第15話 母の楽譜
さて帝国の戦車部隊が母船に帰ったころ、博物館のそばで警備にあたっていた軍の警備隊とそのサポートに来ていたカナリヤ歌劇団のメンバーも一緒に喜んでいた。最初は来るはずがないと言われていた帝国の大軍団が、すぐ町のそばまできていると報告があり、銃弾戦の覚悟を決めていたら…今度は退却したというのだから、みんなほっと胸をなでおろした。この頃はカナリヤ歌劇団は、ほとんどテレパシーや透視等で軍をサポートしているだけで、格闘戦や銃撃戦は万が一に備えて訓練していたものの、実際に使ってはいなかった。だが安心したのもつかの間、一緒に行動している警備隊長の元に緊急通信が入った。
「…え、何ですって? 宇宙戦艦ミュンターから戦車部隊と入れ替わりに別の部隊が…?」
それをそばで聞いていたみんなはどきっとした。だがその時の警備隊長アドニス・リーガンは首をかしげた。
「なに? 小型降下艇kp5だと? 歩兵を最大一〇人ほど運ぶものだ。スピードはかなり出るが、大型の武器は運べない、小型の自動車を積んでいるだけだ。それでどうしようと言うのだ? われわれ警備隊で十分対応できる」
ここにサポートに来ていたカナリヤ歌劇団人は、十一年前のベストメンバーであった。トパーズ組のリーダー、ロワーヌ・モリカワ、当時7歳のサチホの母親だった。実戦はほとんど経験していなかったが、武器と超能力を合わせるマジックソードと呼ばれるタイプの達人で、今日はトパーズを埋め込んだ槍を携えていた。トパーズ組はほかに念動弾が得意なリンダ・コレット、まだ新人だった電撃攻撃のテリー・クルーズたちが来ていた。2人ともトパーズの指輪をしていた。ルビー組から協力なテレパスのアリエス・フリードマン、強力な治癒能力を持つエレナ・グリーンフィールド、さらにエメラルド組からは自然哲学者、詩人としても有名なシベール・ミルフィーユが参加していた。みんな組のシンボルのルビーやエメラルドを身につけている。それぞれの超能力を高めてくれるのだと言う。警備隊長のアドニスはテレパスのアリエスに確認した。今度の敵は何者だと。するとテレパスのアリエスは複雑な表情で答えた。
「…敵は十人どころか7人しかいません。でも自信に満ちていて特に一人は底知れぬ何かを持っている…しかも邪悪な。気をつけてください…やつらは帝国の超能力部隊です」
警備隊のメンバーの顔色が変わった。まだ、帝国の超能力者の部隊との遭遇記録は一度もなく、どんなメンバーでどんな戦い方をするのか誰も知らなかったのだ。だがアドニス警備隊長は言った。
「敵は未知の力を秘めているとは言え、たいした武器もない7人だ。我々は人数は四倍以上、ハンドガンからミサイルランチャーまで装備もずっと上だ。街の中心部に入る前にたたきつぶしてしまえばいい」
帝国の高速降下艇はあっという間に街のはずれに着陸し、超能力部隊は動き出した。これが本体の作戦に代わるb作戦、超能力部隊による、コアストーン変換マシン奪還作戦だった。警備隊は装備を整え、河原への道を進んで行った。
カナリヤ歌劇団員たちは博物館から、近くの修道院へと歩いて行った。だが、少し歩いたところで、テレパスのアリエスが立ち止ってしまった。そういえばどこからか、爆発音のようなものが響いてくる。アリエスにはその場所のありさまが見えているようだった。
「…どうしたのアリエス、顔色が悪いわ…」
ロアーヌが聞くと、アリエスは蒼白な顔をしてうめくように言った。
「ひ、ひどすぎる…悲鳴が、怒鳴る声が数え切れないくらいに響いてくる…」
「どこかで、なんか事件が起きてるの?」
「何人も人が死んでるわ…なんてことなの、撃った小型ミサイルや銃弾が、向きを変えて味方を攻撃してる? こっちの銃弾がすべて跳ね返される?」
「どこ? 誰がやられてるの?」
「そんなに遠くじゃない…河原の方よ。警備隊よ、さっきまで私たちと一緒にいた警備隊の人たちよ!」
「えーっ!」
「今、隊長さんが救急車を呼んだみたい…でも急がないと危ない」
するとそれを聞いていた、一人の少女が飛び出した。首元でルビーが輝く、高い治癒能力を持つ、エレナ・グリーンフィールドだった。
「私、行くだけ行ってみるわ。役に立てるかどうかは分からないけど。黙ってこのまま帰れない。」
リーダーのロアーヌが声をかけた。
「ダメよ、私たちは実戦は禁止なのよ!」
するとエレナは叫んだ!
