03話.[キスぐらいなら]
「はぁ……」
学校に着いた途端にため息が零れた。
だって、一輝のことを優しい、格好いいと思う度になにもできていないことを突きつけられるからだ。
やっぱり一緒にいて楽しいって言ってくれているのはお世辞だとしか思えない。
もっとこう、内にある欲望をぶつけてきてくれればいいのにと思う。
お前にそんなことしたくないわということだったら諦めるしかないけど……。
「優ー!」
「え――ぶはあ!?」
横に倒れそうになったのを頑張って耐え、なんとかそこに座り続けることができた。
来てくれることはありがたいけど、さすがに熱烈すぎてどうしようもないから抑えてほしい。
「ごめんごめん、ちょっとむかついてて」
「え、私がなにかしちゃった?」
「ううん、彼氏と喧嘩になったんだ、だからいまは連絡がきてもスルーしてる状態」
珍しいな、そこまで怒るなんて。
彼氏は最高的なことをよく言っていたのに。
「でさ、大城先輩って格好良くて優しいからいいよね」
「え、浮気とかやめておきなよ?」
「向こうとも全然会えてないしさ、付き合っているかどうかも分からなくなってきたんだよね……」
もし大城先輩と仲良くしたいのならきっちり別れてからにするべきだ。
でも、一時期だけの喧嘩のことで別れるなんてもったいない。
きちんと話し合いをして、それでもわかり合えないとなったときは……その方がお互いにとっていいだろうけど。
「ちゃんと話し合えよ八木」
「付き合っているのに会えないって寂しいんだから……」
「だったら会いに行けばいい、待ってそういう状態になっているんだから八木にも原因があるんじゃないか?」
「ばかっ! どうせ一輝くんにはわかんないんだよ!」
あ、出て行っちゃった。
幸い、SHRまでは時間もあるけどこのままだと心配だ。
「行ってくるね」
「悪い……」
「いや、待っているだけじゃ変わらないのは確かだから」
彼氏がいたわけではないものの、待っているだけじゃ変わらないということはこれまで散々突きつけられてきたから。
とはいえ、別に過酷な人生だったというわけではない。
自分から積極的に行動できなかったことで何度も失ってきたものがあるというだけだ。
「あ、いた」
「優ー!」
「危ない危ないっ、悪いんだけど、私も同じように思ってるよ」
「うん……」
彼氏彼女の関係になろうがそれぞれにしなければならないことがある。
友達だっていることだろう、なにか急に頼まれたりもするかもしれない。
おまけに彼女の彼氏さんは部活をしているみたいだから余計にそうだ。
合わせようとする努力を怠ってはならない。
なんて、偉そうごちゃごちゃと言える立場にないから行動してからじゃなきゃもったいないということだけは言っておいた。
「今日……会いに行ってくるよ」
「うん」
「……優も付いてきて」
「え」
放課後。
私たちは彼氏さんが通っている高校の校門前にいた。
制服が違う人間がただそこにいるというだけで見られるもので凄く落ち着かない。
「部活なんだからこんなに早く来る必要はなかったんじゃない?」
「いまから呼ぶ」
わ、私には関係のないことだ。
とにかく縮こまって無事に終わることを願おう。
「部活の前にごめんっ、でも、ちゃんと話し合いたくてっ」
「少し移動しましょうか、ここだと少し落ち着かないでしょうから」
そうそう、春海の彼氏さんは敬語で話すんだよなあと。
もっとも、一輝のそれと違って違和感は感じない。
それはきっと見た目に合っているとか、昔からずっとそうであることを春海から聞いていたからだろう。
「榊間さんも来たんですね」
「うん、春海に無理やりね」
「すみません」
「い、いや、謝らなくていいよ」
そもそもどうして私たちは会ったことがあるのかという話。
相手が同校の同級生だとか先輩だとかならともかくとして、他校に通っている生徒さんなんだからと。
「あー、最近あんまり会えなくて寂しいって春海が言っていたんだけど」
「そうですね、最近は忙しくて会いに行く時間がなくて……」
なんで私が代弁しなければならないねん。
まるで先輩を前にしたときの一輝みたいな感じだった。
「でも、連絡は忘れずに毎日しましたよ」
「って言っているけど?」
「……私は毎日会いたいもん」
「夜遅くに行くのは迷惑だろうと考えて行動できませんでした」
距離だってそこそこある。
それだって彼にしてもらってばかりではいつか不満も溜まるかもしれない。
