第9話 異星人館の大統領

 翌日、ライアンとルドガーに緊急の呼び出し連絡が入った。2人は、早々に長官室に急いだ。長官が緊急事態を告げた。

「いったい何事ですか…?」

「平和協定を結んだばかりの我が惑星トレドに、正式な予告なく、帝国の宇宙船が近づいている。しかも真正面から堂々と近付いてきている…」

「なんですって?」

 やがて画像が送られてくる…宇宙空間を近づいてくる重厚な宇宙戦艦である。その画像を見たルドガーが驚いて言った。

「…なぜ、この船がここに…?」

「なんだ、ルドガー、あの船は一体何なんだ?」

「訓練を受けていた僕も配属されるかもしれなかった部隊だ。超能力者をそろえた最強の部隊、帝国皇帝騎士団、そしてあの戦艦はやつらの戦艦キルリアンだ!」

 帝国の超能力部隊…? それがなぜ、今やってきたのか…。

 ライアンは何かただならぬ予感を感じながら、その画像を見つめていたのだった…。


「え、大統領が、私とルドガーを招待してくれたんですって? それはとても光栄なことですけれど…なんで場所が異星人館なんですか…」

 あきらかに動揺しているセシルを見て、トパーズのリーダーテリー・クルーズは笑いながら言った。

「年に数回の異星人交流会議があるのよ。大統領はあなた方がこちらの暮らしになじんでいるのか心配らしいわ。でも、異星人館に行くのが不安なら、辞退してもいいのよ」

「いえ、辞退はしません。しませんが、一人で行くのは不安で…」

「そうなんだ。じゃあ、その日に好きな人を同行してもいいわよ」

 異星人交流会議、そこには異星人類の代表や人類の担当大臣や官僚、もちろん大統領も出席する。セシルは少しの間考えて、ある少女の名前をあげた。

「エメラルド組の新入生、サチホさんの同行をお願いします。あの子といれば、異星人と一緒でも怖くないからです…」


 帝国騎士団の宇宙戦艦は、いまだにその目的を示さなかったが、連邦政府の警告を受け入れ、惑星トレドの衛星軌道の指定されたエリアにとどまり、沈黙を守っていた。不穏な空気が流れる中、異性人類交流会議が行われることとなった。大統領は、クリスタルウォールの空港のそばの国会議事堂から、関係の大臣や閣僚たちと一緒に、専用車と警備の車両に守られて異星人館へと向かって行った。帝国騎士団の宇宙戦艦のこともあり、大勢の警察や軍の兵が駆り出されていた。ライアンのマルチホバーも、ホバーの本体を異星人館の発着場に着陸させたまま、地上モードで周辺をパトロールしていた。

「ライアン少尉、そろそろ時間が近づき、異星人館に異星人たちが集まりだした。君たちはペンゴン人やアルパカ竜人と面識があるようなので、ルドガー特別任務館を同行させて、そのまま異星人館の内部の警備にあたってくれ」

「了解」

 ライアンとルドガーはあのおしゃれな別荘風の建物、異星人館に近づいて行った。この建物は二階建てで、一階に大広間と厨房、控室があり、二階には資料室や研究室もあり、けっこう広い。

 今日は建物の前に、軍の警備隊が陣取り、建物の周囲には警察が見張っていた。でも、近づいて行くと、あの博物館の職員や、動物保護団体のボランティアなどが集まり気さくな雰囲気が漂っていた。以前博物館で異星人の解説をしてくれたサポートロボットのピートがすぐにやってきた。

「ライアンさんとルドガーさん、お久しぶりですピートです。もう、異星人たちは大広間でお茶の会を始めています。大統領の講演会はそのあとです。初めてですよね、まずは二階の史料室へどうぞ」

 なんともいい雰囲気の大きな木の階段を登り二階へ、そこはこぎれいな小部屋のある小さな学校のような場所だった。

「ここが、森川博士が苦労して設立したこの異星人館の歴史の部屋、こちらはどうやって地球の言語を教えたのか? 言葉の教育体験コーナー、こちらが各異星人の細かいデータ室、向こうの部屋が、テーマ展示室、只今、特別展『誇り高き異星人ウルフフォース人の高度な狩りの記録展』