「戦うんじゃない、助けるだけです!」
そしてエレナは走り出した。そのあとをロアーヌが槍を持って追いかけ、さらに大勢の少女が走り出していた。
河原に続く道は田園風景の中を通る緑豊かな道でそんな戦いが行われているとはおよそ考えられない風景であった。河原への道を近付いて行くと、道に3人の男が血だらけで転がり出てきた。警備隊員だ。すぐにエレナが近づき、一人ずつ治癒能力を使う。傷口がみるみるふさがり、血が止まって行く…。ほかの少女たちも回りを取り囲む。
「私たちは病院でも、超能力を使った医療訓練を何度もしています。もう平気です、ご安心ください」
「歌劇団の人だね…ありがとう、助かった…でも、君たちは実戦は禁止だ。すぐに帰りなさい」
「ミサイルや銃弾が超能力で方向を変えられて怪我をしたのは分かりました。私たちは戦うために来たのではない、みなさんをサポートし、助けるためです」
しかし、その警備隊員は大きく首を振った。
「そうじゃないんだ。君たちが医療行為のために訓練を積んだように、やつらは超能力で敵を倒すための高度な訓練を積んでいる…しかもその訓練の結果を実戦で試そうとしているのだ」
「実戦で試す」
「敵兵をどれだけ戦闘不能にできるのか試しているんだ。だから君たちは行ってはいけないやつらは博物館の発掘物など二の次だ。超能力を持った殺人マシーンだ」
「…そ、そんな…」
やはりすぐ立ち去るべきか、それとも一人でも多く助けるべきか、少女たちはしばし迷った。すると遠くから警備隊長の呼んだ救急車の音が近づいて来た。よかった、これであとは任せようとみんな帰ろうとした時だった。
「待ちな。あんたたちはもう囲まれてるぜ…。帝国、皇帝騎士団にな!」
「えっ?!」
どういうことだ、全く気配がなかったのにいつのまにかまわりの木の影や小屋の陰から帝国の戦闘スーツを着た男たちがさっと進み出る。その数4人。前にも後ろにもいる。この身のこなし、只者ではない。
「おい、気をつけろ、こいつらは全員超能力者だ」
「本当か噂の少女歌劇団のみなさんか。別の超能力集団との戦いは戦闘データにはまったくない、いい機会だ、やれ!」
迷っているひまはもうなかった、逃げるひまさえすでに失われていた。だがカナリヤ歌劇団もまた帝国の騎士団とは違う訓練を受けていた。生体バリアや戦闘能力の高いトパーズ組みのロワーヌたちが外を囲み、ルビー組やエメラルド組は内側にさっと並び変えた。護身術の基本ポジションだ。
「撃て!」
銃弾が四方から撃ち込まれる。だがトパーズ組の強力な生体バリアがその銃弾を跳ね返し、さらにまさに電光石火、テリーの電撃が正面と右横の敵のハンドガンを地面に落した。
「で、電撃だと? こんなやつがいるのか?」
さらにリンダの同時に複数発撃つことのできる念動弾が残りの2人を襲う。生体バリア越しに確実にダメージを与える。
「くそ、みんな集まれ、ジャック、お前の力を見せてくれ!」
すると道路の端に落ちていた人間の頭ほどの石が3個、空中に舞い、すごい勢いで向かってくる。
「任せて!」
ロアーヌの槍が、オーラに包まれ、宙を舞う。
「おおっ!」
オーラに包まれた槍が触れただけで石は三つとも砕け散った。凄い威力だ。
「なんだ、想ったよりやるじゃないか。じゃあこれはどうかな?」
一人の男が取り出したのは帝国で使われている重厚なハンドガンであった。だが鷹のエンブレムが入っている特注品らしかった。
「まだ試作品だが、ハンドガンの銃弾に念動弾の威力を合わせることのできるホークガンだ。これで撃てばどうかな?」
