第3話 レッドドラゴンの怪盗団

 その日、訓練中だったルドガーは、突然呼び出された。何だろうと急いで駆け付けると、ライアンがマルチホバーで迎えに来ていた。なんでも緊急命令が出て、これから2人で調査に行くのだと言う。マルチホバーに乗ると、ライアンが唐突に話しかけてきた。

「…こんな辺境の開拓惑星トレドで、帝国と連邦の紛争が絶えないのはどうしてだかわかるかい?」

「いいや…。帝国では何も教えてくれなかった…」

「…最初は、連邦の探査衛星がこの惑星トレドで先住民の大きな遺跡のようなものを発見したのが始まりだった。さらに調べるうちにとんでもない巨大な地下の遺跡が発見された。この惑星にも昔しゃべる動物とは違う、地球と同じように非常に進化した人類が住んでいて、我々をはるかにしのぐ科学技術を持っていたのだ」

「先住民? その人類はどうしたんだ、滅びちまったのかい?」

「記録では、霊的に進化する段階を迎え、今から数百年前に、宇宙に旅立ったらしい。今地上に残っているのはしゃべる動物だけさ」

「へえ…今はいないんだ」

「ところが数百年たった今も、非常に高度な科学技術は地下で厳重に保管され眠っていることがわかった。いや、それは今でも封印さえきちんと解けば、数百年前と同じように動く、驚くほどの科学力だったんだ…」

「うそだろう? 数百年前の機械が動くのかい?」

「…大きな声では言えないが、僕らがこの間乗っていた、重力ホバーカーのテクノロジーも遺跡の発掘物の応用なんだ…。コストがかかるから一般にはあまり使われていないが、連邦でも帝国でもこの技術は互いに権利を主張し、どちら側でも軍で使われてるよ」

「なんだって…」

「そして一般には知られていないが、我々の科学に決定的な影響を及ぼす何か重要な発見がかなり前にあったらしい。俺にもなにかは分からない。でも、遺跡の科学力を手に入れた者は、この宇宙の覇権を握れる! そんな重要な発見だったらしい。帝国も連邦も目の色を変えてこの星に押し寄せた。だが、我々の科学力をはるかに超えるものを発掘し、解明していくのは時間と労力が予想外に掛かるものであった。しかも、遺跡は最初に発見されたもののほかにももうひとつ巨大なものが発見され、宇宙のいろいろな星や、犯罪組織までがひそかに遺産を狙っている。現在、遺跡は発掘を厳しく制限され、帝国と連邦の両方によって厳重に管理されているのだ。今でも何か事件があれば、すぐ紛争に発展するだろう。遺跡は火種の倉庫でもある…」

 それを聞いていたルドガーは、冷やかに笑った。

「帝国ではそんな情報は何も教えてくれなかった。何に役立つかはわからない遺産…。そんなもののために、帝国や連邦はにらみ合い、俺やセシルは帝国に連れ去られたのか…」

「その通りだ…。だから今でも物騒な出来事は後を絶たない。今朝、警報が鳴り、レッドドラゴン遺跡と呼ばれている地下遺跡の立ち入り禁止区域に警備網を破って、誰かが侵入したらしい。その後そいつらはレーダーやセンサーから消えた。この遺跡の周辺で身を隠して何かを実行しようとしているに違いない。俺たちの任務は逃亡したやつらの追跡・逮捕と正体の解明だ。さて、そろそろ目的地、レッドドラゴン大峡谷だ」

 やがてマルチホバーは、高速モードからホバーモードに切り替えて速度を落とすと、ゆっくりと地上へと降下し、地球のグランドキャニオンのような大峡谷に差し掛かった。

 何億年もの地層が川によって削られ、巨大な崖に複雑な模様を作り出し、変岩奇岩の宝庫となっている。そして巨大な崖の中ほどに、真っ赤な火山灰の地層があり、それが浸食によって姿を変え、崖の端から端へ体を横たえる赤い龍のように見えることから、この地はレッドドラゴン大峡谷と呼ばれていた。このレッドドラゴンのある大地で発見されたのが『一つ眼の遺跡』であった。

