第14話 幻の軍隊

「森の劇場のレストラン、クンツァイト…へえ、こんな近くに、こんな豪華な場所があったんだ」

 サチホが森の劇場から横に入って行くと、突然大理石の噴水とルネサンス彫刻のある広場があり、さらにバラ園を通って奥に進むとレストランはある。そこで名前を言うと、蝶ネクタイのおじさんにさらに奥の個室に案内される。腕時計を確認すると、まだ二十分ほど早かった。早く話が聞きたくてそわそわしていたが、これはちょっと早すぎたか。

「ちょっと早すぎましたか…サチホです」

 中では、6人の大人たちが集まってワインを飲みながら、熱い討論を闘わせていた。中から院長先生がさっと立ちあがり、サチホに近寄ってきた。

「驚いたでしょう…場所が院長室からレストランに変わっただけでも面食らうとこなのに、たどり着いたら知らないおじさんたちが熱く語っているんですものね」

 院長先生は場の中心にいるあの陽気なおじさん、パエゾ・パバロッティになにかをささやいた。するとパエゾはこっちを向くと笑いながら立ち上がって寄って来た。

「…なんだサッちゃん来てたんだね。ごめん、あと二十分だけ時間をくれるかい? ああ、勿論君の席は取ってあるから、迷惑だろうけど座って待っててよ。さあ、こっちこっち…」

 サチホは、陽気なおじさんに手を引かれ、肩を押されて奥の座席に座った。

「あれ、ライアンじゃない…来てたんだ…」

「ぼくは君と毎日のように遊んでいたことを、細かいところまで憶えている…だから呼ばれたのかな。ここに呼ばれた人は、十一年前に何があったのかそれを詳しく教えてくれる人も多い」

 そう、サチホはまだはっきりしない記憶をなんとかしたくて院長先生に話を聞きに行こうと頼んだのだった。だが、どこでどうなったのか、今はこんな場所にいる。

「じゃあ、悪いけど、あと二十分、話の続きをさせてもらうよ」

 パエゾはそう言って、3枚のイラスト画をみんなに見せた。今度取り組む、この惑星トレドの叙事詩から練り上げた例の歌劇の登場人物のイメージ画だ。でも、その3枚のイラストは、マッチョだったり、怪物を従えていたりとすごい迫力だ。

三部作の第一部「大幕府の戦い」に出てくる英雄たちの一部だと言う。

 森の劇場の大道具や衣装などすべてを取りまとめる美術チーフのハロルド・サワマツが頭をかかえていた。

「古代の壁画などをもとにした英雄たちの衣装のデザインやアイデアがだいたい出来上がってきたんですけど…。鉄人グラコアス、巨人召喚精霊魔法師ミリオマリス、そして鷹の王子ケルクティス、この3人は今現在どうにもならなくて」

 ハロルドサワマツは一つ一つ説明を始めた。

「鉄人グラコアスは筋肉スーツを着せれば、歌劇団の女の子達でもなんとかなるんですけど…。魔法で神殿の巫女に化けていて、正体を現す場面があるんですけど…ただ衣装を変えるわけではなくて、背の高さから体つきまで変わってしまうので、役者を入れ替えるにしても、なんとも不自然で…。あと、こっちの精霊師ミリオマリスは問題ないんですが、この隣にいるのは一応巨人なんで、これも着ぐるみでは難しいですね」

 パエゾが尋ねた。

「その、ほら、この間言っていたロボットはどうなのかなあ?」

「それが、いろいろ調べたんですけど、やはりこの大きなサイズのロボットはなかなかないんです。土木工事用の作業ロボットでは細かい演技が難しいし、さすがに演技もできる新しくロボットを製作するには予算オーバーでした。そして、鷹の王子ケルティクスに至っては、相棒の鷹を自由自在に使うわけですが、鷹のロボットはさすがにないですね。本物は難しいし、羽ばたくロボットぐらいはできますが、さすがに空は跳べません。できれば脚本か設定を少し書き直してもらって…」

