05話.[お腹がいっぱい]
「待って待って、なんでそんな無言で迫ってくるの?」
日曜日。
いきなりやって来た一輝が正直に言って怖かった。
それこそこっちのことを殴ってくるんじゃないかってぐらいの迫力がある。
「……手なんか握らせんじゃねえよ」
「あれは終わらせるためだよ」
「まだ好きなのか?」
「昨日捨てたって本人にぶつけたんだよ? 好きなわけないじゃん」
それに、いまはそれどころじゃないんだよ。
春海との関係がどうなるのかが気になっている。
あとはあのふたりの関係がどうなるのかというところを。
「頬は大丈夫なのか?」
「うん」
「下手に近づいたりするなよ、今度八木が優に自由に言ったりしているところを見たら――」
「だーめっ、私なら大丈夫だからっ」
「……大丈夫じゃねえよ、こっちになにも言わずにひとりで勝手に動きやがって」
大袈裟すぎる。
ひとりで行動したと言っても新妻くんの高校に行ったことぐらいでしかないのに。
昨日のあれは本当は大城先輩に手伝ってもらう予定だったからひとりじゃなかったしね。
「優しいとも言えるが今件に関しては甘いとしか言いようがないな」
「甘いって言ったら一輝でしょ、私の味方ばかりしてくれようとしてさ」
「当たり前だ」
うぇ、彼はこっちを普通に抱きしめてきて「傷ついてほしくないからな」と言う。
さすがにこちらからは抱きしめられはしなかったものの、背中を2回タップして大丈夫だと返しておいた。
「今日はこのまま監視する、裏でこそこそと会われたら嫌だからな」
「あはは、じゃあゆっくりしよっか」
まだ寝ている母を起こして後でお買い物に行くのもいいかもしれない。
一輝といられるだけで安心はできるものの、さすがに見つめ合って過ごすわけにもいかないからだ。
「つか、余計なこと言うなよ、そうでなくても先輩は優のことを気に入っているんだからさ」
ないないと言うことはできなかった。
なにかと誘ってくることがあるから勝手に決めつけることはできない。
それでも私は捨てた、それだけは確かなことだと言える。
「でも、安心できたんじゃないかな? だって急に手作りチョコを渡そうとした女なんて怖いでしょ?」
「まあ、確かに会話もしたことがない状況で手作りはな……」
「でしょ? だから、なるほどって納得できたんじゃないかな。それと、大して魅力もない人間に好かれていなくて――あ、またこういうことを一輝の前で言っちゃった」
学ばない人間だった。
あと、なんでもかんでも口にすればいいわけじゃない。
こういうことを口にしていることもだめだというのに……。
「ん?」
「いやほら、そんなことないって言ってほしくて口にしているみたいでしょ? ……一輝は私に対して異常に甘いから気をつけなければって考えていたんだ」
「甘いというか優は悪いことをしているわけではないからな、ま、自分勝手に動いておいて困っていますみたいな態度だったら例え優に対してでも馬鹿と言わせてもらうけど」
馬鹿だから馬鹿だと言ってくれればいい。
それよりも当たり前のように抱きしめてきたりするのはやめてほしかった。
私だってドキドキとかするんだから。
「おはよ~……」
「おはよう、お買い物に行こうよ」
「そうだね、今日明日明後日の分を買ってこないと」
支度をしてくるということだったので意味もなく外で待っていることにした。
「優」
「あ、監視するんだよね?」
「当たり前だ、荷物ぐらいなら持ってやれるしな」
支度を終えた母と並んで歩き始め、
「一輝くんの横ゲーッット!」
られなかったから少し後ろを歩いて付いていくことにする。
なんかふたりが夫婦に見える、や、別にお父さんが亡くなってしまったわけじゃないんだけどと内で呟きながら歩く。
基本的にテンションが若者仕様だから似合っているというか、一輝もまた楽しそうだった。
余計なことを考えずに任務を遂行する。
私の任務は美味しいお菓子選びとなった。
こういうのはどうしても食べたことのあるお菓子をループしがちなので、あまり購入したことのない物たちを見て悩んでいたんだけど、
「これとこれとこれ! よしっ、食材をしまいたいから帰ろうっ」
最強の母によって阻まれ、達成することができなかった。
言っていた通り、一輝は荷物を……母と半分ずつ持っていた。
新婚夫婦かなと問いたくなるぐらいにはほにゃほにゃな雰囲気だった。
「榊間さん」
「えっ? あ、新妻くん」
向こうからは結構距離もあるのに何故か新妻くんと遭遇。
「少しいいですか?」