を開催しています」

 今日は警備もあり、あまりゆっくり展示を見ていられないと、ライアンたちは全部の部屋をざっと回った。何にもないところから、それぞれの異星人と交流を持ち、人類とトラブルを起こさないようにあらゆる尽力を尽くし、人類の言葉を教え、異星人館を設立し、さらに彼らの人権を国会で尊重する法律まで作った森川博士の写真や動画もたくさん残されていた。モシャモシャ頭の陽気なおじさんだったがそのバイタリティは凄く、異星人の村に一人飛び込むという生死をかけたやり方で異星人たちとの交流を始めたようだった。地球人類の言葉をどうやって教えたかという体験ルームでは、もともとの異星人の言葉をまず、一通り習得してから、それをもとに、憶えやすく工夫した地球言語初級入門等の教材作りを行った、気の遠くなるような苦労がよくわかった。しかもこの作業を中心で行っていたのも森川博士だった。各異星人のデータルームにはあの博物館においてあったようなロボットも一部置かれて、子供も喜びそうなところだった。大展示室では、現在もなかなか人類との交流を拒んでいる二足歩行の狼人種、ウルフフォース人は、チームで狩りをする驚異の記録が動画や作図で自由に見ることができた。チームの中に厳格な役割の分担があり、役割によって性格や形態、能力まで変わってくる、高度な言語を持つ種族で、待ち伏せ狼、追い込み狼、追跡狼のほか、見張り狼や、わなを仕掛ける罠狼までいる。群れを率いるのは代々の女狼で、グレートマザーと呼ばれる女狼からは、人類ともうまくやっていきたいと言うメッセージコーナーまであった。

「グレートマザーは美しかったけど、すごい迫力だったなあ」

 全部はとっても見る時間はなかったが、とにかくすごい苦労があってこの異星人館が成立したということがよくわかった。ここはすごい場所なのだ。ライアンたちは交流会の行われている1階へと降りて言った。お茶の会という名目だが、実際はお酒の出ない立食パーティーというにぎわいだ。それぞれの異星人の大好物をよく調べて、お菓子や、オードブルだけでなく、牧草や木の葉、生魚や生肉まで並んでいる。

「おや、キャプテンシーンも来ているぞ」

 異星人たちはこの広大な惑星のあちこちに分布しているため、キャプテンシーンの運送会社が何台も運搬用の機体を飛ばし、この交流会のために、世界各地から異星人を運搬してくるのである。中には他の種族に恐れられている肉食性の種族や、点敵同士の種族もいて、無理に出席しなくてもいいということにはなっているが、年々出席する種族は増えている。ちなみに先ほどのウルフフォース人はどうやら欠席であった。

「あれ? ライアンさんとルドガーさんじゃありませんか?」

 人懐っこいアルパカ竜人のパットビューンがあの前歯をむき出しにして嬉しそうにさっそく寄ってくる。

「ほら、ウミタマ、お二人のご到着だ」

 すると、テーブルの上に乗っていた大きな卵が挨拶した。

「こんにちは! ライアンさん、ルドガーさん、お会いできて光栄です!」

 かわいいウミタマの横には大皿に並べられたフルーツの山、それを狙って、ゴリライノス人のガッツゴーンと、ウッドノーズ人のクラリネアの巨漢コンビが品定めをしている。伸び縮みするクラリネアの鼻は的確に熟し具合をかぎ分け、ガッツゴーンのごつい歯と顎が皮ごとフルーツを粉砕して飲み込む。食べると言えば凄いのが、あの芋虫、クプラス人の幼虫だ。連れてきたキャプテンシーンと楽しそうにおしゃべりしながらも、食べ続けている。