「なるほどねえ…でもできないことをできるようにするのが…」

 ほかにも劇場の裏方や、ソムリエのあのマルセル・ライム、脚本家のコレキオ・ブロッソなどがいて、いろいろアイデアを出し合い熱く語り合っていた。あと数分で予定時間という時に意外な展開があった。

「はい、意見を言ってもいいですか?」

 手を挙げたのはサチホだった。パエゾが歌劇団の意見も聞いてみようとみんなに言った。

「歌劇団にも背の高い人は結構いるんです。だったら、空気で膨らむ筋肉スーツを作って、お客さんの前でふくらませばいいんじゃないかしら。そうすれば劇の流れも自然につながると思うんです」

「え…それは…」

 なにを言いだすのだろう、変わった子だなあとみんなが注目しているとあのハロルド。サワマツが意外な反応を示した。

「え? 空気で筋肉スーツを膨らます? 意外といけるかも…古代の神殿の巫女の洋服を破って筋肉が盛り上がって行く…やりようによっては凄い迫力かも! それに空気のスーツなら軽いから女性でも動きやすいぞ」

 なかなかいい感じだ。専門家たちは少女の意見でおおいに盛り上がった。だが、やはり巨人と鷹はなかなかうまいアイデアが出ない。

「…すみません、また意見を言ってもいいですか?」

 この子は物おじしないというか、なんか変わった子なんだなとみんながまた注目した。

「巨人の役ですけど、身長247cmの異星人館のガッツゴーンさんに頼んだらどうですか? 肩幅もとっても広くて、迫力ですよ」

「ガッツゴーン、ああゴリライノス人だな。劇場のすぐそばで見たことがある。ありゃあ凄いぞ」

「でも、演技できるのか? っていうか危険じゃないのか?」

 するとサチホはニコニコして答えた。

「ふふふ、私たちとっても仲良しなんです。やさしくて、めっちゃいい人ですよ。ガッツさんなら、きっと演技もできます。頭はいいし、意外と繊細なんですよ、あの方」

「おお、そうか、じゃあ一度彼に会ってみようじゃないか!」

 さらにサチホは歌劇団員の中には念動力を使える役者が何人もいるので、鷹のロボットを飛ばすことぐらいはできるのでは? と提案した。3つの案すべてが採用されるかもしれない勢いで、パエゾは大喜びだった。

「はは、こりゃ、困った時はサチホ君だなあ、ハハハ…」

 不思議な子だが意外な才能があるのかもしれない。

「さて、予定時間だ。もう一人来ることになっているんだが、遅れるそうだ。先に始めてくれと言ってたから、始めることにします。ながらくお待たせしました。ではここからは特別メニューの御馳走を食べながらの昔話だ…」

 すると、今まで一緒に話し合っていた舞台関係者がパエゾを残して去り、マルセル・ライムはさっと姿を消すとソムリエの正装で再登場だ。サチホと院長先生のほかは、ライアン、パエゾ、ソムリエのライムとなった。院長先生が、1枚の写真を取り出すとおごそかに話し始めた。

「…これが十一年前、あの事件のちょっと前に撮った写真です。私と森川博士の御家族と撮ったものです。ほら後ろが葡萄園で、この博士とロワーヌの間に立っている女の子が7才のサチホさんです」

 それは幸せそうな家族の写真だった。葡萄園の庭に木製のテーブルが出ていて、3人の家族が腰かけていた。テーブルの上には葡萄の房とお茶のセット、モシャモシャ頭の森川博士は、満面の笑顔でまだ小さなサチホの肩にそっと手を添えていた。ロワーヌはこの時二十九歳、太陽のような明るい笑顔で笑っていた。パエゾが写真を見てしきりにうなずいていた。

「そうだ、そうだ。葡萄園にあの頃はいつも折りたたみ式のテーブルが出ていて、よくお茶を御馳走になったもんだ。けっこう日陰で涼しくてさ、うまかったんだよな、あのハーブティー。思い出すなあ」

