第13話 ソフトバッグモンスター

 その日、ライアンとルドガーは、小型シャトルで緊急出動の要請を受けた。だが今回はいつもと何か違う緊張感に包まれていた。一度クリスタルウォールの空港によると、そこではトパーズ組のリーダー、テリー・クルーズとなぜか新入生のリディア、ジェニー、そしてセシルが乗り込んできた。セシルたちも、なんのために呼びだされたのか分からないようだった。

「今日はトパーズ組の主要メンバーは遺跡のガードに出かけていていないのよ。新入生でも連れて来いって命令だったから、心配だから私もついて行くわ。そして小型シャトルは、そのまま加速し、宇宙ステーションへと向かったのだった。

「…な、何か大変な事件が起きたのか?」

 宇宙ステーションの長い廊下を通って指定された部屋に着くと、そこにすでに対策本部が設置され、たくさんの設備が用意され、人々がせわしく動いていた。ライアンたちが到着するとすでに駆け付けていた長官が一行を迎えた。

「近日中に稼働予定の多目的局地戦略兵器ダイノダイスで事件だ。今日、朝から最終調整のためシステムエンジニアや上級整備技師たち十二名が船で作業をしていた。だが、今からおよそ3時間前に彼らと連絡が取れなくなった。そして2時間前に宇宙ステーションに待機していたわが軍の宇宙警備隊が、ダイノダイスの船内に突入、なんと船が何者かに乗っ取られているという報告が入った。ちなみに船の警備システムや監視カメラ、警備ロボットとして稼働しているはずのエックスパック6台も通信もコントロールもできない状態だ」

「なんだ、警備隊がもう行っているんだ。じゃあ、われわれの任務はもう?」

「…それが…突入に成功した8名の警備隊員から数十分前に連絡が途絶えた…」

「え、あの猛者ぞろいの宇宙警備隊がやられてしまったんですか…?」

「…全くわからない…こちら側に何の通信もない、途絶えてしまったのだ。もう君たちに頼むしかない…」

「いったい最新の戦略兵器を、誰が…どうやって?」

「先ほど警備隊がセンターシステムの記録を調べて送ってきたデータによると…いるはずのない十三人目のエンジニアと、7つの手荷物が予定外にダイノダイスに入船したことが分かった」

「人数や運ぶ荷物の数が違う? 宇宙港での厳しいチェックがあるから、そんなことはやろうと思っても普通無理ですよね?」

 だが、その時一緒に連れて来ていたテレパスの高貴なるリディアが、ダイノダイスの記録映像を見て、そっとささやいた…。

「ちょっと待ってください」

「え?」

「今、確かに感じました。ダイノダイスには強力な超能力者がいます」

 すると長官が頭をかかえた。

「やはりそうか…帝国皇帝騎士団には、人間の意識や行動を支配する能力者がいるというデータがある。宇宙ステーションの監視官の行動が明らかにおかしかったのだが、お前がデータを入力し直して外部の者の入船を手引きしたのかと問い詰めたが…彼にその記憶はなかった。どうも腑に落ちないので、トパーズ組に無理を言って来てもらったのだ…」

 するとトパーズ組のリーダーのテリークルーズが長官に問いただした。

「では、われわれにどうしろと…? まさか正規の警備隊が突入しても成功しなかったそのダイノダイスとか言う戦略兵器に、我々で突入しろというのですか?」

 長官は複雑な表情で答えた。

「…そうだ…」

 テリーはまさかの長官の言葉に怒りだした。

「…ありえません。ライアン少尉とルドガー特別任務館もほとんど実戦の経験はないと言うし、私が連れてきた歌劇団の子たちは新入生ばかりです。宇宙警備隊が失敗したのなら、軍の特殊部隊か何かを出せばいいじゃないですか?」

「…連邦の正規軍はパリス太陽系の外部で展開しているし、特殊部隊は第四惑星で突然起きた衛生事故の救助作業を行っている…」

 するとリディアがまたつぶやいた…。

「向こうがテレパシーを途中から遮断してきたので確かなことは言えませんが、すべては予定された計画です。こちらの警備を手薄にしてそこを責めてきたのです…」

「やはり…そうか…実は…」

 長官の話によると、今日システムエンジニアなどが入った一つの目的は軍の最高機密である、連邦のすべての軍事基地の詳細な場所のデータや軍事通信の暗証番号を最終的にインストールするためだったというのだ。

