首に巻かれていたシュシュは、さっきまでニ依奈が頭につけていたもの。

「ニ依奈に大丈夫だからって説得されて……ダメだった?」

なるほど、二依奈が時間確認してきたのはそういう事か。

全く。良い奴だよ、アイツは。

「いやいや、そんな事ないです。すっごい嬉しいんで」

「なら良かった。じゃあ、行こうか。あぁ、私コーヒーカップ乗っていいかしら」

「どうぞどうぞ」


 回る回る、世界が回る。

コーヒーカップを下りて、メリーゴーランドに乗って。

楽しかったけど、少し休憩が欲しい。現在一時十七分。彼女だってそろそろお腹の空く頃だろう。

「どうでした?」

「うん、楽しい。ニ依奈にお礼言わなくちゃ」

「それは良かった。そろそろお昼ですし、何か食べます?」

「うん……あ、見て玲君。あれ」

近くにあった売店を指さした一子さん。

売店横に立った旗に、マシュマロ入りココアの文字。

珍しいね。普通のココアならよくあるけど、マシュマロ入りで売ってるなんて。

僕の顔をジッと見ている一子さん。

「何でしょう」

「ココア、飲もっか」

バレている。何も言ってないのに。

「はい……」

恥ずかしさと理解してくれた嬉しさが、僕の心を啄ばんでいく。


「あれ、玲。よく会うなぁ」

再びクラスメイトと会った。売店で買ったのか、チュロスを手にしている。

「どうせ会うならミッギーが良かった」

「何てこと言うんだ」

「冗談」

ミッギーはこの遊園地のマスコットキャラ。ネコ。

一子さんはクラスメイトとその彼女をジッと見ている。どうせ見るなら僕にしてほしい。

「玲君のお友達? 初めまして、一子です」

「えっ、やだなぁ。忘れちゃいました?」

「え」

「さっき会ったじゃないですかぁ」

あ、ちょっとマズいかもしれない。

僕はクラスメイトの背中を押した。

「彼女流ジョーク。そっちも恋人との時間を大切にしろ下さい。じゃあ、また学校で」

「お、おぉ? またな」

クラスメイトも、その隣にいた恋人も深入りせず去っていく。

良かった、こっちはアッサリ解決。

問題は一子さんだ。

「一子さん……あれ!?」

さっきまで目の前にいた彼女がいない。急いで周囲を見渡すと、彼女はクラスメイト達が歩いて行った方とは反対方向に向かって走っていた。


 園内の中央にそびえ立っている、城の裏側。

そこで立ち止まった彼女に、僕はようやく追いついた。


「だから言ったじゃない」

「何なの、訳わかんない。助けて、玲」

「おい落ち着けって」

「怖いよぉ!」


同じ口から、ちょっと違う声色で、別人の言葉を発している。

たまにあるんだ。誰かがパニック起こして、意図せず皆が交互に出て来ちゃう時。

しばらくして、その場にうずくまった彼女。

流石にこうなると、僕でも分かんないや。静かにはなったけど、誰かではあるはず。

僕は彼女の前に跪いて、確認を取った。

「今の貴方は、誰ですか」

一子さんは多重人格者だ。


いつからかと聞かれたら、ずっと昔から。僕が小さい頃から、彼女達は入れ替わりを繰り返していた。

それこそ小学校低学年頃は、まだ二人しかいなかった。

それが歳を重ねるにつれ、気づいたら増えていて。

いつの間にか五人いた、というだけの話。

原因は聞かされていないので僕にはよく分からないけど、恐らく彼女に父親がいない事が関係していると思う。

詳しく聞く気はない。そんなに良い話じゃなさそうだし。

聞いたところで、してあげられる事は少ない。出来る事は全力でやるけど、今の僕には難しい事の方が多いのが現状だ。

僕にとって彼女の中に五人いるというのは普通の事だけど、他の人にとって「普通じゃない」というのは、どうしても理解してもらえない事が多くて。

ニ依奈がバイト先でトラブったって言ってたのは、きっと今みたいに別の誰かと入れ替わってしまった事によるものだろう。

一子さん曰く、体の内側で会話する事は出来るけど外側で会話する事は出来ないし、記憶も引き継ぐ事も出来ない。との事。

出てくるタイミングは「それぞれが外に出たいなーって思ったら」らしいが、時々本人達の意思に反して外に出てしまう時もあるらしい。一子さんが恐れているのは主にそれ。

彼女達の入れ替わりに慣れている僕でさえ、自己申告されなければ誰だか分からなかったり、先日の三葉さんと佳乃ちゃんのように急に入れ替わられると驚いてしまう。彼女達の事をほとんど知らない人から見れば、ふざけているように見られても無理はない。