 そのテーブルは今はどこかにしまわれてしまったのか出ていない。

「はい、お待たせしました。これなら酔うことはありませんよ」

 そこに神の葡萄の皮も種も全部石臼でしぼった特製のジュースを、マルセル・ライムがさっと運んでくる。

「そこの葡萄園で穫れた神の葡萄の特製ジュースです」

 無表情を装っていたライムだったが、写真が目に入ると言葉を詰まらせた。今度は全員でジュースで乾杯だ。院長先生がライアンに言った。

「ではライアンさん、調べてきたことをお願いできますか」

 ライアンはあの超薄型のコンピュータを取り出すと、画面を開いた。

「院長先生の話では、騎士団戦争のころは情報が交錯していて何が本当なのかわからなかったそうです。現在、やっと平和条約が締結されて、情報公開も進み、いろいろな当時の状況もわかってきました。騎士団戦争の前後のことを簡単にまとめてみました」

 そしてライアンはゆっくりかみしめるように話し出したのだ。それはこんな内容だった。

「事件の始まりは、レッドドラゴン遺跡での連邦の発掘でした。あの当時、発掘には帝国側と連邦側の両国の許可の上で発掘期間や発掘方法なども厳密に決められ、また発掘物については完全な情報公開が約束でした。でもまず、連邦が何か重要なものをレッドドラゴンで発見してしまった。そしてもったいつけて、分析が終わるまで教えられないと、発掘物の情報公開をしなかったのです。それは本当に先住民が作ったものの科学レベルが高すぎてよくわからなかったものがあったのも事実ですが、明らかな条約違反でした。連邦は何かを発見したのだ。我々にも権利がある! 怒った帝国側も、条約違反のコアストーンの発掘を行い、情報公開せずにそれを本国に持ち帰ろうとしました。持ち帰りを阻止しようとする連邦と帝国側で1回目の衝突が勃発し、一触即発の緊張状態になってしまったのです…」

 するとそこでパエゾが当時の様子を話し出した。

「それは私たち一般の市民や開拓民にはまったく関係のない話だった。発掘物がどうなろうとみんなの暮らしには関係ないし、宇宙に去った先住民だって、自分たちの地下都市を荒らす空き巣みたいな地球人類の行動にうんざりしていたにちがいない。そこで我々市民は戦争をやめてもらうように政府や軍部に要望書を提出した。ところが、その答えはとんでもなかったのさ」

 その時、マルセル・ライムが前菜を運んできた。

「西の森のうちの菜園で昼に穫ったばかりの食用花のゼリー詰めです。ゼリーの色によって、オレンジ、ミント、コンソメ、チーズの4つの味が味わえますよ」

 すると植物学者でもある院長先生が喜んだ。

「まあ、小さいお花がたくさん並んでお花畑みたいね。この食用花、シソのような風味がしてこれだけでもとてもおいしいのに…ちょうど子の花の根元がワイングラスみたいに丸いからゼリーを詰めたのね…見事だわ」

「わあ、このチーズ味のお花、チーズゼリーの上にチーズクリームが乗っていておいしい!」

 サチホもうれしそうに花を一つずつ食べて言った。

 さらにこのクリスタルウォールの畑で採れた小麦の全粒粉作ったパンとトレドの高原産のバターやジャムが運ばれてきた。全粒粉のパンは膨らみにくいのだが、このパンはふわふわでまだ温かかった。おかわり自由だそうだ。

 ライアンが続けた。

「紛争の元になったもの、帝国が自分たちも権利を主張している物、それが遺跡博物館の地下に在る発掘品でした。その発掘品をすべて情報公開し、帝国と話し合えという意見や、開拓民の暮らしを守るために惑星トレドから別の場所に移送するという意見も有力でした。でも話し合いは決裂、分析の済んでいないものもまだまだ多く、膨大な発掘品を惑星の外に持ち出すには何回かに分けなければなりません。でも、持ち出しをあからさまにやってしまったら帝国はもっと怒るでしょう、何を勝手に持ち出しているんだと! そこで軍部がとった手段は…コロニー移送計画でした」

