第5話 巨獣の海

「…このたびの帝国と連邦のトレドにおける平和協定によって、拉致されていた子どもたちがトレドに帰された。だが、帰ってきたのはそれだけではなかったのだ。子どもたちが帝国に拉致された時、一緒に持ち去られた発掘品や研究論文も一緒に帰ってきたのだよ」

 レイモンド長官はそう言って、一つの重要書類を取り出した。ルドガーとライアンは急いで目を通した。

「…惑星トレドの巨獣に関する研究…。ドクター森川…聞いたことある名前だ。」

「巨獣? それは帝国でも聞いたことがあるぞ。惑星トレドには数十mもある巨大な生物がいて、帝国の基地を壊滅に追い込んだと…。でも、最新の科学力を誇る帝国の基地がいくら大きいとはいえ、野生の動物によって壊滅するなんて、信じられないけれど…」

 すると長官が言った。

「信じたくはないが、それが事実だ。君たちも聞いたことがあるだろう。七不思議ってやつだ。この星にも七つの不思議があると言う。消えた先住人類、謎の地下遺跡、しゃべる動物、そして巨獣に異次元獣、超人、光の巨人だ」

 ルドガーが訝しげな顔をした。最後の方はまったく聞いたこともないものばかりだったからだ。

「なんですか、それ? 巨獣は聞いたことあるにしても…異次元獣、超人、光の巨人って…」

「…そうか、ルドガー君、しばらく帝国に行っていたからわからないのもしょうがない…。でもこの星では、さらに目を疑うような解明できぬ謎が、この十数年の間にもいくつも起きているのだよ…」

 するとライアンも大きくうなずいて見せた。本当のことのようだ。

「…この惑星はまだまだわからないことばかりだ。だが、今回帰ってきたドクター森川のこの論文によって、一つ解明に近づいたのだ…」

「巨獣のことが、なにか明らかになったんですね…」

「そうだ。しかも、この研究論文によれば、早急に手を打たなければ大変なことになることもわかってきた」

「もしかして…巨獣の上陸ですか…?」

「うむ、それもあり得る。そこで、急きょ、この研究論文に基づき、君たち二人に巨獣の調査をお願いしたい。上陸する恐れのある巨獣に発信タグを取り付け、万が一に備えたいのだ」

 しかしそれを聞いて、ライアンは聞き返した。

「でも、論文によれば巨獣の普段の生息場所はサンゴ海の水中じゃないですか。さすがのマルチホバーでも、海に浮くところまでしかできません。巨獣が海中にいたら、なかなか近づけませんよ」

 すると長官はうなずきながら、長官室の大型モニターの操作ボタンを押した。

「おお、こ、これは…!」

 画面には海中用のドローンや水圧や衝撃に強いログカメラなどの特殊な機材が映った。

「以前から巨獣対策のために開発していた海中用ドローンの試作機材をすべてマルチホバーに積んで行ってもらう」

 空中用のドローンと同じシステム、操作法で動き、発信機なども発射できるという、なんとかなりそうだ。

「さらに…。未知の巨獣調査ということで、特別にガイドも用意した」

「ガイド?」

 いったい海の中の危険な巨獣のガイドをしてくれる人などいるのだろうか。

 長官の合図で自動扉が開いた。だが、ドアの向こうからひょこひょこ歩いて来たのは驚くべきものであった。

「え? …アザラシ…? でも体をまっすぐに立てて、二本足で立っているところはペンギンみたいだし…」

 そのガイドはずんぐりむっくりとした、小型のジュゴンの仲間だった。ただ指のついた丈夫な手のひれがあり、短い尾の先が二つに割れたようになって立って歩く足になっていて、歩く姿は、ペンギンにそっくりだった。その生き物が体に革のベルトや小型カメラなどの機材をつけて、入ってきたのだ。

「ガイドならまかせて! なんたって巨獣のいる南の海に住んでるからね」

 このしゃべる小型のジュゴンはペンゴン人、名前は海の卵、ウミタマと呼ばれていた。もともとずんぐりした体形ではあるが、手足を縮めて体を丸くすると、長さ60cmほどの卵型になってしまう。危険が迫ると卵型の石のようになり、敵の目を逃れると言う。

