第8話 無敵の紋章
そこは亜熱帯のジャングルが広がるダークスネーク川の流域。大きな花を広げる熱帯睡蓮、黒く淀んだ大河、飛び交う宝石のような蝶、巨大な蘭の花に群がる金色の蜂、大きく葉を広げる木生シダの陰にたたずむ黄金のピラミッド。…ライアンとルドガーは、今日はもう一つの地下遺跡、ダークスネーク遺跡に来ていた。
この地帯はレアアースなどの鉱物資源が多く、許可なく違法な鉱山開発をする開拓者が押し掛け、開拓者戦争の勃発した場所だ。カナリヤ歌劇団の超能力者によって、違法な開拓行為はすべてあばきだされ、連邦と帝国の双方によって、違法な開拓者は追い詰められた。
ジャングルの中に逃げ込んだ違法開拓者の一人が発見したのが、ジャングルのピラミッドと広大な地下遺跡だった。今はジャングルピラミッドの横には警備本部がおかれ、そこのヘリポートにはあのなんでも屋のマルチホバーが着陸していた。
「いやあ、さっきは驚いたよ、ヘリポートのすぐ前を大きな岩みたいなのが歩いて行くんだからさ」
驚くルドガーをライアンが落ち着かせる。
「あれはアルマジロの仲間で体はでかいが、おとなしいやつさ。でもよかったよ、アルマジロでさあ。ここのジャングルには木に昇るサーベルタイガーや毒牙のある肉食の恐竜もいるって話しだぜ」
ルドガーは護身用のショックガンを密かに握り直した。その時、進行方向にあるピラミッド遺跡の近くの藪ががさっと音を立てた。即座に銃を構えるルドガー。
「おいおい、わしゃあ、人間だ、撃たんでくれ!」
2人の研究員と1台の遺跡用のエックスパックのロボットをひきつれて出てきたのは。髭面のがっしりした男だった。
「ライアン君とルドガー君だね、君たちのマルチホバーが着陸したのを知って、地下遺跡から急いで出てきたのさ。遺跡の入り口はセキュリティのために極秘なんで、こっちの藪の中の小道を通って来たっていうわけさ」
「そうなんですか、失礼しました」
「私は連邦のダークスネーク遺跡の発掘の顧問をやっているザルツマンだ。よく髭博士とか呼ばれてるよ。よろしく」
握手をすると、握力がまたすごい。
すると研究員と遺跡ロボットが、発掘物の入った運搬ケースをライアンたちに託した。なんでも、今日の発掘物は、何重ものセキュリティが施され、封印されたように厳重に保管されていたものだと言う。
「では、ライアン少尉、極秘任務だ。この発掘物はまだどこにも発表していない、君たちがこの発掘物をクリスタルウォールまで運ぶのも、私たち以外はだれも知らない。何事もなく、何もなかったように運んでくれたまえ」
「了解。迅速に運びます」
今回の発掘物は、小さなものが多く、一つ一つがアタッシュケースのような運搬ケースに厳重に梱包されて、それがさらにマルチホバー用の大きなトランクケースに詰め込まれていく。そしてトランクは操縦席のすぐ後ろの第一運搬室に積み込まれ、ジャングルを静かに飛び立ったのだった。
高い空から見下ろすジャングル、ダークスネーク川が、ジャングルに絡みつく大蛇のように、大きくうねりながら命を運んでいる。
その日の夕方、ルビー組のリーダー、アンナ・フィッシャーと指揮者のチャールズ・デイビスは、森の劇場に併設された高級レストランクンツァイトに呼び出された。個室に案内されると、あの情熱的なおじさん、劇場の責任者パエゾ・パバロッティがあの遺跡の時に同行したミラー教授とともに待っていた。
パエゾは、今日はさらに陽気でその小太りの体を震わせて、楽しそうに笑っていた。
「今日は一段と陽気ですねえ、なんかいいことあったんですか?」
ハンサムなデイビスが尋ねると、パエゾは満面の笑顔で答えた。
「ついにできたんだよ、この星の人類の叙事詩から、最高のシナリオがね!」
アンナ・フィッシャーの大きな瞳が輝いた。
「ええー、噂には聞いていたけれど本当ですか? やりましたねえ、パエゾさん!」
「うむ…今は宇宙に旅立ってしまったこの星の先住民だが、いろいろと調べるうちに自然を愛し、自然と共生していた事実が分かってきた。我々はこの自然に恵まれた惑星をさらに理解し、その価値を広く連邦に広めていかなければならない。そしてこの星の先住民の文化をもっと理解することが、この惑星に住む私たちの務めでもある。歌劇団でこの演目を取り上げることは、今までにない衝撃を持って連邦に響き渡ることになるであろう!」
そして、パエゾは出来上がったばかりの台本をとりだすと、みんなに渡した。
「うちの劇場の脚本家は腕がいいからね。ミラー教授の発見したこの惑星の古代の英雄の叙事詩を正確に、現代風に書き起こしたのさ。今ミュージカルとしての音楽も製作中だ。話題騒然、大ヒット間違いなしさ」
すると知的でスマートなミラー教授が解説してくれた。
