第7話 神の葡萄

「…じゃあ、あのサチホさんは、この惑星に住んでいた時のことを何も覚えていないんですね…」

「…そうなんです…いいことなのか…悪いことなのか…?」

 エメラルド組のリーダー、シャーロットの言葉に、院長先生はうなずいたのだった。

「でも、彼女がそれを望んでいるのなら…いいでしょう…お茶の係にしましょう。まあ、少なくとも、あの生き物好きの子の入れたお茶ならきっとおいしいわ」

 いよいよ今日は、ルビー組の劇場での研修、トパーズ組の遺跡での研修に続き、エメラルド組の研修であった。

 エメラルド組の活動場所は3か所あり、ひとつはエメラルドラボと言われる実験室、これは修道院のすぐ隣にある新しい建物で、院長先生の植物園や最新の研究機器がそろっている実験室もある。それからふたつ目は修道院の奥にある葡萄園と醸造所、昔開拓民が経営していたものを分け合って歌劇団で引き継いだのだと言う。ここで遺跡で発掘された葡萄を栽培し、ワインを作っている。そして三つ目はその奥に広がる深い森、ラルゴあの森だ。森の入り口にはあの異星人館があり、原生林の中に、秘密の花園屋湧水の泉、せせらぎや湿地、珍しい植物や生物が実に多様にみられる。もちろん大きな野生動物や、一部の異星人類まで姿を現す場所なのだ。

今日は新入生は全員、ブドウ園の前に集められていた。初夏の澄んだ日差しの下、ブドウ園を涼しい風が吹き抜ける。

「気持ちのいい日ね。よく晴れたわ」

 セシルが大きく息を吸うと、サチホがニコニコする。

「やったあ、私、実は晴れ女なの」

 エメラルド組のリーダー、メガネのシャーロット・ミントンが前に進み出た・ミントンは実験の鬼と呼ばれている理数系の才女で、優れた透視能力と千里眼を持っている。葉の裏に隠れている生物を見つけたり、夜行性動物の観察も透視能力のおかげでバッチリだそうだ。ミントンはさっそくみんなに今日の予定を伝えた。

「今日は、ブドウ園での農作業と醸造所の見学、それと森での自然観察と作業があります。お茶の会もあるのでお楽しみに…。では、まず、院長先生お願いします」

 院長先生が今日は中心になって前に出る。テレサ院長先生は医師であり、植物学博士であり、エメラルド組の顧問でもあるからだ。

「…私は若いころ、連邦の開拓惑星の修道院を何箇所か回り、四十年ほど前にここの修道院に配属されました。まだ、あの頃は帝国との戦争状態が続き、恐ろしい伝染病との戦いや、違法な開拓者との争いなどもあり大変でした。でも今、平和条約が結ばれ、伝染病は克服され、みんな自由に森を歩けるし、しゃべる動物たちとも友好な関係を結ぶことができました。いくつも星を見てきましたが、トレドほど自然に恵まれた美しい星はありません。本当に宇宙の泉、心のオアシス、そのものです。この星に生まれた皆さんは本当に幸せ者です。この星の自然の素晴らしさをもっと深く理解するために活動しているのがエメラルド組であり、このすばらしい星を守るために集まったのが、このカナリヤ歌劇団です。今日も一日がんばりましょうね!」

 自然に湧き上がる拍手。六十をとうにすぎている院長先生だが、非常に若々しく、どこかおちゃめで、歌劇団のみんなにも大人気だ。

 まずは葡萄園、ここはあの天文台の保管庫から持ち帰った葡萄を栽培している。高いところに葡萄が実を結ぶ葡萄棚ではなく、生け垣のような低い位置での栽培で、少女たちも作業がしやすい。行動力のトパーズ組は、強いリーダー力を持つテレパスのリディアの指示で堆肥を運んだり、草取りした後の草を堆肥小屋に運んだり、力仕事だ。能率よく動き回っている。サボろうものならリディアの心の声が追いかけてくる。背が高く、力も強いセシルは農機具も軽々運べるせいか、みんなに頼りにされてちょっと機嫌がいい。