「敵の目的がこの軍事データだというのが、我々の見方だ。…人員を救助しろとは言わない。それはテリーの言うように、君たちの仕事ではない。…危険すぎる。でも、せめて軍事データが敵の手に渡らないように、センターシステムをシャットアウトできれば…」

「敵はまだそのデータを手にしていないんですか?」

「ああ、船が本格的に始動するまでは、三重に守られた状態でシステムとは隔離されている。そしてダイノダイスはまだメインエンジンが動いていない…ということだ。お願いだ、あのデータが敵の手に渡れば連邦のすべての基地の場所や暗号などがすべて筒抜けになってしまう…」

「データはどこに…?」

「操縦室の隣の指令室だ。あそこは脱出用ゲートを使えば、船の外部から直接入ることができる…」

 するとその話を聞いていたライアンが大胆に答えた。

「…いいでしょう。やってみましょう。ただルドガーやトパーズ組の人たちは無理して来なくても…船の外部から指令室に入り、そのままデータを手に入れて帰ってくるだけなら、一人でできると思います…」

 そう、ライアンは新しい兵器の中央システムのオペレーターの勉強をここ何日か集中してやっていたのだ。ライアンはどうすればいいのか、だいたいの見当がついていた。長官はこれを知っていてライアンたちを招集していたのだ。

 それから数分後、小型シャトルは宇宙ステーションから出発する用意を始めた。ダイノダイスに行くのはライアンだけでなくルドガーも名乗り出て、それを見たセシルたち新入生も一緒に行くと言いだし、仕方なくテリーも同行することになった。いったい何が起きて、どうなっているのか…? 警備隊の優秀な隊員たちは今どうなっているのか? 小型シャトルは、戦略兵器ダイノダイスへと近づいて行ったのだった。


 小型シャトルは星のきらめく宇宙空間を進んで行った。やがて虚空に巨大な黒光りするサイコロが見えてきた。近付いても何の動きも見られない。やはりまだメインエンジンは動いていない。特に何のトラブルもなく、近づくことに成功だ。

「よし、あそこが非常用の脱出ゲートだ。小型シャトルを横づけにしてそのままドッキングだ」

 無音の宇宙空間をゆっくりすすみ、小型シャトルはきれいにドッキングした。テリーがリディアに聞いた。

「…敵もテレパシーの遮断などをしているようだけど…どうリディア、このエアーロックドアの向こうの指令室に敵はいるかしら?」

 高貴なるリディアは胸に手を当てて数秒間集中した。

「彼らはこんな脱出用ゲートではなく、中央ゲートからちゃんと入って…そしてまだ司令部までは来ていないようね。途中でなにか、壁に突き当たっているようね」

「指令室に入るには二か所のセキュリティドアをこじ開けなければならない。まだやつらがてこずっているなら、今のうちが勝負だ」

 プシュー!

 エアロックドアが開いて、シャトルとダイノダイスがつながった。ドアの向こうの指令室には特に異常は見当たらない。

「よし、急いで作業だ」

 ライアンが先頭に立ち、銃を構えながらダイノダイス側に進んでいく。ルドガーとセシルがガードしながら、他のメンバーも進んでいく。

 司令室の中はまったく異常がないようだった。ただ本当ならいるはずのエンジニアたちも、警備隊も人っ子ひとりいなかった。ライアンが早速中央システムのモニター画面をのぞく。

「…あれ、警備システムや監視カメラが使えないって言ってたけど、本当だ、中央システムが正常に動いていないぞ…どこか機械を壊されたわけではなさそうだけど…?」

 モニター画面にはシステムの異常を示す警告メッセージがいくつも出ていた。おかしい、ネットにつながってはいないのに、強力なウイルスが入ったような状態になっていて、いくつもの命令が実行不可能になっている?!

