第17話 鷹のエンブレム
その日、ライアンとルドガーは初めての場所で戸惑っていた。長官に呼び出された場所は中央指令センターなのだが、今歩いている場所はあのクリスタルウォールの石造りのショッピング街だった。
夏のフェスティバルがすぐ近くで行われているので、ここでもそれに合わせて夏のセール中、たくさんの人が出ていた。トレドのジャングルの朝獲れフルーツからしぼりたての夏のスムージーとか、有名な中華飯店のトレドの海の幸ランチなど夏の新作メニューが目を引く。
「…中央指令センターに行くんだよね、ライアン、本当にこっちからでいいのかい?」
まじめなルドガーがちょっと心配そうにライアンに聞いた。
「知らないと驚くよな。中央指令センターの正式な入り口はすぐ裏の国会議事堂の地下一階にある、大きな緊急口は隣の空港側にあるしね。ただここは広い地下施設の中を行くこともなく、すぐ中央指令センターの会議室や作戦室に直行できる近道なのさ」
一番イベントホール側にあるカフェ「ベラスケス」に入る。
「ここはトレド産のコーヒーやお茶にこだわっていて、カレーがすごくうまくてね」
ルドガーは慎重にあたりをうかがいながら店に入る。なんてことはない普通のカフェである。重要な施設につながっているのに、セキュリティはどうなっているのだろうか?
「マスター、こんにちは」
「お久しぶり、ライアン君、元気そうだね。ルドガー君は初めてだったね。店長のビクトルです。よろしく。ルドガー君はいい目をしてるね。入って来た時の身のこなしも大したもんだ。帝国で鍛え上げられた若手のホープってところか。メリッサ、さあ、2人をご案内して…」
すると奥から背の高い髪の長いお姉さんが出てきて2人を奥に案内した。
「お仕事御苦労さんです。次はゆっくり、お店の方に来てくださいね。うちのマスター、カレーのこだわりが凄いんですよ」
なんなんだろうこの店は…、ルドガーの経歴もすべて掌握している。2人は個室に通されお姉さんはさっと出て行く。すると小さな音がして、どうやら個室自体がエレベーターで、二人は地下へと動き出したらしい。あっけにとられるルドガーにライアンが言った。
「あのマスターは特殊工作部隊の伝説の隊長だった人だ。お姉さんは現役バリバリの諜報部員のやり手だしね。ふたりともいざとなったら強いよ」
そしてすぐに個室エレベーターは止まる。ドアが開くと、そこは広大な地下基地であった。
ここは緊急時の市民のシェルターにもなっている地下空間で、災害や戦争に備えたあらゆる設備がある。ライアンとルドガーは指定された会議室へと向かって行った。そこに集められたメンバーはそうそうたるものだった。
レイモンド長官をはじめ、あのレッドドラゴン遺跡でお世話になったミラー教授、あのダークスネーク川のピラミッド遺跡でクオンボルトの紋章を発見した髭のザルツマン博士、博物館の研究員のケーシー主任、博物館のサポートロボットのピート、そしてなんと院長先生とセシル、あの高貴なるテレパスのリディアまで、2人を待っていたのだ。みんなが揃うとレイモンド長官が立ち上がった。
「では、このたび判明した、ダークスネーク遺跡で大量に発見されているコアストーンについての重要な事項についての発表を始めます」
いったいなにがわかったのか? ライアンもルドガーも神妙な顔で会議に臨んだ。だがそこからはるかに離れた地下にあるムンディーズの地下秘密基地でも、ムンディーや博士たちがじっと耳を傾けていた。そうマルチホバーが巨ガニと戦っている間にあのスパイロボットの最新機ジェネシス4号が、m6号によってマルチホバーに取り付けられたのだ。基地に帰ってからはジェネシス4号は飛行形態となって空港側入り口から中央指令センターの奥深くに侵入、今会議室の会話まで盗聴されていたのだった。長官が続けた。
「ことの起こりはそこにいるルドガー君の超能力だった。ルドガー君、いいかね」
するとルドガーが立ち上がり、静かに語り始めた。
「…はい、私は、十一年前の騎士団戦争の時に帝国に連れ去られた子どもの一人で、帝国にいた間は超能力部隊の兵士になるべく、いろいろ訓練を受けてきました。ところがトレドに戻ってみると、こちらでは超能力を持つのは女性ばかり…正直言って戸惑ってしまいました。帝国の超能力部隊は伝統的に男が多いのです」