 ルビー組は丁寧に、草取り・虫とり。さっそく葡萄の歌や農作業の歌などをみんなで歌い、楽しそうに作業をしている。もともと実験・観察が専門のエメラルド組は、リーダーのシャーロット・ミントンの話をまずしっかり聞いていた。

「惑星トレドのこの地域は春に雨が多く、夏から秋にかけてよい天気に恵まれる、ブドウ栽培に最適な場所です。レッドドラゴン遺跡の天文台の部屋から発掘された赤い液体は分析の結果、極めて上等の赤ワインであることが分かったの。正確に言うと、いくつも薬草が入っているから薬草酒だけれど。森の劇場のあのパエゾさんが、実は連邦でも有名なワインの専門家でね、地球のどのワインとも違う、格調高く、五感すべてを幸せにするワインだって絶賛したのよ。それから、誰言うでもなく神のワインと呼ばれるようになってね。一緒に発見された葡萄や薬草の種も院長先生が栽培に成功して、このブドウ園や森の中で作っています。醸造所でブレンドの研究も進んでね、大量生産はとてもできないけれど、三年前からトレドの神のワインは、高値で売りだされることになったのよ。新入生はまだ飲めない人ばかりだけれど、この葡萄を使ったお菓子も生産しているから、そっちはみんなも食べられるわ。そしてみんながお茶の会で飲み食いするクッキーとハーブティーの中に、遺跡の謎と赤ワインの謎の答えが入っているんです。口にすれば、謎の答えがわかるかもしれませんよ」

「ええー、本当ですか?!」

「それでは、エメラルド組は、今日は摘房の作業を行います…。よい葡萄を作るには、肥料も、日光の当たり具合などの細かいところも気を使うんだけれど、一本の木にたくさん実が付き過ぎても、少な過ぎてもうまくないのです。ほら、今、青い小さな実がついているでしょう、これをねえ…」

 みんな、熱心に取り組んでいるが、その中でもあのサチホの活躍は凄かった。話をちょっと聞いただけでどんどん体が動き、しかもなぜか楽しくてしょうがないという感じであった。院長先生はそんなサチホを遠くから心配そうに見ていた。

「…あの子は、この星にいた頃の記憶をすべてなくしていると言っていた…このまま、なにごともなくうまくいってくれればいいけれど…」

 でも、ブドウ園での作業がひと通り終わった時だった。すべての組の新入生は、一緒になって醸造所へと歩き出した。小道を歩いている時、サチホは不思議な感覚を覚えた。

「…あれ…私、この道を前に歩いたことがある…?」

 急に歩き方が遅くなり、あたりをきょろきょろしだしたサチホを見て、あのテレパスの高貴なるリディアが気付いて聞いた。

「サチホさん、どうしたの、なにかあったの?」

「ううん…なんでもないの…なんでもないんだけれど…」

 やがて醸造所に着くと、ワインを作るための、圧搾機や濾過機、発酵タンクなどの機械の説明が始まった。

「…というわけでね、赤ワインを作る時は白ワインと違って、種も皮もすべてつぶして混ぜるのです。ワインに赤い色がつくのは皮の色素が入るから、スパイシーな風味が加わるのは種をつぶしたからです…。もうすぐ葡萄の収穫時期が来ると、みんなでここでこれらの機械を使って…」

 醸造の説明が始まった時、みんなはあちこちの機械や展示物を見て回った。その時、神の葡萄の苗木を入れたばかりのブドウ園の作業の写真が醸造所の壁に貼ってあった。

「あれ…なんだろう…この人…」

 年の頃は二十代後半か? 髪の長いきりっとした女の人が収穫したブドウを籠に入れて持っている写真をサチホはたまたま覗き込んだ。すると急に胸が苦しくなってきた。なぜだろう…。