「そう、あの忌まわしいコロニー移送計画だ…ちょっと言わせてくれ」

 パエゾは身を乗り出してまくしたてた。

「今でもはっきり覚えている、軍部の上層部が市民や開拓民を集めて説明会をやるっていうから俺はホールの一番前の座席を陣取って話を聞いていた。そしたらやつら、とにかく一般の市民の方たちの安全が第一です。万が一のことを考えて、高齢者、病人、それから十歳以下の児童は、戦闘の心配のない衛星軌道上のコロニーに避難させる計画です。そう言っていた。でもいつ戦闘が起こるかもしれなかった当時は、その言葉にすがってしまった。それしかないと思っていた。だが実際は三回に分けて宇宙コロニーに移送された避難民の移送に隠れ、軍部は遺跡の発掘品を博物館から宇宙コロニーへ、ひそかに運び出していた…そうだね、ライアン君」

 するとライアンは複雑な表情で答えた。

「はい、開示された政府の機密文書でもそうなっています。間違いありません。3回に分けて重要な発掘品をかなりの量移送しました。ただ、発掘物の移送のためにコロニーの移送が考えられたのか、それともコロニー移送に便乗して発掘物の移送が行われたのか、どちらかは今でもはっきりしていません。どちらにしてもとんでもないことです…」

「まったくだ。そのおかげでコロニーに移送された子どもたちまでもが、あとで連れていかれちまったんだからな」

 さらにライアンは続けた。

「子どもたちのコロニーへの移送が終了してすぐに、今度は帝国の宇宙艦隊が近づいてきたという噂が入り、街は大騒ぎになったのです。でも単なる威嚇かもしれない、なぜなら帝国も発掘物程度のことで大規模な宇宙戦争を起こすわけはないと考えられていたからです」

 するとまたパエゾが口をはさむ。

「…でも市民としては、敵の宇宙艦隊がこちらに向かっていると聞くと、もう、気が気ではなかったんだよ。人によってはその時点で、他の惑星に逃げて行った人たちも多かったしさあ」

 するとサチホが聞いた。

「じゃあ、私はその時におばさんのいる開拓惑星に、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に移住して行ったの?」

 ライアンが首を横に振った。

「いいや、違う、ジェニーなんかはその時に星を離れたくちだけどね。セシルとルドガーは、その前にすでに宇宙コロニーに移送されていた…。でもサッちゃんは、騎士団戦争の終わりまでトレドの本星にいたんだよ…」

「そうなんだ…」

 そこに次の料理がマルセル・ライムによって運ばれてきた。

「トレドブルークラブの海藻包み葡萄風でございます」

 柔らかなカニ肉をおいしいソースとともに緑あざやかな海藻でまん丸く包み、それをうまく盛り付けて、葡萄の房のようにしてある。けっこう粒が大きくてちょっと見ると、マスカットの房のようにも見える。一粒取って口に入れれば、柔らかな海藻の奥からとろっとしたソースとともにぜいたくにほぐしたカニ肉が流れ込んでくる。

「へえ、とろけるようにおいしいけど、まん丸い海藻があるんですか?」

 サチホが不思議そうな顔をする。マルセル・ライムが答える。

「寒天のように固まるトレドの緑色の海藻のエキスを丸い型に薄く流し込み、固まったところでとろみのついたソースをからめたカニ肉をたっぷりつめて、さらに海藻のとろみでふたをしたものです。葡萄の房のように盛りつけてあるんですが、これは天然のものではないんです。まん丸く作るのはかなり苦労しているんですよ」

 するとそこに遅れると言っていた最後の一人がやってきた。

「遅れてすまん、すまん。いや、異星人の運搬にてこずっちまってね」

 それはまさかのキャプテンシーンだった。さっそくパエゾは赤ワインを四人分追加し、キャプテンシーンに乾杯した。

「実は、あの遺跡で発掘された赤い液体や植物の種が、赤ワインやその薬草酒の材料だとわかって、政府から何人かが招集された。生物学の森川博士、植物学のテレサ院長先生、ワイン研究家の私、ソムリエのマルセル・ライム、そして軍の精密検査で選ばれた、キャプテンシーンだった」