「あー、うん、いいよ」
新婚夫婦の邪魔をするわけにもいかないから離脱。
とはいえ、遠いところに行くわけでもなく近くの公園で話すことになった。
「春海さんとのことなんですけど」
「うん」
「結果を言うと、駄目でした、振られました」
「あ……、そうなんだ……」
目の前で振れと言ったのは自分だ、だからこそいまこうして私に言っているのだろうか。
「大城先輩が気になっているそうです」
「新妻くんはなんて言ったの?」
「そうですか、と、もうそれしか言いようがありませんからね」
確かにそうだ。
どれだけ言葉を重ねてもあの状態では余計に意固地にさせることにしかならない。
「ごめん、私が余計なことをしたからだよね」
自分を慰めるための謝罪だということはわかっている。
それでも謝りたかった。
仮に責められるのだとしても、謝れないよりはマシだと思う。
「謝る必要なんかないですよ、悪いのは僕ですからね。春海さんの言う通りで、部活とかそういうことを理由にして会いに行っていなかったのは確かですから」
「……こんなこと言われたくないだろうけどさ、あんまり自分を責めないでね」
「はい、程々にしておきます」
そのタイミングで携帯がぶぶっと揺れた。
確認してみると、
「やばっ、一輝がめっちゃ怒ってるっ」
『どこに行ったんだ!!!!!!!!』と8個もびっくりマークがつけられていた。
確かになにも言わずに去れば気になるか、今日は監視対象だったわけだし。
音もなく消えたとなれば不安にもなるかもしれない。
普段、こういう風になにも言わずに消えるタイプではないからなおさらかも。
「あ、やはり前を歩いていたのは須田さんでしたか」
「うん、あとはお母さんかな。公園にいるよ、と、送っておけば大丈夫大丈夫」
数十秒後、一輝が私の前に現れた。
本気度が高すぎる、そんなことをしなくたって用が済めば帰るのに。
「はぁ、はぁ、ふぅ、また新妻かっ」
「駄目だったことを榊間さんには言っておきたかったんです」
「え、あ、そうなのか? はぁ、あいつも困ったものだな、それで先輩を狙うって?」
「はい、優しくしてくれるからと」
「ろくに一緒にいたこともねえくせになにを言っているんだか」
そもそも彼もよく春海のことを受け入れたものだ。
別に性格に難があるとかそういうことが言いたいわけではなく、中学だって別だったのだからどうやって接点を作ったのかがわからないからだ。
彼氏が欲しいとはよく言っていたみたいだから意地でもって感じだったのだろうか。
「それで優、俺が言いたいことは分かるよな?」
「お母さんと楽しそうだったからもういいと思ったんだよ」
「だからっていきなり消えたりするな! 心配になるだろうが!」
「ごめんごめん」
「もっと反省しろっ」
そうか、春海は本当に別れることを選んだのか。
後悔は……していないんだろうな。
いまはとにかく自由さがそこにあって、新妻くんと違って気になる異性が同校にいてくれて。
少しの間は自分もそう行動しようとしていたからなんとなくその場合の気持ちはわかる。
でも、目先のなにかに囚われて彼を振ってしまったことは馬鹿だとしか言いようがなかった。
大体、失ってから気づくんだ。
けどまあ、自分から振ってしまったからどうしようもできないので詰みだけど。
「どうすんだ?」
「とりあえずは部活に集中します」
「ま、それぐらいしかできねえよな」
中途半端な季節だからテストもないし上手く発散できるのではないだろうか。
「榊間さん」
「あ、どうしたの?」
「今回の件で本当にお世話になりました、ありがとうございました」
「いや、私がしたことはお礼を言われるようなことじゃないよ」
「そんなことはありません、あなたがいてくれて本当に良かったです」
そ、そう言われて悪い気はしないなあ、それどころかかなり嬉しかった。
その嬉しかったのをかなり抑えて、そう言ってもらえるとありがたいよって冷静なふりをしつつ返事をして。
お昼から用事があるみたいで彼は歩いていった。
「馬鹿」
「機嫌直してよ」
「はぁ、帰ろうぜ」
「うん」
これからどうなるのだろうか。
春海との関係はどうなるのか。
先輩はどういう選択をするのか。
いまはわからないことばかりだった。
振ったということを先輩は何故か知っていた。
一輝は言っていないということだったので、春海か新妻くんが言ったことになる。
そして、自分のことを狙っているとわかっておきながら先輩は何度も私たちの教室に足を運んでいた。