 レッドドラゴンの尾の方から大渓谷を昇り、やがてドラゴンの頭のところから、上の大地に上がっていく。そう、この大地の地下に、巨大な遺跡が埋まっているのだ。


 レッドドラゴン遺跡の中央、発掘現場の入り口に連邦の警備本部が見えてくる。さっそく警備本部からの連絡が入る。

「緊急の捜索ミッション、御苦労。このエリアに侵入したやつらは東の森林地帯で姿を消した。どうやら着陸して身を隠したらしい。今、そちらにデータを送る。捜索を頼む」

「了解」

 ライアンとルドガーの乗ったマルチホバーは、森林のそばの大地に緊急着陸した。

 ライアンは地上走行用の重力ホバーカーを切り離すと、さらに偵察用の小型のドローンを6機スタンバイした。このドローンは高解像度カメラのほか、高感度カメラ、赤外線カメラなどのカメラと種々のセンサーを積み、それらから異常を解析する人工知能とつながっている。敵も、高性能のステルス機能に加え、最近は立体ホログラム映像のカモフラージュを持つようになったので、普通の装備ではなかなか追跡できない。そこで多機能なライアンのマルチホバーの出動となったわけだ。

「ドローンの低空飛行で、この森林周辺の徹底的な調査を行う。もし異常があれば、荒れ地もへっちゃらな重力ホバーで、その地点に直行する」

 だが、ライアンがドローンを発射させようとすると、ルドガーが急に言った。

「…ちょっと待て…なにかおかしい。こっちの森に着陸したように見せかけたのはやつらの作戦か? ライアン、ドローンはもっと遺跡に近いあっちの岩場の方から、飛ばした方がいいんじゃないかなあ…?」

 単なる思いつきのようにも聞こえたが、なぜか説得力があった。素直なライアンはさっそくルドガーの意見を取り入れ、ドローンを岩場の方に飛ばしたのだった。

 するとものの数分もしないうちにモニターから警報音が聞こえてきた。

「ドローンが何か異常を発見した。さっそく直行だ」

 ライアンとルドガーは巨石がごろごろしている岩場の方向へと重力ホバーカーを走らせた。

「お、ビンゴ! 目新しいキャタピラの痕が地面についている…。やつらまだこの辺にいるぞ」

 ライアンがセンサースティックを持って車外に出る。ルドガーが銃を構えてあたりを警戒する。すぐにセンサーがかすかな振動音をとらえる。

「ま、まさか?」

 ライアンが小さな岩のあたりを指差した。

「ルドガー、あそこだ!」

 ルドガーのハンドガンが火を噴いた。近くの岩に銃弾が吸い込まれた瞬間バチバチっと火花が散った。そして目の前の岩がゆらりと揺れて消え、直径2mほどの穴が現れた。

「やつら立体映像カモフラージュ装置を使って、気づかれずに遺跡に通じる通路を掘っていたんだ。すぐに警備本部に連絡だ」

 急いで連絡するライアン、岩山の向こう側にある遺跡の入り口の警備本部の警報が鳴り、人々が動き出したようだった。だがその時、足元が大きく振動した。

「な、なんだ?」

「危ない! 後ろへ下がれ、ライアン!」

 ルドガーが叫んだ。穴の中からドリルのついた小型の戦車のようなマシンが飛び出した。

 そしてその上部にあったハッチがカポッと開いた…! 誰か降りてくるのだろうか? その途端、ハッチの中からなにか丸い物がポトンと投げだされた。

「照明ボムだ、目をつぶれ!」

 次の瞬間、猛烈な輝きがあたりに広がり、ライアンとルドガーは地面に伏せた。まぶしすぎて何も見えない。無理に目を開ければ、目をおかしくするほどの明るさだった。

「ボス、照明ボムは成功です!」

「よし、博士、でかしたわ。今のうちに脱出よ」

「合点承知!」

 遮光ゴーグルをつけた3人がハッチから飛び出してきたようだった。

「く、くっそー!」

 ルドガーがハンドガンのトリガーをひいた。だが次の瞬間遠くから飛行音が近づいて、銃弾ははずれ、3人の気配は空中に上がって行った。

「ちくしょう、逃げられた!」

 照明ボムが切れて視界が戻ると、飛んできた黒い八角形の飛行物体の中へと3人の侵入者が空中をロープでスルスルと入って行くところだった。スタイル抜群の女のボスがライアンたちを見下ろしながら叫んだ。

