07話.[だから謝ろうよ]

 春海と向き合っていた。

 こっちの腕を掴みながらもなにも言おうとしないところが怖いとしか言いようがない。


「は、春海?」


 逆に彼女の腕を握ってみたものの、動くことはなく。

 立っているとまたどこかに連れて行かれるかもしれないから半ば引っ張るようにして座った。

 それだけで多少はマシになるというもの。


「ねえ春海、新妻くんと話し合おうよ」

「……もう無理だよ」

「無理じゃないよ、新妻くんは春海のことが好きだって春海が振る前にはっきりと私に言ってくれたよ?」


 やっぱりそこが戻るのが1番なんだ。

 申し訳ないと思うなら返していけばいい。

 これから待つだけではなく自分から行動していけばいい。

 今回は失敗してしまったけど、これから気をつけていけばいいのだ。


「だって……振ったんだよ?」

「だから謝ろうよ、私も一緒に謝るから」

「なんで……優も?」

「だって、私が原因で新妻くんは振られたようなものだから、春海を意固地にさせちゃったかもしれないからね」


 よし、今週の日曜日に春海を強制的に連れて行こう。

 お礼がしたいということなら関係を戻してくれるのが1番だ。

 そうすればほら、階段を利用する際に周りを気にしなくて済むんだからさ。


「今週の日曜日に謝りに行こ?」

「無理だよ……」

「無理じゃない、ちゃんと謝れば許してくれるよ」


 後からの謝罪なんて自分を慰めるためのものでしかないものの、それでも前に進めるのならその方が間違いなくいいと思う。


「約束ね」

「……怖い」

「それじゃあこの先ずっとその怖さを抱えたまま生きるの?」


 刺激したくはないけど仕方がない。

 このままでいさせると帰れないから仕方がない。

 あとは巻き込まれるリスクが高まるから仕方がないのだ。


「……泊まりたい」

「あ、この前無理だったから? いいよ、今日は一輝が全く来てくれないから正直寂しかったんだよね」

「嫌われちゃったの?」

「え、そうではないと思いたいんだけど……」


 もしそうなら……悲しいな。

 いま頃、大城先輩に甘えるわけにもいかないし。

 つまりあれか、自分の気持ちを優先した形になるのか。


「まあいいよそれでもっ、ほら行こう!」


 ……階段を利用するときだけは彼女の両腕を掴んだ。

 外に出たら安心できたので拘束をやめて。

 ただまあ、結局彼女の方からは掴まれたままだから逃げることはできそうにないし、するつもりもなかった。


「ふぃ~、やっぱり自宅が1番落ち着くよ~」

「……なんかお年寄りの人みたい」

「あっ、もう、そういうこと言っちゃだめなんだから」


 思うのはいいけど言ったらそれはもう宣戦布告と同じだ。

 色々な不満も溜まっていたのでじゃれておくことにする。

 初めてではないけどこちらから抱きつくようにしてそのままソファに押し倒した。

 ラグビーの選手にでもなった気分だった、不安と困惑に染められた表情もまたいい。


「一緒にご飯を作ろ」

「う、うん」


 過去のことが変わるわけではないのだからいま重い感じはいらないのだ。

 母にも心配をかけてしまったからご飯でも作っておけば少しは安心してくれるかもしれない。

 17時頃に帰宅した母と一緒にご飯を食べて、洗い物をしている間に春海にはお風呂に入ってもらった。


「うーん」

「どうしたの?」

「たまにはお父さんとも一緒に食べたいなって」

「終わる時間がばらばらだからね」


 待っていたら冷めてしまうし、待っていたら寝られる時間も遅くなってしまうということか。

 また、心理的に父を焦らせてしまう可能性があるからいいことばかりではないと。

 お休みの日は寝てばかりで後からひとりで食べる~ということが多いからなあ。

 もしかしたらひとりに慣れすぎて私たちがいると気になるのかもしれないけどさ。


「それより一輝くんとはどうなの?」

「うーん、なんか今日は来てくれなかったんだよね」

「ちゃんと手元に置いておかなければだめだよ、あんなにいい子は他にいないよ」


 やっぱり1番近いようで1番遠い子だったんだ。

 危ない危ない、完全に好きになってしまう前で助かった。

 でも、距離を作らないって言っていたのにどうしてだろう。

 ……もしかして臭かったとか? 一輝と寝るからときちんと洗ったんだけどな。


「ゆ、優」

「あ、おかえり」


 1階には居づらいだろうからと部屋に連れて行く。


「ここで待ってて、お風呂に入ってくるから」

「す、すぐ……」

「うん、すぐ出てくるから」


 また途中で帰られることのないようにしっかり洗った。

 それだけではなく、30分以上つかることでまた残っていたであろう汚れを体外に出して。

 カビてしまうかもしれないからしっかりと拭くことも忘れずにおいた。

 さあ、ここからが私の戦いの始まりだ。




 結果を言えば大して問題もなかった。

 すやすやと寝ている彼女を起こさないようにして下に移動する。


「はぁ」


 玄関前でなんとなく涼んで。

 目の前の家や黒い空を見たりして。

 がちゃりと扉が開く音が聞こえてきてそちらに意識を向けると、


「よう」

「一輝」


 恐らくまだ寝ていなかった一輝が出てきて少し新鮮だった。


「少し歩かねえか?」

「うん」


 こんな時間に歩くというのもまた新鮮でいい。

 昨日は全く来てくれなかったからせっかく来てくれているのならと頑張ることにした。

 とはいえ、聞き逃したりしないように努力をしようとしたというだけだけど。