「それではここでひと休み。奥に冷たい葡萄ジュースが飲める倉庫があります。さあ、みんなこっちよ」

「エー、本当ですか?」

「喉がカラカラだったから、うれしいね!」

 歓声とともに少女たちは醸造所の外へと歩き出した。

 でも、一人、サチホだけは調子がおかしくなっていた。

「え、え? どういうことなの…?」

 葡萄園の小道の突きあたりまで歩いて来た時、そこに古い山小屋のような小さな家が見えてきた…。その家を見上げた時、なにか心の奥からこみ上げてくるような気持ちになって、サチホはつい風景がぐるぐる回っているような気持ちになって…気がつくとサチホは倒れていた。

 …どのくらいの時間が過ぎたのだろう? サチホは、涼しい木陰に運ばれて、そこで横になっている自分に気付いた。そばには院長先生がいて、サチホが気付くとにっこりと笑った。

「院長先生、私、どのくらい寝てたの…」

「…十分もたっていないわ…安心して…。ほら、あなたの分の冷たい葡萄ジュースがあるわ。飲んで…」

 おいしかった。体全体にしみいるような味だった。

「…院長先生…私…昔、ここにいたの?」

 すると院長先生は、なぜか涙ぐんで、

「…そうよ…あなたは昔、七才の頃までここに住んでいた…そして、なぜか…やっぱり、ここに帰ってきた…でも、無理はしなくていいのよ…急がなくていいの…」

 そして、院長先生はサチホをやさしく抱き起こすと、静かに言った。

「後半は、ラルゴアの森に行くわ。あなたはお茶の係を希望していたわね。異星人館のガイドと一緒に森の奥の秘密の花園まで行くことになるから、もう、5分もしたら、あっちの異星人館の前に集合よ…」

「はい」

 葡萄園から見るとあのおしゃれな別荘のような異星人館はもう、目と鼻の先だった。それから数分後、お茶の係を希望した少女たちが異星人館の前に集まったのだった。ほとんどの少女は醸造所の中でワイン造りの後半の話を聞いていた。だが、サチホのように特別な希望を持っている者や、お菓子作りに関心のあるアデルやあの双子たち、そして異星人館が気になってしょうがないセシルやリディアたちが集まっていたのだった。エメラルド組のリーダー、メガネのシャーロット・ミントンが言った。

「お茶の係はとても大切で、でも大変な係なの。カナリヤ歌劇団は週に二回、すべての組が集まってお菓子やお茶をたしなむ会を行います。その時に出す物が決まっていて、ここの葡萄で作ったレーズンクッキーと、ハーブティーです。ハーブの一部は植物園でも栽培していますが、何種類かは森の奥まで行かないと手に入りません。でも、森の奥には危険な動物もいて、あなたたちだけではちょっと危ないこともあります。そこで、サポート要員を2人頼んであります」

 そう言ってシャーロット・ミントンは、サチホと同じエメラルド組のゾフィーを呼んだ。ゾフィーはとても優しいお姉さんタイプでシャーロット先生と同じメガネっ子でもある。

「ゾフィーはお茶係じゃないのだけれど、トップクラスの治癒の超能力を持っているし、救急救命士の資格も持っているのよ」

「ゾフィー・ローズウォールです。万が一怪我をするようなことがあれば、私に言ってください、きちんと手当てしますよ」

 さらにこっちもメガネのシャーロット・ミントンが続けた。

「さて、2人目のサポート要員、頼りがいのあるガイドを紹介します」

 ミントンがそういうと、異星人館の方から、とても大きな人影がこちらに歩いて来た。

 セシルはドキドキした。もしかしたらこの間の異次元獣の時よりドキドキしていたかもしれない。

「大きい…身長がどのくらいあるのかしら?」

 シャーロット・ミントンが言った。

「ゴリライノス人のガッツゴーンさんです。え? 身長ですか? 多分2メートル50ですかね、体重は300kgぐらいですよね」

 それはサイのような鎧を着こんだ毛のないゴリラというかんじの異星人だった。だが、肩幅はたぶん大人の男性の3倍、腕の長さと太さは2倍以上、頭の大きさも2倍以上ある。そして、口が大きくがっちりしていて、太くてごっつい歯がずらりとならんでいる。足はゴリラより長くて意外と速そうだが、その長くて太い腕と拳は凄い迫力。サイのような角はないが、おでこにごっついコブがあり、頭突きは強そうだ。黒革の上着を着て、腰のベルトには、ごつい斧がぶら下がっていた。