 今度はライアンが口をはさんだ。

「軍の検査は私も受けましたが、それで軍人が選ばれたってどういうことなんですか?」

「はは、軍は色覚や聴覚に加え、最近は嗅覚や味覚も調べて健康調査に役立てている。私は検査の結果、遺伝的に味覚細胞の数が異常に多いと診断され、実際に味覚テストを受けたら、スーパーテイスターと言われたのさ。でも惜しむらくは、パエゾさんみたいに小さいころからうまいもんを食ってこなかったから、無駄な能力だったがね。でも、トレドワイン研究会に入っていたから、みんなの役に立つこともできたのさ」

 するとパエゾがカニの海藻包みをすすめて、隠し味をキャプテンに聞いた。

「…凄いね…この海藻エキスを固めた皮の中にすでに薬草酒が微量に入っている。皮だけでもおいしいはずさ。カニ肉ソースの隠し味は、微量の魚醤とカニみそと熟成したバルサミコ酢ってとこだね」

 するとマルセル・ライムが小さく拍手した。

「あいかわらず、キャプテンの舌はすべてお見通しだ」

 するとパエゾ・パバロッティが赤ワインを飲みながら話し始めた。

「トレドワイン研究会はそれからも定期的にこのメンバーが集まり、葡萄の栽培や先住民が作った赤ワインの忠実な再現など、徐々に実績をあげて行った。そして今から十一年前、帝国の騎士団が近づいていると大騒ぎだった頃またこのメンバーで集まった。森川博士はとぼけた顔して珍しい動物や新しく交流した異星人の話をしてくれるし、妻のロワーヌが中心でやっている葡萄園の話もしてくれたし、話題に事欠かなかった。いつも楽しく、仲間はすっかり打ち解けていた。それで、酒の勢いか渡しパエゾはキャプテンに無理難題を突き付けたのさ。帝国は本当に来るんですかってね。もちろん彼は答えなかった。あのころはまだ、まじめな軍人だったからね」

 するとキャプテンは言った。

「今でもまじめですよ、もう、パエゾさんやめてくださいよ。サチホちゃんが誤解しますよ」

「でも私が、老人や子供は移送されたが、まだ事情があって移動できない人もたくさんいる。この赤ワインの元を作っている農家だって、葡萄をほったらかしにできないから家族で残っている。もし、本当に帝国が来るなら、どこから、どんな風にやってくるのかがわかったら被害が少なくて済むだろうってしつこく説得したんだ。するとキャプテンは処罰覚悟でメンバーに教えてくれたのだ」

 もちろん惑星破壊兵器や生物兵器、化学兵器など大量殺りく兵器は今度来る戦艦だって使わない。使ったらトレドだけにとどまらない大戦争になってしまうからだ。今度トレドにやってきた宇宙船は地上攻略用の戦艦ミュンターだと言う。

「帝国陸軍の主要な戦艦で、大部隊を運ぶことができます。予想されるのは、ロボット戦車と歩兵ドロイドからなる大舞台で、たぶんクリスタルウォールのあたりに降下艇をおろして展開し、発掘物があると言われる博物館を占領するでしょう。街や博物館を破壊すれば発掘品も失われてしまうので、戦闘機や爆撃機、ミサイルなどは使えません。そして今のスピードだとこちらに到着するのは十三日後です。でももちろん宇宙空間で連邦軍が追い返しますよ。衛星ケルススでの第一防衛ライン、惑星トレドの上空の第二防衛ライン、地上でも東の砂漠に陸上部隊が展開しています。ご安心ください」

 だが、相手が帝国だけに、ああそうですかと安心はできなかった。

 するとそれまで静かに話を聞いていた森川博士が、急に妙なことを言いだした。

「敵の戦車部隊が来たら、なんか幻でもっと凄い軍隊の映像かなんかを見せて、追い返すことはできないもんかね。そうすればけが人も出ないで済むし…」

 森川博士は頭が柔らかいって言うか、いつもほかの人が考えない突飛なことを思いつく。キャプテンが、言い返した。

「向こうはこっちの戦力をちゃんと把握してるから突然そんな大部隊が現れたって信じないよ」

 でも森川も負けていなかった。

「…そういう時は連邦軍が新型の戦車軍団を開発していた…とかさあ、あらかじめ偽情報を流しとけばいいのさ。そうすれば幻の戦車軍団が現れたのを見て、やっぱりそうだったのかって思うさ…」