長官がさらに続けた。
「彼は遺跡の事件や宇宙空間でのダイノダイスの銃撃戦で確かに超能力を使ったのです。ライアン君、セシル君、詳細なことを報告してくれ」
今度はライアンがたちあがった。
「最初は地下で暗躍する盗賊団のいる方向を見事に言い当てました。それから地下遺跡の天文台で異次元獣に襲われた時、通常弾ではあまり効果がない異次元獣を彼は銃弾で仕留めました」
セシルが発言した。
「ダイノダイスで銃撃戦を行った時、敵の中にエミリオ・バロアという超能力者がいて苦戦しました。なぜならば彼は生体バリアが使えるので、通常弾はほとんど効果がないからです。でもルドガーの放った銃弾は念動弾となっていて敵も驚いていました。私には彼の銃弾の一発一発がオーラに包まれているのがはっきり見えたんです」
レイモンド長官が今度は博物館のロボットのピートに説明を求めた。
「私は森川博士と一緒に異星人を研究していたのですが、この星の中には広く超能力を持った生物がいることが確認されています。基本的にはテレパシーと生体バリアです。突然の事故などに襲われた時、精神エネルギーが瞬間物質化する現象です。地球でも大事故に遭ったのに奇跡的に助かる事例がありますが、実はこの生体バリアが働いている事例が多いらしいのです。基本的には特殊な遺伝子の働きにより、精神エネルギー同士を同調させて相手の心を読みとったり精神エネルギーを一瞬物質化させて、体を守ったり物を動かしたりするわけです。森川博士の説では、この地球より成熟した惑星トレドでは、生存に有効な遺伝子をウイルスの感染と言う形で近い種に広めていくシステムがあるというのです。そして開拓民はウイルスによる伝染病で長い間苦しみながらも超能力遺伝子を取り入れて超能力者が生まれてきたわけです。でもその遺伝子で超能力が発現するのはほとんどが女子でした。なぜ帝国は男性でも伝染病にかかっていなくとも、超能力者部隊が作られたのか、長い間謎でした。でも今、その秘密が判明したのです」
「ええ、それは凄い」
すると今度は博物館の研究部のケーシー主任がたって説明した。
「まず私たちは、ルドガー君の超能力を分析しながら、持っている帝国のハンドガンから調べました。すると驚いたことに鷹のエンブレムが銃につけてあるのですが、そのエンブレムが帝国が研究していたコアストーンであるということが判明しました。そしてもしやと思ってルドガー君の体を精密検査したところ、胸の皮膚の下に、気づかれないようにごくごく小さなコアストーンのプレートが埋め込まれていたのです。本人に聞くと、兵士になるための精密検査の最中に埋め込まれたのかもしれないと言っていました。コアストーンと言うのは主にダークスネーク遺跡から大量に見つかるエネルギ物質で、いろいろ調べるとその昔、戦士たちが使っていたということが分かってきました、そこで考古学者で移籍の発掘物に詳しいミラー教授に相談したわけです」
するとスマートなスーツ姿のミラー教授が話し始めた。
「実は現在でもカナリヤ歌劇団で、トパーズやルビー、エメラルドなどが使われています。身につけたり使っている道具につけたりすると超能力が強くなると言われていて、昔の先住民はいろいろな宝石を使っていたとの記録から試しに歌劇団で使ってみたら、本当に効果があったところから採用になったものです。そして先住民の記録によれば、暗黒騎士と呼ばれる強力な超能力者たちが使っていたのが、宝石でもあるコアストーンだったのです」
「と、言うことはコアストーンと超能力の間に何か関係が?」
ライアンが聞くと、髭のザルツマン博士が答えた。
「ダークスネーク遺跡はもともとは帝国が中心になって発掘していた遺跡だ。十一年前の騎士団戦争のころ、いろいろあってここにあった大量のコアストーンのほとんどは帝国によって持ち去られてしまった。リストを調べると、そのほとんどが、身につけたり、武器につけたりしたものだった。そう、コアストーンは実際に超能力を使う戦士たちに使われていたのだ。だがそれを好んで使っていたのは先ほども言ったように暗黒騎士と呼ばれる一部の戦士だけなのだ」
「暗黒騎士について、もう少し詳しく教えていただけますか?」
ザルツマン博士はちょっと複雑な表情で語り始めた。
