第244話 演者勇者と忠義の白騎士17
「兄上!」
バンダルサ城、玉座の間。イルラナスがロガンとドゥルペを連れて入ると、そこには屈強な体を持つ男が玉座に座り、厳しい顔をしていた。
「イルラナスか。何の様だ、俺は忙しい」
彼の名はビジラガ。魔王軍の第二王子であり、イルラナスの兄である。――忙しいと言う割には、座って何かをしていた様には見えなかった。
「戦況はどうです?」
「いいわけないだろう。俺の増援で持ち堪えてるが、向こうが優勢なのは変わらん。――父上も無茶を言ってくれる」
はぁ、とビジラガは溜め息。厄介事を押し付けられたと言わんばかりの溜め息であった。
「……ご決断の時では」
「何だと?」
「これ以上は悪戯に兵を消耗するだけです。彼らの命を考えるなら、一度安全な拠点まで退くべきです」
そのイルラナスの提言にカッ、と一気に苛立ちの顔を見せ、
「ふざけるな! この俺に失態を犯せと!?」
ビジラガは怒りをぶつけて来た。バァン、と座っていた玉座を叩き立ち上がる。
「俺はここの防衛を任じられて来た! それを戦わずに撤退しろだと!? 父上に何と申し開きする!」
「ですが、彼らはもう限界です! 無事に下がるなら今しかもう無いのは兄上とてお分かりのはずでしょう!?」
「いいかイルラナス、いい機会だから考えを変えろ! 兵士達は駒だ! 道具だ! お前は今それを使わずに保存しろと言っているんだ! それで負けろなど、指揮官のやる事ではない!」
「彼らは駒でも道具でもありません! 私達と同じ、命と感情のある存在です! 私達の為に戦ってくれる、大切な仲間です!」
「戯言を!」
ヒートアップする討論の中苛立ちが頂点に達したか、ビジラガはバッ、と手の届く位置にあったグラスを手に取り、イルラナスに向かって投げた。――ガシャァン!
「っと……大丈夫ッスか、イルラナス様」
「ドゥルペ! 貴方こそ――」
「これこそ本当に痛くないッス。戦場での傷に比べたら屁でもないッスよ」
勿論をそれをただ黙って見ているだけのロガンとドゥルペではない。ドゥルペが直ぐにイルラナスを守り、ロガンが武器――彼の愛用の武器は、人間の背丈サイズもある大鎌である――を持ち、ビジラガを睨みつける。
「おい、何の真似だ、誰に向かって武器を構えてる!」
「僕らは魔王軍ですが、その前にイルラナス様の配下であり、決して貴方の配下ではない。イルラナス様にその様な仕打ちをする存在に対して、警戒をするのは当然の事」
「何だと……!?」
「ロガン、武器を収めて。――兄上、私は話し合いに来たのです。喧嘩をしに来たのではありません」
イルラナスに言われ、ロガンが武器を収める。
「何が話し合いだ! お前は俺達と同じ父上の子でありながら、病弱を理由に何もしないではないか! 本来ならばこの城の防衛も貴様が全責任を負わなければならないのだぞ!? それを俺を巻き込んでおいて……! 何もしないのならお前の手持ちの駒を全て寄越せ! 何故黒騎士はお前の下から動かない! 宝の持ち腐れだ!」
「何もさせてくれないのは兄上達ではありませんか! 確かに私は病弱です、でも私にもやれる事はあります! 覚悟があります! 仕えてくれる者達の為に命を賭ける覚悟が、共に戦う覚悟が! だから申し上げているのです! 我々の為にも、今は退くべきだと!」
一歩も退かないイルラナス。――ここまで反抗されたのは初めてだった。いつもは強く言えば意見など下げた。なのに今回の意地は何だ。
理由はわからないが、ビジラガの中で反抗されればされる程、膨らんでいく苛立ち。――何も出来ない癖に、綺麗事を。
「そこまで言うのなら、その覚悟とやらを見せて貰うぞ」
そう言うと、ビジラガは何処からともなく液体の入った小瓶を取り出し、イルラナスに投げ渡す。
「お前は病弱だが、それでも魔法の才は父上のを受け継いでいる。それは体内の魔力を一時的に増幅させる薬だ。お前が飲めば一時的にでも魔力は父上と同等かそれ以上になるかもしれん。――それを飲んで、状況を打破してみせろ。撤退にしろ防衛にしろ、敵に大きな一打を与えない限り動きようがない。覚悟があるなら、お前がその切欠を作れ」