 …パエゾはその時のことを思い出してサチホに言った。

「君のお父さんはいつも何か面白いこと、人を喜ばせることを考えていたひらめきのいい人だった。その辺はそっくりだな」

 サチホはその言葉が素直にとってもうれしかった。さらにそこに本日のメイン料理が運ばれてくる。

「ウルフフルーツのコンポートキノコソースでございます」

「ウルフフルーツ? 凄い、今話題の新発見フルーツですよね?!」

 サチホの目が輝く。マルセル・ライムがすぐに答える。

「はい、異星人館の特別展でウルフフォース人との交流をやっていたんですが、その過程で研究者たちが手に入れた物をいろいろ試行錯誤の結果やっと当レストランでもお出しできるようになりました。今では栄養豊富なその成分や様々な料理法、安定した入手ルートも確立しております」

 ウルフフルーツというのは、純粋な肉食のはずのウルフフォース人が好んで食べているというめずらしい果実だ。大きさはマンゴーぐらい、種は小さく、色は黄色からオレンジ、レッドまで様々だ。ビタミン・ミネラルやウルフル酵素という複合酵素が協力で、ウルフフォース人の栄養補給に一役買っていたらしい。なぜウルフフォース人が好んで食べるのか? 実はこのフルーツは生のまま食べると生肉そっくりの味や食感があると言うのだ。

「それを熟成させ、さらに熱を加えることによってビーフシチューやステーキに似た、食感もいい感じの繊維質ととろみがある者に仕上げることができるようになりました。ではトレドトリュフのキノコのソースでどうぞ」

 長く熱を加えてあるのか薄い皮が簡単にむける。その果肉をソースにつけて食べると、とろとろに煮込んだビーフのような食感と味だ。でもほんのりフルーティで後味もすっきりしている。院長先生がほほ笑んだ。

「…本当においしいこと…キノコのソースもいい香りねえ。でも今日のお料理、お花畑で始まって、次は大きな葡萄の房、最後に皮つきのまん丸なフルーツ、お花やフルーツでまとめた鮮やかなフルコースねえ…」

「はは、まだ特別なデザートがございますよ、お楽しみに」

 マルセル・ライムは笑って厨房へと去って行った。でもいよいよ昔話は佳境を迎える。

 パエゾは少し神妙な顔でしゃべりだした。

「赤ワインの芳香でみんなどうかしていたに違いない。ほろ酔い気分で我々は知恵を出し合い、あり得ないとんでもないことを企てた。実はうちの劇場では次の舞台公演のために、巨大な立体映像装置を買い入れたばかりだった。とても高額ではあったが、うちの大きな舞台に毎回かかる大道具の経費をうまくすれば十分の一にできる計算があったので、決断したのだ。さらにキャプテンも凄い提案をしたよな?」

 するとキャプテンも苦笑いしながらしゃべり始めた。

「実はあのスペースバザールには十一年前には規制の前でけっこうあやしい店も入っていた。あっちこっちの開拓惑星との裏取引をしている店だ。今はほとんど姿を消したが、あの頃は武器商人や麻薬の密売をやってる店からいろいろあった。そこにどうやら情報の売買を帝国なんかとしている男がいると耳にしていてね…、じゃあ俺が大戦車部隊の噂をでっちあげてそいつに流せば黙っていても帝国に伝わるって思ったんだ…。それで、俺が情報を流す係を申し出たわけさ」

 さらにあのお堅いはずの院長先生まである提案をしたという。帝国には最近カナリヤ歌劇団に対抗してか、超能力者部隊ができたという。もしその皇帝騎士団が来ることに備えて、カナリヤ歌劇団も警備隊をサポートさせましょうと提案してきたのだ。カナリヤ歌劇団は実戦になりそうになったらすぐ避難する、戦いには参加しないという条件で認められた。