「春海が家で寝ているんだ」

「そりゃ――まさか」

「うん、泊まりたいって言ってきたからさ」


 多分、あそこで拒んでいたらすれ違いの積み重ねになっていたと思う。

 それどころか余計に春海は私になにかをし、致命的なものになっていた可能性もある。


「日曜日、一緒に新妻くんに謝ってくる」


 また付き合うのは新妻くん的に不可能かもしれない。

 けど、少なくとも喧嘩別れみたいな状態から変えられればいいと思う。

 もちろん、無理そうなら口にしたりはしない。

 新妻くんと春海の様子を見て柔らかく対応していかなければならないから難しそうだ。

 それでもこのままなにもしないままだと私も前に進めないから頑張らないと。


「なあ、俺も行っていいか?」

「来たいの? まあ、新妻くんも不安なら連れてきていいって言っていたからいいよ、どうせもうふたりだけじゃなくなったわけだし」


 先輩にはっきり言う前に言ってくれていれば良かったのに。

 そうすれば向き合っていた、延々に叶わない恋をするほど上手には生きれないから。

 でも、私は既に一輝がいるからと断ってしまっていて。

 そこに一輝からの拒絶となれば平静ではいられない。


「八木に会いたい」

「私の部屋で寝ているから行ってきて」

「優はどうするんだ?」

「そこの公園で時間をつぶすよ、寝られないんだ、だから外にいたんだよ」


 日曜日まではまだ時間もある。

 日曜日は謝罪に集中できるように調節しておかないと。


「馬鹿かよ、いまひとりで残せられるわけがないだろ」

「大丈夫」


 一輝は私といたくないみたいだし。

 春海と話したいならいましかないと思う。

 多分、いまなら落ち着いて話すことができるはずだから。

 新妻くんと話をした後だと変わってしまうから急いだ方がいい。

 あと、逃げられないということが大きいかもね、夜だから怒鳴ることもできないし。

 一輝が責めるのではなく冷静に話をしてくれたら、なんだけど。


「ほら」

「いや、ひとりで帰ることはできない」

「近いから大丈夫、それより落ち着いているいま話しておかないとまた同じことの繰り返しになっちゃうよ、それで私に八つ当たりされたら次は骨折とかしちゃうかもね」

「……絶対に帰ってこいよ」

「当たり前だよ、少し時間をつぶしていくだけだから」


 大体、2時前まで時間をつぶして家に帰った。

 2階に上がると話し声が聞こえきたから1階で寝ることに。


「大丈夫」


 なんとかできそうだ。

 少なくとも気まずいようなことにはならなくて済みそうだった。




「こんにちは」

「ごめん、結局一輝を連れてきちゃった」

「構いませんよ、それよりも……」

「うん、謝りたいって」


 私の後ろに隠れていた春海が前に出る。

 新妻くんはなんとも言えない表情で彼女を見ていた。


「この前はごめんなさいっ、あ、いや……、ずっとごめんなさい」


 おぉ、もっと引っ張るかと思ったのにいきなりするなんて。

 そのまま泣き始めてしまった彼女を彼が慰めていた。

 頭を撫でて「大丈夫ですよ」と何度も重ねて。

 なんか私たちがいるのが申し訳なくなってくるぐらいカップルって感じがした。


「まさか八木が素直に謝るなんてな」

「……悪いのは私だし」

「じゃ、もっとちゃんと話し合え、俺らは帰るからよ」

「「え」」


 ははは、一輝も同じだったか。

 そして、それを聞いたふたりときたら同じような表情をしていて面白いな。


「逆にこんな雰囲気の中居残ることなんてできないだろ、なあ?」

「うん、やっぱりふたりが仲良くしているのが1番らしいから」


 うーん、それでもこれからどうしよう。

 出てきたのにそのまま帰ってゆっくり休むというのもなんとも言えないところだ。


「どこかに行くか」

「一輝とは行かない」

「な、なんでだよ?」

「……だって、私といたくないみたいだし」


 あそこまで露骨な態度を見せられたらこっちもその気で動いてあげなくちゃってなる。

 そうしないと矛盾してしまうからだ、縛られたくないとか言っていたんだからね。


「それは違う、いきなり帰ったらそのように感じるかもしれないけどさ」

「じゃあ……なんなの?」

「押されたのは俺のせいだからだ、だから反省していたんだよ」


 あー、直前に春海にとっては煽りとも聞こえるようなことを言ってしまっていたからか。


「お、おい……」

「だからってあのタイミングで帰られたら不安になるじゃん……」

「悪い……」


 こんな通行人がいるところでいつまでも抱きしめているわけにはいかない。


「んー、どうする? このまま帰るのは味気ないから嫌だよ?」

「菓子でも買って帰るか、いまは優とふたりきりでいたいんだよ」

「それなら学校でも来てくれれば良かったのに」


 そうすればこの前2時ぐらいまであんなところで過ごさなくて済んだのに。

 いやまあ、結局あの後は春海も一輝も家の中で寝たんだからいいんだけどさ。

 一輝はリビングで寝ていた、朝になったら気づいたことになる。


「だから反省中だったんだよ、でも、1日で駄目になった」

「そういえばどうして夜中に来られたの?」

「窓の外を見ていたら出てくるのが見えたからだな」

「ふふ、一輝も寝られなかったんだ」

「ああ、やっぱり優と喋れないと駄目だわ」


 とかなんとか言っている一輝とお菓子を買って帰った。

 お菓子を買えたからなのか、彼はやけに嬉しそうにしていた。

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