「ルイーズ、今日の葉っぱはうまいだろう。お前を喜ばそうと、博物館の職員があちこち飛び回って集めたらしいぞ」

「ウププ、キャプテン、本当に最高です。こっちのトレドユーカリの葉のほろ苦さは上品だし、こっちのパリスザクラの柔らかさは特筆ものですね」

 この幼虫は、セミのような腹の発声器官で声を出すのだが、人としゃべっている間も、四本の腕は絶えず動き続け、本物の口はずっと葉っぱを食べ続けているのだ。こうやって食べ続けてりっぱな昆虫人間に育つのだろう。でも、この個体は確か、ルイーズと言ってメスだったな…メスはどんなふうに変態するのだろう。

 また今回は異星人からのコーナーも出ていて驚いた。高い薬草の知識を持つというハドクカエル人は薬草種コーナーを出していた。葉っぱで作ったかわいい服を着た大きな瞳のカエル人、ライアンが一口飲んでみると、トロットした甘いお酒だった、おいしかった。また隣では、ふかふかの毛皮が愛らしい長耳ラッコ人が、人間のシェフも舌を巻く海鮮料理コーナーを出していて、大評判だった。とにかく魚、カニ、エビ、貝など材料が新鮮で下処理も完璧、食べた人はみんな幸せそうな笑顔になった。また、部屋の隅では、とても知能が高いと言われている、恐竜から進化したドラゴン人が、トレドの人間チャンピオンとチェスの試合をしていた。記憶力が群を抜いているドラゴン人に人間は大苦戦!

「あら、ルドガー、ライアンさんもお久しぶり、この間遺跡ではお世話になりました」

 セシルがサチホを伴って目の前に現れた。サチホがこの星にいた時のことをほとんど忘れていることを知らないライアンは、なんとなく気まずく、二人と挨拶をかわした。

 …あんなに毎日遊んでいたのに…忘れているはずはないんだけどなあ…。やっぱり、ちゃんと話しかけてみるか…。

「あのう…俺…」

 だがその時すぐ隣に姿を現した異星人類にサチホの興味の対象は移っていた。それは体中を羽毛のようなものに覆われ、くちばしをはやした、オウムのような不思議な生き物であった。

「すごい激レアのオウム貝人だわ。こんにちは、私、サチホ、よろしく、ええっとあなたは?」

 するとその異星人類は上等の金縁の小さな眼鏡をかけ直し、とても流暢な言葉で話しだした。

「オウム貝人のミオラムスと申します。お見知りおきのほどを」

「え、オウム貝人? どういう人なの、サチホさん?」

 セシルが聞くと、サチホはまた、流れるようにしゃべりだした。

「それがね、ほら、体中に羽毛みたいなものが生えてるし、くちばしはあるし、おしゃべりも上手だし、発見された時は、オウム人って呼ばれていたのよ。でも、よく見て、くちばしの横にイカの足みたいなおひげがついているでしょう、それに翼が蝙蝠のような皮膜なのよ。背中の皮膚の下には、甲イカのような甲らがあるしね」

 セシルは、目を見張った、ライアンも思わず瞳を大きくした。見れば見るほど不思議な生き物である。翼の部分には、イカの足のようなものが何本か生え、その間に皮膜があり、これで森の中を滑空するのだと言う。凧のようにも、蝙蝠のようにも見える。見れば見るほど何の生き物かわからなくなる。サチホが続けた。

「ミオラムスさん、すみません、体の色を変えたりしていただけますか?」

「おやすい御用ですよ、お嬢さん」

 するとこのミオラムスというオウム貝人は、今まで赤みがかっていた羽毛の色を、黄色に、そして緑色っぽく変化させていった。しかもあっという間にだ!

「すごい! いったいどういうことなの?」

 セシルもライアンもびっくりの体色変化だった!

「ミオラムスさん、小鳥の声は?」

「大得意ですよ。では静かにしてくださいね」

 そして突然、小鳥のような声で見事にさえずって見せた。みんな唖然とするしかなかった。

「ミオラムスさんの種族は、最初は羽毛のようなものがあってくちばしをもっているから、オウムから進化した異星人類だとずっと思われていたの。でも、最近研究が進んで、全く違うことが分かってきたのよ」

 へえ、鳴きまねもうまいのに、オウムの仲間ではないのか? いったい?