「…みなさんも知っている通り、この星には2つの巨大地下遺跡があります。レッドドラゴン峡谷の遺跡と、ジャングルの中で発見されたダークスネークのピラミッド遺跡です。どうも先住民は2つの文化圏に分かれていて、2つの文化圏は敵対していたようです。でも一度だけ2つの文化圏は偉大なる王、エカテリオン・クオンボルトによって統一された」
彼らは超能力を増強させる秘技をもちい、反重力のブーツで空を飛び、光の剣や稲妻の槍などを使って戦っていたという。幾百の空飛ぶ兵を従え、超人の技を使う、数々の英雄たちの対決を軸に世界の統一を描くのが第一部、そして強さを求めるゆえにだんだんと道を外れて行く王の悲劇が第二部、国を救うために、たちあがった姫と武官の恋を描いたのが第三部である。
そこにワインが運ばれてくる。このレストランのソムリエで、パエゾとは旧知の仲のマルセル・ライムである。
「パエゾ様、今日はこの星の物語にちなんでこの星のワインで、しかも親しみやすい味のものというご希望でしたね。神のワインと同じ苗木から育てた薬草のはいらない生粋の赤ワインです。低温発酵させてフルーティーな香りを強めました。名付けてトレドレッドピュアスウィートです。ブルゴーニュのピノノワール種系の赤ワインにちょっと近い仕上がりですかね。ユースのようなフルーティーな口当たりが万人向けですよ」
「ありがとう、さあ、新しい脚本に乾杯だ!」
パエゾはそう言って、みんなでその赤ワインを口にした。芳醇な赤はみんなを陽気にさせる魔法の力があるようだった。
「あ、少しだけ冷やしてあるのね。ほんのり甘味もあるし、本物の葡萄ジュースみたいなフルーティな感じ、本当だわ。とても飲みやすい。でも…深い」
そこにトレド星の天然もののフルーツや、手作りの熟成させたサラミ、ローストビーフ、芳醇なチーズの盛り合わせなどが運ばれてくる。教授もアンナもチャールズもみんないい顔になって脚本に目を通したり、内容について語り合ったり、酒宴はおおいに盛り上がった。
「そうだねえ、第一部は英雄同士の対決の空中アクションなど、ダイナミックでハラハラさせる展開が売りかな。でも、私は、内容的には第二部の王の悲劇が好きかなあ。何を求めて戦うのか、強さとは何なのか? 幸せとは? などについて考えさせられるしなあ。でも興業的には、第三部が一番人気かなあ。道を誤った王に宣戦布告する実の娘とその姫に思いを寄せる一人の武官の恋、やるせないし、悲しいけれどそれだけに美しいねえ」
パエゾがしゃべりまくる。でもアンナ・フィッシャーも、もう自分が姫になったつもりで、答えていく。
「自分の父は、長い戦争を終わらせ、世界を統一した英雄で、姫は本当に尊敬していたんだと思います。でもどこかで歯車が狂い始め、気がつくと姫の周りはみんな不幸になり、国も再び危機が訪れることになる。でも、姫はたちあがらずにはいられない。父のことを尊敬しているから、大好きだから、それゆえに父を止めるために立ち上がらずにはいられない。最後は父を倒すことになろうとも、もう突き進むしかない、そんな姫の一途な気持ちがよく表現されているシナリオだと思います」
シナリオの表紙には、伝説の悲劇の王、エカテリオン・クオンボルトの紋章がデザインされていた。神聖なる四匹の黒い蛇が、牙をむき、あるいは鎌首をもたげ、あるいはとぐろを巻く、遺跡の石板から書き写された本物の紋章だった。チャールズ・デイビスはその紋章を見つめてつぶやいた…。
「…クオンボルトの無敵の紋章、この紋章がなければ、すべての悲劇は起こらなかったかもしれないのか…」
だが、その頃、ライアンとルドガーもクリスタルウォールの博物館にトランクを運び終わっていた。クリスタルウォールの博物館は、この開拓惑星の博物館にしては、異様に規模が大きい。それは連邦政府が、発掘物の研究と管理に大きな期待を抱き、莫大な予算をつぎ込んだからである。大きなドームのある石造りの2階建てで、展示館と研究官、そしてセキュリティの厳しい地下に広大な保管エリアがある。
今日は休館日、ライアンたちは展示館の裏口に在る搬入口へと、マルチホバーの地上用重力ホバーで乗り付けた。これだと遺跡から博物館へ同じ乗り物で運べるので信頼度がぐっと高いのだ。ライアンたちは博物館の職員に迎えられ、大きなトランクを内部へと搬入して行った。そして発掘品の入ったアタッシュケースのような保管ケースを一つ一つ博物館員に渡して任務は完了する。
展示館の裏から入ると、ちょうどこの星の生物の展示コーナーの裏側に出る。二人は異星人展示コーナーの裏に出て、思わず立ち止った。
子どもに大人気の恐竜や大型の哺乳類の実物模型が見下ろす通路を進む。
「お、異星人もたくさんいるぞ」
もちろん異星人たちを本当に展示するわけにはいかないので、精巧に作られたロボットがたくさん展示されている。