「キャプテンシーンはその頃は空軍の若きエースパイロットだった。だから偽情報を流すなんてことは絶対できやしないとみんな思っていた」

 でもキャプテンはそれからすぐ軍部に内緒でスペースバザールに行き、あやしい店の情報屋だと思われる男とコンタクトを取った。スペースバザールの雑居ビルの地下2階のエスニック料理の店で待っていると、店の奥から背の高い商人が出てきた。大きな金の指輪と銀のピアスが目立った。よそよそしい雰囲気だったが、キャプテンが、空軍の身分証を見せると笑って席に着いた。そして約束通り情報の入ったメモリーカードを渡すと、お前は初めてだから、情報が本当だった場合のみ金を振り込むと言った。それから二人で羊の肉をニンニクとクミン、クローブ、コリアンダー、ミントなどで煮込んだ強烈なエスニック料理を食べた。男は一言もしゃべらず、怖かったがうまかった。でもその時は、この情報が帝国に伝わるかどうか半信半疑だった。

「…トレド陸軍では、帝国を迎え撃つため人工知能を持ったロボット戦車部隊をひそかに開発中、しかもこの戦車は、無音でうごく重力ホバーエンジンとレーダーに反応しにくい新開発のステルス装置を持っていて、前触れもなく、音さえなく、忽然と出現する…」

 この重力ホバーやステルス機能は立体映像をごまかすために森川博士が考えたいいわけであった。幻の軍隊はお伴しないしレーダーにも反応しないからである。

 同時進行でパエゾの立体映像計画も着々と進んでいた。だが、一つの問題があった。敵を驚かす計画など軍が認めてくれるはずもなく、高価な立体映像装置を劇場の外に出すだけでも大変だった。すべては極秘のうちに行われたのだった。だが、肝心の立体映像装置を積んだ車を動かす運転手をだれがやるのか問題になった。その車を動かすことにより、戦車部隊も前進するのだ。その運転手だけは敵のすぐ前に出ていかなければならない。万が一敵が見破って攻撃を仕掛けてきたら死ぬかもしれない。でも軍には知られてはならない、運転を頼むことは難しかった。キャプテンシーンはもちろん、敵が来たら空軍の任務に就かなければならない。すると森川博士が申し出たのだった。

「私にやらせてくれ。いつもあちこち歩き回っているから、クリスタルウォール周辺の地形には詳しいしね。ははは平気だよ、私はキャプテンと違って気が弱いから、危なくなったらすぐにすたこら逃げだすさ」

 博士はそう言って無理やりその仕事を引き受けたのだった。そして予測より1日遅れて帝国の宇宙戦艦ミュンターが惑星トレドへとやってきたのだった。

 ライアンはまた資料を読み始めた。

「…当初宇宙ステーションで双方の首脳が極秘裏に二回交渉を持ったと記録に在ります。しかし、帝国がコアストーンを持ち出そうとしたのを抗議する連邦、先に約束を破ったのは連邦だと抗議する帝国、交渉は非常に難しい局面に入っていました。そこで連邦は、最初にレッドドラゴンで発見された発掘物のリストをしぶしぶ開示しました。でもこのリストが、交渉を完全に決裂させてしまったのです」

「決裂? 情報を開示したのに?」

 ライアンは続けた。

「はい、実は帝国がひそかに研究を進めていたコアストーンですが、連邦の発掘物のリストにコアストーンから莫大なエネルギーを取り出すコアストーン変換マシンが記載されていたのです。帝国は我々がコアストーンの研究をしていると知った上での妨害行為であり、略奪行為であるとひどく抗議し、力づくでも奪う、我々にその権利があると主張。連邦はこちらが譲って情報を開示したのに何を言っていると完全にそれを拒絶、ついに決裂に至ったのです」

「じゃあ、まさか、本当に戦争に…?」

 サチホの言葉にライアンはうなずいた。

「その時の帝国の行動は電光石火の早業でした。連邦の宇宙艦隊とまともにやり合っていては大変なので新型の電波爆弾とでも言うべきものを使ったのです。それは複数を広い範囲に放ち、そのエリアでの電波通信やレーダー、ネットなどを機能させなくする強力なものです。空軍もこの電波ボムが働いているうちはほとんど飛ぶことができなくなります。連邦があわてて対処しているうちにミュンターを別の経路からひそかに近づけ、あっという間に第一防衛ライン、第二防衛ラインを突破し、さらに砂漠に展開していた戦車部隊や対空ミサイルの上も飛び越え、すぐクリスタルウォールの近くに降下艇を使って陸上部隊を送り込んだのです。砂漠にいた連邦の陸軍部隊があわてて引き返しましたが、もう遅かったのです。帝国の戦車部隊と歩兵ドロイドがあっという間に街の外側まで迫ってきていたのです」