「オウムはオウムでもオウム貝、軟体動物、イカとかに近い仲間ね。進化して陸生になり、湿った森での暮らしに適応した人類ね。羽毛のように見えるのは、皮膚の突起物で、色だけでなく、質感を変えることもできるのよ」

「エ? 羽毛じゃないの、これ?」

 するとミオラムスはにこっと笑って、体に力を入れたのだった。すると羽毛のようなものが緑色の葉っぱのように色も質感も変わり、ジャングルの茂みのように変化してしまったではないか?! さらにミオラムスは笑ってカーテンの前に進んだ。するとあっという間に色彩、質感とも後ろのカーテンそっくりに溶け込み、遠くから見たら姿が消えたようになっていく…。

「ほら、すごいでしょ。彼は海の中のイカのように、退職や皮膚の感触を自在に変えられるのよ。泣き真似や声真似もうまいから、ジャングルに紛れ込むと、なかなか発見できない、森の忍者って言われているわ」

 キラキラ輝いているサチホを見て、ライアンが言った。

「相変わらず、生き物好きだなあ、サッちゃんは…」

 そのライアンの優しい声を聞いて、サチホは胸に何か熱いものを感じた。そうだ、この男の子とは、以前親しかったことがあった…かも。

 サチホの変化をみとったライアンは続けた。

「ほら、サッちゃんは、庭でカメとカエルを飼っていたよね。2人でミミズや虫をとって、池の方に餌やりに行くと、いつも池の中からカメが出てきたよね。ほら、何だっけ。ボールハコガメの」

 一生懸命にしゃべるライアンの声を聞いていると、そういえば真ん丸なカメの可愛らしい姿が、キョろっとした瞳が浮かんでくる…。そうだ、この人は仲良しのライアンだ、あの時は今と違ってちょっと太っちょだったけど、まなざしもやさしい声もあの時のままだ…! でもなぜか自分は昔のことを忘れていた。

 でもなぜだろうとライアンをみると、ライアンも何を思い出したのか、目をうるませて、悲しそうな顔をした。いつもそうだ、昔の話をすると、院長先生も、あの体の大きなガッツゴーンでさえ、悲しい目をして黙ってしまう…。そして今、ライアンも…。でもライアンは、また嬉しそうな顔をしてこう言ってくれた。

「でもよかった、サッちゃんがぼくのことを覚えていてくれて…うれしいよ」

 するとそこに、遠巻きにこちらを見ながら、あのゴリライノス人のガッツゴーンが、アルパカ竜人のパットビューンをつれてやってきた。

 パットビューンは今日はあの探検服をびしっと決めて、プロのナチュラルガイドといった感じでかっこいい。でもそのパットビューンも、あのアルパカのような大きな瞳を潤ませて、サチホをちらっと見ては泣いていた。しかも、その泣き方はかなり深いものだった。なんだろう、いったい私の昔に何があったんだろう…?

 サチホは自分の胸に手を当てて、もう一度考えてみた…でも、何か大きなものがそこをふさいでいて何も見えてこない…。でもサチホはまだ気付いていなかった、自分で忘れたくて、忘れてしまいたくて、すべてを忘れたことを…。

 やがて宴もたけなわ、異星人もすっかり気分が良くなり、あっちでもこっちでも大騒ぎだ。クラリネアが鼻笛でオーボエのような音色の見事な音楽を奏でると、あの陸生のオウム貝人のミオラムスが、小鳥の声のようなピッコロの音色でそれに曲を重ねていく。するとテーブルの上でペンゴン人が卵になってぴょこぴょこ跳ね出したり、アルパカ竜人があのすらりとした長い脚でステップを踏んだり、もう大騒ぎだった。

 そしてついに大統領の講演だ。どうやら異星人たちは、あの気さくな大統領が大好きなようで、カシアス・ミード大統領が部屋に入ってきただけで、拍手喝さいだった。

 大統領は最初にセシルとルドガーを呼び出し、いろいろ話を聞いて、2人がうまくここの惑星の暮らしになじんでいるようだとわかると、大喜びしてくれた。

「そうか、2人とも苦労しているようだな。毎日が忙しくて疲れるだろう?」

 ルドガーとセシルがすかさず答えた。

「いやあ、遺跡の第四層で異次元獣に出くわしたり、あそこで、ぴょこぴょこはねてるウミタマに案内されて、南の海に潜って行って、美しいサンゴ礁や、あり得ない巨獣を見たり、いや、もう驚くことばかりで…!」

