第10話 惑星戦略兵器、ダイノダイス

 その日、ライアンとルドガーは他の若い兵士たちとともに、多島海の軍事基地へと呼び出されていた。海風を切って、複雑な入り江の奥へとマルチホバーは静かに降りて言った。帝国の宇宙戦艦は、沈黙を守ったまま、いまだ惑星トレドの衛星軌道上にあった。軍事基地に着くと、第一会議室で長官が待っていた。

「…帝国と連邦の間は微妙な軍事バランスによってなんとか保たれている。いまから百数十年前、惑星を一瞬で滅ぼすほどの惑星破壊兵器が開発された。帝国も連邦もこぞって開発競争を繰り広げたが、その結果、今度はそれが抑止力となって、宇宙規模の大戦争は起きないようになっている。さらにいくつかの化学兵器や生物兵器も使用禁止になり、最近は通常兵器を使った局地戦が時たま見られるだけとなった。その均衡を崩すかと思われたのが超能力者の部隊、帝国騎士団であった。だが、帝国騎士団に対抗するカナリヤ歌劇団も力を伸ばし、彼らの力を封じてきた。だが彼らの不穏な動きはまた均衡を揺るがそうとしている。そこで、ついに連邦は帝国との軍事バランスを決定的に優位にする、戦略マシンダイノダイスを開発した。中央スクリーンを見てくれ」

「おおお!」

 宇宙空間に、一辺が五十メートル以上ある巨大なキューブ状の物体が忽然と浮かんでいた。確かに大きい。だが惑星破壊兵器ほどの巨大さはなく、今までにないタイプの戦略兵器らしかった。

「新型の反重力エンジンにより、地形や周囲の状態を選ばず行動可能。特徴の一つ目は、ダイノダイスの専用に開発された戦闘ドローンロボット、tキューブである」

「tキューブ?」

 画面には、今度は一辺が1メートルほどの金属の小型キューブが映った。彼らは格納庫から出ると、重力エンジンで自在に空を飛びまわるドローンに変形、またそのまま地上に降りれば二足歩行の歩兵ドロイドに変形するのだ。

「tキューブロボは空も飛び、海、陸上でも活躍する。宇宙でも、地上でも、山岳地域でもだ。このキューブ変形ロボットを数百機積み込んで出撃するのが、巨大なサイコロ、ダイノダイスである。そして特徴の二つ目は、万能変形駆逐艦オメガニカの搭載である。全長三十メートルの多目的メカで、空中ではエイのような翼が出て神出鬼没のステルス爆撃機、海中や宇宙では、三葉虫に似た高速艇、地上ではさらに変形して巨人ロボや戦車、歩兵ドロイドを自在に使っての作戦が可能である。つまりダイノダイスは、大量のtキューブやオメガニカを使って、状況に合わせた様々な作戦に対応可能で、惑星の局地戦に圧倒的な強さを誇る万能戦闘マシーンである」

「ダイノダイスには、今までと違う新型の人工知能や、新しいバージョンのオペレーションシステムも搭載されている。これから二週間の訓練期間を経て、ダイノダイスのクルーを選出し、二週間後にダイノダイスは出撃する」

 集まった若手の兵士たちは、あまりの短い訓練期間に言葉も出なかった。それほど事態は逼迫しているということなのか?

 ライアンは長官の勧めでセンターシステムオペレーターとして、ルドガーもオメガニカのパイロットとして訓練を始めることになったのだった。


 その頃、トレドの衛星軌道上で沈黙を保っていた帝国騎士団の宇宙戦艦キルリアンのところに緊急通信が入っていた。

 重厚な宇宙戦艦は内部も黒で統一され、バロック建築を思わせた。

「クロムハート様、レベル4の緊急通信ですが、いかがいたしましょう」

 艦長のホフマンが、黒い戦闘服に身を包んだ帝国騎士に伺いを立てた。

「よし…隣で…」

 帝国騎士団第一騎士のクロムハート・カーツは、セキュリティの高い戦略会議室に場所を移し、通信回線を開いた。

「…なんだ、誰かと思えば、諜報局のクリムト君か…」

 大きなモニターの向こうにはプラチナブロンドの長身の男、クリムト・グレイブが映っていた。彼は相手の心を読む高い能力を持つ超能力者で、長年クロムハート・カーツの副官を務めていたよく知った仲ではあった。彼はその能力を生かし、諜報局に移ってから、メキメキ頭角を現し、諜報局のトップまで昇りつめた男であった。

「…用件は2つある、一つ目は…」

 クリムトはそう言って、モニターを捜査した。画面には宇宙空間に浮かぶ巨大なサイコロが映った。

「…こちらのつかんでいた情報より2カ月も早い、連邦の新型戦略マシンダイノダイスが早くも動き出した。たぶん数週間から1カ月で実践に投入されるだろう」

「…たいしたスピードだな」

「だが、こちらの思うつぼかもしれない…」

 そのクリムトの言葉に、黒い戦闘服姿のクロムハートは、立ち上がって言った。

「まさか、もう、あの計画を実行すると言うのか? まだ私は現物を見てないぞ」

 思えばいつもこんな調子だ。剣の道に明け暮れ、武骨なクロムハートと違い、クリムトはいつも知らないうちにいろいろな計画や駆け引きを進めているのだ。

 するとプラチナブロンドのクリムトは、静かに笑って、白い手袋をはめた。そして机の下のケースから何かを取り出したのだった。

「そ、それは…」

「…もう出来上がったんだよ。こちらの戦略兵器もね…あとは超能力部隊の力を借りればすぐに実現する…! よろしく頼みますよ、ミスター、クロムハート…」

 クリムトの手の中には、連邦の宇宙船クルーならだれでも持っている、手荷物用のソフトバッグがあった。クリムトが少しファスナーを開けて中を見せると、クロムハートは驚愕の表情で中をのぞいた…。

「おい…動いたぞ…危険はないのだろうな…」

「クロムハート様ほどの方が何をおっしゃる。はは、今の状態なら、ただのバッグと何ら変わりません。おとなしいものですよ…」

 帝国の大きな陰謀はすでに動き始めていたのだった。

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