第15話



...



......



.........





「…ん、……さーん、おーい、雑用係さーん起きてください。朝です仕事でーす」

 女性は大男を棒切れで突っつく。


「...」

...ん?...しまった。寝過ごしたか。


 大男はゆっくりと起き上がる。


「このままお昼まで寝てたら店ごと消し飛ばしてやろうかと思いましたよー、あはは。後でこれに着替えてください」

「...」

店ごと...これに着替えればいいんだな。


 渡された衣服を手に取り、即座に腰巻きと穴だらけの上着を引きちぎり、渡された衣服を上からゆっくり時間かけて着る。


「...はい...着ればよいのです」

 女性に動揺している素振りは見受けられない。



「...」

ふはは!びっくりした!?この場で脱ぐと思わなかったよね!?ふは!



「そうでした。そのおっきな棒、邪魔ですどけてください。

「...」

俺のおっきな棒?!見ててよ!!


「今立っている下が地下倉庫になっています。使わないのであればしまってください」


「...」

......了解


 床を開け、棍棒を入れる。


「...ではいいですかー?これから開店します。雑用お願いしますねー」

 そう言うと女性は店を一度出入りしてすぐに厨房へ立った。


「...」

雑用ね。任せろ。


 女性は既に見ていないが、大男はいまさら頷く。



 しばらくして常連客が続々と入ってきた。


「うぃ、ウズポッコ揚げ定食大盛りぃ!」

「はーい」

「お姉さん、カムクの肉団子お願い」

「はーい」

「嬢ちゃんまずはガメン汁出してくれるか?」

「はーい」

「すみません、ミケサン煮込み、ガコガコ炒め、アセダークのガメン汁ぶっかけお願いします」

「はーい」

 店主の女性は手際よく調理を開始した。


「...」

ガメン汁...いい発音だ。


 大男はここ一番のにへら顔。


「雑用係さーん、ニヤけてないでこれ2番」

「...」

2番...

「うわっ、なんだよてめぇ...」


「雑用係さーんこれ4番」

「...」

4番...

「っ、なっ、なんだよっ!」


「雑用さーんこれ3ばーん」

「...」

3番...ほらガメン汁だぞ。

「なんだよてめぇ!なんか言えよ!」


「はい8ばーん」

「...」

8番...ほれ、ガメン汁のぶっかけだぞ?

「っなに...?!びっくりしたぁ」


「...」

...ガメン汁のぶっかけというのは、今まで一番心に響いたかもしれんな。




...


......


.........



─夜中 閉店後─



「ふー。疲れましたねー雑用さん。思ったよりやるじゃないですかー」

 女性はテーブル席に座り、相変わらずやる気を感じられない声で言う。


「...」

 大男はしっかりと頷く。


「その調子でお願いしまーすぅ」




...



......



.........




 雑用係として働き始めた二ヶ月後…



 大男は女性店主にちょっとした買い出しを任されるようになるまでに信頼関係を構築できていた。



「...」

ガンドゥグのもも肉...モデ...モデヤァシ、モデヤァス?の頬肉...ラダメーショ?ワダメーシュ?の葉ん?マスターなんて言ってたかな...まぁいいや。


 大男は商店街を歩きながら言われたことを黙々と脳内で繰り返していた。



...


......


.........



「まいどね!」

 薬味屋の少女が元気な声で言う。

「...」

...よくわからん葉っぱは獲得した。


「ヴォイッ!雑用!今日はどした!お使いか!何探してんだ!」

 大勢人が行き交う中、名指しで肉屋のおっさんが話しかける。


「...」

...もも肉、頬肉


「それな!はいよ!」

 肉屋のおっさんが手早く包み、渡す。


「...」

帰るか。



...



......



.........



 店に戻った。


「...」

なんだ?


「ヴァあ!アグァガガァ!!オナゴォ゛!…」

 目を血走らせ、涎を垂らしながら女性店主の両肩をつかんで何かを言っている禿げ散らかしたおじさん。


 女性の顔に接触する勢いで迫る禿げ散らかしたおじさん。

 思わず女性は顔を背ける。

「...雑用さん、じゃ無理だと思うので助け呼んでくださーい」

 おじさんの迫真迫る雰囲気とは裏腹に、心底どうでも良さそうな軽い口調で女性は助けを求める。


「...」

...助け?


 大男はクルッと出口に振り返った。


ん?どうやって助け呼んだらいいんだ?喋れないし。


まぁいい、とりあえずハゲ取り押さえるか。


「オ゛!おぉ!!オなアァ!!ッンゴ!!オォン!!」

「...」

 おじさんの背後に立ち、女性店主の両肩を抑えているおじさんの両前腕を掴み、剥がす。そのままおじさんの両腕を背中側に重ね、膝カックンして倒し、片足で踏んで抑え込む。


「オ゛レの!!おなごぉおオ゛オ゛!!オリノマン!!オマンッ!!アイヤヤイヤヤヤヤハァ!…」

 禿げ散らかしたおじさんは取り乱し、陸に上がった魚かのように身体を震わせ、床を身体全体で叩く。

「...助かりました。そのまま抑えておいてくださーい。代わりに軍人呼んできますよー」

 まるで何事もなかったかのように女性は普段通りの様子で店を出た。



─数分後─



「…あぁ、アレだな。案内ご苦労。よし、安心しろ。軍の者だ。そのまま押さえていてくれ…」

 軍人が店内へ入り、大男が押さえていたおじさんを鎖で巻き付け、店から引きずり出した。



「怪我人が出なかったのが不幸中の幸いか。店主、中毒者は非常に危険だ。遠慮なく救難信号を出してくれるか。いいな?」

 仕事熱心そうな男性軍人が言う。


「はーい。すっかり忘れてましたー。ここのところ平和だったのでー」

「それはそうと、君、よくそんなナリで中毒者を押さえられたな?...なにをやった?」

 男性軍人は大男へ問いかける。


「...」

はい?なんです?


「...やだな軍人さん。壊れたブロークンが出来るわけないじゃないですかー。私が目一杯弱らしておいたんですよー。それに彼は喋れないみたいなので、そっとしといてあげてくださーい」

「...?それは、すまない。...では我々はこれで失礼する。」

 微妙な沈黙の後、軍人達は店を出た。


「...」

さて、雑用...

 

 大男は女性店主に向って満足そうに二度頷き、椅子を雑巾で磨き始めた。


「...雑用さん助けてくれてありがとー。...雑用さんは今後私の護衛役も頼みますねー」

 相変わらず感情が籠もっていない声で喋る女性店主。

「...」

護衛役?雑用の範疇か?


 手を止め、首を傾げる大男。


「...なんです?美人店主の隣を歩けるのに不満だというのですかー。ふん、ふん…」

 女性店主は腰に手を当て、つま先立ちしては戻す事を繰り返す。その度に鎖骨あたりまで伸びている白に近い金髪がふわりと舞い、そしてごく普通の大きさの胸が揺れる。また、相変わらず声に感情の抑揚は無く、表情にも変化は無い。



「...」

...変化は大事だ。雑用に慣れて意識がまたかなり飛んだ。店で雑用してどのくらい時が経過した?


...長い間中身空っぽで生きてきた。

この世界を楽しもうとする気持ちを出さないとな...結局は食って糞して寝るだけなんだが...それを思ったら前世と同じ道を...辿る。


少しずつ思考を取りも「雑用さーんどうですかー、どうです、ふん、ふん…」


「..」

 大男は大きく頷いた。


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