「歌なんか歌ったことのない私が、大劇場の舞台で、スターと一緒に歌ったり、こんな不思議な人たちがいる異星人館に招待されたり、もう驚きの連続です」

 そんな話を聞きながら、大統領は大きくうなずいたり、笑ったりを繰り返していた。そしてそれから約三十分間、大統領は各種族の異星人類を一人ずつ回り、最近の様子や悩み事等を、じっくり聞いて回ったのだった。

 そしてセシルはサチホに引っ張られ、二階に上がる間もなく大統領に付いてそれぞれの異星人の間を回って、感激の連続だった。

「…では、大統領、講演をお願いいたします」

 ひと区切りついた時、司会に促されて大統領が進み出た。講演の題名は「惑星トレドの幸せな村づくり」であった。小柄な大統領はみんなの前で丁寧にお辞儀をした。

「われわれ地球人類が、皆様となんとかうまくやってこられたのは、先駆者の森川博士をはじめとするたくさんの人々の努力のおかげであります。我々はあとからこの星にやってきて、一緒に住まわせてもらっているその感謝を表したい。もっとお互いを深く知り、よりよい未来を築いていかなくてはならない。今日はそのための大事な交流会であります。さて、今も異星人がたのいろいろな話をお聞きしました。今年も干ばつが予想されていますし、巨獣の動きも気になります。干ばつに備えた運河計画やダムも皆さんのご迷惑にならないように、環境に配慮して進め、皆様のお役にも立っていることと思います。皆さんの地球人類にはない優れた能力をいかす交流の場をもっと増やす計画もございます。小さな問題はいろいろありますが、皆さんの暮らしを考えて、努力をしてゆく所存であります」

 拍手が巻き起こった。みんなそれぞれの話を、もうすでにきちんと大統領に聞いてもらえたのでけっこう満足しているようだった。

「さて、それではここで今日のテーマ幸せな村の暮らしです。私は村で素朴に暮らすのが一番の幸せだと思っています。われわれ地球人類も大昔は食べ物を手に入れるだけで精いっぱいの時代がありました。森の中に小さな村を作って家族や一族の者と仲良く暮らしていました。一緒に歌を歌ったり、踊りを踊ったりして、神に感謝し、先祖を敬い、苦労しながらも幸せに暮らしていたそうです。すべての物はみんなで分け合い、貧富の差もありませんでした。でもそのうち農業を発展させて、食べ物を大量に生産するようになりました。それで幸せになれたかというと、そうではありませんでした。強い者、争いに勝った者、声の大きい者が多くを手にしたため、貧富の差は広がったのです。さらにお金というものが発明され、お金があれば食べ物でもなんでも手に入る仕組みができて、食べ物を狩りに行く人、農業をする人以外にも、いろいろな職人や兵隊、商人や芸術家などが生まれました。そこで人々はさらにいろいろな幸せを選ぶこともできるようになりましたが、貧富の差はますます大きくなり、複雑化するばかりでした。食料がたくさんあると人口もそれ以上に増え、土地や水地下資源などをめぐって争いも起きます。問題が複雑になり、分かち合うこと、公平に分配することがさらに難しくなってきます。国家は領土や地下資源の分配で戦争し、社会主義は分配と労働意欲のバランスが問題となり、資本主義は富める者がさらに莫大な分配を手にする。国会は予算という名の税の分配で紛糾、会社は儲けをどう分配するかで経営が決まり、社員は給料の分配に眼の色が変わる。家族は遺産相続の分配でもめ、夫婦や恋人は愛情の分配で喧嘩する。大きなものを持ちすぎれば、うまく分かち合うことも難しくなります。ですから私が理想としたのは、小さく持ってみんなで分かち合う社会、だれもが顔なじみで喜びも分かち合える大きさそれが『村』でした。村から始めて、村で生きていけば何でも分かち合える幸せな暮らしに近づけると考えたのです」