 宇宙で追い返されるはずの敵が、いつの間にか街のすぐそばまできている。それは目撃した市民から、すぐに警察に通報されたが、それと同じくしてパエゾたちにも伝わっていたそしてパエゾは計画を実行に移した。誰も傷つかずに敵を追い払う方法をだ! その時の敵は武装した歩兵ドロイドを中心に、戦車、ロケットランチャーなどを擁する部隊だった。狙いは博物館の発掘物と決まっていたのでそのための輸送トラックも何台も来ていた。だが一歩街に足を踏み入れた時だった。モニュメントのようにたち並ぶクリスタルウォールの前でそれは起こった。

「…なんだ、やはりあの情報はガセだったようだな」

 帝国の地上軍司令官ベネディクト・ゴードンは胸をなでおろした。時間がかかれば連邦の陸軍部隊がやってきて大騒ぎになる。ほんの何分かを争う作戦だ。敵が新型のステルス機能のある戦車部隊をひそかに開発しているという情報があったが、どうやらガセネタでよかった。

 一斉に司令官の合図で帝国の地上部隊は動き始めた。だがその時だった。

「あ、なんだ?」

 クリスタルウォールの前の空間がゆらゆらと揺れたように見えたと思った次の瞬間、そこに蜃気楼のようにゆらりと何かが浮かび上がった。

「まさか、敵の戦車部隊か? す、すごい数だ! しかもかすかに振動音が聞こえるほかは音もしない…こ、これは…」

 かすかな振動音。それは立体映像装置を積んだ森川博士の重力ホバーカーのエンジン音だった。その時、副官がベネディクト・ゴードン司令官に報告した。

「司令官、今、わが戦車部隊の後方から、連邦の陸軍部隊が迫ってきております。急がないと、前方に出現したロボット戦車部隊と陸軍本体の挟み撃ちにあいます!」

「なんだと、せっかくここまで作戦がうまくいってたのに…ううむ…」

 そのとき新型のロボット戦車部隊が、一矢の乱れもなく、無音のまま、ゆっくり進み始めた。そう、立体映像装置を積んでいる森川博士が、タイミングを合わせて少しずつアクセルを踏み始めたのだ。

「もう、きたか、ま、まずい」

 徐々に帝国軍との距離が縮まって行く。ここで帝国が一発でも実弾を打てば、すべて偽物だとわかってしまったかもしれない。

「司令官、ご決断を!」

 司令官は目の前に忽然と現れ、こちらに音もなく進んでくる戦車部隊をもう一度見回した。

「うむ、くそう…情報は本当だったか。仕方ない作戦bに切り替え、本体は撤退、母船ミュンターに戻る」

 そして今度はわずか数分で帝国軍は降下艇で飛び立ち、ミュンターへと戻って行ったのだった。

「やったー!」

 幻の戦車部隊作戦は運よく成功した。危ない場面はいくらもあったのに、無難に切り抜けたのだ。森川博士は帝国が去るのを見届けてから、ゆっくり立体映像を消して行った。戦車部隊は、まるで幽霊のように透き通って行き最後にはまた蜃気楼のように消え去ってしまったのだった。

「ハハハ、一人の犠牲もなく、街や家族を守ったぞ!」

 森川博士はそのまま森の劇場に走って帰り、パエゾやマルセルたちトレドワイン研究会の仲間と抱き合って喜んだのだった!

 ちなみに戦闘の後、キャプテンの口座に怪しい店からの入金があり、おかしいと調査をしてみるとその店は情報だけでなく、麻薬の密輸にも関わっていることが分かり、キャプテンシーンは厳罰をくらい、のちに軍をやめる羽目になる…。

 だが、事件はこれでは済まなかった…。

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