「わかりました。――それならば撤退を視野に入れてくれるのですね?」
「イルラナス様! 危険です! いくら魔力が多くても、お体がついていけません!」
「そうッスよ! 黒騎士様に怒られるッス! 無茶だけはしちゃ駄目って言われてるじゃないッスか!」
嫌な予感がしたロガンとドゥルペが直ぐに制止する。この薬が本物でも偽者でも、あまりにも危険な賭け過ぎた。
「心配してくれてありがとう。――でも、これ以上貴方達だけには戦わせない。レインフォルにも、心配をかけない」
「イルラナス様――!」
イルラナスに迷いは無かった。小瓶の蓋を開け、中の薬を一気に飲み干す。そして――
宿舎から急ぎ外に出るライト達。視界に入ったバンダルサ城は、城の一部が大きく欠けてしまっている。
「斥候! 詳しい状況を知らせろ!」
「わかりません! 突然の爆発で……!」
マクラーレンが大声で指示を飛ばすが、まったく状況が掴めない。つい先ほどまであった城の一部分がまったく無くなっているのだ。こちらの大砲でもない限りは、向こうで何かが起きたはずなのだが、こちらへの被害の報告も無い。
「リンレイ殿、マック殿。あの城に空いた穴から、魔力の漏れを感じます」
と、城から視線を外さずにニロフがそう忠告。ハッとしてライトはネレイザを見ると、ネレイザは首を横に振る。自分は感じていない。つまり感じているのはニロフのみ。この距離でそれを察知出来る、圧倒的才能と能力を改めて垣間見た瞬間となる。
「ニロフ、感じているのはお前だけの様だ。もう少し具体的な事はわかるか?」
勿論それに浸っている場合ではない。マクラーレンが更なる進言をニロフに求める。
「恐らくですが、コントロール出来なくなった巨大な魔力が暴走したのでしょう。経緯はわかりませぬが元々あった才能を一気に開花させたか、体に見合わぬ魔力を一気に放出させたか。――あの一回で終われば良いですが、もし終わらず二回目、三回目と発生した場合、暴走した魔力が攻撃となりここまで届く可能性も十分にあり得るかと。少なくとも策も無しに受けていい威力ではありませぬな」
「魔導士隊、直ぐに緊急防壁の準備を! その他の者は出撃準備! 急ぎなさい!」
事情を呑み込んだリンレイが直ぐに駆け出し、全体の指揮を執り始める。攻略にしろ撤退にしろここの場所で指を咥えているにはあまりにも危険過ぎる、その判断からである。
「コントロール出来ない巨大な魔力……まさか……!」
と、一緒にニロフの説明を耳にしていたレインフォルがハッとする。
「ライト、一緒に行けるのはここまでだ。イルラナス様を助けに行かなくては」
「!? ちょっ、どういう事だよ!?」
そしてライトに一声かけてその場を離れようとするのを、ライトが急いで制止した。
「巨大な魔力の源がイルラナス様の可能性がある。直ぐに行く、その為にここまで来たんだ」
レインフォルは当然、イルラナスの魔法の才能は知っていた。希望を捨てた時、彼女の暴走の可能性が大きく膨らんだのだ。
「落ち着けって、お前一人じゃ」
「私を誰だと思っている。私は黒騎士、実力を疑うつもりか? それに元々あの城に居たんだ、地理も問題ない」
「かもしれないけど、でも一旦落ち着けって! まずは――」
「命に代えてもお救いする。落ち着いている場合じゃない!」
そう言って強引にライトを振り払い、走りだそうとするレインフォルを、
「止まれ!」
ライトのその鋭い一声が喰い止めた。――契約奴隷の権限、発動。レインフォルの足がピタリと止まり、動かなくなる。
「何の……真似だ……何の為に……全てをさらけ出して……お前達と、ここに来たと思ってる……」
「お前が忠誠を誓う主を助けに。お前が一番大切に想っている人を助けに」
「そこまでわかっているなら何故止める……! 今全てを賭けなければ、私は……!」
「じゃあお前は俺達が何の為にお前と一緒に来たと思ってるんだよ!」
「!?」
