第3話 三葉さんと佳乃ちゃん

 金曜日の学校帰り。言われた通り、三葉さんの元へ行く。

「いらっしゃい」

「こんにちは」

「まぁ上がれよ」

「おじゃまします」

白いシャツに青いジーパン姿の三葉さんは、僕をリビングへと通してくれた。

「はい、座って」

「ありがとうございます」

「ん」

僕は四人掛けのダイニングテーブルの一番ドアに近い所に座った。

しばらくして、青色のマグカップ二つを持って戻って来た三葉さん。入れたてなのだろう、湯気が踊っているのが見える。

「ほれ、ココア。好きだろ。ミルクたっぷりで、うんまいよ」

「……ありがとうございます」

真正面の席に座った三葉さん。

僕らは向かい合って、ココアを飲んだ。

確かに昨日ニ依奈から貰ったココアより、うんと甘い。

静まり返った部屋の中。

カップから口を離した三葉さんが、その沈黙を壊す。

甘いミルクココアを飲んだというのに、とてつもなく渋い顔をしながら。

「あのさ、知ってると思うんだけど」

僕も同じように、カップから口を離した。

「はい」

「俺男なんだわ」

「……存じております」

それどころか、三葉さんは僕よりも漢らしい人だ。ガサツだけど気楽に接する事の出来る、お兄さんって感じ。

「女の子が好きなんだわ」

「存じております……というか僕もです……」

「じゃあ何故俺らが付き合う事に……?」

「それが彼女の望み故……」

「一子もニ依奈も腐女子属性ないし、誰も幸せにならないんだけど」

「そういう理由で付き合えって言った訳じゃないと思うんです」

「分かってるよ。でもさぁ、何と言うか……なぁ」

僕らは俯いた。一子さんの考えが分からない訳じゃない。だからこそ困っている。

三葉さんの事は嫌いじゃないけど、そんな目で見た事は一度もない。勿論、三葉さんも同様だろう。

「一子もなぁ、深く考えずに付き合っちゃえば良いと思うんだけど。俺だって好きな女の子出来たら付き合う気でいるもん」

「……その場合、今後僕はどうしたら良いんでしょうか。三葉さんにヤキモチをやかなきゃいけないんでしょうか。いや、むしろ浮気だと責め立てなきゃ……?」

「お前まで深く考えんな。俺はどうせ女の子にモテたことねぇし、この先もないと思う」

「そうですか……三葉さんがモテなくて良かった……」

「ぶっ飛ばすぞ」

「冗談です。まぁ、一子さんのためなら仕方がない。僕は三葉さんの事も普通に好きなので、付き合ってください」

「お前も結構雑だよな」

そうかな。

三葉さんはココアを飲み干し、カップを机の上に置いた。

「同じく樹も困っている。というか、キレてる」

「でしょうねぇ。実は僕、一子さんに言ってない事があって」

「何」

「最後に樹君と会った時、死ねって言われました」

「おぉ……とはいえアイツは基本引きこもりだから、そこまで周りに影響はないだろうけど……どうしよっか」

「どうしましょうねぇ。というより一子さんは樹君とも付き合えと申しているので、樹君には出てきてほしいんですけど」

「死ねって言ってきた相手と付き合おうとするお前もどうかしてるよな」

「自覚はあります」

「もう考えるのめんどくさいな……あ、ちょっとウンコ行ってくる」

「一子さんと同じ顔でそういう事言わないで下さい」

気にせず部屋を出てった三葉さん。きっと自分の顔の良さを分かってないんだろうな。

僕もココアを飲み干す。

どうやら僕はココアが好きだと思われているらしい。好きだけどさ。

「れーちゃんだぁ」

「あれ、佳乃ちゃん?」

部屋に入ってきたのは、オレンジ色のワンピースを着た佳乃ちゃん。

佳乃ちゃんは現状、一番末っ子。可愛いけど、色々危なっかしい。

僕の前に立ち、くるくる回転。ワンピースがふわっと浮いて、危うくパンツが見えそうだ。

「見て、新しいのお着換えしたの。可愛いでしょ」

「うん。可愛いね。よく似合ってるよ」

「ふふー」

「……待って、一子さん、佳乃ちゃんとも付き合えって言ってたよね」

「うん? うん。佳乃、れーちゃんと結婚するのよ」

「佳乃ちゃん、何歳?」

「五歳!」

「それは許されるのだろうか」

「誰に?」

「……国に?」

「大丈夫! 佳乃大きいから!」

普通の五歳児と比べたら、確かに背は高め。胸はペタンコだけど、一子さん、ニ依奈も同じだから何とも言えない。というか嫌いじゃない。

ただ精神的な話、五歳児に手を出すのはちょっと……。

「あっ、れーちゃんココア空っぽ! 佳乃入れてあげる!」

「あ、ありがとう……」

僕のカップを持って、台所へ行く佳乃ちゃん。粉を入れて、お湯を注ぐ。

大丈夫だとは思うんだけど、手の動かし方が他の人達と比べてたどたどしい。怪我をしないか心配になるな。

スプーンでカチャカチャと音を立てながらココアをかき混ぜ、僕の元へ持ってきた。

「はい、どーぞ」

「ありがとう」

「お嫁さんだから当然なんだよー」

「そうだね……まぁ、失礼だけど三葉さんよりは抵抗ないな」

「みっちゃんがどうしたの?」

「いや……大きくなったら結婚しよっか」

「佳乃、もう大きいもん! 明日結婚式する!」

「明日は早いかなぁ、まだ学校あるから」

「佳乃ねぇ、お花がいっぱいのドレス着るの。そうだ、ドレスお絵かきするね」

部屋を出て行った佳乃ちゃん。

しばらくして、二階からバタンバタン動いている音が聞こえた。佳乃ちゃんか?

