第11話 博物館の罠
「…なんなのさ、このデザイン? 博士のいつも言っているギャグロジーってやつなの? まあ、怖くはないし、強そうでも、かっこよくもないし…でも、どこか可愛いからいいかねえ」
怪盗団ムンディーズの女ボス、ムンディーは、ボナパルト博士が作った秘密メカを見ながら言った。ここはムンディーズの秘密基地だ。ひょろひょろっとした天才ボナパルト博士は二カッと笑って答えた。
「もちろん心理効果を考えに考えて作ったデザインでございます。コンセプトは子どものおもちゃ、頭が大きく、丸みがあって、おもしろい動きもする。我々はあくまで怪盗団です。凶悪な犯罪とは縁もゆかりもございません。それならば、最高の機能性を持ちながら、人々に愛されるデザインであるべきです。最新の重力ホバーエンジンを使い、急加速、急停止がスムーズに行え、また新開発の小型波動砲も装備してあります」
「最高の機能性を持ちながらの、このデザインね…なるほどねえ、みんなに愛されるねえ…まあ、じゃあ、今回はこれでいってみようかね…?」
ムンディーは、その丸みを帯びた重力ホバー、高機動バイクに近づき、最後の調整を行っていた。天才ボナパルト博士は、相棒の戦闘アンドロイドm6号を呼び出して、さっそくステルス機の準備を始めた。m6号は、正式な名前はマッチョナンバーシックス・ゴーリキーグレートと博士が命名したのだが、ムンディーの「長すぎる!」の一言でm6号に改名された悲しい過去を持つ。戦いだけでなく操縦もうまい。
「マイクロスパイロボジェネシスよ、応答せよ。博物館の保管場所や警備体制に変化はないか?」
博物館の地価は、広大な保管庫が広がり、運搬車両が通れるような大きな通路で五番目のように仕切られていた。その広大な地下通路を「蚊」のような小さな昆虫にしか見えない物体が、高速で動いていた。これが超小型スパイロボットジェネシス3号であった。
「例の品物はa3地区の保管コンテナ087に収蔵されました。コンテナのタイプはfで、例の電子暗号シリンダー錠bタイプが使われています。いつもの位置に警備ロボットが2台、待機しております。保管ケースには超超小型発信機が取り付けてありますので、センサーを使えば瞬時に見つかります。
「オッケー、これなら1分の壁をらくらくこえられるねえ。ムンディー様、準備完了でございます」
するとムンディーは、ステルス機のコクピットにいる戦闘アンドロイドm6号に命令した。
「よっしゃ、行くよ、m6号、予定通り発信だ!」
「アイアイサー」
そして、だれもが予想しなかった大騒動が起ころうとしていた…。
その日の朝、突然ライアンとルドガーに出動命令が下った。
「帝国騎士団の宇宙戦艦キルリアンより、謎の戦略機が発射された模様…レベル三の迎撃態勢をとって、警告を送ったが、彼らは別の任務のための出動であり、軍事行動は一切しないと応答してきた」
「はあ? どういうことなんですか?」
「…まったくわからない。だが間違いなく、帝国騎士団の謎の戦略機は、地上に向かって降下してきている」
「地上に? いったい何のために?」
「それもわからぬ。だが彼らはクリスタルウォールへの着陸許可も求めてきている…。正式に許可を求めてきている以上、迎撃することはできない。警備隊も今慎重にやつらの動きを見守っている。ライアンたちのマルチホバーで、行動をマークしてほしい。健闘を祈る…」
「了解…」
何だと言うのだろう。謎の行動をとる宇宙戦艦キルリアンから、今度は飛行艇が出撃して、このクリスタルウォールに向かっている? とにかく急ごう…!