「暗黒騎士とは、正義とか大義とかのためではなく、ましてや金のためではなく、強さを極めるために戦った戦士だ。だから彼らはより大きな立派なコアストーンを求めていたのだ。だが、暗黒騎士以外はあまりコアストーンを使いたがらず、特に敵対するレッドドラゴンの戦士たちはだれもコアストーンを使うものはいなかった。クオンボルト王の時にダークスネーク側が勝利したのもレッドドラゴンの戦士がコアストーンを使わなかったことが原因だと言われている、そうですよね、ミラー教授」
「うむ、その通りだ。最強のコアストーンを使った戦士はレッドドラゴンには一人もいなかったようだ。実際レッドドラゴンの遺跡ではコアストーンは一度も発見されていない。それで私は、今回の件を解決するために発掘物の関係資料をいろいろ当たってみた、そこで奇妙な記録を見つけたのです」
ライアンが聞いた。
「奇妙な記録っていったい?」
「大きなコアストーンを持っていた戦士は、ほとんど全員が悲惨な死に方をしている。そのこともあってか、レッドドラゴンで発見された文書の中にはコアストーンのことを『邪悪な星』と呼んでいるものもあるのです。最大のコアストーン、クオンボルトの無敵の紋章を使っていたエカテリオン・クオンボルト王は、対戦をその力で終わらせた後、重臣や配下の英雄と讃えられた強い戦士を次々とその手にかけ、民の命を奪い、国を滅ぼし、最後は実の娘によって命を絶たれた…というわけです」
「それはいったいどういうことなんですか? ぼくの体の中に埋め込まれたコアストーンは人を不幸にするんですか?」
すると今まで黙っていた院長先生が口を開いた。
「あなたの体に埋め込まれたものは、ごく小さな板状のものです。宝石で言ったら0,2カラット程のものです。それならば、よほどのことがなければ心配はいりません。しかも今、あなたはその事実を知った」
ザルツマン博士が付け加えた。
「ちなみにこの間発見されて最後にムンディーズに盗まれた無敵の紋章は、全部コアストーンでできていて、その大きさは750カラットもある」
そこでレイモンド長官が結論付けた。
「つまり、小さなものでもコアストーンを身につけさえすれば、男性でも訓練次第で超能力を使うことができる。だが、あまりに大きなコアストーンを使いすぎれば、邪悪に染まり、悲惨な死を迎えると言うことだ。私は無理を承知でコアストーンと超能力のメカニズムを調べてくれと博物館の研究所に依頼した」
するとケーシー主任がたちあがって説明を始めた。
「最初はどうにも手のつけようがなくて、これは無理そうだと思っていたのですが、意外なところから光がさしてきました。一つ目は、遺跡の文明から作られた精神エネルギー測定装置です。今は歌劇団の入団テストなどに使われているので、ご存知の方も多いでしょう。そしてもう一つは、実際に巨大なコアストーンのついた武具を使う超能力者と戦ったことのある人物でした…」
「え? それってまさか…?」
ライアンがさっとそちらを見ると院長先生が大きくうなづいた。
「…私は、今から十一年前の騎士団戦争の時、当時の帝国皇帝騎士団の団長、アウグスト・ゾディアスと戦いました。やつは警備隊を戦闘不能にした後、黒い宝石のついた手袋を使い救急車をひっくりかえしました。さらに百カラット以上の黒い宝石のついた杖で何かをされて、私は力が抜け、そのあと入院したのです」
博物館のケーシー主任がさらに続けた。
「その杖を使って攻撃された時のことを、皆さんに説明していただけますか」
「はい、あの時私はあまりにむごいことをするゾディアスに怒りを感じていました。ところが、あの杖を振られた瞬間怒りが消え去り、無気力になって、体に力が入らなくなったのです。だから私はあのロワーヌに言ったのです、あの男には私たちは勝てない、戦ってはいけないと。怒りややっつけてやろうと言う精神力そのものが、吸い取られ、やつの力になってしまうからです」
ケーシー主任が会議室の大きなモニターに何か機械の映像を映し出した。
「院長先生のお話から推察して、我々は実験を試みました。コアストーンは怒りや強い意志などを吸収し、パワーに変えているのではないか。そこのリディアさんにも協力してもらいました」
それは、実験用に用意された7カラットのコアストーンの前で、いろいろな人間の感情をぶつけてみる、役者や市民の協力で行った実験だった。