 大統領は、できるだけわかりやすく、異星人にも分かってもらえるように、熱い思いをこめて話して言った。

「次に幸せの側面から村の暮らしを見てみましょう。…幸せとは何でしょうか。まずは食べ物、そしてお金、我々地球人類はやがて大金や労力を使って、大きな町や大きな家を建てたりするようになりました。でも、お金を持て余した大金持ちは、さらにそれ以上の物を求めました。それ以上のもの、それ以上の幸せ、それはなんでありましょう? 大自然の中に別荘を建てたり、畑で無農薬野菜を作ったりするんです。青い海や白い砂浜のそばのリゾート地に出かけたり、山登り、キャンプ、バーベキュー、サバンナに気球を飛ばしたりと、最後はそんなもののために大金を使うようになります。地球人類はおかしいと思いませんか? 自然の中で暮らしたかと思うと、森を切り開いて農地で大量生産を行い、さらには工場でも大量生産、さらに得た富で、大きな家や街を作るようになるんですが、結局また最後には自然の中での素朴な暮らしに帰って行く、それが一番贅沢だと言うのです」

 異星人たちは、大統領の思いを理解しようと一生懸命聞いてくれているようだった。

「自然の生活を捨てて、人類は一度は巨大な都市を作ったり、大きな建物を作ったりしても、結局は自然の中、村の素朴な暮らしの中に幸せを見つけて帰る…それが地球の人類らしいのです。ですから、結局村の暮らしに変えるのなら、大きなビルや巨大な街は最初からいらないのではないか…そう思った私は、そのような開拓を指示しました。私も、この開拓地の外れに自然に囲まれた小さな一軒家と農園を借りて、家族と幸せに暮らしています。最高のぜいたくと湧きあがる幸福感です。この惑星の開拓地には最低必要なもの以外の大きな建物、高層ビルなどはありません。素朴な農地ともともとの自然が共生している『村』があるだけです。でも最新の科学が、村の発電や上下水道、ごみのリサイクルや処理を行っております。そしてその暮らしは環境にも悪影響を与えず、ひいては各異星人の皆様方との共存にも一役買っているわけであります。これからもこの惑星の環境を守りつつ、このままの自然の景観を壊さず、豊かな村の暮らしを目指して行きたいと考えております…。協力してくださっている各異星人類の皆様、心から感謝をさし上げます。いつも本当にありがとう!」

 大統領の講演は感謝の言葉で締めくくられた。

 大きな感謝の声と拍手が起こった。セシルもルドガーも大きな拍手で大統領に答えた。セシルはこの星に生まれ、そしてまたこの星に帰れたことを、心から幸せに思った。そしていつの間にか、異星人たちとも、なんの抵抗もなく話せるようになった自分に気付いたのだった。

「サチホさん、ありがとう…私異星人館が、異星人が、なんだか怖くて一緒に来てもらっちゃったけれど…。なんか、あなたのおかげでとても楽しかったわ」

 セシルは、帰り道、葡萄農園の脇を通りながらサチホに話しかけた。

「こちらこそ…おかげで、まさかの異星人館に来られて、激レアな異星人たちに会えて、もう最高だったよ、ありがとうセシル」

 するとセシルはちょっとうつむいてこう言った。

「ううん…。そうじゃなくてさあ、私わかったんだ。私の方が異星人だったってね…」

「え? …どういうこと?」

「ううん、ともかく、サチホのおかげで、いろんな異星人が平気になってきたみたい…そしたら、みんな、いい人たちで、みんなすごい能力持っていて…一緒にいるだけで楽しいんだってわかってきてさ…」

「そう、じゃあよかった。私も今日連れてきてもらって、ライアンのこともちゃんと思い出したし…ちょっと自分にちゃんと向き合ってみようかと思ってね…」

「そう…。そうなんだね」

 2人の少女は、そのまま目を合わせることもなく、歌劇団の寮へと足を速めて行ったのだった。

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