それから樹君が彼女の体に触れたというのも、他の人から見たら……ただの自慰でしかない。

理解され難い自分達を、普通じゃない自分達を、悪いものだと思い込んでる一子さん。

悪いものを理解させるために、僕に全員と付き合えなんて言ったんでしょうが。

生憎、貴方が思う「悪いもの」は僕にとっては「良いもの」だったりするんですよ。

というより、貴方だって本当は「悪いもの」だなんて思いたくないの、知ってるんですよ。僕。


 反対側にあるステージでショーが始まったからか、辺りは人が少なくなった。

彼女は何も答えないまま、その場にうずくまっている。

誰でもいいか。全員に向けて言えば。

「すいません。フォローするとか言っておいて、何も出来ていない」

「……ううん」

良かった、返事はしてくれた。

「あんまり気にしないで下さい」

「無理よ。この先もきっと、こうなっちゃう。迷惑でしょう」

「そんな時もありますよ。迷惑かけてください、受け入れる準備は整えてあります」

「どうして?」

「恋人ってそういうものだと僕は解釈してるので。貴方達相手でなくともね」

「そうは言っても、難しいもんもあるだろ。やっぱりやめといた方が良いんじゃないか、付き合うの」

「嫌です。例え皆から嫌われてようと、一子さん自身が僕を嫌いだって言わない限り、僕は諦められない。好きな人の好きな人は、僕だって好きになりたい。だから皆とも付き合うし、幸せにしてみせます」

「どうせ無理だろ」

「確かに難しいかもしれない。でも、皆を支えられるようになりたいんです。頑張ります。それしか言えないけど、自信持って言えるくらいには、僕は貴方達が好きです」

「……ありがとぉ」

僕は彼女の体を包むように抱きしめた。

勿論、彼女の中にはまだ納得してない気持ち《人格》がいるけれど。そんな簡単に認めてもらえるとも思えない。

関係を変えたいと言った僕と、自身が変われないと言った彼女。


変わっていくのは大切、なんてよく聞くけれど、時には変わらなくてもいい事だってある。

変わらないものが好きな人だっている。

変わらないものを受け入れるのだって、大切だと思うんだ。




 日が沈む前に、園内を出た僕達。本当は夜までいて、花火まで見る気でいたんだけど。

さっきみたいにまた知り合いと鉢合わせる事を考えると、早めに撤退した方が良さそうだったから。

クラスメイトに罪は無いが、すまんな。

彼女は僕の腕をギュッと掴んでいる。

まだ少し気持ちが落ち着いていないのかもしれないが、僕的には役得。

ちなみに今の彼女は、一子さん。

「そうだ、玲君のバレンタインチョコね、今年はお母さんが用意してたの。だから家寄ってくれる? 何ならココアも出してあげる。結局、飲みそびれちゃったものね」

「あ、あぁ。分かりました。ではおじゃまします」

つまり僕は今年も一子さん個人からのチョコはもらえないという事だ。

まぁ一子さんから手渡ししてもらうっていう約束は果たせそうだし、それだけで十分恵まれていると思おう。


 一子さんの家にお邪魔した。おばさんは仕事らしい。二人っきりと言ってもいいような、六人だと言わなきゃいけないような。

「はい、ハッピーバレンタイン」

「ありがとうございます。大事に食べますね」

にっこり笑う一子さん。やっぱり贅沢を言ってはいけない。

「あとココアだけど……そういえば、ここ最近よくうちに来てたんでしょ? もしかしてだけど、他の子にもココア入れてもらってた? いくら好きでも飲みすぎは体に良くないわ」

「確かに頂きましたが、実はコソコソ運動してます。カロリー消費バッチリ」

「ふふ、なら大丈夫かしら。今入れるわね」

ちゃんと体の事を気遣える一子さん。好き。

今思えば、二依奈に向けてバレンタインチョコを早めに渡していたのも一子さんなりの考えがあったんだろう。

手渡しは出来ないし、バレンタイン当日までチョコを隠しておいても見つかったら知らずに食べられる可能性もある。

いくら別人格とは言え、食べる体は一つしかないから。いっぺんに四種類のチョコレート菓子を食べるってのは、結構体に悪そうだし。三葉さん佳乃ちゃんペアは、多分いっぺんに食べる。

その点メイクしたい分バイト入れようとする二依奈は、出来る限り決まった時間に出てくるようにしてるし、体も気づかってくれるからね。確実に渡せて、食べる時間もずらしてもらえる。

そういや樹君が出てきた時に聞こえた謎音、あれチョコチップクッキー食べてる音だったのかな。真夜中にあんなん食べた方が体に悪かったのでは……まぁ一子さん体格としては細めだし、多少ふっくらしても僕は全然好きですよ。

「はい、ココア」

「ありがとうございます」

色々考えてる内に、机の上に置かれたマグカップ。

それから――。

「あとマシュマロね、買ってきたから今日はあるよ。玲君好きでしょ? ココアにマシュマロ入ってるの」

あぁ、やっぱり。

「……すっごい好きです」

優しい笑みを浮かべた一子さん。

彼女達の前で何度もココアを飲んだ事はあるけど、マシュマロココアが一番好きだ、なんて僕は誰にも教えていない。

ただ彼女だけは僕の表情を見てそう判断してきたんだ。

本当に、それだけの理由で僕は彼女を好きになったんだから。

僕だってきっと、普通じゃないよ。

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ごめんね、甘くないよ 二木弓いうる @iuru

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