08話.[集中できるから]
「ちょ、食べすぎだし、飲みすぎじゃない?」
「いいんだよ……」
いつもはこんなに食べないのに今日は大食な彼がいた。
あれからもう数時間が経過していて、そろそろ晩ご飯の時間になるというのに止まらない。
お菓子を大量に買ってきてしまっていたことが失敗だっただろうか。
「うぷ、気持ち悪い……」
「ほらあ……」
「……優の部屋で寝ていいか?」
「うん、いいよ」
私は後片付けをしてから部屋に移動した。
私のベッドに寝転んでうーんうーんと唸っている彼に苦笑い。
「後で起こしてあげるから寝ていいよ」
「おう……」
「あ、それとも膝枕をしてあげようか? このまま寝られちゃうと手持ち無沙汰感が半端ないからさ」
「おう、頼む」
これなら自然に頭を撫でてあげることができる。
頭が痛いわけではないんだから構わない……よね?
「すぐ寝ちゃうんだから」
私といたい理由って膝枕をしてもらえるからではないだろうか。
運動などをしているわけではないから柔らかいだろうし。
自分で触ったところでその魅力には気づけないけどね。
足フェチというわけでもないだろうから、どこを気に入っているんだろうか。
問題だったのは彼が全く起きないことと、尿意を催してしまったことだ。
とはいえ、漏らすわけにもいかないから彼の頭を優しくずらしてトイレに行ってきた。
……少し膝の方に戻して、今度は触れることはしないでおいた。
ちゃんと洗ってきたけど嫌かもしれないし……。
「うぅ……」
「一輝?」
「あ……いま何時だ?」
「いまは19時前かな」
携帯を側に置いておいたからすぐに確認することができる。
画面を点けるだけで18時54分だと把握することができた。
「悪い、疲れたよな」
「大丈夫」
「起きるわ」
部屋の照明は点けていなかったから真っ暗だった。
それでもずっとここに存在していればある程度は見ることができる。
つまり、暗い中でも彼の顔はいつでも確認できた、というわけだ。
「上手くいったのかねえ」
「あー、あのままの雰囲気なら大丈夫だよ」
だってあの後すぐに新妻くんは凄く優しそうな表情を浮かべていたもん。
私の前ではっきり好きだと言ったことが嘘ではなかったことがわかる。
そもそも疑ってなんかいないけどね。
「この前さ、あ、夜中のときな、ちゃんと八木に謝ったんだ」
「偉い」
「それで頼んだ、優にはこれ以上なにもしないでくれって」
「私もこれ以上やられたくはないから一緒に謝ろうとしたんだよ、謝ったのは春海だけだけど」
とにかく、これでめでたしめでたし――になると思っていたんだけど、
「大城先輩っ?」
月曜日、一輝と帰ろうとしたところにやって来た大城先輩がいきなりこちらの腕を掴んで歩き始めてしまった。
名字で呼びかけてみても反応してくれない、ただただ学校から、一輝から距離を作りたいように見える。
「はぁ、はぁ、……どうしたんですか?」
「もう付き合い始めたの?」
「一輝とですか? いえ」
「じゃあ俺と付き合ってよ」
この前のあれじゃあ足りなかったのだろうか。
それとも、のんびりしている私に焦れったくなったのだろうか。
「この前も言いましたけど、私は一輝が――」
「じゃあ今日俺の目の前で告白してよ、そうしたら諦められるから」
「はいわかりましたとはなりませんよ、こっちにだって心の準備とかが必要なんですから」
まだまだ100パーセント受け入れられるとは思えていない。
もし振られたらまず間違いなく自分のせいでこれまで通りではいられなくなる。
それならと考えてしまう自分がいるのだ。
「取らないでくださいよ」
「須田君……」
「優は連れて帰りますから」
最近、尾行をすることが増えていたみたいだからどんどんと上手になっているのかもしれなかった。
彼はこっちの手を握って歩きつつ、先輩に対して「仮に好きでも無理やり連れて行くのはどうかと思います」と言っていた。
……現在のこれは該当しないのだろうか。
それとも、こんなことをしてくれていても私のことを好きとかそういうことではないということなのだろうか。
所詮幼馴染以上にはなれないとか? それなら悲しいな――って、
「やばい……」
これはもうどうしようもないことだ。
どちらにしてもぶつけるしか選択肢はない。
「調子が悪いのか?」