「異星人館から来ました。ぼく、ペンゴン人のウミタマ。小さなころ巨獣に襲われて家族がバラバラになり、浜辺で倒れていたところを森川博士に保護されて傷を治してもらい、その間に言葉も習いました。今は家族とも再会し、南の海に住んでいます。ウミタマという名前はその時あの優しい森川博士に付けてもらったんです。どうぞよろしく」

 勇気を出してライアンが近づいて行った。

「ぼくは、ライアン、あっちはルドガーだ。よろしく頼む」

 ライアンがしゃがんで手を差し出すと、ひれの先にある長くて頑丈な指できちんと握手してくれた。

 長官がさらに続けた。

「さらに調べたところ、なんとドクター森川と一緒に11年前に巨獣の調査をしたという生物学者がいたことが判明した。その男も呼んである」

 それは心強い、そう思ったのもつかの間、今度は背の高い別の生き物が入ってきた。探検用の帽子やジャケットのようなものを身につけ、すらりと長い二本足で入ってきたのは、鮮やかな羽毛に覆われた小型の恐竜…いいやラクダの仲間か?

「お初にお目にかかります。私はアルパカ竜人のパットビューン、ドクター森川の弟子で生物学者です。現在もトレド生物学会に籍を置いております。どうぞよろしくお願いします」

 その生き物は二足歩行のダチョウ恐竜から進化した生物のようだった。すらりとした尾、強靭な長い脚は、最高時速70km。でも、顔はアルパカにそっくりで、ずらっと並んだ大きな前歯がチャームポイント、瞳も大きく、何とも親しみがわいてくる。荒野を走り回るのが得意で、また、空間認識能力がとても高く、一度歩いたところは二度と忘れないという。異星人が学会に入っているのは、トレド星では彼のほかにもう一人いるのだそうだが、連邦全体を見回しても他にはない画期的なことなのだそうだ。

 二本足で歩くパットビューンは、人間のような器用な手を持っている。その手で、ジャケットのポケットから一枚の写真を取り出して皆に見せた。荒野を行くパットビューンの隣に、モシャモシャ頭のゴーグルをかけた優しそうな男が立っていた。

「ドクター森川の思い出の写真です。なんでも騎士団戦争の時に行方不明になったとかでそれからお会いしていませんが…。私に人間の言葉と生物学と、心という言葉を教えてくれたそれはそれは素晴らしいお方でした」

 アルパカ竜人のパットビューンが、ライアンたちをもう一度見て言った。

「では、ライアンさん、ルドガーさん、さっそく行きましょう。巨獣は朝と夕方に活動のピークを迎えます。今ならまだ朝の活動時間に間に合う。さっそく行きましょう」

 ライアンのマルチホバーは、特別な機器を積み込むと、二人の異星人を乗せ、巨獣の生息する南の海へと、飛び立ったのだった。


 飛行中、ルドガーがライアンに尋ねた。

「…ところで、ドクター森川ってどんな人物なんだい?」

 するとライアンは知っている範囲で説明を始めた。

「ドクター森川は恐ろしい伝染病のワクチンを初めて作ったことで有名な人だ。超能力遺伝子の発見にも関わっていたし、なによりもこの星で初めての生物図鑑を作った人だ」

「へえ、なかなかすごい人なんだね…」

 するとアルパカ竜人のパットビューンが話し始めた。

「なんと言っても、我々異星人の人権を認め、地球人類との対等な交流の場を提案し、異星人館の元を作り、我々に地球人類の言葉を教えたのは森川さんでした。私も何回も彼と調査に歩きました。多くのしゃべる動物、異星人類は飛行機や車で近付くと警戒するので、彼は乗り物に乗らず私たちと、歩いて調査に出かけたものです。未知の惑星の森林や荒野を徒歩で行く彼のやり方はそれはそれは過酷なもので、危険な野生動物にやられそうになっても、武器も使わず、傷つけず、そうやって未知の異星人類とも心を通わせていったのです」

