04話.[なんでときたか]
大城先輩といることが増えた。
授業が終わるとすぐに出ていくのはそういう理由だと思う。
逆に先輩自らが来る機会も増え、新妻くんのことを考えなければ順調に仲良くなれているんだなあなんて呑気に考えておくことができるんだけど……。
「大城先輩」
「あ、榊間さん」
戻ろうとしたところを呼び止めて。
嫌な人間かもしれないけどしっかりと説明しておく。
「あ、そうなんだ? まあ、そういう子もいるよね」
「あの」
「大丈夫だよ」
「はい、よろしくお願いします」
あとは聞きたくないだろうけど新妻くんにも伝えるべくまたあっちの高校に訪れていた。
中に入ることはできないから部活が終わるまで校門前で待たせてもらうことにする。
幸い、満足度がそんなに高くないにしても購入した本を読んでいただけで時間をつぶすことができた。
「さ、榊間さん?」
「あ、新妻くん、ちょっと伝えたいことがあって」
責められたくないから保険をかけてから最近のことを教えさせてもらった。
あれだけ異性が近くにいようがこの人って決めたわけではないだろう先輩のことだから問題もないんだろうけど……。
「そうですか」
「うん」
「教えてくれてありがとうございます」
彼からは特になにも感じられなかった。
内側ではどうなっているのかがわからないから適当な思考はできないものの、慌てずに向き合えるのは見習いたいところだった。
「でも、遅くまで待っていたら危ないですよ、送ります」
「あ、ひとりで大丈夫だから」
暗闇が怖いなどといった乙女的な特徴があるわけでもないし、私みたいな人間を狙おうとする人間がいるとは思えない。
出ていなければならないところが出ていないし、なんかちんちくりんだしで女としての魅力が微塵もない人間なんかには興味を示さないものだ。
「駄目ですよ、須田君に怒られてしまいますから」
「一輝は関係ないよ、部活後なんだから早く帰って休んで、それじゃ!」
他校の子を好きになってしまった時点でそうなることはわかっていたはずなんだ、だから彼は悪くない。
私もそうだけど、春海はどこか自分中心で周りが動いてくれるという考えがあるんだと思う。
だからそういう理想通りにならなかったらすぐに感情を爆発させ、周りを振り回すことになるのだ。
諸刃の剣みたいなもの。
残ってくれる人間もいるかもしれないものの、人が去っていく可能性が高い行動。
「ただいま」
「おかえり~」
久しぶりに母とふたりでの食事となった。
その後はいつも通り入浴を済ませて部屋に戻る。
出されていた課題をやって、残り少しだからと小説を読んで。
大体0時頃に寝たのだった。
先輩の来る頻度が増えた。
相手を落としてから振る、そういう人でなければいいなと思った。
言わなければならないことは言ってあるため、ときどきは見つつも特に近づいたりはしないようにしている。
「毎日来ているな」
「うん」
彼女が素直に吐いているとは思えない。
そのため、怪しい行動をしていたらその度に新妻くんに伝えるつもりでいる。
連絡先を交換しているわけではないから毎回20時過ぎまで待たなければならないのは結構苦痛だ。
本だってそう何冊もあるわけでもない、趣味というわけでもないから新たに買おうとしているわけでもない。
時間をつぶす道具を探すことがいまの目標となっていた。
「榊間さん、ちょっといいかな?」
「あ、はい」
先輩にそう言われて廊下に付いていく。
余程聞かれたくないことなのかわざわざ1階に下りての話となった。
「今度一緒にどこかに行きたいって誘われたんだけどさ」
「はぁ、もうなにやっているのか……」
「彼氏がいるんだよね?」
「はい、現在進行系でいますね」
あのまま喧嘩した状態のまま別れてしまったのなら新妻くんの方から言ってくるはず。
彼女のことを好きだとほとんど関係のない私にぶつけられる人のことだ、そんなことになったらもっと空気に出してもいいのにそうではなかった。
それ=別れていないという思考は短絡的かもしれないけど、自分だったら絶対に表に出すだろうから。
「榊間さんも来てくれないかな?」
「春海はふたりきりがいいんですよね? それって、私に嫌われろってことですか?」
「違う、榊間さんがいれば上手くやれる気がするんだ。ちゃんと言うよ、そんなことをしても後で悔やむことになるだけだって」
なんであんなことをしてしまったんだろうと考えたときにはもう遅い、か。
彼女のそれが一過性のものならいいけどね。
もしそうじゃないなら、彼女の中ではもう別れたことになっているのなら下手に刺激するとより過激になりかねないという難しさがそこにある。
「なんで私がいないと上手くやれないんですか?」
「相手に事実を突きつけるのとか、悪口みたいなことを言ったりするのは嫌なんだ」
進んで悪口なんかを言ったりする人の周りには本当の意味で人なんか集まってはくれない。
少し怖い人などに女の子が惹かれているところは見たこともあるけど、うん、性格がいい人の方がいいに決まっている。
「わかりました。そもそも私は見て、聞いたことを彼氏さんに言っていましたからね、嫌われても仕方がないですから」
今週の土曜日に集まろうということになった。
その際、私が行くことを春海には伝えずということで。
彼氏がいる異性にはそういう風に対応するしかない。
先輩にとってメリットがない、それどころかデメリットばかりだ。
そう考えると、優しいのも問題なのかもしれなかった。
一輝だってそういう子から狙われる可能性もあるし、彼は優しいから相手のことを真剣に考えて行動してしまいそうだったから。
「あ、もう……」
「あはは、また伝えたいことがあって」
土曜日のことを教えたら新妻くんが行きたいと言ってきた。
そんな直接堂々と? と、困惑していたら尾行みたいなことをしたいらしい。
「その際、榊間さんも付き合ってくれませんか?」
「あー、私は春海が一緒にいる人に頼まれているからさ」
いまちゃんと説明したつもりなんだけど、滑舌が悪くてちゃんと聞こえてなかったのかな?