「違う、いつの前にか一輝と付き合いたい気持ちが大きくなってて……」
彼は足を止めてこちらを見てきた。
見られたのはそのときだけで、今回ばかりは顔を見ることができず、うつむくことしかできなくて。
「でも、所詮幼馴染だからそれ以上の関係になれる可能性は低いと考えていたんだ。で、振られちゃったらまず間違いなくこれまで通りに接することができなくなるからそうなるぐらいならって言うのは避けていたんだけど……」
先輩を振ったくせにヘタるのは違うと思ったのだ。
それに、どうせいつか爆発させていたのだからこれでいいと思う。
「とりあえず、家に帰ろうぜ」
「うん」
家に帰ってくるとやはり外にいるときとは違う感じがする。
適当でいいというか、のんびりしていても誰にも怒られないということが影響しているのかもしれない。
でも、一輝も当たり前のようにいるから今日はその感じもあまり得られなかった。
「やっぱりひとりにはさせておけねえな、また誘拐されても困るし」
「大丈夫、とは言えないかな……」
私にも原因がある。
どんな理由で付き合ってくれなんて言っているのかはわからないけど、好きだったとかいらない情報を吐いてしまったのは自分だから。
だから先輩が悪いわけじゃない。
バレンタインデー以前の自分だったら間違いなく嬉しいことだったし、誰かが好いてくれるということは嬉しいことだからだ。
「これからは俺がずっと側にいる」
「これまでもいてくれたよ?」
「これからはいまよりももう少し親密な感じでな」
ほとんどうつ伏せに寝転がっていた私の頭を撫でてくれた。
「……一輝のことが好きだったら良かったのに」
「って、好きじゃねえのかよ」
「ってあのとき言ったよね」
あの時点で先輩と接点があったなら多分、こうはなっていなかったと思う。
でも、そんな選ばれなかった方のことを考えていても仕方がないからいまに集中しよう。
「ああ、本命チョコを渡せなかっただけでまるで振られたような人間みたいな感じだったよな」
「でも、本命チョコも一輝にあげたし」
あのまま自分で食べることだけはしたくなかった。
捨てることだって当然したくなかったので、ため息なんかをついたけど外にいてくれて良かったとしか言いようがない。
「初めてだったんだろ? 普通に美味しかったぞ」
「それは市販の物が美味しいからだよ、頑張ったのは確かだけど」
「偉い、作ろうとするところがいいだろ、それを先輩に渡そうとしたのは複雑でしかなかったけどな。だって俺には毎年、市販のチョコだったから」
「あ、確かに、作れば良かったなあ」
わざわざ溶かすなんてそんなもったいないことをするぐらいならそのまま渡した方が美味しいからという理由で避けていたのだ。
「じゃあこれからは作ってくれよ、んで、今度こそ俺用の本命チョコをくれ」
「わかった、大きいのをあげるね」
「おう」
こちらの頭を再び撫でようとした彼の手を掴んで笑ってみせた。
彼は意地でも片方の手で撫でてこようとしたけど、意地でも撫でさせないように攻防戦を繰り広げて。
「させろよ、バレンタインデーまでは我慢してきたんだから」
「それから積極的だったよね」
「それでも不安になるのが優だけどな」
「当たり前だよ、みんなに優しいことを知っているもん」
「でも、絶対に名前で呼ぶことはしなかったからな、優だけだ」
私の方もそうだとは言えないな。
関わった時間が短い人たちしかいないから。
「目の前で先輩のことが好きだとか言われたときはどうにかなりそうだったぞ」
「大丈夫、なにかをする前に終わったからね、終わらせたと言うべきだけど」
「まあ、結局戻ってきてくれたからな、それだけで十分だ」
あそこで馬鹿みたいに突っ込んでいなくて良かったと思った。
だってそうじゃなければ春海みたいに八つ当たりをしてしまっていたかもしれないから。
あとは単純に、この子の良さに本当の意味で気づけていなかったから。
「一輝」
「ん?」
「ありがとね」
「はは、おう、ありがとな」
よし、あとは先輩と新妻くんに謝罪をしよう。
それをすれば気持ち良く過ごすことができるから。
それと、一輝にだけ集中できるからね。
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