「どういうつもりなのか分からないな」
「うん、本当にね」
春海は普通に楽しそうだ。
とてもじゃないけど、振った後の人間とは思えない。
振られたわけじゃないからこその普通さ、なのだろうか。
「ま、あいつの人生はあいつのだからな、自由だな」
「だね」
基本的に誰かに恋をしていないと生きられないのだろう。
そういうところは人によってかなり違うからだめとも言えない。
付き合っている状況ならともかく、別れた後なら誰にも止められないのだ。
多分、上手くいかなくて受け入れられなかったとしても納得できるのではないだろうか。
「トイレに行ってくる」
「了解」
適当に済ませて手を洗って。
なんとなく鏡で自分の顔を見て、なんとなく苦笑して。
廊下に戻ると丁度、先輩が出てきたところだった。
だからって話しかけてくることはな、
「さっきずっとこっちを見ていたよね? 気になるの?」
くとはならず、先輩は柔らかい笑みを浮かべながら聞いてきた。
いや、これは少し揶揄したい気持ちも含まれているものか。
「どういうつもりなんですか?」
「八木さんといること? うーん、ただ普通に話をしているだけだけど」
「受け入れるつもりがないなら――いや、なんでもありません、そんなの春海と大城先輩の自由ですからね」
もうあの件は終わったんだ。
ここから先のことは当人同士で話し合ってもらえばいい。
私はもう関係ない、あれから春海とも会話していないわけだし。
「ちょっと来て」
「え」
また下の階まで強制的に移動となった。
春海の好意を知っておきながら近づき、裏ではこうして私の手を握っているってそれはどうなのか。
異性が近づいて来てくれるのに特別な存在を作らないのはこういうことがしたいからなのだろうか。
「あ、ごめん」
「いえ」
白々しいような、思わず握ってしまっただけなような難しい感じ。
「一応言っておくけどさ、弄ぶために近づいているわけではないからね?」
「そうなんですか」
「って、もしかしてそう思われていたの!?」
「だって、大城先輩は受け入れる気なんかないですよね?」
先輩は頭をがしがしと掻きつつ「友達として一緒にいたいだけだよ」と口にした。
この先はどうなるのかはわからないものの、無理だと言っているようにしか聞こえなかった。
「それに、気になっている子がいるからね」
「それならそちらを優先してくださいよ、あまり近くにいられたら春海も勘違いしてしまいますから」
「じゃ、榊間さんといればいいの?」
ああ、春海ともっと不仲になるイメージしか湧かない。
「冗談ですよね?」
「こういうことに関しては冗談を言わないよ」
先輩のことを色々と悪くイメージしがちな自分でもだろうなという感じの返答だった。
「だからさ、榊間さんともっと一緒にいたいんだ」
「その割には話しかけてきませんでしたよね」
「きみの側には怖い狂犬がいるからね」
怖いのかどうかはわからないけど、一輝のことか。
捨てる前だったらもうちょっと変わっていたんだろうけどなあ。
恋に恋する自分が好きというやつだったんだと思う。
「優、授業が始まるぞ」
「ここは1階だよ? どうしているの?」
「そんなの付いてきたに決まっているだろうが、裏でこそこそとするのが最近の優だからな」
実際、新妻くんと会っていたりしていたからそうじゃないとは言い切れない。
授業には参加しないと来ている意味がない、だから戻ろうとしたときだった。
「お昼休みにまた来るよ」とこちらの手を掴みながら先輩がそう言ってきたのは。
「はい」
「そのときはふたりでご飯を食べよう」
「あー」
あ、それこそ自分が思わせぶりなことをするなということだよね。
「一輝や春海も一緒でいいですか? それならいいですけど」
「うーん、まあ、食べられないぐらいだったらそれで」
「はい、それではまた後で会いましょう」
複雑なことになりそうだった。
「八木さんも一緒に食べようよ、須田君や榊間さんもいるからさ」
先輩もさすがに誘い方には気をつけているようだ。
春海は意外にもあっさりと受け入れ、お弁当袋を持ってこっちにやって来た。
いつもなら話しかけてくる彼女も今回に限ってはそうとはならない。
場所は移動するのもあれだからと一輝の席をメインに利用してのものとなった。
まあそれでも席は借りなければならないから隣の子の椅子を借りさせてもらうことに。
「さあ、食べようか」
「そうですね」
今日は母が寝坊したことによって自作お弁当だからあまり新鮮さはない。