 その森川博士が、消息不明になる直前まで関わっていたいくつかの研究のうちの一つが巨獣であった。その研究の始まりは、惑星トレドの温暖な浅い海に生息するトレドサンゴからであった。体の中に何種類もの植物性プランクトンとバクテリアを飼うトレドサンゴは、適度の水温と海水、日光さえあれば、獲物をとらなくともそのほとんどの栄養をとることができる生物であった。

 だが、森川博士は、最適の水温や日光を得るためにサンゴ礁が移動する現象を発見したのである。なんとトレドサンゴは、大型の海生爬虫類の背中に群生していたのだ。そして海生爬虫類いはちょうどサンゴの生育に適した水温や日光に合わせてその巨体を移動させていたのである。海生爬虫類もトレドサンゴを背中に共生させることにより、栄養をもらい、さらに地球のサンゴの何倍も堅くて軽いトレドサンゴの外骨格を鎧として使っていたのだ。ちなみにトレドサンゴの外骨格は鉄の7倍以上の強度を誇るハニカム構造で、重さはその半分以下である。森川博士がトレドサンゴとの共生を確認したのは、大型のウミガメ類、海の恐竜ともいえる、超大型の海生爬虫類、そのほかにも大型の甲殻類、ヤドカリの仲間などであった。その中でも、海生爬虫類と大型の甲殻類の一部は上陸することがあり、それらが巨獣として開拓民に恐れられたのである。論文の前半には、トレドサンゴとそれを背中に共生させる大型の生物との共生のメカニズムがくわしく書いてある。後半は巨獣の謎の上陸も伴う行動パターンの研究がくわしく書かれていた。

「よし、そろそろサンゴ海が近づいて来た、高度を下げるぞ」

 マルチホバーを、ホバーモードに切り替えてキラキラ光る海面へと近づいて行く。大きな湾に大河が注ぎ込む、豊かな海が姿を現す。大河によって上流から運び込まれた養分のミネラルが大量のプランクトンを発生させ、小魚やそれを餌にするさまざまな生き物も大変多い。鯨などの大型の生物が子育てを行う温暖な海、その南側の浅瀬にサンゴ海が広がっている。

「よし、海中捜査開始だ!」

 マルチホバーは静かにサンゴ海に近づくと、そのまま海面に波しぶきを上げて着水した。すると側面の小さなドアが開いて、ペンギンとジュゴンを合わせたような卵型の生き物、ペンゴン人が飛び出してきた。体には斜めにベルトがかけられ、発信機と超小型カメラが取り付けられている。

「よし、ウミタマ君、頼んだぞ!」

 するとよちよち歩きのペンゴン人が、海の中に飛び込んだ。ペンギンのようなフィンを広げて泳ぎだす。先ほどとはうって変わり、その速いこと、速いこと!

「よし、ウミタマ君、カメラと通信機能をオンにするぞ。こっちの声は聞こえるかい?」

「オーケー、よく聞こえるよ」

 ライアンがさらにスイッチを入れると、操縦席のモニター画面に、サンゴ礁や魚の群れなどの海中映像が広がる。ウミタマのカメラの映像だ。

「うわあ、きれいだなあ、サンゴ礁の上を魚の群れが横切ってく…!」

 ため息をつくライアン。ウミタマのカメラは、サンゴの海のあちらこちらを自在に映していく。

「お、一匹発見したよ」

 ウミタマが海面を見上げると、大きなウミガメのような生き物が頭の上をゆっくり泳いでいく。3メートル以上はありそうだ。アルパカ竜人の生物学者パットビューンがさっそく分析する。

「おお、ニシキウミガメですね。おとなしい種類ですね。大丈夫、あれは産卵以外では上陸しません」

 ペンゴン人のウミタマが、海の中を近づいて行く…。ウミガメのやさしそうな瞳が画面に映る。背中には美しいサンゴ礁が日光を受けて輝いている。さらに海中を進んで行くと、今度はパットビューンがちょっとあわてた。

「あれ、向こうからやってくるのは、首長竜タイプの巨獣じゃないですかねえ。ウミタマさん、気をつけてくださいよ」

 このタイプは肉食で、ほかの生き物を襲うこともあるらしい。ウミタマはさっと岩陰に身を寄せて、卵型に擬態して動かなくなった。こうなると海底に転がる石にしか見えない…ウミタマになって通り過ぎるのを待ったのだった。