ライアンたちは帝国騎士団の戦略機より早く、クリスタルウォールの空港に着陸し、その時を待っていた。やがて連邦の期待とは明らかに違う重厚なデザインの飛行艇が空港に近づいてくる。
「帝国の紋章がでかく付いてるぞ…あれも見たことがない飛行艇だな…」
ライアンがつぶやくと、ルドガーが即座に答えた。
「…最前線に兵士を運ぶ戦略降下艇だ。しかも超能力部隊専用のものだ…軍事的行動は一切しないと言っていたそうだが…あり得ない」
すると戦略降下艇から、連邦警備隊全軍に向けて緊急通信が入った。
「…われわれは軍事的な行動は一切行いません。ある目的のために緊急着陸したものです。また、その目的はほどなくして御理解いただけるものと思います」
通信を聞いていた長官が珍しく声を荒げた。
「ほどなくして御理解? ばかな? いったい何をしようというのか」
「あ、なんか出てきたぞ…」
ライアンが叫んだ。戦略降下艇の後ろから、真黒な車両がゆっくり出てきた。
「兵士運搬用の多目的車両ブレードリカオンです。十人ほどの武装した兵士とたくさんの武器や銃弾を運ぶことができます。相当な防弾性能を持つこんな危険な車で、やつらは何をしようというんだ」
驚くルドガー、ライアンは、愛機を地上走行モードに切り替え、さっそくアクセルを踏んだ。まさか、こんな物騒な車をマークして追跡することになるとは…。しかも走り出したブレードリカオンは、静かにクリスタルウォールの街の中に入っていくではないか…! いったいなにが起ころうとしているのか?
だがその時、空港からさほど遠くない博物館でついに事件が起きていた。
空港とは全く別の方向から何かが近づいてきていたのだ。
「…長官、大変です、帝国騎士団とは全く別の何かが、クリスタルウォールの街に急速接近しています」
「…あり得ない、帝国の戦略機のことで厳重警備しているこのさなかに、何が接近しているというのだ…!」
「高速飛行艇並みのスピードと最新のステルス機能を併せ持つ何かが急速接近…どうやら博物館がターゲットのようです! あ、空中で何か大きなものを発射しました?」
さすがの長官も血の気が引いて行くのを感じていた。
「警備網をたやすく突破してあっという間に街の中へ…いったい、何がやってきたのだ?」
「…空中からそのまま降下して待ちの一般道路に入っていきます…あれは…ええっと、カバです、ふざけたカバのようなメカが、高速で突っ走っていきます」
「…? な、なに、カバのメカだと? バカなことをいうな」
「ですから、バカではなくカバです…」
博士の心理作戦は成功した。カバだと判明した途端、警備レベルは一段下げられ、少なくともミサイルや戦闘機などの物騒な武器はひっこめられたのだった。すぐに街の監視カメラ映像が送られてきた。それは遊園地の子ども用の動物ライドを少し大型化し、高速で走行できるようにしたものに見えた。中にはライダースーツと特殊なヘルメットとゴーグルをかぶった女性らしき姿が映っていた。ゴーグルの下に除く口元には、深紅のルージュがひいてある…。
「予定時間と誤差二秒以内、予定通り突っ込むわ!」
カバ型の高機動バイクに乗りこんだムンディーはそのままスピードを上げて、ドーム型の屋根を持つ博物館の裏口へと一直線に近づいて行った。
「小型ミサイルロックオン、発射、…え、どういうこと?」
裏口のドアを狙ってカバの鼻の穴から打ち出した二発の小型ミサイルのデザインは、なんとリアルなバナナだった、博士は何を考えてるんだか?
ズバーン!
バナナで吹き飛んだドアを確認すると、ムンディーは、速度を落とすことなく高機動バイクを突っ込んだのだった。
「なんだ、何事だ!」
鳴り響く警報、予期せぬ出来事に博物館の中は大騒動になった!