とはいえ、彼と彼女の親密度具合を詳細まで把握しているわけではないからそんなわけないだろって怒られてしまうかもしれないけど。
「わかった、それなら私が毎日行くよ」
「部活もありますし……」
「待っているから大丈夫、さっきのところにいれば危ないこともないよ」
「でも、20時までですから心配ですよ」
「だってそうしないと……会えない」
土曜日も夕方頃まで部活があると言う。
日曜日はさすがに休みたいだろう、となると、平日に無理やり時間を作るしかないわけだけど、それも結局部活動に阻まれると。
「毎日ビデオ通話をするとかどう?」
「帰宅して食事や入浴などを済ますと既に21時とかですからね」
「1時間ぐらいできれば春海も満足できるだろうしさ」
私だったら30分ぐらいで満足できると思う。
いや、寂しさを抱えつつも話せたことに感謝をしていれば抑えられるというか。
でも、恋人ができたわけではないから実際にそうなったときのことなんかわからないから変に口にしたりはしないでおいた。
「僕としても直接顔を合わせて話したい気持ちはあるんです、それに、部活後は結構疲れてて寝てしまうことも――」
「なにさっ、結局そうやって色々理由を作って会いたくないだけなんでしょっ、それならそうと言えばいいじゃん!」
あ、やばいっ。
このパターンは止めておかないと取り返しのつかないことになりそうだ。
彼も圧倒されてて「春海さん……」と名前を呟くだけ。
「春海、今日は帰ろ――」
「もういいっ、優と一輝くんが話し合った方がいいって言うから来たけどもう終わりでいいっ、学校には幸いもっと相手をしてくれそうな人がいるし!」
あー……走って行ってしまった。
しかも、恋人に言うには少々どころかかなり問題のある発言をしてから。
「教えてもらってもいいですか?」
隠したって仕方がないから先輩のことを説明しておく。
まあ、私なんかは全くあの人のことを知らないんだけども。
「その人が相手をしてくれるのならその方がいいかもしれませんね」
「ちょ……」
「でも、沢山の異性の方に囲まれているんですよね?」
「うん、特別視してくれる可能性は低いよ」
待って、それで急に一輝とか言い出したらどうする?
いや、……彼氏ってわけじゃないんだからそれでもいいんだけど。
一輝があの子のことを優先したいって言ってきたら素直に離れるつもりだし。
って、ついこの前まで先輩のことが好きだとか言っていたくせに本当に最低な人間って内で苦笑することしかできなかった。
「僕は春海さんのことが好きです、これだけは変わりません」
「だったらなにもかも言うしかないんじゃないかな」
「はい、そうですね」
部活動のお仲間さんがやって来て彼はここから消えた。
少し離れたところだったのによくわかったなあというのが正直な感想で。
「よ」
「は~、凄くほっとできたよ」
いまあったことを説明して地面に座る。
代弁なんて本来は別の人間がするべきなのだ。
いや、それどころか本人がちゃんとぶつかるべきだった、今回みたいな関係が悪化するかもしれないというときには。
「汚れるぞ」
「はは……ごめん、なんか立てなくなっちゃって」
「なら運んでやるよ、じっとしてろ」
あ、う、え、せめておんぶとかでいいのに……。
鍵とかを難しい体勢から頑張って開けて中に。
「ちょっ」
「靴を脱がせないと駄目だろ」
「できるからっ」
高いところから落としたせいで音が響いたけど問題ない。
お姫様抱っこをされていることよりも全く問題ない。
彼はこちらがなにかを言うよりも早くソファの上に優しく下ろしてくれた。
「どうするんだろうな、先輩は悪い人ではなさそうだけど……」
「きっとどうにかするでしょ」
「ま、彼女をそう簡単に手放したくないわな」
新妻くんだったら大丈夫な感じもするけど。
いまの春海は冷静とは言えないから落ち着いたらきっと大丈夫なはず。
「あ、電話だ」
相手は春海、嫌な予感がするけど出ないわけにはいかない。
「もしもし?」
「……今日泊まってもいい?」
「いいよ? それならいまから来なよ」
「ありがと……、さっきも残して帰っちゃってごめんね」
「ごめんねって謝らなければならないのは新妻くんにでしょ」
どうせならと外で待っておくことにした。
通話を続けながらだからなんか意外な気分になってくる。
すぐに春海がやって来て、私をそのまま抱きしめてきた。