するとその時エメラルド組の詩人、シベール・ミルフィーユが叫んだ。
「森のせせらぎよ!」
何のことだと驚く帝国皇帝騎士団。アリエスとエレナを中心に「森のせせらぎ」という歌が流れ出した、すぐに全員が口ずさんだ。
ラルゴアの森の奥から
静かに満ちてあふれだす。
休むことなく湧き出る泉
森の命をを潤して…
ラルゴアの滝から滝へ、
渦巻き流れる、せせらぎよ。
いつも変わらず、たえず新しく
喉も心も潤して
それは、心が弱くなった時、湧き出る力を与えてくれる歌だった。
「なんだこりゃ? うるさい、歌をやめろ!」
ホークガンが火を噴いた。オーラに包まれた銃弾が飛んでいく!
「おお! まさか?」
必殺の銃弾は、歌の力でできた強力なバリアに阻まれ、ポロリと地面に落ちた。さらに歌を繰り返し歌いながら、ロアーヌたちは進み出た。じわじわと後退していく皇帝騎士団、だがその時、皇帝騎士団の別の三人が並んで登場した。急にあたりに邪悪なオーラが漂い出す。アリエスが感じた邪悪なオーラを持つ底知れぬ男が来てしまったのだ。
「皇帝騎士団団長、アウグスト・ゾディアスだ」
がっしりした体格の団長は、しかしぞっとする冷たい目をしていた。さらに2人の部下がそれに続いた。一人目は武骨な剣士風、二人目は長身のプラチナブロンドだった。
「第一騎士、クロムハーと・カーツ」
「第二騎士、クリムト・グレイブ」
そう、この3人こそ、帝国皇帝騎士団の当時のトップスリーだった。
「やつが来た! 歌劇団のみなさん、早く逃げて」
治療してもらった3人の警備隊員がよろよろとたちあがり、帝国の3人に銃を持って向かって行った。
「妙な力で混乱させられたが、今度はそうはいかない!」
死に物狂いの気迫で立ち向かって行く警備隊員たち。
「いいぞ、その目だ。その不屈の精神力ありがたく頂戴しよう!」
団長のゾディアスが右手を警備隊員に向けた。大きな黒い宝石のついたいかつい手袋をしている。
「ギャアアアアアア!」
銃を打つ間もなく、空中を走る波紋のようなものに押しつぶされるように、警備隊員は悲鳴を上げて悶絶し崩れるように倒れて行った。
「むごい…今傷の手当てをしたばかりの人たちに…」
その時、歌劇団の乙女たちの心の中を鋭い視線が覗き込むような嫌な感じがした。別な戦いも始まっていた。
「気をつけて、あのクリムトっていう男は人の心を読み、さらに心にダメージを与えるわ」
なぜだろう、どんどん不安が増し、ここから逃げ出したくなってくる! さらに苦しむ歌劇団員の前にナンバー2のクロムハートが進み出た。
「エネルギーソード!」
そう言って一本の大きな剣を抜くと全体がオーラに包まれ光り出した。そして、それを地面に突き立てれば波動とともに地震が起こり、振り回せばエネルギー弾が飛ぶ、
「わあっ!」
心は精神攻撃で動揺し、地面は揺れ、その中でエネルギー波が飛んでくる! 乙女たちはパニックとなり歌声は消えて行った。するとゾディアスがつぶやいた。
「では、あとで行う予定のあの儀式を、まずこの少女たちで試してみようか。強い超能力を持つ少女たちだ、極上のいけにえになるだろう…」
あとで何の儀式をしようと言うのだろう? そしゾディアスは黒い宝石のついたロッドをとりだすと、ロワーヌたちに向かって何かをしようとした。なぜかその時ゾディアスの邪悪な心がロワーヌに伝わってきた。それはおよそ考えられないような恐ろしい波動を持っていた。古代の死の街の映像だった…。とんでもない…この男は、発掘物を手に入れるかなんてどうでもいいんだ…いけない…思い通りにさせては、決してさせては行けない…!