「ええ? 壊れているわけでもないっていうことはどういうことなんだ?」

 ルドガーの答えにライアンはこう、答えた。

「分からない。軍事データを抜き取るためなら、こんなことをしたら、かえってデータを抜き取ることは難しくなるんじゃないかと思うんだが…。やつらの狙いは分からない…ただ、自分もすぐにデータを抜き取ることは難しくなった…」

 ライアンは中央システムをいろいろといじり始めた。リーダーのテリーが言った。

「あまり時間が長引けば、侵入者がここに来るのは間違いない。しかもやつらがどんな手を使って警備ロボットやエンジニア、さらに優秀な警備隊を通信不能にしたのか、それさえ分からない」

 セシルが心配そうにテリーに聞いた。

「テリー先生、ではどうしたらいいんですか?」

 テリーは落ち着いて、でも毅然として答えた。

「この指令室のドアは、外部の者には開かない、セキュリティドアの一つだから、安心は安心だけれど、もし隣の部屋まで侵入者が迫ってくるようなら、その時点でシャトルに速やかに戻りましょう。軍部のデータはその時点であきらめましょう」

 みんなは無言でうなずいた。リディアは、敵の動きを探ることに集中し、ルドガーとセシルで隣の部屋のドアを見張り、テリー先生とジェニーは待機していた。

 少しすると、リディアがつぶやいた。

「敵は、一つのセキュリティドアを破って、かなり近づいて来たわ。ただ、ちょっと反応がおかしい感じなんだけど…」

 するとライアンが何か閃いたのか、さっとみんなの前に、薄っぺらなファイルノートのようなものを取り出した。中を開くとそれはシート状のノートパソコンのようなもので、驚くことに中央システムのモニター画面と同じような画面が映っていた。おどろくみんな。

「これはおれが新しい中央システムの学習用に使っていたもので、システムと同じものが入っている。中央システムが何らかの原因で異常になっているが、機械や配線が壊れている感じじゃない。こっちの小さいパソコンに配線をつなげば、いくつかの機能は使えるようになるかもしれない。だれか、この作業をやってみないか?」

 すると勉強家のテリーがさっと手を挙げ、その作業をやってみると申し出た。そして時々ライアンに助言をもらいながらジェニーと二人でドンドン作業を進めだしたのだ。

「やったわ! 警備ロボットシステムとオートセキュリティシステムは何者かにロックされていたけれど、監視カメラに接続できたわ! ええっと…」

 この広いダイノダイスの中の数千か所もある監視カメラ映像が順番に映りだした…。本当は、異常のある画像をコンピュータが分析・抽出するのだが、今、その機能は働いていない。仕方がないので画面を一つ一つ目で見てチェックしていく。

 敵の入ったと考えられる中央ゲートから順番にもれのないように確認していく。

 ある場所では大きな棚のような格納庫に、数え切れない、サイコロのような金属の機械が整然と格納されている。ドローンからロボットに変形するtキューブだ。そのすぐ近くには三葉虫のような形をした巨大なメカが格納されていた。これが優れた人工知能を積載し、状況に合わせて翼が生えたり足が生えたり、巨大ロボにも鳴ると言う可変型最新メカ、オメガニカだ。そしてエンジンルームや倉庫なども画面に映る。気の遠くなるような緊張した時間が流れる。しばらくの間、だれもしゃべることなく時間だけが過ぎていく。ライアンは異常動作を示す中央システムにかなりてこずっている。リディアは、気付かれないように精神波を遮断してうごいている敵に探りを入れている。セシルとルドガーは万が一に備えて、銃をかまえたままピクリとも動かない。こうしている間にも十三人目の男がこちらに近づいてきているのだろうか。

「…ちょっと見て…1人…いや2人…倒れているわ。ゲートからのb1通路よ」

 テリーの突然の言葉にのぞきこむみんな。ジェニーが叫ぶ。

「生きてるの? 死んでるの」

 テリーが画面を拡大して確認していく。

「…どちらでもないわ」

「え?」

「体に傷や出血は全くない、警備隊の衣服の乱れも特になぐられたあともなくて…1人は銃を握ったままだわ…抵抗する間もなく、眠っているようね、2人とも」

「眠っている? いったい何が起きたというのだ」

 だがさらに意外な事実にみんなの顔色が変わって行く。そこは中央通路に面した第2警備室だった。警備室と言ってもあの多目的ロボットエックスパックにガードユニットを背負わせ、武器を持たせたものが6体待機している部屋だ。ジェニーが信じられなーいという顔でつぶやいた。