「……一輝くん、今日はごめん」
「謝らなければならないのは新妻にだろ」
「もう……」
また家に戻って飲み物を渡す。
甘えん坊モードだったから髪を撫でておくことにした。
「……なんで一輝くんもいるの」
「そういう約束なんだ、家ではひとりだから寂しくてな」
「女の子の花園なんだからだめだよ」
「そう言われてもな、八木は優を巻き込んでいるだけだからな」
連れて行っておきながら放置して帰ることだけはやめてほしい。
あと、彼ぐらいの余裕があればもっといいと思う。
感情的になるとすぐに良くないことを口走ってしまうから。
そこにさらに良くないことを重ねて、関係の修復ができなくなってしまったときに困るのは自分だからだ。
「ごめん……」
「放置をしたこと以外はいいよ、とりあえず今日はもう考えずに楽にして」
「少し寝たい、部屋を借りてもいい?」
「いいよ、ブランケットとかを使ってくれればいいから」
「うん、ありがとう」
喧嘩か、関わってくれている人としたことないな。
先輩に対しては似たような態度で接してしまったかもしれないけど、先輩を関わってくれている人にカウントするのはなんか違うと思うんだ。
一輝なんかは赤ちゃんの頃から一緒だし、春海にしたって中学生のときから一緒にいるわけだから、1ヶ月どころか1週間未満の人をそういう風に捉えられないのかもしれない。
「優、膝を貸してくれないか?」
「ええ? なんで急に?」
「なんかしてもらいたくなった、耳かきもしてくれ」
「懐かしいね、正子さんに甘えればいいのに私にしてくれって言ってきてさ」
「頼む、わがままを言えって言っていただろ?」
まあいいか、それに何気に耳掃除をするのは得意だし。
たまに父にもする、母の方が上手なくせに頼んできたりする。
それなら経験値も貯まるというものだ。
「あんまりなんでもかんでも受け入れるなよ」
「それは一輝に言いたいよ、ほら、あっち向いて」
って、全くもって汚れがないんだけど。
やりごたえがない、なんかつまらない。
「自分でしているでしょ」
「痒くなるからな」
「もう、あんまりやるとだめだからね?」
反対も確認させてもらったけど、こちらもだめだった。
もちろん、耳鼻科などでカメラを使用しての確認ならちゃんとあるんだろうけど。
「終わり、ないのにしたって傷つくだけだから」
「それでもこのままでいいか?」
「まあいいよ、休んでいてくださーい」
こちらは読みかけだった本を読んでおくことにした。
映画を小説にしたもの? 文字にしたもの? を購入して読んでいたのだ。
これなら映画館に行かなくてもいつでも見たような気分になると考えていた自分、ただ、目で見られた方が楽でいいなというのが正直な感想だった。
30分が経過した頃、やけに静かだからと確認してみたら、
「はは、可愛い寝顔」
すやすやと夢の世界に旅立っているようで。
幸い、手の届く範囲にブランケットがあったので掛けておく。
こちらも読書をやめて、そんな彼の髪を撫でておいたのだった。
「いいなあ……」
ああやって近くに相手がいてくれて。
自分のことを求めてくれて、素直に応えることができるふたりが羨ましかった。
「優」
「あ、起きたんだ」
「一輝くんは寝ているんだね」
「うん、疲れていたみたい、無茶するところがあるから心配になるよ」
でも、ふたりは別に付き合っているわけではないと。
付き合うことだけが全てではないのかもしれない。
このふたりが前に進んでも、それが逆効果になる可能性がある。
「春海? ソファに座りなよ」
「うん」
だけど、このふたりなら。
彼だって明らかに優を優先して動いているんだから。
他の人は名字呼びなのに彼女だけは名前で呼んでいるんだから。
これでもしなにもないのだとしたらありえないとしか言いようがない。
「優はさ、一輝くんのことをどう思っているの?」
「あー……」
「ん?」
「私さ、大城先輩のことはもう諦めたんだ。だからこの前、わざと嫌われるために自由に言ってきたんだけどさ」
初耳だ、彼は聞いていたのだろうか。
ま、そんなことをわざわざ複数の人間に言いたくはないよね。
「でさ、一輝はなんか凄く優しくてさ、いてくれて良かったなーって」
「好きとは違うの?」
「……私が好きになっちゃったら一輝の時間を奪っちゃうことになるから。いつも甘えておいて言うのもなんだけど、私のために時間を使ってほしくないんだよ」