「はじめまして、ゴリライノス人のガッツゴーンと言います。よろしく」

 すごく太い声だった。迫力があった。セシルはもし、この生き物と戦ったらどう攻めようと真剣に考えていた。

「この森の奥には、人間を襲うこともある鳥の仲間や蛇や大トカゲの仲間もいます。一人で勝手な行動をすると危険です。わたしのそばから離れないように…」

 人間を襲う鳥っていったいどんな鳥だ? もしかして小鳥が大群で襲ってくるのか?

「でも、安心しな、俺の方がずっと強いからな…」

 ガッツゴーンは不敵に笑った。底知れぬ迫力があった。セシルはその生き物の持つ、とんでもないナチュラルな強さを感じて、気が気ではなかった。当り前ではあるが、自分が勝てそうなところが一つも見当たらなかった。でも、その時、ガッツゴーンのところに近づいて行く少女がいた。

「あの…あの…」

 サチホだった。ガッツゴーンを見た途端、とてもなつかしい何かが込み上げてきたのだ。だが、それはサチホだけではなかったのだ。あの巨体のゴリライノス人が、その大きな体をかがめて急につぶやいた。

「もしかして…お前…サッちゃんか? そうか、そうなんだな、はは、久しぶりだ! 大きくなったなあ」

 そしてそのぶっとい腕で、サチホを抱え上げると、その広い肩にちょこんと乗せたのだった。あれから十一年たって、サチホは7才から十八才になって、大きくなってはいたが、この巨大なゴリライノス人にはたいした変化ではなかった。

「わあー、高い高い。そう、ガッツさんの肩に乗せてもらうと、ずっと向こうまで見えるのよ。ははは、思い出したわ。…でも、私…小さいころのことをほとんど思い出せなくて…。肩に乗せてもらって、やっとこうしてもらっていたんだなって思い出すぐらいで…」

 するとこの大きなガッツゴーンも目をうるませて静かに言った。

「無理はしなくていい…急ぐことはない…よかったなあ、元気で、こんなに大きくなって…」

 そしてサチホは肩から降りると、ガッツゴーンのガイドでみんなと一緒に森の奥へ向かって歩き出した。

 こんな大自然と同居している街だから、もちろん危険な野生動物が近づいたり、作物の食害も難しい問題だ。このブドウ園の付近では、かかし型のガードロイド、かかしロイドと鳥にも対応できる高度なセンサーを持ったドローンが終日見張っている。今は非常にうまくいっていて、大きな問題は起きていない。みんなが農園の出口に差し掛かると、早速2体のかかしロイドがやってきて声をかけてくれる。