「アリエス! 私が時間を稼ぐから、こいつらが何をしようとしているのか読み取って!」
ロワーヌはその不気味なロッドが振り下ろされる前に、ゾディアスに槍を突きたてた。
「ふん、こざかしいわ!」
ゾディアスはロッドで槍を受け止めると、ぐぐっと押し返した。火花を散らすつばぜり合い、でもゾディアスが少しずつ押し返していく。このままでは防ぎきれない…どうしたら?その時サイレンが近づき、救急車がなだれ込んできた。ゾディアスはやめて、一歩だけ下がった。そして、救急車が到着し、車から人が降りて来た時だった。
「苦しい時こそ、歌いなさい!」
よく通るその声が聞こえた途端、歌劇団の歌声は復活し少女たちは盛り返した。
「この子たちに手を出さないで! …私には実戦の経験があります」
それはみなを心配し、救急車に同乗してやってきた当時五十歳半ばの院長先生であった。院長先生は第一世代の超能力者で、あの開拓民戦争の時、違法な開拓者の雇った傭兵部隊とダークスネーク川のジャングルで死闘をくりひろげた経験があった。
「おやおや、修道院の院長先生ともあろうお方が、相手を殺したりできるのかね?」
帝国皇帝騎士団団長のアウグスト・ゾディアスが低い声で言った。威圧感が凄い。
「…私の剣は、邪悪なるものを打ち負かす剣です」
そう言って院長先生が取り出したのは、なんの変哲もない一本の木の棒だった。
「なるほどそれなら人は殺せまい。だがそれで我々に勝つつもりか?! やれ、クロムハート!」
第一騎士のクロムハートが、あの巨大なエネルギーソードを振り上げ、院長先生に向かって行った。だが院長先生も一歩も引かず迎え撃つ構えだった。少女たちはドキドキしながら、しかしさらに高らかに歌い続けていた。
「トォリャアー!」
真っ二つになるか、それともエネルギーの力で爆発するのか…でもなんと言うこと院長先生は木の棒で、しかも片手で大きなエネルギーソードを受け止め、しかもそのまま木の棒を振り回すと、剣ごとクロムハートを吹き飛ばしたのだ! この木の棒はラルゴアの森の千年の大木から取られたオーラのパワーを秘めたもので、淡く光っていた。愕然とするクロムハート。すると団長のゾディアスが先ほどの不気味なロッドを再度振り上げた。
「その歳で、生体バリアと念動力の合わせ技を使いこなすとはな…早めに潰すがいいだろう」
そしてその杖をなんと今度は院長先生に向かって振ったのだった。すると黒い闇のような球がそこから出て院長先生へと飛んで行った。身の危険を感じた院長先生は、右の掌にありったけの生体バリアを集中し、はじき返そうとした。
バチッと大きな音がして、院長先生ははじけ飛んだ。
「ううっ!」
さらに苦しみ出し、ひざをつく院長先生。
「ううう、みんな歌ってもっと大きな声でっ!」
するとどうしたことだろう、ゾディアスの黒いオーラが弱まり、さらに院長先生は高らかに響く歌声とともに、また元気を取り戻していった。
「なんだと…なぜ回復したのだ? まあいい、本番の儀式で思い知らせてやる…」
これはすぐに決着がつかないと思ったのか、ゾディアスは、クリムトに何かをささやくと、突然救急車の方向に向かって手を伸ばした。
「悪いな、少し時間を稼がせてくれ」
すると手のひらから波動のようなものが出て、地震のように大きく揺れる救急車、突然のことにあちこちで悲鳴があがる、そして最後の大揺れで救急車がごろんと横倒しになってしまったではないか。
運び込まれた警備隊員や周りにけが人がいたのにである。
「な、なんてことを! みんな救助作業よ」