「あら、新顔? でもよくこの穴が分かったわね。もしかしてあんたたち超能力者なの?」

 返事の代わりに、ルドガーがもう一発ハンドガンをぶっ放した。だが、部下らしい体の大きな男が瞬時に手を前に出すと、そこに大きなバリアが現れ、銃弾をはじき返した。

「あんた、腕がいいね。なんて名だい?」

「ルドガーだ! 逃がしはしない」

「しつこいねえ、やる気だねえ、あたし、そういうの好きだよ。博士、プレゼントを差し上げて!」

「ほいきた、スペシャルフラワーボム!」

 博士がソフトボールほどの金属製の球体をひょいと投げてきた。

 横っ飛びして逃げ出す2人。だが、なんと言うことその金属球は…突然しゃべった。

「危険です、お逃げください。爆発まであと十秒」

 そしてさらに、ライトを点滅させ、コロコロと転がりながら、正確に2人を追いかけてきたのだ。

「危険です、お逃げください、危険です、お逃げください…」

「な、なんだこりゃ?!」

 あわてて走り出す2人、でもどこまでもコロコロとスピードを上げながら追いついてくる球体…、そしてついに…。

 ズバーン!

「伏せろ! …あれ?」

 それは、見たこともない爆発だった、四方八方に七色の光が広がり、さらに光の球が空中に昇って行くと、最後にパパーンと光の花が開いたのだ!

 花火か?? そしてキラキラ光りながら小さな星たちが雪のようにあたりに降りそそぐ…。

「ふふふ、どうかしら。わがムンディーズの天才ボナパルト博士が苦節12年3ヵ月の歳月をかけて作り上げた、昼でもきれいに輝いて見えるデイライト花火よ!」

「なるほど…昼間なのに…なんという輝き…!」

 つい見とれるライアンとルドガー。だがその騒ぎの間に、怪盗団ムンディーズはすっかり逃げる態勢に入っていた。最後に博士が言った。

「君はいい腕してるね。ではさらば!」

 そしてその瞬間3人は黒い八角形の飛行物体の中に姿を消し、飛行物体はぐんと高度を上げ、遠くへ飛び去って行ったのだった。

 そこに警備隊のホバーカーがやってきた。

「うう、逃げられたか、逃げ足の速いやつらだ」

 警備隊長が2人のところに降りてきた。

「いやあ、君たちのおかげで、被害は最小限ですんだ。あのままやつらが遺跡の奥まで達していたら、大変なことになっていただろう。あいつらは、遺跡専門の怪盗団ムンディーズだ。なんでも地面の下にお宝が埋まっていると聞いて、黙ってられないんだとさ。宝探しはロマンだとか言ってるよ」

 謎の女ボスのムンディーと天才ボナパルト博士、そして戦闘サイボーグのm6号の三人組だ。独自の情報網があるらしく、今日も帝国や連邦の最高機密となっているはずの地下通路の位置を正確につかみ、最短距離で地面に穴をあけて侵入してきたのだ。とにかく素早く、がめつく、しぶといやつらで、警備隊も苦労しているようだった。侵入に使ったドリルマシンや立体映像カモフラージュ装置は警備隊に運ばれていった。なんと騒音を無音化する新型の静音装置まで使って地面に穴を掘っていたらしい。


 帰りのマルチホバーの中で、ライアンはルドガーに聞いた。

「あの、ムンディーっていう女ボスも超能力者かと騒いでいたが、ルドガー、君の言うとおりにこっちでドローンを飛ばしたら、すぐに発見できた…君はもしかして、本当に超能力があるのかい?」

「いやあ、なんとなく岩山の方があやしい気がしただけさ」

 ルドガーはそう言って、静かに笑うだけだった。

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