「…あり得ない…どういうこと、ロボットも倒れて…眠っているの?」

 二体のエックスパックが、銃撃戦の途中で倒れたまま、でも時々足や指先が動いている…眠っているようだった。リディアがつぶやいた。

「超能力で人の意識を操ることはできるかもしれないけど…ロボットを眠らせるなんて不可能だわ」

 その時、ジェニーがおかしなものを見つけた。

「ちょっとテリー先生、部屋の隅におかしなものが映っているんですけど…」

 テリーがその部分の画像を拡大した。

「あれ…おかしいわね、これは隊員用の手荷物に使われているソフトバッグだわ。なぜ、こんな大量に…。しかも中は空っぽみたいだし…」

 しかも見たことのあるような箱のようなものも、部屋の反対にいくつか転がっている…。

さらにルドガーがあることに気付いた。

「ちょっと待って、ここには6体のエックスパックがいたはずなんだろう、あとの4体は、どうしちまったんだい?」

 そう言われてみれば、倒れていたのは2体だけ、あとの4体は影も形もない。

 ルドガーはなぜかいやな予感を感じて銃を構えなおした。やがてテリーとジェニーがかなり司令部に近づいた場所で倒れた人間を発見した。

「ねえ、見て、エンジニアらしい人たちが大勢倒れているわ」

 確認すると、その人たちは全員最初に乗り込んだエンジニアや専門の技術者で2つの部屋にまたがって、やはり倒れて…眠っているようであった。人数は十二人、警備用ロボットのエックスパックも1体、眠るように倒れていた…。

 どうやって眠らせたのだろう、普通なら睡眠ガス、相手の意識を操る超能力者もいる、でもロボットまで寝かせることはどちらも不可能だと考えられる。ただ、倒れた人間やロボットの体には銀色に光る目に見えないほどの粒子のような輝きが見える。セシルは正体のわからない敵の攻撃方法に戦慄を覚えた。その時中央システムにかじりついていたライアンが叫んだ。

「やった! 軍部の極秘データにアクセスできたぞ」

 すると画面が切り替わり、システムのアナウンス音が聞こえてきた。

「只今セキュリティが解除されました。あと3分ですべての情報はメモリーカードに書きだされます。ただいまシステムの書き出し、および消去を行っています」

 みんなほっと胸をなでおろした。あと3分でこの指令室ともおさらばだ。だがその時、今度はリディアが警告を出した。

「敵の心の動きが大きく変化したわ…。こちらに読み取られないようにしているけど、たぶん途中のセキュリティドアが破られたんだわ! うん、やっぱりそう。敵の波動がどんどん近付いてくる」

 セシルとルドガーは敵の近付いてくるドアのそばで銃を構えた。ライアンが言った。

「あと2分…」

 テリーはこの指令室に通じるいくつかのルートを割り出し、そこの周辺の監視カメラを徹底的に調べだした。しばらくして衝撃的な映像が映る。

「え? なにあれ? ひ、怪物よ、怪物が映っているわ!」

 ジェニーの声に、みんなは監視カメラ画像を覗き込んだ。そこにはメカと軟体動物の混ざったような不気味な怪物が二体、何か銃を持って通路を歩いていたのだ。最初はどういうことだか分らなかった。荷物が持ち込まれていたのは確かだが、それは手荷物のバッグであって、とってもこんな大きな怪物がはいるはずもない。

「あ、わかったぞ! こ、これは…」

 ルドガーが声をあげた。みんなも事実を理解した…。

 その怪物は多目的ロボット、エックスパッグに何かが取り憑いたものだったのだ。よく見れば、背中に背負っている機能別のバッグの代わりに、人間の脳にも似たぶよぶよしたコブのようなものが背中に取りつき、うまくコントロールするためか、首から口、胸から腕、腰から足へと、全身に軟体動物のような触手や腕足が伸びてからみついているのだ。背負うバッグによって機能を大幅に変えることのできるエックスパックの能力をうまく使い、エックスパックの本体を乗っ取ってしまったのだ。

 するとリディアが話し出した。

「そう、そうなんだ。それでやっとわかったわ…この部屋に近づいているやつらは数名いるんだけど、一人は超能力者だけれど、あとがおかしな反応だった…ロボットだったのね」

 でも、なんであんな軟体動物のような気持ち悪い形状にしたのか? ラバー素材を使った小型ロボットなのか、それとも生きているバイオロイドなのか? どちらにしても背中に背負うパックと同じ形状にしてもよさそうなものだが…だがその形状の意味をあとでライアンは思い知ることとなる。

「敵が2ブロック先まで近づいて、他の敵と合流しました。今画像を出します」

 警備用のショックガンを持ったエックスパックの怪物が3体、そして帝国皇帝騎士団の超能力者と思われる戦闘スーツ姿の男が一人、慎重にあたりを警戒しながらこちらに歩いてくる。

「…あの男はあの時の…すぐに確認だ!」

 ルドガーがその画像を、すぐにテリーと協力して宇宙ステーションの長官のところに転送する。すぐ分析されて応答が来る。

「…その男は帝国皇帝騎士団のエミリオ・バロアに間違いないという」

「あいつは相手の意識の状態を自在に操る…空港の検査官の意識を操り、データを入力し直させ、ソフトバッグを持ちこませ、自分もやすやすと通過したに違いない」

 ライアンが言った。

「あと一分!」

 その時、最後の司令部のドアをこじ開けようとするガツンという音が響いた。思ったより早かった!

