第17話




─カボル大都市 南区 南の迷宮 低層─



 元女性店主に連れられ、南に拠点を移してから毎日迷宮に入り浸り、一週間が経とうとしていた。



 元女性店主は身の丈を超えるほどの細く反った刀剣を軽々と振り回し、次から次へと襲いかかる魔獣の動脈を的確に斬りつけ、魔法で血液を勢い良く吸引する。血液を急激に抜かれた魔物達は瞬く間に力尽きる。


「...」

マスターは意外とやりおる。ちょっと斬りつけただけで何で倒れてるのか知らんけど。


元女性店主は左手に握った薄い板を見つめながらスイスイっと指先を動かして呟く。

「…依頼達成、達成。達成ー。受注受注ー」


「...」 

なんだ?初めて見たな。スマホみたいなものか?...懐かしい。


「雑用さんまだカバン入りそうですねー」

 元女性店主はパンパンに膨らんだ大男の鞄を見上げながら言う。


「...」

 大男は力尽きた大型犬より一回り大きい程度の魔獣を上空に投げ、こんもり膨れ上がった巨大な鞄に器用に積み重ねながら頷く。


...まだ後20匹くらいは入るだろう。



「上手じょーずー。雑用さん、荷物持ちの才能ありますよー。周りのこと気にせずどんどん詰めちゃってねー」

 白い手袋をはめた状態で拍手をする元女性店主。ぽんぽんと乾いた音が辺りに響く。


「...」

...そうなのか。


...暇だし荷持ちを極めるのも良い暇つぶしになるかもしれないな。

 

 大男は頷く。




...



......



.........




─カボル大都市 南区 冒険者ギルド 南の迷宮前支店─



 南区の冒険者ギルドは南の迷宮の低層の難易度が易しいおかげで冒険者の生計が立てやすいため、西区のと比べ人が多く、活気づいていた。



「─お二人だけでやられているのに、こんなに沢山の納品、毎度ありがとうございます。」

 受付嬢が頭を丁寧に下げる。



「いいえー。これで私は最後ですのでーお世話になりましたー」


「...」

「?...はい。こちらこそありがとうございました。...??」

 受付嬢が何だろうと首を少し傾げながら言う。



「雑用さんもお世話になりましたー。じゃーまたどこかでー」

 元女性店主は大男を気にする様子もなくギルドを後にした。


「...」

...ん?急にクビにされた。



...



......何か気に食わないことでも...したか?



...思い出せ。


...マスターと迷宮に潜り始めてからの事を。



...



......



.........




「...」

...ぼーっとし過ぎか、思い出せない。俺は何をしていたっけな。




「…の〜、あの〜…」

「...」

...無視してしまっていた可能性は大いにある。



「…すみませーん?」

...仕方ない。解雇されても文句は無い。



「…あの!!」

 受付嬢が叫ぶ。一瞬だけ周囲が静まり、またガヤガヤと騒がしくなる。


「...」

 受付嬢を見る。



「失礼致しました。何度お呼びしても反応が無かったのでつい...何かお困りでしょうか?」



「...」

まぁいい。他人なんてそんなもんさ。


 受付嬢を見つめる。


「...特に御用がなければ、次の方が控えておりますので...」


「...」

...飯代の金は、必要。


 ゆっくりと受付を後にする大男。



...だが、一人だと、ただの作業になってしまう。



一人で何か問題でも...?俺は...人恋しいのか...?特定の誰かと繋がりを求めているというのか...?



...否。お金お金仕事仕事で気がついたら全てが虚しく感じてしまう前世に...逆戻りしてしまうのが嫌なんだろうな...そう、俺は前世を派手にやり過ぎてしまったんだ。



...俺は何がやりたくて...

...なんで闘技場から出たんだっけ。





...まぁ掲示板見るか。なにか面白いのがあるかもしれない。


 大男は掲示板へと向かった。




 掲示板は隙間なく手のひら大の紙で埋め尽くされている。冒険者達は掲示板前のテーブル席で仲間同士で酒を飲みながら、または軽食をつまみながら請負う依頼の話や雑談をしている。

 彼らは魔法で視力が強化されているので、特に掲示板の目前に立たなくとも、小さな紙の小さな文字もくっきりと見えている。


 冒険者達が席から掲示板の文字が見えている事など知らない大男は、掲示板前に堂々と立ち、紙を剥がして眺めては戻す動作を繰り返していた。


「...」

数字が書いてある...これは名前か?...意味がわからん。



...



......



..........





「─エ゛!聞いてんのかよ?!!いい加減目障りなんだよ!どけがァ゛!!」

 いつの間に大男の側に立ち、声を荒げて怒鳴るずんぐりむっくりの男性。酒が入り感情的になっているご様子。

 周囲の冒険者達の視線が集まり、大男を見てこそこそと話し始めた。


「...」

...俺か?まぁいいか。


 怒鳴る男性に見向きもせず、ぼーっと持った紙を眺める大男。


「ああ?!上等だ!表で「─騒ぐなよドルグェン。飲みすぎだ。壊れた人ブロークン相手に見苦しい」ッチ...いくら見たってゴミが仕事「ドルグェン...!!」...ッケェ!!」

 椅子に座りテーブルに両足を置いて寛いでいる仲間と思わしき男性が、泡こんもりの大きなジョッキ片手に凄みを効かせた声で制止する。

 

 知らない間にトラブル回避していた大男は、黙々と掲示板に貼られた紙に目を通す。



「...」

マスターにお任せだったから掲示板の内容見てなかったが、知らない単語が多くて意味わからん。



「...」

とりあえず座るか...