院長先生の声に駆け出す少女たち。だがそんな騒ぎの中、帝国の高速艇の方向から重厚な装甲車が駆け付けたのだ。
「ゾディアス様、呼んでおいた装甲車が到着いたしました」
ゾディアスはそれに残りの騎士団員とともに飛び乗ると、走り出したのだ。
「そろそろ電波ボムがすべて爆破され、効力が切れるころだ、これ以上お前たちにかまっている暇はない」
けが人を助けようとみんなが大騒ぎになっているところを颯爽と走り抜けて行った。
「追いかけてはいけません。あとは軍に任せるのです。まずはけが人から助けなければ!」
院長先生の言葉に少女たちは立ち尽くし、やがてけが人を助け、病院へと運ぶ手伝いをしたのだった。救急車やけが人を時間稼ぎに使うなんて許せない、何人もの少女が涙を流しながら作業にあたっていた。
その頃、警備隊が出動し博物館員が避難して人っこひとりいない博物館に皇帝騎士団は到着した。
「うう、まさかきれいにひとっ子ひとりいないとは? 相手の心を読んで探りを入れることもできない。時間がないのに…」
騎士団たちはいらだちながら、強引に扉を開けて、中へと進入して行った。
その頃病院で少女たちはけが人の手当てや世話を手伝っていた。ロワーヌはあの後で突然倒れた院長先生に付き添って病室にいた。
「院長先生、ご加減はどうですか」
院長先生は、あのゾディアスとの接触の後、怪我も何もしていないのに、顔色が悪くなり、歩けなくなってしまっていたのだ。しかも病院では原因不明で、手の打ちようがないというのだ。
「平気よ平気、そうだ、ちょっと悪いんだけど向こうを向いててくださる?」
「はい? これでいいですか?」
すると院長先生はどこからか赤ワインの小瓶を取り出し、それを一口、二口と飲んだのだった。
「はい、だれにも内緒よ。いいお薬を飲ませていただいたわ」
振り返ったロワーヌは驚いた。なんと院長先生がみるみる生気を取り戻して元気になっていくではないか…。
「いったい何が? でもよかった院長先生が元気になられて…」
その時、あのテレパスのアリエスが部屋に入ってきてロワーヌに告げた。
「よかった院長先生が回復されて…。そうだ、あの時、あなたに頼まれてあいつらの計画を読み取ったのだけれど…やつらは、古代の秘術に乗っ取り、トレド時間の今日の正午、お昼ぴったりに、この街で滅びの和という儀式をやるそうよ…」
「ええ? あと1時間ちょっとしかないじゃない…」
するとその時院長先生はロワーヌを見つめて、まじめな顔でこう言った。
「言うか言うまいか、さっきからずっと悩んでいました。でも言っておかないともっと犠牲者が出るかもしれない」
「え?」
「いいですか…、帝国皇帝騎士団団長、ゾディアス、あの男とは決して戦ってはいけません。なぜならわたしたち歌劇団では絶対に勝てない理由があるからです…」
「え、そ、それは…」
院長の口から出たのは恐るべき事実だった。
そこまで話した時、マルセル・ライムがデザートをもって入ってきた。
「エメラルドベリーとトレドマンゴーの薬草酒漬けバラの花仕立てでございます」
「バラの花仕立て? わあ、きれい! 花で始まり果物で続き、花で終わるってことね」
少しとろっとした甘い薬草酒に漬けられたエメラルドベリーを一度凍らせ、さらにちょうど食べやすい硬さになるまで解凍し、それを薬草酒ソースとともに葉の形の皿のそこに敷き詰めてある。そして、その上に花弁のように薄くそぎ切りにしたレッドのトレドマンゴーをバラの花のように重ねて盛りつけ、朝露のように透明で冷たい薬草酒ソースをかけて仕上げてある。エメラルドベリーの透き通った緑が、バラの葉のように見え、何とも華やかなデザートであった。