「残念だけれど、時間切れよ、すぐに小型シャトルに移動して!」

 だが、さらにガツンガツンという音が響いてくる。

「まずいわジェニー、あなたの力を貸して!」

 逃げる間もなく敵が入ってくる! セシルはジェニーと小さな声で打ち合わせるとドアの横で銃を構えた。やつらはここに来るまでの間にセキュリティドアの開け方を学習したのだろうか。そして妙な音がして、ドアが開くとあの怪物が銃を構えて飛び込んできた。

「行くわよ、ジェニー!」

 その瞬間、強力な生体バリアが、ドアの前に壁を作り、銃弾をすべてはじき返し、さらにジェニーの強力な念動力で怪物が取りついたエックスパックを真後ろに数メートル吹っ飛ばしたのだ。

 すぐにセシルとルドガーが飛び込み、銃撃戦となった。

 ライアンは超能力者の戦いというものを初めて見た。なんとうっすらと体の周りがオーラに包まれたようになり、その中で銃弾がポロリと地面に落ちていく…。セシルとルドガーの呼吸はぴったりで、もう一台のエックスパックもたじたじで、後退を余儀なくされる。だが、次の瞬間セシルは強烈な眠気のようなものを感じる…。

「…やつが来る。みんな下がって…!」

 テリーが生体バリアを張りながら飛び込んで、代わりにセシルとルドガーが退却を始める。

「ほほう、カナリヤ歌劇団の方がお見えとはねえ。最後に計算違いだ」

 戦闘スーツに身を固めたエミリオ・バロアの前にテリー・クルーズが進み出て火花を散らす。

「ほほう、こっちのお姉さんは、精神攻撃にいくらか耐えられるようだね」

 経験豊富なテリーは敵の攻撃を跳ね返しながら、さらに攻撃を加える。

「なんだと、電撃攻撃だと…!」

 テリーの強力な電撃弾がエミリオを襲う。生体バリアで跳ね返し、体制を整えるエミリオ。大変な戦いの中コンピュータから声が聞こえる

「…データの書き出しと消去が終わりました。カードをお受け取りください」

「データは完了だ。みんな脱出するんだ」

 ライアンはカードを抜き出し、脱出ゲートへ、シャトルへのドアへとかけ出す。

「うわあ、なんだこれは?」

 いつのまに忍び込んだのか、先ほどのロボットに取りついていたはずの軟体動物のような怪物が、ロボットから離れて足元に潜んでいたのだ。

「助けてくれ、ルド…ガ…!」

 突然ライアンの足に絡みつく触手、さらに触手はあっという間にライアンの上半身に伸びてくると、グイインと縮んであっという間にその軟体動物のような体を持ち上げ、背中にへばりつき、さらに長い腕足が手足の自由を奪い、口元をふさいでくる。瞬時にライアンは息ができなくなる。

「うぐ…!」

 だが次の瞬間触手の先からキラキラ光る粒とともにガスが噴き出し、それを吸ってしまったライアンは、意識をなくし、倒れたのだった。

 気がつくとライアンは出発したあの宇宙ステーションで目を覚ました。あの特別対策室の隅にベッドが持ち込まれ、そこで横になっていたのだ。

「…はっ! 長官! 軍事データは、データはどうなったんですか?」

 レイモンド長官は軽く笑ってうなずいた。

「朦朧とした意識の君をルドガーが連れてきたんだが、君はこの部屋に来るまで、データカードを放さなかった。テリーと互角の戦いを演じたあの帝国騎士団の超能力者、エミリオ・バロアも君がデータを引き抜いたのを見て、部屋を引き揚げ姿を消した、他のメンバーもみんな無事にシャトルに戻り、ルドガーが操縦してここに戻ってきたんだ。今回のミッションは成功だ。よくがんばった。そして、衛星の救助から急いで帰ってきた特殊部隊がついさっきエンジニアと眠らされた警備隊員を全員助け出したところだ」