 空いている椅子に座る大男。まるで大人が子供用の椅子に座るかのように小さく縮こまり、無理やり座る。

 


「ッすゥ、座れたぁ!」「ハアッハハハァ!!」「あんなッ!アンナ!デケェケツでよくッ!ヨクッ!フッハハア!」「…〜はぁハァ!お腹痛いお腹痛い」「椅子がかわいそうぁははは!」…

 冒険者達にはそんな大男の姿が惨めに見えた様で、馬鹿にする。


 周囲の状況など気にもしていない大男は身の丈に合わない椅子に座り、考える。



...


......


.........




─数十分後─




「...」

...そうかあ。筆談だ...冴えてるな。

細かい内容は書けそうにないが、簡単な単語なら書ける...たぶん。


 各テーブル置かれているティッシュを手に取り、受付にあったペンを拝借した大男はティッシュにゴニョゴニョっと文字を書き、それをべちょべちょに舐めて塗らし、掲示板の中心に貼り付け、頷きながらしばし眺めた後、席へ戻った。


「うっわ舐めたわよ」「きったねぇ」「汚いわね」「勝手に貼り付けんなよ」「うんうんじゃねんだよわかってねぇだろ…」「ふははは!」「かおね顔ァははァ!」「絶対息臭いわよ」「あれは下水と同じ」…

 冒険者達はその一部始終を目の端で観察しながら仲間同士で目配せ、陰口を言い合い楽しんでおり、張り出された紙にも当然注目した。



 「「「「「...」」」」」



「...」 

初めてにしては良い出来だ...後はお前らで頑張って読め。



「ニ...ツモロチ...ン...や...す?」「んだよモロチンて」「ッククク」「荷...物持ち?かな」 「ッカ、舐めんな」「なぁんだ」「ほれみろ文字もまともに書けん」「真似事しやがって」「汚ぇ」「なんでああいうの定期的に湧くの…」…

 ミミズが這ったような字で書かれ、解読するのに一瞬、冒険者達は静まり返ったが、興味を失せたかのように仲間同士で雑談をし始めた。


 

「...」

後は紙を手に取る人を待つのみ。



...


......


.........




 大男の思停が停止して、数時間が経過した。日も暮れ、冒険者が少なくなった頃を見計らい、小柄なギルド職員が掲示板に依頼書を追加で貼りに来る。


「…ん、ぅ、ぅんん?!...えぇっと〜...」

 職員はその場で周囲をキョロキョロと忙しなく見渡しながら、恐る恐る大男が勝手に貼ったティッシュを剥がす。


「う〜ん...いいのかなー?...たぶん協働募集板、のだよね?...モロ...チン?ってなんだろぉ?...でも名前が書いてないし...先輩に聞いたほうがいいかな...うん...誰かさんが貼り間違えたんだろうネ?!そうだと思いますっ」

 ぶつぶつと独り言を言いながら首を傾げていたが、壁側にあるもう一つの掲示板を見つめつつ、自信なさげに、時々申し訳無さそうに、名残惜しそうに振り返りながらも、もう一つの掲示板へ向かい、しれっと大男のティッシュを紙が貼られていない隙間に貼った。


 小柄職員は遠慮気味に、申し訳無さそうに貼ったティッシュに指差し呼称をする。

「これでよしね...!」

「...よしじゃないっ」

 同時に、巨乳職員が後ろから小柄職員の頭を小突く。


「ゎッぃたた...!!」

 頭を両手で押さえながら申し訳無さそうに振り返る小柄職員。


 「ミャイねぇ、わからなかったらまず聞きなさいっていってるじゃん、もう」

 両手を腰に置き、呆れ顔で小柄職員を見つめる巨乳職員。


「すみませんごめんなさいごめんなさい」

 涙目で上目遣いで申し訳無さそうに頭を何度も下げつつも巨乳を見上げる小柄職員。


「ったく、貴女ね、いつも言ってるけど、まずは目を見て話しなさい」

 巨乳は周囲に聞こえるようにわざと声を大きくする。

「えっ、み、ちゃ、んと見てます!」

 巨乳をしっかりと見つめる。


「見てないじゃないっ!!」

 今度は巨乳は胸の下で腕を組む。


「そ、それは...アイヤ先輩の...む、胸がァ...じゃッ、ぉ、大き「ぁに?聞こえないよごにょごにょと!ハキハキ話しなさいっていつも言ってるでしょう?!」!...ぅぅ...っひッくッ…」

 小柄職員は鼻をすすり、涙で決壊寸前の大きな瞳はそれでも負けじと巨乳を見つめる。


「はあぁ、ミャイ...あなた人の話し聞いてた?!」

 眉を八の字にし、困り顔の巨乳職員。

「聞いてます...!!」

「じゃあ何さっきのゴニョゴニョは」

「そ...それは...そのぅ...ゥゥ「まーた泣くはっき「ッアイヤ先輩の胸がおっきすぎだから私の目線がアイヤ先輩を見上げる時に丁度胸と重なるだけで決してアイヤ先輩の胸をいつも見つめてるわけじゃないんですっ!!」!ッ...なッ!、なななッ...!ななッ...なな何をぃい、いきなり言いだすぅッ!」...」

 先程の勢いと打って変わって、瞬時に顔を真っ赤に染め、たじろぐ巨乳。


「むむむ胸はァししし、仕方なぁいだろぉお?!」

 冒険者の面前で胸の大きさを指摘され、羞恥心のあまり胸を両碗で押さえつけ、生まれての子鹿のように脚を震わせながら後ずさる巨乳。



「...」

...ん?


...もうこんな時間か。

一日の半分を座って過ごしてしまった。


...今から誘ってくれる人いなさそう。


とりあえず...飯...食って...明日出直すか。





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