「お願いします」
「そ、そう言われてもね――あれ? というか部活はいいの?」
「休みます、こっちの方が僕にとって重要ですので」
「そっか、うん、そうだよね」
先輩とは連絡先を交換してあるからどうかとメッセージを送ってみた。
でも、だめだって言われた、直接的にではなかったけど勇気が出ないからって。
「やっぱり難しそう」
「そうですか……、あ、それなら連絡先を交換しませんか?」
「え、仮にも彼女がいる子としていいのかな……」
「大丈夫ですよ」
まあ、毎回ここで待つのも大変だからいいか。
そもそも、こうして密告している時点で性格が悪いのは確かだし。
「あと、今日は絶対に送りますからね」
「大丈夫だよ、凄く距離が遠いとかではないんだし」
「駄目ですよ、行きましょう」
うーん、だけどこれぐらい頑固の方がいいのかな。
これから戦わなければならないんだから。
先輩もはっきり言ってくれるみたいだし、上手く片付いてくれればいいけど。
「あ、須田さん」
「どういうことだ?」
この前みたいな怖い雰囲気をまとっていた。
困惑しているこちらを他所に、新妻くんが「春海さんのことを教えに来てくれたんです、昨日もそうですけど」と説明してくれた。
「優、言ってくれても良かっただろ? そうすれば付き合ってやったのに」
「いや、一輝を巻き込みたくなかったんだ、正しいことをしているとは言えないからね。一輝まで春海に嫌われたら嫌だからさ」
なんて言ってみたけど、言い訳がましく聞こえなかっただろうか。
一輝にだって嫌われたくない、でも、春海のことを見て見ぬ振りもできなかった。
誰も得しない、このままではあの子の側には誰もいてくれなくなってしまう。
それなら自分が嫌われたとしてもどうでも良かった、私にしかできないことだ。
「早く帰れよ新妻」
「はい」
「送ってくれてありがとうっ」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
鍵を開けて中に、とはできなかった。
こちらの腕を掴んでじっとこちらを見てくる一輝。
「これからは言ってくれ」
「放課後は遊んだりしたいでしょ、今日だって男の子と出ていったからだよ」
「優がそういう風に動いていたことを知っていたら行かなかった」
「大丈夫だよ、それに私は言ったでしょ? 他を優先してくれって」
私のために時間を使って後からもっと他のことに時間を使えば良かったなんて言われたくないのだ。
それに所詮は幼馴染というだけ、相手が誰でもその肩書きだけで優しくするということはわかっているんだから。
露骨に距離を作ることはしないけど、これぐらいの距離感がいいのではないかって考えて行動していた。
だから土曜日のことは言わなかった。
別にこそこそと悪いことをしようとしているわけではない。
メインは先輩と春海、私はあくまでおまけの位置。
しかも、楽しくなれるようなお出かけではないのだからこれでいいだろう。
「おはよ」
「え、な、なんで優が……」
先輩が来る前に着いて良かったのかもしれない。
はっきり言わなければならないのはこちらだ。
「最近のことを新妻くんに毎回報告していたんだ」
「なんでそんなことを……」
「やめなよ、大城先輩に迷惑をかけるのは」
ちなみに、新妻くんは近くにいる。
声の聞こえる範囲ではないかもしれないけど、間違いなくいるんだ。
「少なくとも新妻くんという彼氏がいる現時点では私は止めるよ」
「……もういいって言ったじゃん、
「そんなことないよ、そもそも他校の時点で予定が合わない日だって出てくるってわかっていたことでしょ」
「だからそれを後悔しているのっ、同じ高校の人にしておけば良かったってね!」
彼女はそう言い切ってしまった。
こうなってくると私にできることは少なくなってくる。
「考え直すつもりはないの?」
「考え直すつもりはないよっ」
「そっか、じゃあそこに新妻くんがいるから振ってきなよ」
「えっ」
あ、ちゃんと指を向けた方向にいてくれて良かった。
それかもしかしたら慌てて移動してくれた可能性もある。
彼には悪いけど本人が彼にはっきり言えるのなら止めるつもりはない。