それでも食材を利用させてもらっているわけだから味わって食べた、美味しい。
うーん、ただ、4人で集まっているのに会話という会話がなく。
クラスメイトの賑やかな声だけが救いだった、他の場所で食べなくて良かったと思える件だ。
「喋ろよ八木」
「……ご飯食べてるの」
「お前、新妻を振ったんだってな」
「いまご飯――」
「可哀相だなあ、これまで頑張ってお前に合わせようとしていただろうに、その努力も虚しく終わりは一瞬と」
止めることなどできなかった。
止めようとする前にはもう、終わっていた。
いまの春海にとっては1番言われたくないことだろう。
彼女はまた彼に怒り、彼は怒ることこそしなかったものの、淡々と事実を突きつけ。
彼女は教室から出ていき、彼は腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らした。
「この前優を叩いてくれたからな、殴ってしまう前に言っておきたかったんだ」
「だからっていまじゃなくてもいいのに」
「いや駄目だ、自分がなにをしたのかをしっかり理解させておかなければならない」
好きになったからにはその人の時間が欲しいと言っていた。
他のなによりも優先してほしいともあの日、叩く前にぶつけてきていた。
気持ちはわからなくもない、好きな人と付き合えたのに会えなかったら寂しいから。
休日に遊びに行こうにも部活があったりして、唯一の休みである日曜日には誘いづらくて。
もしそうだったら苦しさを味わわないために私も別れることを選ぶ可能性もある。
でも、他校の子に恋をする自分というのが想像できなかったのもあって、同じようにはならないなってそう考えていた。
「榊間さんを叩いたってどういうこと?」
「あ、約束をしていたじゃないですか、大城先輩がはっきり言おうとした日に」
「うん、行ったらもう榊間さんと新妻君しかいなかったけど」
「そのときにぱちんと。まあ、私が振るなら振りなよって煽るようなことをしたのが悪いんですよ、だから気にしないでください」
あなたがいてくれて良かったなんて言ってもらえる資格はない。
私がしたことは告げ口という悪いイメージが付きまとう行為だけだから。
もちろん、それでいい方向に変わることもあるから一概にはそうだとは言えないけど。
けど、少なくとも今件に関してはいいこととは言えない、結果は最悪だったわけだし。
「あとはあれですかね、春海にとっては大城先輩とふたりきりでのお出かけと考えていたことでしょうし、私と新妻くんがいたことが納得できなかったんでしょう」
内緒にしたのも私。
うん、叩かれて当然だ。
「それにしても叩くなんて……」
「まあこの件はもういいですよ、食べましょう、こんな空気じゃ美味しく食べられませんから」
前みたいに春海のところに行くことはできない。
そのつもりはないけど、煽りと捉えることができてしまうかもしれないから。
「ごちそうさまでした」
いつまでも借りているのも申し訳ないから椅子を戻しておいた。
私はふたりの横に立って存在していることにする。
「ほらほら、食べてくださいよ、全然進んでいないじゃないですか」
「うん……」
「一輝も」
「おう」
なんかこれじゃあ二股をかけている嫌な女みたいじゃないか。
人を好きになるのは自由だ、だからこちらが止めることはできない。
それでも私は……。
「大城先輩、先程の話なんですけど」
「えっと」
「私のことが気になると言ってくれたことです」
「ああ」
人にはっきり言うことを求めておいて自分だけはそうしないなんてできない。
誰かが好意を向けてくれるという甘さに甘えてはならないのだ。
「一輝がいるのですみません」
「「え」」
「あ、もちろん一輝は気にしなくていいよ」
私は別に思わせぶりなことをしたわけではない。
好きだとかは言ってしまったものの、捨てたとはっきり口にしたのだから許してほしい。
「というわけなので」
「そっか……」
「後から言われるよりはいいですよね」
って、自分で美味しく食べられない雰囲気を作ってどうする。
先輩も一輝もまだ食べ終えていないというのに。
申し訳ないから教室を出た。
お腹がいっぱいだと5時間目の授業時に眠たくなってしまうからと歩き始めた。
「えっ――」
これが結果的に言えば間違いだったのかもしれない。
私は何故か3階にいる春海を見上げていた。
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