「二十秒で第一ポイントまで行かなきゃ!」
誰もいない非常階段を、重力ホバーエンジンを動力とする高機動バイクが、駆け下りていく、そのハンドルさばきの見事なこと、バイクの高性能なこと、デザインがまぬけなカバでさえなければ、戦慄を覚えるほどだった。地下一階の通路の入り口に待機しているガードロボット二対の足の車輪も動き出し、地下の入り口を封鎖し始める。が、閉まり始めたかと思った瞬間ドアの隙間を高機動バイクが凄いスピードで走り抜けていく。
「第一ポイント、うまく通過、通路の幅が広くて気持ちいいところね!」
追いかけるガードマンロボット、でもスピードが全く違う、コーナリング性能も格段の差がある。
「よし、頼んだわよ、キーモンキー!」
そう言ってムンディーがハンドルのスロットルボタンを操作すると、今度はカバの鼻の穴から二つのボールが打ち出され、それが空中で変形して二匹のサル型ロボットに変わった。ムンディーはそのまま速度を落とさず、広い地下通路を爆走し始めた。追いかけるガードロボットも速度を上げたが、とても追い付けない。でも、ガードロボットにはスタンガンや、催涙ガス、そして侵入者を縛り上げるスネークロボロープまである。接近すればどうなるかわからない。ムンディーがガードマンロボと追いかけっこをしている間に、変形したキーモンキーは一つのコンテナにしがみついていた、一匹のキーモンキーは高周波カッターや高温切断機を持つ切断マシーンで、超合金のコンテナの鍵を簡単に切断してしまう。そしてもう一匹のキーモンキーは、切断された錠前をコンテナからきれいにはずし、中に忍び込むとセンサーを使って発信機のついたターゲットをきちんと探し出す。ガードマンロボと追いかけっこをしていたムンディーがもう一度近くを通りかかると、保管ケースをしっかり持って、カバのバイクに二匹とも飛び込んでくる。
「…はい、お利口ね。じゃあ、行くわよ」
ムンディーは、今度は入ってきた時とは反対側の正面玄関につながる大きな階段を一気に駆け上がって言った。でも正面は大きなシャッターが閉まっていて、地上とは行き気が簡単にはできないようになっているのに…? 警備隊も次々に裏口に集まっていたのに、さらにその裏をかかれた感じだ。
「行くわよ、ジャスト53秒、本日のハイライト!」
ムンディーが叫ぶと、カバの大きな口が間抜けにパカッと開き、小型の波動砲が出現した。
「ロックオン!いっけー!!」
まさかの波動砲が火を吹き、地下室入り口に在った強固なシャッターに大きな穴が開いた。
「ヒャッホー、さすが博士ね、見事大成功!」
1分以内に走り抜ければ、ガードマンロボにつかまることなく脱出できるという、博士の作戦であった。すべては予定通り…。
ところが外に飛び出した途端、前方に黒い不気味な車があり、ムンディーはあり得ない強烈な眠気に襲われた。
「な、何、どうしたっていうの?」
ムンディーは、ハンドルを右に切って、急ブレーキをかけた。やがて高機動バイクは止まってしまった。
「え? いったい何が起こったの?」
すると不気味な声が、ムンディーの心の中に直接響き渡り、黒い車の方から、先頭スーツを着た二人の男が出てきた。まず、知的な感じのする中肉中背の男が言葉を発した。
「そうそう、うまくはいかないぜ。ムンディーさん。私は帝国皇帝騎士団のエミリオ・バロア。…残念だったな…人の意識を自由に操る私の能力はどうだったかな?」
え? そんなこと超能力でできるの? ムンディーはさっとカババイクから保管ケースを持って飛び降りると、ふいに何かを黒い車の方向に投げつけた! ムンディーのお得意の照明ボムだ。
「え? なんてこと?」
だが照明ボムは一瞬時間が止まったように空中で静止し、そのまま博物館の裏まではじけ飛んで遠くで爆発した。
黒い車から歩いて来たもう一人の背の高い鉄仮面の男が凄んだ。
「私は念動力が使える。爆弾や銃弾の方向を変えることはたやすい。抵抗しても無駄だ。下手なまねをすると、命はない。私は皇帝騎士団のギル・ダイム。これは脅しではない」
頭に直接響いてくるテレパシーを使った脅しは効果が高い。ムンディーは身の危険を感じたのか、ヘルメットとゴーグルをはずした。長い髪がはらりとこぼれ、深紅のルージュが印象的だった。前方に止まっていた黒い車、ブレードリカオンからさらに3、4人の人影が出て、さっとバイクとムンディーを囲み、ロボット手錠で動けないように拘束した。
帝国のロボット手錠は手首を抑えるだけでなく長いロボットの手が伸びて、首や肩、上半身をすべて固定し、あやしい動きをすれば電撃で苦痛を与えると言うえらいものであった。
「平和協定の遺跡に関する共同管理条項により、貴重な発掘物の盗難事件の犯人をここに逮捕する。貴様は衛星上に待機しているわが戦艦キルリアンに運ばれた後、帝国の法の裁きを受け、帝国の宇宙刑務所に送られる。以上だ」
エミリオ・バロアが何か合図した。ムンディーは一体何が起こったのか、パニック状態のまま、ブレードリカオンに連行されて言った。後ろにつけていたライアンたちはただ唖然としてそれを見ていた…。ブレードリカオンはすぐに動き出し、空港へと走り出した。いったいどういうことでこう言うことになったのか、ライアンは走りながら頭の中を整理していた。
「帝国騎士団は何らかの方法でムンディーズの来襲を察知し、それで秘密行動をとりながらやってきて、そして逮捕に成功した…ということなのかなあ」
「じゃあ、おれたちは帝国騎士団に感謝しろってことなのかい?」
そしてあっという間にブレードリカオンが帝国の戦略降下艇に積み込まれ、離陸した時、はたと気付いた…!