先にリビングに戻ってきたのは、白いシャツに青いジーパン姿の人。

「くそ、佳乃め」

「三葉さん、お帰りなさい」

「おう。で、俺よりは抵抗ないって何? 玲がロリコンだという事?」

「……佳乃ちゃん、言いましたね?」

「アイツお喋りだから」

「ロリコンじゃあないんですが……そう言えば、佳乃ちゃんは」

「クレヨンが見つからないって拗ねてる」

「やっぱり五歳なんですねぇ」

「それよか俺らの方がどうしようかって感じ」

「うーん。試してみましょうか」

「セックス?」

「いきなりそんな過程をぶっ飛ばないで下さい。まずは手から。はい」

僕は手を差し出した。三葉さんは嫌々僕の手に触れる。

熱が伝わる。

「どうです?」

「きしょい」

「少し傷つきました」

「ごめんて」

「僕は大丈夫なんですけどね」

「正気か?」

「はい」

「お前俺の事抱けんの?」

「……抱きましょうか?」

「正気か?」

「ぶっちゃけ、三葉さんの顔一子さんと同じだし……」

「そうなんだよな……いや、どっちかって言うと俺が抱きたい側だな」

「正気ですか?」

「俺も男だからさ」

「存じております……」

「ま、別に抱く抱かないが付き合う全てでもないか」

「そうですね、そういう事にしましょう」

じゃないと僕の貞操が危ない気がする。

「正直一子と付き合う分には全然良いと思うし、応援するんだけど……やっぱりヤるのは俺が寝てる時にしてくれ。あと教育上悪そうだから、佳乃も禁止。あと、樹もダメな」

「まだそんな過程にすらなってないというのに」

「ニ依奈は……たまに抱いてやれ」

「そんな不誠実な」

「全員と付き合おうとしてるお前が不誠実を語るのか」

「すいません」

とはいえ僕は一応一途なつもりですよ。ややこしいだけで。

ココアを飲んだ。少し冷めてしまっているけれど、甘くておいしい。

「みっちゃんクレヨン探してよぉ!」

「ブッ、ぐっ、ゲッホ」

突然顔を出した佳乃ちゃんに驚いて、僕は思わずココアを吹き出してしまった。

ティッシュを持って来てくれた佳乃ちゃん。

「だいじょーぶ?」

「う、うん。ありがとう。というかごめん。お詫びに僕がクレヨン探すから」

「れーちゃん大好きぃ。みっちゃんも好きだけどねぇ、遊んでくれないし、佳乃のお洋服すぐ脱がせるし、いじわる!」

着替えさせただけだと思うけど、誤解が生まれてしまう言い方だ。

二人は正反対すぎて、この二人とも付き合うという複雑さがより鮮明になった。



***


 ピロリロリ、ピロリロリ。

スマホの着信音が、自室で寝ていた僕を起こした。

深夜二時。画面に表示されていた一子さんの名前。

何だってこんな時間に。


――サクッ、ザックザックザック、ガサガサ、ザックザック。


何の音だ? 誰か……何か食べてる音?

「えっと、一子さん?」

一応彼女の名前を呼んでみたものの、返事はない。というか一子さんは食べながら電話するような人じゃない。間違って通話ボタン押しちゃったの、気づいてないとかかな。

謎の音は一分間程続いた。何度か呼びかけてみたものの、返事はない。

流石にもう切って良いかな、そう思って耳からその時。

深いため息が聞こえた。

「あの」

『ねぇ、ボクらと付き合うって何』

挨拶も無しに、誰かが突然そう言ってきた。間違いなく一子さんじゃない。

高い声ではあるけれど、テンションは低そうな電話相手。

思い当たる相手の名前を呼んだ。

「……樹君?」

『別にね、きみが誰と付き合っててもどうでもいいよ。ニ依奈、三葉、佳乃のどれかと付き合うって言うならボクだってどうでも良かった。でもさぁ、よりによって一子じゃん。しかも聞いたら、ボクらと付き合うとか言うの、一子のためだとか言うじゃん』

「……うん。そうだよ」

『何で僕が外に出ようとしないか、知ってる? 一子の事、好きだからだよ』

彼の言葉を、いまいち理解出来ない自分がいた。

いや、どちらかと言えば理解したくなかったのかもしれない。

「好きって」

『弟としてじゃないよ、お前の一子に対する感情と同じやつ。触りたい、キスしたい、セックスしたい。そういう、汚いやつ』

「何言ってるんだ、だって君はっ」

『うるさいんだよ! お前みたいな奴に触らせる位なら、僕が汚してやる』

「落ち着いて、一体何を」

『今から、一子に触るね』

「触るって、樹君!?」


――ブツッ、ツー、ツー。


音が、途切れた。

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