「今のタイプは、危険は危険ですが、上陸はしません。今日のターゲットは上陸する種類の巨獣です。もう少し深いところに行きましょうか」

 ウミタマは一度呼吸に上がり、今度は少し深いところに潜っていく。

「お、いるいる」

 ぱっと見ると、美しいサンゴ礁にしか見えないが、よく見ると背中にサンゴをたくさんつけた3メートル以上はある巨大なカニの群れだった。十匹以上はいるようだ。アルパカの生物学者が言った。

「ライアンさん、この巨大ガニは上陸する種類ですよ」

「よし、海中ドローン、発射!」

 海中に発射されたドローンには、今回は発信機取り付け装置が付いているのだ。

 ライアンが画面を確認し、巨獣に近づきロックオンする。ルドガーがジェル弾を打ち出す。打ちだされた小さなジェルの弾が巨大なカニの体について、やがて固まっていく。ジェルの中には小型の強力な発信装置が付いていて、体から取れなければ半永久的に電波を送り続けるのだ。ライアンとルドガーは、効率よく、そこにいるすべての巨大ガニにジェル弾をとりつけた。そしてウミタマ君に連絡を取ると、さらに大きな巨獣が集まると言う、ウミタマでなければわからない、秘密の場所へと進んで行ったのだ。

「このあたりは、ウミタマによると巨獣の回遊コースが交差しているそうですよ。おや、ついに今日の一番のターゲットが現れたようですよ」

 パットビューンの声が緊張しているようであった。前方に大きな影が見えてきた。そいつこそが以前帝国軍の基地を壊滅させた巨大ワニタイプの巨獣であった。大河の河口からこのサンゴ海にかけての汽水、海水地帯をえさ場としている巨大なワニの仲間だ。頭だけで4メートルほどあり、この個体でも全長20メートル、強力に水をかく幅広の尾と、陸地を歩き回る頑丈な四肢を持っている。サンゴがたくさんつくようにするためか、地球のワニより肩幅はずっと広く、全体にがっしりした感じで。首から背中、尾の付け根にかけて、数種類のトレドサンゴが群生している。それが硬質で軽いうろこの代わりにもなり、凶器にもなっているのだが、そのおかげでワニとも思えない怪獣のように見える。そして特徴的なのが尻尾の先の方に、ある種の鮫に似た長い丈夫なひれが伸びている。これで推進力を付けるほか、カッターのように使って、獲物を切り刻むのだと言う。そのため別名をソードテールとも呼ばれている。また、記録ではもうひと回り大きい個体も確認されているようだが、今、目の前にいる個体もかなり大きい。この個体は黒っぽいのでブラックソードと命名された。

「よし、ルドガー、海中ドローンを近づける…ジェル弾を頼むぞ」

「了解!」

 ライアンの操作でドローンが近づき、ルドガーが仕留める。だんだん呼吸が合ってきて、いいコンビになりつつあった。

 向こうから近付いてくる巨獣の斜め下で待ち伏せ、すれ違いざまに横腹にジェル弾を撃ち込むのだ…。巨大なワニがだんだん接近してくる。すごい迫力だ。

「…3、2、1…」

 ところがなんと言うこと、すぐ横の岩陰からもう一匹の巨大ワニが急に現れ、海中ドローンに噛み付いたのだ。赤みがかかった個体でレッドソードと命名された。ドローンのモニターに異常を示すデータが現れ、警報音が鳴り響いた。

「なんだって、すぐそばにもう一匹いたのか!」

 どうしよう、海中ドローンは水圧には耐えられるが、巨大ワニの顎の力に耐えきれるのか? 何か手を打たなければ、このままではすべてが水の泡だ。

「仕方ない、ボムを水中で爆破して、おどかしてみよう」

 ライアンはマルチホバーを水上でさっと進め、巨大ワニのいるすぐ上へとやってきた。

「よし、一か八かだ! ルドガー、頼む、けがをさせない程度におどかしてくれ!」

 ルドガーは、巨大ワニの位置を確認しながら、発射口から爆弾を発射した。

 爆弾は巨大ワニの少し遠くで爆発、だがかなりの衝撃が走った。

 だがその時、ルドガーは異変を見逃さなかった。2匹の巨大ワニは衝撃を受けると同時に、一瞬、金色の光に包まれたのだ。

「なんだ? 生体バリアか? あいつらも使えるのか?」

 なるほど、帝国の基地が壊滅したのもこいつらの未知の能力があったからか…?