「しまった…もしかするとうまくしてやられた。迂闊だった」
そして急いで博物館に確認の通信を入れたが、もう、あとの祭りだった。
それから数十分後、ムンディーは拘束されたまま、戦艦キルリアンに運ばれ、大きな部屋に帝国の兵士に連れられて入って行った。
「おやおや、これはたいへんなご苦労だったな。ムンディー君」
そこで待っていたのは、あの黒い戦闘服で固めた帝国第一騎士、クロムハート・カーツだった。クロムハート・カーツは、ムンディーの背中にある手錠ロボットのコントロールボタンをさっと押した。ロボットは外れ、ムンディーは息を吹き返したようだった。
「ああ、痛かった! 冗談じゃないわよ。帝国の罪人の扱いはひどすぎるわ…こんなこと聞いてなかったし…」
するとクロムハートがそっと近づいた。
剣士として名をあげたクロムハートだったが、武骨な性格で、女性の扱いはどうも苦手なようだった。
「悪かった、非礼を許せ。では、すまん、約束の物をもらおうか」
クロムハートは、兵士に何かを持ってこさせた。それは博物館の保管ケースだった。だが、保管ケースにしっかりと例の小型ロボット、キーモンキーが手を伸ばしてしがみついていた。もちろんこのままでは中を開けることはできないし、無理にキーモンキーを外そうとすれば、大爆発すると言うお約束の仕掛けであった。
「もし私が脱出する前に私の身に何かがあったら、帝国騎士団とムンディーズが裏で綱っていたという証拠データが、連邦政府に自動的に送られることになります。いいかしら…?」
「そうならないように、丁重にお取り扱いしよう」
ムンディーはライダースーツの胸の部分から、小さなカードを取り出してクロムハートに差し出した。クロムハートはかわりにあやしい黒いカードを差し出し、二人はそれを交換した。ムンディーはその黒いカードを腕時計でチェックしてにこっと笑った。
「…あら本当に百万クレジットあるわね。なら契約成立ね。じゃあ。暗証番号は877、バナナって覚えてね」
帝国騎士団の宇宙戦艦キルリアンには、当初よりの予定通り、m6号の操縦するステルス機がすでに迎えに来ていた。ムンディーは、さっさとステルス機に乗り込むと、m6号とともに宇宙のどこかへ消えて行った。
誰もいなくなった部屋で、帝国騎士団第一騎士、クロムハート・カーツは、キーモンキーにカードを差し込むと、877と打ち込んだ。キーモンキーはガチャリと外れ、ふたが開けられた。中に入っていたのは、あの遺跡から発見されたばかりの、クオンボルトの無敵の紋章であった。クロムハートは、その紋章を取り出すとそれを掲げて、つぶやいた…。
「…ふふふ、純正のコアストーン百パーセントに間違いない…! これが実在したとは…やった…やったぞ…これで私は無敵になれる…ハハハハハ…!」
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