先輩がどうするのかはわからないけど、誰かに恋することができるのなら彼女は満足できるんじゃないかな。
「優!」
「ほら、言ってきなよ」
「大嫌いっ」
いたっ!? しかもこちらを叩くだけ叩いて違う方向に走り去っちゃったし。
まあいいか、告げ口していた罰ということでこの件は終わりにしておこう。
「ごめん、進んでそっち方向に誘導したかったわけじゃないんだよ、ただ、本人がああ言っているならってさ」
「……それよりも冷やしてください、ハンカチを水で濡らしておきましたから」
「ありがとう」
冷たいのが触れたことで少しずつ落ち着いてきた。
そのタイミングで先輩がやって来て不思議そうな顔をする。
「すみません、春海は帰ってしまいました」
「え、そうなの? というか……」
「あ、春海の彼氏さんです、新妻瑛くんという名前で」
「そうなんだっ? でも、榊間さんがいてくれているならって頑張ってちゃんと言おうと思ったんだけどな……」
残念ながらいまの彼女と関わることはマイナスでしかなかった。
3人で集合場所に突っ立っていて、なんの時間なのかがわからなかった。
「まあ、ここに立っていても仕方がないから飲食店にでも行こうか」
「いいですね、このまま解散というのも味気ないですし。新妻くんもいいよね?」
「はい」
というわけで早速移動を開始して、お店に着いたらドリンクバーを頼んで飲み始めていた。
私の方はひとりで少し寂しい。
しかも新妻くんはうつむきがちで口数が少なすぎる。
まあ、部活を休んだ状態でこの結果なんだからそういう反応になっても無理はないか。
「あれ、そういえばなんか片頬が赤い気がするけど」
「そうですか? 仮にそうでも内外の気温差のせいだと思いますよ」
「片頬だけ?」
「両方に表れるときばかりではないということです」
一輝を連れてくるべきだったと後悔していた。
男の子ふたりと自分ひとりというのも微妙だし、空気が壊滅的にではなくても悪いのは確か。
ジュースを飲むということができるからこそ、私はいまもまだここにいられている。
そして、こういう空気のときに限って頬が痛く感じてくるという微妙さも組み合わさって。
「えっと、なんかふたりとも元気ない?」
「あー……」
新妻くんはこうなって当然だ。
目の前で後悔しているのって大声で言われてしまったわけだし。
それを引き出したのは私、だからこちらが責められても仕方がないことだというのに。
ポケットの中に入れたままの濡れたハンカチをくしゃりと握りしめる。
そうしてから新妻くんのハンカチだったことを思い出して手の力を緩めた。
「大城先輩が来る前に私がはっきり言ったんです、大城先輩がわざわざなにかを言う必要はないと考えて」
「そうだったんだ、もっと早くに行けば良かったね……」
「いえ、いいんですよ、だってなにかを言った際に露骨にがっかりした顔になられたりするのが嫌だったんですよね? ならいいんですよ、今回は私が頑張らなければならないことだったんですから」
こう考えよう、先輩が複雑な気持ちにならなくて済んで良かったと考えよう。
逆に新妻くんはだめにしちゃったけど……、やっぱりぶつかり合って話し合うしかないから。
あの状況でも別れると言えるのならと考えたことは間違っていないと思うんだ。
「優」
「えっ、なんでここにいるのっ?」
「どうでもいいだろ、隣に座るぞ」
彼は呑気にドリンクバーを注文して、ジュースを注いで戻ってきた。
それを一口飲んでからこちらのおでこに攻撃を仕掛けてくる彼に困惑。
「言えって言っただろ」
「だって、今日のこれは絶対に楽しくなることはないと思ったから……」
もしかして春海に聞いて来たのだろうか。
でも、そうじゃないとここに来ることなど不可能だからそれしかないよね。
「はぁ、それで新妻はこんなところでなにやっているんだ?」
「なにやっているんだはこっちのセリフだよ」
今日はこちらになんて意識を向けていなかった。
彼はうつむく彼を見つつ、
「新妻、優に言わせるだけ言わせて自分は黙りってそんなんでいいのか? ここにいるんじゃなくて八木のところに行くべきだと俺は思うけどな」
と、言って、彼はそれに反応して顔を上げて。
「……会ってくれるかは分かりませんが行ってきます、このままでは情けなさ過ぎますから」