「ほら、宝石に向けられた精神エネルギー測定装置の数値がわずかですがだんだん上がってきていることに注目してください。リディアさん、あなたには何が分かりましたか」
「コアストーンは、喜びや楽しい感情にはあまり反応しないのですが、怒りや憎しみの精神エネルギーを吸収して、そのパワーをどんどん中に貯め込んでいくのです。後は貯め込んだ力を自分の心でコントロールする訓練さえすれば、だれでもその莫大な力を引き出すことができる、超能力者になれる、そんな感じが分かってきました。でもコアストーンの中にはいつも怒りや憎しみがたまっているので…持ち主はだんだん心を汚染されていく…と言うわけです」
ケーシー主任が話をまとめた。
「コアストーンを身に着けていれば、敵の怒りや憎しみが大きいほど強い精神エネルギーを吸収し、それを今度は自分のさらなる力として使えるようになる。たぶん戦場では絶大な力を発揮したことと思われます」
そしてその言葉を聞いて、ミラー教授が険しい顔で付け加えた
「敵の精神エネルギーを吸収して強くなる…この研究結果から今まで謎だった恐ろしい事実が分かってきたのです。先住民の歴史の暗黒点ともいえるものが…」
ルドガーが不安を感じて聞いた。
「歴史の暗黒点ですか?」
「ルドガー君の小さなコアストーンでもほどほどの超能力が使える。訓練するのに十分の大きさと言うことでしょう。だが戦士が使っていたのは数カラットから数十カラットと言われている。だが英雄伝に出てくる強力な登場人物となると、五十カラット以上は当たり前、中には百カラットを越えるものを身につけていた勇者もいる。だがそんなに大きなコアストーンをエネルギーでいっぱいにするのは難しい。日常生活で起こる感情の動き程度では、とても一杯にならない」
「それが暗黒点なのですか…?」
「相手の命がけの強い感情や意志を引き出し、自分に向けなければならない。そのためには、絶えず強い敵と戦って勝ち続けるか、それとも滅びのリングと呼ばれる儀式をするしかないと言う。どんなやり方かは分からない。だが伝説のエカテリオン・クオンボルト王は、その儀式を行い一つの街を全滅させたとある。草花や木々は見る間に枯れはて、小鳥は堕ち、魚は浮き、獣は地に伏し、人々は次々に倒れていったという。だが、それでもクオンボルトの無敵の紋章は一杯にはならなかったそうだ。今の実験を踏まえると、何か恐ろしい方法で、精神エネルギーを吸い取ってしまったのだろう…!」
恐ろしい方法…それはいったいどんな方法なのだろう。みんなは顔を見合わせ、黙ってしまった。
分析が終わったということで、ルドガーにはその場で鷹のエンブレムがついた帝国時代からのハンドガンが返された。これは使い慣れた良い銃ではあるが、何か複雑な気持ちがあった。長官が締めくくった。
「心配なのはこの間博物館からムンディーズによって持ち去られたクオンボルトの紋章、750カラッとのコアストーンだ。ムンディーズが持っている分には害はないと思われるが、これが悪用されたらとんでもないことになる。あれだけ大きなコアストーンだ、もしも帝国皇帝騎士団等の手に渡れば、邪悪な汚染がとんでもない殺戮事件を起こすかもしれない…。
会議室のみんなは静まり返ってしまった。
だが、それを盗聴していたムンディーズも冷や汗を流して黙り込んでしまった。最初に女ボスのムンディーが口を開いた。
「ええ、どうもおかしいとは思ったけれど、そんなものを私は帝国の第一騎士クロムハートに売っちまったのかい…殺戮事件なんかおきたら、いい夢が見られなくなっちまう」
博士もm6号も困り果てていた。
「新しいお宝の情報を盗聴しようとしていたのに…我々はうまく利用されたようですね」
「よし、こうなったら意地でも取り返すよ、いいかい!」
するとボナパルト博士が言った。
「ムンディー様、いくらなんでも帝国騎士団を相手にするのは自殺行為ですよ。我々には超能力も、強力な兵器もありませんよ」
「うるさいねえ、やるって言ったらやるのさ。すぐにとはいわない。っていうか無理! なんとか知恵を絞ってそのうち必ずやり遂げるのさ!」
「アイアイサー」
事態は大きく動き出したのだった。
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