考え方が全く違うようだ。
私は好きになった人の時間が欲しい。
私に合わせてほしい、もちろん、こっちもできる限りは合わせるから。
付き合えたのにほとんど会えないなんて耐えられない。
会えないとどんどん好きだという気持ちが薄れていく。
……多分、誰かを好きな私が好き、というやつなんだと思う。
優は、彼女はそんなのではない。
「でもさ、結局一輝くんが側にいてくれて嬉しいわけでしょ?」
「うん……、だから矛盾しているんだよ」
「自分のために時間を使ってほしいのに使ってほしくないって言うのはなんかずるくない? 結局、そんなことない、相手をしてやるよって言ってくれるのを期待しているようなものになっちゃうよ?」
彼女は露骨に不安そうな顔になって「そうだね」と認め、それから弱々しい笑みを浮かべた。
しまったと思った、彼女は私のために行動してくれたのになにやっているのって。
「八木、それ以上言ったら怒るぞ」
「か、一輝?」
「頼っておきながら、甘えておきながら随分勝手なことを言うんだな」
そりゃ怒るよ、優じゃなくたって。
明らかにおかしいのは私だ、責められるべきなのも私。
でも、なんで彼に言われなければならないのって考える自分もいる。
だめだ、こんな性格じゃ誰も側にはいてくれない。
「そのままの態度で居続けるなら帰れ」
「な、なんであなたにそんなことっ――ちょっ、離してよっ」
「駄目だ、出ていけ」
無理やり追い出されて鍵も閉められてしまった。
最後に大爆発させる前で良かっただろうか。
「……帰ろ」
嫌な人間だってわかった1日になった。
「追い出さなくても良かったのに」
「駄目だ、空気を悪くするだけだからな」
もう帰ってしまっただろうから追わずにご飯を作ることにした。
一輝はどこかまだ不機嫌ですといった感じで、なんとなく話しかけづらい。
19時頃に母が帰ってきて3人で食べて。
「一輝、春海と仲直りしてね?」
「向こうにその気がないなら無理だな、あとは優に謝らなければ無理だ」
「私ならいいからさ、それに、春海が言っていたことは……事実だし」
いるって言ってもらうためにあんなことを口にしているんだ。
目の前でわざとではないけどへたり込んでみたりとか、本当にあれは計算ではなくて立てなくなっちゃっただけだけど、あざといと思われてしまったかもしれない。
他の子を優先してねとか、距離を作ってねとか、一輝のことを考えて言っているのは確かなものの、最近のことを考えれば「おう」とは言わないことをわかっているというのに。
「相手に甘えたくなるのは仕方がないだろ、なにをそんなに気にしているんだ?」
「だってさ、私がこういうのを続けるということは一輝の時間を……」
「俺が嫌だって言ったか? 言ってないよな、それなのに勝手に悪く考えるなよ」
「なんでそんなに優しくしてくれるのっ」
すぐに感情的になってしまうのは私もそうだった。
だからやっぱり偉そうに言える立場にはないのだと今日もまたわかった。
「なんでってそりゃ――」
「どうせ幼馴染だからって言うんでしょっ、でもねっ、一輝はそうかもしれないけどねっ、このまま優しくされ続けたらこっちは勘違いしちゃうんだから!」
大声でなにを言っているんだとツッコミたくなった。
この前とは全く違う意味でソファにうつ伏せになったら彼が近づいて来たのが足音ですぐにわかった。
このままだと間違いなく苦しいことになる。
先輩とは違ってずっと近くにいてくれる彼を、近いようで1番遠い彼を見てため息を何度もつく羽目になる。
そんなことにしてはならない、幼馴染として見られないということならやめてほしい。
「やっぱりそうだったのか?」
「……まだだもん、だから、勘違いしないようにやめてほしい……」
「悪いけどやめるつもりはないぞ、悪いことはしていないからな。自惚れかもしれないけど、優の役に立てていると思うから」
「役に立ててるよ……、それどころかそればかりしかないよ」
「はは、それならこれからも続けるだけだな」
彼は優しくて、そして意地悪だった。
私の頭を撫でて「思ったことはなんでも言ってくれと」と言ってくれた。
もう怖かった、なにか下心でもあってくれた方がこれよりはいい。
別に一輝が求めるなら、抱きしめるとかキスぐらいなら……できるからさ。
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