「薬草酒とフルーツが合わさるとこんな奥行きのある味になるんだ…おいしい…」
ライアンがうっとりとしてつぶやいた。フォークでも食べやすく、また薬草酒の上品な大人の香りがフルーツの味を一層引き立てている、ひんやりとした逸品であった。
だがその時ライアンの緊急通信装置が鳴った。
「なんだ、最高のデザートを味わってるっていう時に…長官からか…ならしょうがない」
部屋の隅で連絡を受けていたライアンだったが、急にまじめな顔になり帰ってきた。
「緊急出動が決まった。後何分かでルドガーが迎えに来る…」
そしてライアンは手早く最後の話を始めた。
「実はそこまでは目撃者や証言者もいて確かなことなのですが…それからあとの出来事を見聞きしたものは今のところ見つかっていません。ただ事実だけを…監視カメラや軍の記録などから分かっていることだけお伝えします。ロワーヌさんは院長先生と病院で話をし、それからすぐ家に帰り、最後にサチホさんと一度会ったようです。それから何かを用意して一人で博物館に行き、皇帝騎士団の団長と戦闘を行ったのです。院長先生にもとめられていたのになぜ戦ったのか、戦いはどんなに激しかったか、すべては分かっていません…勝負はなんと驚くべきことに相打ちだったのです」
「…相打ち?!」
「はい、戦った場所の周囲の損傷具合から、かなりすさまじい戦いがあったと推測されます。その結果、団長ゾディアスは、ほぼ即死でした。ロワーヌさんは、戦闘直後に駆け付けた御主人の森川博士によって病院に運ばれました。でも森川博士は、なぜか乗ってきた自動車に再び乗って東の砂漠へと突然走り出しました。でも…」
そこでライアンの言葉は途切れ、涙をポロポロ流した。
「ロワーヌさんはそれから病院のスタッフの必死の働きも効果なく6時間後に死亡。森川博士は東の砂漠に入ってすぐに爆発に遭い、確認はされていませんが粉々に吹き飛んだと思われます。軍部の記録では一つの街が吹き飛ぶほどの凄い爆発で、帝国が仕掛けようとした爆弾を、街を守るために街から遠いところに運ぶ途中で爆発したのではないかと言われています…。そして団長を失った帝国皇帝騎士団は、さらに発掘物が宇宙コロニーに秘密裏に運ばれたことに気付き作戦を変えたのです。電波ボムの威力も切れ、連邦軍の本体も動き出す緊張状態の中、彼らは発掘物や子どもたちも避難している宇宙コロニーを突然襲ったのです。超能力を使って潜入し、子供たちを人質にして連邦軍を封じ、発掘物も子どもたちも帝国へと運んで行ってしまったのです。そしてこの壮絶な騎士団戦争の原因となったコアストーン変換マシーンは帝国に運ばれたのですが、その高い技術のためか、帝国ではついに動くこともなく、今度の平和協定の締結とともにまたこの星に帰ってきました。以上です」
サチホは何も言葉を発することもなくただ愕然としていた。二人とも死んでいた…父も母も十一年前に死んでいたのだ。しかも詳しいことは何も分からない。その時、壁が崩れるように、頭にうかんだ映像があった。
気がつくと隣に7才のライアンがぼーっとして立っていた。たくさんの人が黒い服を着て、うつむいて立っていた。緑の木立の向こうに修道院の中に在る礼拝堂が見える。ここはどこなのかわからない。石碑のようなものがたくさんある。サチホの目の前には、二つの棺桶があって、ちいさなサチホは近付いて中をのぞいて見る。