「あ、気をつけてね」
「はい、今日はありがとうございました」
どうなるのだろうか。
仮にそのまま振ったとして、先輩はどのように対応するのだろうか。
「榊間さんが困っていればすぐに駆けつけるのは格好いいね」
「なるほど、じゃあ俺は先輩から助けられたということですね」
「えぇ……、榊間さんに迷惑をかけたつもりはないんだけどな」
「そうだよ、今回のことは私が悪いんだから」
「「なんで?」」
な、なんでと聞かれましても……。
いやっ、ここはちゃんと考えていることをぶつけておかないと。
「え、それはバレンタインデーの日に大城先輩を見ていたから、ですかね。ほ、ほら、大城先輩があの教室に来るような理由がなければ出会わないまま終わっていたかもしれないじゃないですか、そうすれば新妻くんだって今回みたいなことにはならなかったわけですからっ――そ、そんな感じです……」
グラスの中の液体を全て飲み干し、一輝を無理やり通路に追い出してから機械の前までやって来た。
「なに慌ててるんだよ」
「……どうやってここがわかったの?」
「実は朝から尾行してた」
だから新妻くんに少し厳しい感じだったのだろうか。
今回のこれは私が勝手に動いただけだから責めないであげてほしいけど。
「えぇ、それならすぐ来なよ」
「叩かれたときに出たら間違いなく八木を殴っていたからな、抑えるのに時間がかかったんだ」
「だめだよ、そんなことしたら怒るからね」
「しねえよ、流石にな」
「戻ろ」
そういえば春海とのあれがなくなったのならこのままいる必要もないんだよなあと。
「あの、今日はここで解散でいいですか?」
「え? うーん、榊間さん的には須田君がいればいいのかもしれないけどさ……」
「え、ど、どこかに行きたかったんですか? 迷惑をかけてしまいましたから私でよければ付き合いますよ?」
「よしっ、それならこの前須田君としていたときみたいに手を繋いで歩こう!」
「「はい?」」
「いやー、楽しいねー」
「は、はあ」
多分、ドリンクバーで粘るのも申し訳ないと考えたのだと思う。
先輩はこちらの手をがしっと握った状態で隣を歩いていた。
どういう状況だこれ、まったく、春海が帰るからこんなことになるんだぞ。
「また帰られたら嫌だから」
「あー……」
「この前、あくまで俺とのそれはおまけだったんでしょ?」
「……先約がありましたからね、一輝とお出かけするという」
おまけに、先輩はお詫びがしたいということでメンバーに加わっていたから。
不快な気分にさせたのはこちらだからしてもらう必要がなかったのだ。
だからどうしても優先度合いが違かった。
「傷つくなあ、だから今日は榊間さんの時間をちょうだい」
「わかりました」
「え、いいの?」
「この前のお詫びです、信じられないとか言ってしまいましたからね。あれはまあ……嫌われるために口にしたんですけど」
「え、なんで?」
なんでときたか。
まあ、確かに自分から嫌われようとするアホな人が多いわけではないだろうしな。
「まあ、色々あったんですよ、チョコを渡したかった理由なんて簡単にわかると思いますけど」
「えっ、じゃあ好きだったってこと!?」
「でも、捨てましたから、大城先輩を好きになっても不安になるだけだって簡単に想像できましたから」
後ろには一輝がいる。
先程からなにも発していないから気になる。
いますぐ帰りたいものの、清算しなければならないことだから仕方がない。
「榊間さん、流石に1回も話したこともない人間を好きになってしまうのは心配だよ……」
「あはは、大城先輩に意地悪されることにならなくて良かったです」
「えぇ、須田君と似ているね、流石幼馴染だ」
一輝と似ているなら安心できるかな。
そういう考えが伝わってしまったのか、自由だった左手を握られてしまった。
待って待って待って、これじゃあなんか……やばいじゃん?
「ちょっと須田君、今日は俺が貰っているんだから」
「俺がいる時点で貰えていませんよ、かわりに俺の時間をあげますから」
「いらない……」
とにかく、春海の件以外は平和な1日となった。
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