ライトが怒った。流石に以前ネレイザに対して怒った時程ではないが、それでもビリッ、という威圧が辺りを一瞬包む。
「俺達は、俺は、お前が大切な人を助けたい、その為なら俺達に身を任せて構わないっていうその気持ちを汲んで、ここにいる、つまり、お前と一緒に戦う為にここに居るんだよ! お前を信用して、俺達はここに居るんだ! お前と一緒に、イルラナス姫を助ける為に居るんだ! お前はライト騎士団だろう、俺の仲間になったんだろう、一緒に行くんだよ! 全員で助けに行くんだ! いいな!」
「っ……」
レインフォルは動かない。契約奴隷の効果なのか、それとも。――レナが近付く。
「これ以上は逆らわない方がいいよー。寧ろここから逆らったらそれこそその首輪の効果でアンタの頭がぶっ壊れちゃうかもだし。――それにさ」
そのままスッ、とライトには聞こえない様に身を寄せて、
「アンタのレベルならわかるでしょ? 勇者君が、本気の本気でああ言ってる事」
「…………」
「あれがうち等の夢見るリーダーなんだよね。それを信じて、ライト騎士団は存在してる。どうせ一世一代の大勝負なんだから、賭けてみなよ。アンタを仲間と信じて止まない、あの人に」
そう告げると、ポン、とレインフォルの肩を叩き、ライトの隣に戻った。
「……何を言ってきたんだよ?」
「普通に説得して来ただけだけど」
「それだけ? 裏取引とかしてないか? 後で俺が凄い事になったりしない?」
「……勇者君、もうちょっと位私の事を信じてくれていいんだよ? 今この場で流石に勇者君は売らないよ……ネレイザちゃん辺りなら犠牲になって貰うかもだけど……」
「真面目な顔で私を売ろうとしてる!? ちょっと!」
そんな会話をしていると、レインフォルが足の向きを変え、ライトの前に。
「分かっていたつもりだったが、気が焦っていた様だ。済まなかった」
そして、ライトに向かって頭を下げた。表情も落ち着いたのがわかる。
「わかってくれたならいい。お前が焦る気持ちもわかる。――リンレイさん、マクラーレンさん、フウラさん。俺達、バンダルサ城に行きます。作戦を無視する様な形になったらすみません。でも」
「構わん」
まだ途中だったライトの言葉を遮り、直ぐにマクラーレンがそう返事をする。
「こうなった以上誰かが行くんだ。お前達なら問題ないだろう。元黒騎士も居るわけだしな。道中までの露払いは俺が引き受ける」
そして同行の意思まで示してくれた。
「らしくないじゃない堅騎士。私には無茶なんて全然させてくれなかった癖に」
「まったくだな。――お前と同じで、変な影響を受けてるのかもしれん」
ネレイザの嫌味に、マクラーレンが笑顔で嫌味を返す。――でも昔の様な本気のいがみ合いはそこには無かった。
「まあでも問題ないぜマックさん、俺も行くんだから、無茶は無茶じゃなくなる。何せエリートなんで」
はっはっは、と笑いながらフウラも同行の意思を示す。
「皆さんわかっていますか? 現場の指揮権は、今私がヴァネッサ様からお預かりしているので、権限は私にあるんですけど」
「心配すんなよリンレイ、マックさんは兎も角俺が勝手に動くのは王妃様も織り込み済みだろ」
「そういう事じゃありません。――私の権限で、私、マクラーレンさん、フウラさん、ライト騎士団の皆さんで、今からバンダルサ城に向かうという事です。指揮官として、私が責任を持ちます」
そして、リンレイも同行の意思を示す。
「リンレイさん……ありがとうございます」
「お礼の必要はないわ、指揮官としての判断だから。まあでも、貴方の言葉に感じる物が無かったと言えば嘘になるかも。――ヴァネッサ様が気に入っているのも、良くわかる気がする」
そう言って、ライトのお礼に対してリンレイも笑顔を見せてくれた。
「さあ、問題無ければ出発しましょう。一分一秒が勝負の分かれ目かもしれない」
改めてのリンレイの号令。こうして一行は、急ぎバンダルサ城へ向けて出撃するのであった。
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