 2匹にほとんどダメージはなさそうだったが、さすがに驚いて、あわててパニックになっている。

「やった、海中ドローンを、口から話したぞ!」

 海中ドローンのモニターが正常にもどる。よかった、ひどいダメージは受けていない。

 するとルドガーが怒鳴った。

「ライアン、何をしている、今がチャンスだぞ」

 チャンス? そうか今、2匹の巨大ワニは、どちらもすぐ目の前にいる。ライアンはドローンの向きを手早く変更した。

「行くぞ、連続発射だ!」

 ルドガーの発射したジェル弾は確実に2匹の巨大ワニに命中した。

「やったー!」

 この日は、ほかにも2匹の海生巨獣にジェル弾を撃ち込み、ミッション完了となった。ペンゴン人のウミタマのおかげで、めったにお目にかかれない巨獣に何匹も出会うことができた。

 マルチホバーは、海中ドローンとウミタマを回収すると、ゆっくり海面を飛び立った。

 少し高いところまで上がると、アルパカ竜人のパットビューンが海を見下ろしながら、言った。

「ほら、ごらんなさい」

 エメラルドグリーンの海面のすぐ下を、色とりどりのサンゴ礁が確かにゆっくり動いている。巨獣の背中に乗って、日光をいっぱいに受けているのだろう。

「…確かなことは言えませんが、やはり、巨獣が落ち着きなく動き回っていますね。これはまずい前兆なのかもしれない…」

 パットビューンの言うとおりだった。実は、トレドサンゴが、地球のサンゴよりずっと堅い外骨格を形成できるのは、このサンゴ海のある特別な環境が原因しているという。ここの湾にそそぐ大河が上流より大量の土砂を運んでくるのだが、それと同時に森の作る栄養分やいろいろなミネラルを多量に運んでくるのだ。その栄養分が大量のプランクトンを育て、そのミネラルが、特別なサンゴの外骨格の材料になる。

 論文の後半には次のような森川の言葉がある。ライアンが論文を取り出して、声に出して読んでみた。

「数少ない記録を精査すれば、巨獣が川上に向かって移動、上陸した日は、直射日光の強くない夜間か曇りの日が多く、また上陸した年は干ばつが起きていた。干ばつで川の流れが極端に弱くなると、栄養やミネラルが上流からあまり来なくなり、それでサンゴの活動も不活発になることが分かってきた。特に巨獣の上陸の記録のあるこの大河の最上流部には、コロナ黒色層と呼ばれる非常にビタミンミネラルの多い地層があり、その中に含まれるいくつかの未知の栄養分がトレドサンゴの生育に深く関わっているらしい。巨獣は栄養やミネラルを求めて上流に、陸地へと移動してきているのではないのか…。だとすれば、今、計画されているダムの建設は慎重に行わなければならない…。ダムは上流からの流れを弱め、土砂を止めてしまうからだ」

 それを聞いて、ルドガーがあわてて質問した。

「計画中のダムって、結局どうなったのかなあ」

 ライアンが答えた。

「森川博士が行方不明になっている間にあの上流に建設が始まって、5年前にひとつ、2年前にひとつ、2か所で大きなダムが完成したんだ」

 状況はどうもかんばしくない。上流からの土砂の流れを何らかの方策で増やすように長官に報告し、惑星の開発局に働きかけてもらおう。だが、上陸の恐れのある巨獣たちに発信機が取り付けられて、もしも異常な動きがあれば早め早めに対策は打てるに違いない。

 でも、もしあの巨獣が上陸してきたら警備隊として戦わなければならないのだろうか。ライアンは思った。

「悪いのは人間だ…戦いたくはない」

 ルドガーはあの爆発の瞬間を思いだしてこう思った。

「…やつらが生体バリアを使えるとしたら…もしもの時は、簡単には倒せないのでは?」

 2人はなんとなく黙ったまま基地へと帰って行った。

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