「へえー、この間のペンゴン人やアルパカ竜人のロボット展示もあるな。近付くと反応するぞ。うあ、動きもそっくりだ。あれ? おい、あの怪物は何だ?!」
一つの展示ロボットを見てルドガーが驚いた。それは身長2メートルを超す昆虫人間のようであった。そいつがルドガーの音声に反応してこちらをさっと振り向くと、ロボットと分かっていてもルドガーは、どきっとした。
「昆虫人間か? でも、全身甲冑を着ているような感じは、でかい虫って感じだけど…、あの大きな頭はなんなんだい? 脳みそを乗っけているみたいに見えるけれど…?」
「なにかお困りですか?」
すると横から博物館のサポートロボットピートが進み出た。このロボットもエックスパックだが、この博物館の膨大な収蔵品の詳細をすべて正確に記憶し、相手のニーズに従って分かりやすく説明してくれる。このピートは人柄がいいというか、温和で理知的な雰囲気を持つロボットだ。
「実はここの博物館は、異星人たちの研究部門もあり、あの異星人館の運営もここから出かけて行ってやっているのです」
ピートはそういうと、あの脳みそのようなものを頭に載せたクプラス人の説明を始めた。
「異星人類のクプラス人のオスですね。クプラス人はクィーンのメスを中心に働き者の幼虫が巣の世話をし、このオスが狩りに出る、きちんとした役割分担で成り立っている種族です。見た目は怖いけれど、とても頭のいい、合理的な考えの人たちですよ」
ライアンも付け加えた。
「ほら、前にキャプテンシーンのコクピットに大きな芋虫みたいなのが乗っていただろう、あの芋虫が大人になるとオスはあんな強そうな恐ろしいやつに育つんだ。実際自然界でも最強らしいよ。ええっとあの脳みそむき出しみたいなのは…ピートさん、解説お願いします」
「あの頭の脳みそですか? ああ、あれは、トンボの複眼と同じものなんですよ。ほら、よく見てください、ウニョウニョした模様が入っているから脳みそみたいに見えるだけで、複眼ですからとても堅いものなんですよ。視野は360度、死角はほとんどありません。複眼の下に赤外線を感じる単眼が2つ付いているので、そちらが眼、上は脳みそに見える感じなんですよ」
なるほど、トンボの複眼と同じもの? でも離れてみると、脳みそが乗っているようにしか見えないし…四本ある長い手の先には凶悪なはさみがついているし、さらにピートの説明によれば、羽根の羽ばたきをうまく使って、時速七十キロで地上を疾走するという。
ルドガーは思った。
「…こいつとはちょっと出会いたくないな…」
2人が話しながらトランクを運んで行くと、やがて研究室が見えてきた。
「…あれ…この保管ケース…おかしいぞ…。輸送中になにかアクシデントはなかったですか?」
主任研究員のケーシーさんが異常を発見したようだ。言われて、ライアンとルドガーも1つの保管ケースを確認する。
「私たちの操縦室のすぐ裏に詰め込んできたのですが、途中は何も異常はなかったんですがねえ…」
「ああ、本当だ、鍵が壊れかかっている。詰め込んだ時は、異常は確認できなかったけれど…。」
原因は分からず、念のためケースを開けて、主任のケーシーさんが中を確認する…。壊れたカギを取り外し、ふたを開ける。覗き込む職員やライアンたちに緊張が走る。
「…異常はないようですが…ほう、これが入っていたのか…。ならば異常が起きたことも説明できるかもしれない…」
「いったい、それは何なんですか? 異常が起きるかもしれないってどういうことなのですか?」
中には、宝石でできたような精巧な彫り物が入っていた。ケーシーさんが、他の職員と確認して言った。
「この宝石のように見えるものはたぶんエネルギー物質と言われているコアストーンだ。刺激を与えると未知のエネルギーを出すとも言われています。これが影響を及ぼしたことが考えられる」
ルドガーがさらに聞いた。
「…コアストーン? 聞いたことがある。でもそのコアストーンを彫って作ったこの発掘品は一体何なんですか?」
「漆黒のコアストーンを使って、四匹の蛇の紋章のようなものが彫られている…これが本物ならば大発見かもしれない」
自分たちの運んで来たものはいったい何だったのだろう、厳重に封印されていたらしいし…。大発見と聞いて、ライアンとルドガーは何となくドキドキして話を聞いていた。
「さっそくミラー教授に連絡してみよう…、これはもしかしたら本物のクオンボルトの無敵の紋章かもしれない!」
大発見かもしれない発掘物にみんなが興奮していた…そう保管ケースに入っていたのは、宝石のような輝きを放つ漆黒の紋章、クオンボルトの無敵の紋章に違いなかった。
だが、その時、博物館の中を小さな虫のようなものが飛び回っていた。
「お宝発見、お宝発見。ムンディー様、今、画像を送ります…」
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