 今、ダイノダイスは無人状態だが、あと三時間以内に連邦軍の本体がダイノダイスに合流、ダイノダイスを回収する手はずだと言う。

 対策室のもう一方の隅には例のエックスパックを乗っ取ったなぞの軟体生物が運び込まれ、分析官に調査されていた。敵の体に絡みつき背中に張り付くための特殊な粘着性のあるラバーを使ったロボットで、人口吸盤や睡眠ガス、そしてロボットの人工知能を停止させるナノロボットガスを吹きだす精巧なものであった。

「ナノロボットっていったいなんですか?」

「睡眠ガスと一緒に吹きだされる目に見えぬほどの小さなロボットで、機械の内部に侵入すると、無理やり強力なコンピュータウイルスを感染させるロボットだ。ウイルスに感染したロボットは、動作不良となり、眠ったように動けなくなるわけだ」

 さらにこの軟体動物のような形態の本体には、無駄に高性能なAIを積んでいて、それで簡単にロボットを操縦するのだそうだ。人間と戦う時はへばりついて鼻と口をふさぎ、ガスを無理やり吸わせる、おそろしい怪物であった。ライアンも危なかった。

「睡眠ガスとナノロボット? 人間もロボットも両方眠らすとんでもないやつだ」

「みんなはどうしたんですか?」

「テリーや新入生は、捜査官の事情聴取がちょっと前に終わって別のシャトルで地上に、クリスタルウォールへもどった。ルドガーは、あることが判明し、多島海の軍事基地へ行ってもらった」

「今、船内の銃撃戦で、セシルとルドガーは大活躍で、結局3体の怪物を倒した。だが、君ももしかしたら気がついていたかもしれない。テリーが確認した。ルドガーは生体バリアを使いながら銃撃戦に参加していたのだ。やつは超能力を使えるのだ」

 それを聞いてライアンはうなずいた…。

「そうですか、そういわれれば、思い当たる節も…。ムンディーズの遺跡の事件の時も、遺跡の中で異次元獣に襲われた時もなんかおかしいなって…。」

「やはりな…。でも我々が注目したのは、彼はこの星の生まれだが、男性だ。ご存知のように我々連邦側の超能力集団、カナリヤ歌劇団は全員女性だ。しかし帝国皇帝騎士団の超能力者には昔から男性が多かった。そのからくりが不明のままだった。だが素直に話してくれたルドガーによると、若い兵士は特別な手術を受け、特別な超能力の訓練をするのだと言う。彼は訓練したから使えるようになったと思っていたのだ。もしかしたら彼を調べることによって、帝国皇帝騎士団の超能力の秘密がわかるかもしれない…」


 その頃、人っ子ひとりいなくなったはずのダイノダイスの中を、とっくに逃げたと思われていたエミリオ・バロアがゆっくり歩いていた。今は特殊部隊も救助した人たちを運ぶために帰り、船はわずかな間、無人状態になったのを知って出てきたのだ。その手には、あのソフトバッグがぶら下がっていた。あの指令室のドアを開けると、中に堂々と入って行った。もちろん警備システムも監視カメラもまた動いていない、好き放題だ。

「ハハハ、連邦の馬鹿どもめ、私が軍事データを狙ってきたと思っていたのか? それも魅力だが、今回銃撃戦までして指令室に入ってきたのはこいつを中央システムにつなげるためなのさ、ハハハ…」

 すると運んできたソフトバッグの中から、あの軟体動物のような怪物が飛び出した。

「さあ、ブレインホッパー、ダイノダイスを乗っ取るがいい!」

 さっきまで警備ロボットのエックスパックを自在に操っていたブレインホッパーと呼ばれた乗っ取りロボットは、今度は中央システム全体にその触手を伸ばして言った…。なるほどそう言われれば、脳みそに触手が生えたような形態ではある。

 ほどなくして今まで沈黙を貫いていた皇帝騎士団の旗艦キルリアンは忽然と姿を消し、帰って行った。さらに三時間後、ダイノダイスに乗り込もうと近付いた連邦軍本隊のすぐ目の前で、無人のはずの、敵では絶対動かせないはずの、戦略兵器ダイノダイスが動き出し、帝国の戦艦の後を追いかけるように航行を始めたのだ。連邦も航行妨害や再度操縦を試みたが、時すでに遅く、ダイノダイスは敵の手に落ちたのであった。

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