「やあ、みなさん、森にお出かけですか? 今日は降水確率5パーセント未満、ずっといいお天気ですよ。行ってらっしゃい」

「行ってきまーす!」

 晴れ女のサチホはますます自信を持って歩いているようだった。

 ゆっくり回る水車小屋を横目で見ながら、小さな木の橋を渡り、おじいさんの木に挨拶して、ふかふかの森の小道を行く。

 木陰の道は涼しくて川からの風が枝葉を揺らして吹き抜けていく。

「これって…この間ルビー組が遺跡で歌っていた、花を探しにっていう曲の通りだよね」

 セシルとリディアがあたりを見回しながら楽しそうに話しだす。それを聞いたルビー組のアデルが「花を探しに」の曲をその透き通る声で歌いだす。

「本当にその通りだね。あ、トンボの群れが水辺を飛んでいる…きれいねえ」

 メタルブルーの光沢をもつ繊細なトンボの群れが、みんなを出迎えるように飛んでくる。ここから奥はなだらかな丘陵地になっていて、坂道をゆっくり昇って行く。

「足元に気をつけて、そろそろ湧水の小道だ」

 先頭を行くガッツゴーンが静かに言う。近くに何箇所か泉が湧き出し、このあたりはいくつも小さな川があるのだ。

 途中で一度大トカゲに出くわしたが、ガッツゴーンを見ると、さっさと逃げ出した。

「あ、瀧だ。きれいな水ね」

 小さな滝が階段のように続く湧きの道を登っていく。宝石のような小石を飛び越え、石の橋をさらに飛び、進んで行く。

 急に森が開けて明るくなる。こんこんと湧き出す泉が見えてくる。ガッツゴーンが小さな声で言う。

「おやおや、やっぱりアルゴルモアが来ているぞ。向こう岸の、ほら木の影だ。そっと見てみろ…」

 アルゴルモア、それは肉食性の鳥の仲間で、体調3メートル以上、頭が大きく、くちばしだけで四十センチはある恐ろしい鳥だ。派手な羽毛はあるが、全体の姿はティラノサウルスとか、恐竜に似ている。

「尾羽がきれいだろう、こいつはオスだ」

 だが水を飲んでいたアルゴルモアは、こっちのガッツゴーンに気付くと、静かに後ずさりして去って行った。やはりこっちのゴリライノス人の強さは、あの鳥も認めているのだろう。その時、リディアが泉の傍らを指差して大きな声を出した。

「わあ、あっちを見て、きれいねえ!」

 泉の傍らの湿地に、きれいな花が咲いているお花畑があり、目的の薬草が見つかったようだった。シャーロット・ミントンとサチホでしっかり薬草を摘み取ると、今度は楽しい帰り道、みんなで歌を歌ったり、自然の話をしたりしながら、帰って行った。透視能力をもつシャーロット・ミントンは珍しい木の実や隠れている虫を見つける能力がやはりずば抜けていて、しかもこの森の生き物をほとんど頭に入れているサチホがミニ知識を解説し、見ているだけで楽しい。宝石のような小石を拾って開催した小石コンクールは盛り上がった。なんとセシルが優勝、サチホが珍品賞を受賞した。けが人は一人だけ、アデルが草で指を切ったのだが、ゾフィーの手のひらから出る緑色の光を当てると、あっという間に血が止まり、痛みもすぐに消えていった。

 サチホとガッツゴーンがとても仲良く話しているせいか、セシルたちほかの少女もガッツゴーンが実はとても物知りでやさしく、みんなに気を使っていることが分かってきた。

 そして帰った後は、大急ぎでお茶の会の用意。ここの葡萄で作ったレーズンを練り込んで作るレーズンクッキーと、薬草を調合したハーブティーだ。

 セシルは的確なリディアの指示の通りに慣れない手つきでクッキー作り。サチホは薬草の調合に燃えてしまったようだった。そして最後は葡萄園と醸造所の間にある大きなホールでお茶の会、上級生も新入生も各組のリーダーも院長先生も、呼ばれたガッツゴーンも、みんなでテーブルについて楽しいお茶の時間だ。素朴なレーズンクッキーを不思議な香りのハーブティーで流し込む。すると、体の疲れが一気に吹っ飛ぶおいしさだ。

 シャーロット・ミントンが目をくりっとさせてみんなを見た。

「どうかしら、実際に味わってみて…遺跡の謎がわかったかしら?」

 エメラルド組の研究のすべてがこの中に入っているというのだが、セシルにはなんだかよくわからなかった。ただ、とろけるようにおいしく、疲れが取れて、頭がすっきりしてくる。それは間違いなかった…。

 全部終わって、今度は後片付け、でも

「今日のクッキーもお茶も最高!」

 なんて、みんなの笑顔を思い出すと、体がどんどん動く。

 すべて終わって、サチホが外に出ると、院長先生がにこやかに笑って待っていた…。

「…院長先生、今日はご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」

「もう、すっかり元気になったようね。よかったわ」

「…私、今日、ここにいたことをほんのちょっとだけ思い出しました…」

 すると院長先生は我慢しなければならないのに、でもどうしても我慢しきれないと言うように、笑いながら涙ぐんで言った。

「その時が来たら、すべては明らかになります…無理をしないで…ね」

 サチホはうなずいて、みんなのいる歌劇団の寮へと歩き出した。サチホの後ろには、あの山小屋のような小さな家が静かにたたずんでいた。

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