美しかった、美しい女の人が花に埋もれて眠っていた。母だった。なにがなんだかわからなかった、隣の棺桶をのぞいて見る。そこも花で埋まっていたが、だれもそこにはいなかった。いいや見覚えのある、少し疲れたゴーグルだけが一つ、本来なら顔のあるあたりに置いてあった。
「…パパの…ゴーグルだ」
それだけしか砂漠で発見できなかったという。その途端、いつもゴーグルをかけて走り回っていた父親の思い出が、いつもやさしかった母親の姿が堰を切ったようにあふれだした。働き者で、家族のことに一生懸命でいつもおもしろい話をしてくれた父。いつも笑っていて、父のことが大好きで、歌劇団の舞台に立ったこともある美しい母…。小さいサチホは毎日毎日泣き続けた。
そしてすべてのつらい思い出を、忘れたくて、思い出したくなくて、すべて忘れて行ったのである…。気がつくとライアンも院長先生も、パエゾさんもキャプテンも、ライムさんもみんな心配そうな顔をしてサチホの顔を覗き込んでいた。サチホは無表情を装ってみんなに言った。
「最高の御馳走と貴重なお話…どうもありがとうございました。あの頃の記憶がだんだんもどってきました」
そしてゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、でも今思い返せばつらい思い出も多かったけど、大好きだったパパ、ママ、楽しい思い出の方がはるかに多くて、思い出せて…よかったです」
その言葉を聞いて、みんな涙ぐんだ。サチホは涙で頬を濡らしながら、でもにっこり笑ってみんなにお別れを言った。
その時ドアがガチャと開き、ルドガーがライアンを迎えに来た。
「お楽しみのところすまない…いよいよ巨獣が何頭か河口を遡り始めた。このままでは上陸してしまう」
「え、巨獣が…ついに上陸…。わかったすぐ行こう」
2人はあわてて出かけて行った。
修道院に帰ると、サチホは一度院長室に呼ばれた。
「…病院でロワーヌは、あなたのお母さんは、娘が大きくなったらこれを渡してほしいと一枚の紙を渡してくれたの…」
「手紙ですか?」
「いいえ、仲間の詩人シベール・ミルフィーユが書いた詩に誰かが曲をつけた楽譜…曲は分からないけど、ロワーヌがつけたんじゃないかしら…。息を引き取る数時間前に、シベールに手伝ってもらって書きとめたらしいのよ。なぜ楽譜を書いたのか分からないけれど、きっとそのうちわかる日が来ると…信じて…。はい、どうぞ、サチホさんどうぞ受け取ってください」
サチホは何もわからずその封筒を受け取り、母の楽譜を広げてみた。音符の下に歌詞が書いてあった。
「大きな命」シベール・ミルフィーユ
風に向かい、岸辺に立つ。白い鷺は飛んでいく。
雲は流れ、雨を運ぶ。深き森に泉湧く。
季節が雪を溶かし、大地の力を運んで行く。
森の命が海を育て、クジラとびはね、海鳥舞う。
ああ、流れが。命をつなげていく。
風に向かい、私は行く。
あなたを想いながら。
木漏れ日浴び、私は行く。落ち葉の路を踏みしめ
春に芽吹き、秋に散りゆく、命はめぐって行く。
花が咲いて、蜜蜂は飛ぶ、実が膨らんで、小鳥さえずり。
終わる命に芽生える命、春は再び巡りくる。
ああ、森よ、支え合う命よ
なぜに人は果てを知らず求め続けるのか。
しあわせはすべてそこに初めからあるのに
大きな命の中にいます。
あなたにいだかれながら
サチホはしっかりと受け取ると自分の部屋に戻ったのだった。のちに父と母の最期の様子がくわしく分かった時、この楽譜は大きな意味を持つことになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます