第243話 演者勇者と忠義の白騎士16

「戻ったッス!」

 バンダルサ城、とある一室。元気よく帰還の声を出すが、部屋で待っていたのは一人だけ。

「!? 大丈夫なのか、ボロボロじゃないか!」

 その待っていた一人――ロガンは、元気よく帰って来たドゥルペを見て驚く。元気な声とは裏腹に、中々の負傷っぷり。

「ロガンは心配し過ぎッスよ。自分丈夫ッスから。竜人は伊達じゃないッス」

「傷だらけだぞ、いくら竜人だからって」

「でも戦士として傷は当たり前ッスよ。こんなの舐めたら治る……舐めたら染みるッス!?」

「馬鹿だな……」

 本当に舐めて初めてそこで痛がるドゥルペ。ロガンは治療道具を持ってきて応急処置を始める。

「僕だけならいい。でもそんな姿をイルラナス様に見せたら、また心配される」

「それはそうッスね……迂闊だったッス。でも仕方なかったッスよ」

「というと?」

「物凄い強い人間のお兄さんと戦ったッス。いやー、黒騎士様程じゃないけど中々ヤバかったッスよ。あれ無傷で撤退は絶対無理ッス」

「そんな相手がまだ居るのか……なら、黒騎士様は」

「わからないッス。でも……ロガンは城で感じなかったッスか? 凄い波動のぶつかり合い」

「ああ、前線の方でここからでもわかる位に……つまり、あれが」

「きっと黒騎士様ッス。作戦通り自分が囮になる事で道が出来たので突っ込んだはずッス。――相手は、多分天騎士ッス」

「天騎士……」

 魔王軍でもその名を知らない者は居ない、ハインハウルス軍最強と呼ばれる騎士。黒騎士と何度も渡り合った、互角の強者。

「天騎士と戦ったとして……黒騎士様からは、こちらにも連絡も無い。緊急用の連絡手段位ありそうな物なのに。もしかしたら」

「心配無いッスよ、ロガン。黒騎士様は、死なないッス。あの人が、イルラナス様を守れないまま、死ぬはずが無いッス。きっと帰って来るッスよ。作戦通りッス。あの人の命を賭けた作戦通りなんスよ。だから自分達は、黒騎士様が戻って来るまで、しっかりとイルラナス様をお守りするだけッス!」

 力強く、信じて疑わない目でドゥルペはそう言い切る。その目を見ると、心配している自分がロガンは馬鹿馬鹿しくなる。

「そうだな。あの人は、必ず戻ってくる。それまで、僕達に出来る事をしよう」

 そう言って、気持ちを新たにすると――コンコン、ガチャッ。

「ロガン、ここに居るの? レインフォルも見当たらないし、こんな所で――」

 ドアを開けて入って来たのは、魔王軍王女、イルラナス。

「――ってドゥルペ!? その傷はどうしたの!?」

 そしてイルラナスは治療中のドゥルペを見て直ぐに駆け寄って来る。

「心配いらないッスよ! 舐めたら染みる位の傷ッス! 舐めなければ大丈夫ッス!」

 ドゥルペなりに心配かけまいという言葉のチョイスらしい。――ロガンはこっそり溜め息。

「ロガン、代わって。私が治療するわ。魔法を使った方が治りが良くなるから」

「そんな、イルラナス様の手を煩わせる様な傷じゃ無いッスよ! 自分、丈夫なんスから」

「させなさい。――私だけ何もしていないのに、大切な仲間が傷付いているのを見ているだけなんて耐えられないの」

 そう強く、何処か切なく言われてしまうと流石のドゥルペも何も言えなくなり、されるがままになる。――実際イルラナスの魔法で、傷が素早く癒えていく。

「ねえ、ロガン、ドゥルペ。――最近貴方達とレインフォル、私に何か隠し事をしてない?」

 そしてその最中、問い詰める様にその質問をぶつけて来た。――隠し事。


『いいか。今回の作戦に関しては、イルラナス様へは何も言うな』

『ご心配なされるから……ですか』

『それもあるが、御自分の立場に責任を感じてしまう。思い詰めた行動に出て欲しくない。お体も良くないしな』


「何のご心配をなさっているんですか。僕達がイルラナス様に隠し事など」

 出来る限り平然を装いロガンはそう答える。ポーカーフェイスも得意だった。

「そうッスよ! 自分なんて嘘下手なんスから、追及されたら直ぐバレるッス!」

 ドゥルペもそう元気に答える。嘘が下手なのも本当だった。

「ならドゥルペ、レインフォルは今何処にいるの?」

 だからイルラナスはその質問を、真っ直ぐな目でドゥルペに投げ掛ける。ドゥルペは――

「へ? あ、えーと……そう、山へ芝刈りに!」

 …………。

「あ、いや、そうじゃなくて川へ洗濯に……そしたら川からロガンがドンブラコドンブラコ!」

「ドゥルペ、もういい……君の素直さは利点だと思うけど、色々と下手過ぎるよ……僕は何処の川から流れて来るんだよ……」

 ロガン、溜め息。イルラナス、溜め息。

「やっぱり何か隠しているのね。それもレインフォルが姿を消さないといけない様な何か。――何が起きているの。正直に話して」

「――それは」

「話せないッス」

 イルラナスの追求に対し、つい言い淀んだロガンだが、一方のドゥルペは迷わずそう言い切る。

「自分嘘ついた事は謝罪するッス。黒騎士様洗濯苦手ッス。――でも、黒騎士様はイルラナス様の為を想って、イルラナス様には話すなって言ったッス。黒騎士様がイルラナス様の為を思って動いた事に間違いは今まで無かったッス。だから今回も絶対に間違えてないッス。だから話せないッス」

「…………」

「信じて待っていて欲しいッス。何か悪い事をしているわけじゃないッス。だからそれまで、自分とロガンが必ずお守りするッス」

 信じて待っていて欲しい。――その言葉を、何度言われただろう。

「……っ」

「イルラナス様……?」

 胸のペンダントに手を充てて、想いを寄せる。――ある日突然、お守りだと言って持ってきてくれた綺麗な鉱石。いつでも身に着けておきたいとペンダントに加工した。約束の証だと二人で誓った。

「私は……どうして、待つことしか出来ないの……?」

 信じて待って、確かにいつでも約束通り帰ってきてくれた。でも待つ間、どれだけ苦しいか。疑っているわけじゃない。ただただ、何も出来ない自分の歯がゆさが、自分の立場が、重く圧し掛かった。

 魔王軍は追い詰められている。立場ある自分を守る為に、レインフォルは何をするのだろう。今度こそ、今度こそ戻ってきてくれないかもしれない。自分の為に。

「そんな事はもう許されない……私が、今度は守ってみせる……立ち向かってみせる……」

 もう一度ペンダントを握り、誓う。覚悟を決める。――例えその覚悟の結果、悲しむ人が出てきてしまったとしても。今までの事を思えば、「最後」位は。

「ロガン、ドゥルペ。――付いて来て。兄上……ビジラガに会います。この城を、堕とさせるわけにはいかない」

 こうして、バンダルサ城攻防戦の戦況を大きく動かす一歩を、イルラナスは踏み出すのであった。



「あれがバンダルサ城か……」

 ハインハウルス城を出発して数日、大きなハプニングもなくライト達一行はバンダルサ城前、ハインハウルス軍の駐屯地へ到着。当然バンダルサ城も遠くながら視界に入る位置にあり、初見のライトはついじっくり観察してしまう。

「魔王軍に占拠されていなければ、立派な歴史的建造物で貴重なのですが、流石に幾度とない戦火で保護も何も無くなってきているでしょうなあ。我が主に使役された時には既に魔王軍の拠点になっておりましたし」

「それを今、再び私達が取り戻そうとしているのですわ。大きな一歩に携われるのね」

「歴史に姫様のお名前が刻まれるのですね。このリバール、感動です」

「勇者君の名前も刻まれるんだよねえ。――どれにする? あの大きそうな柱?」

「俺だけ刻む方向性違わない!?」

 そんな緊張感のないやり取りをしていると。

「マスター、話を通して来たわ。王妃様不在で、今はリンレイさんが指揮を執ってるから、まずは挨拶に行きましょ」

 事務官として先に面会を求めに行っていたネレイザからの報告。――リンレイ。顔を合わせた程度の知り合いだが、ヨゼルドに厳しいだけで悪い印象は無かったし、ヴァネッサの信頼も厚い人なのも覚えていたライトとしては気後れする事なさそうなのは一安心。

 そのままネレイザを先導に移動を開始すると、感じる多くの視線。まあこうして突然集団でやって来たのだから、見られて当たり前……とは少々違う視線の雰囲気。

「チッ」

 その視線に、少々はしたない舌打ちをしたのは先導するネレイザ。

「ごめんなさいマスター、前線にいた頃の面識ある奴らが結構混ざってる」

「……成程」

 「丸くなる前」のネレイザしか知らなければ、色々思う事も、もしかしたら少々の恨みもあるかもしれない。

「大丈夫、俺は気にしてない。寧ろネレイザが大丈夫か?」

「私の場合は自業自得だし、今の事務官の立場に責任と誇りがあるから気にしない。ただマスターが巻き込まれるのが嫌なだけ」

「おう、ならアタシが黙らせてきてやろうか」「ネレイザちゃんの代わりに私がお口チャックしてこよっか?」「長が巻き込まれる可能性があるなら俺が動くか?」「姫様も巻き込まれる可能性があるのなら多少の荒事も致し方ありませんね」「今から作戦なのに余計な火種は消すべきだ。顔が割れてない私が行こう」

「団員の半分以上が力で解決しようとするのはどうかと思うよ!? 団長命令だよ、そういうの駄目!」

 一応順番としてソフィ、レナ、ドライブ、リバール、レインフォル、である。

「はっはっは、血気盛んだな。――まあここはエリートに任せろ」

 と、一緒に居たフウラが直ぐに動き、それぞれに笑顔で会話を交わしていく。すると好奇の視線はあっと言う間に消えていった。

「流石だな……」

「実力の強さが我が軍の全てではない、とてもよい象徴ですわ。――本当、お父様と同じで女性に目が無いのだけが偶に傷ですけれど」

「レナ俺は違うぞ」

「まだ何も言ってないじゃん。……言おうとはしたけど」

 そんな会話をしつつ、一行はリンレイが待つ宿舎へ。

「ようこそ、連絡は貰っているわ。代理で指揮は執っているけど、貴方達の行動は出来る限り尊重するから」

「ありがとうございます」

 リンレイは笑顔で出迎えてくれた。――が、

「まあ、それとは別に、貴女の事は信用していないけれど」

 直ぐにレインフォルに厳しい視線を送った。――黒騎士。ヴァネッサの側近として何度もその姿(甲冑時だが)を見ているし、今回ヴァネッサに大きなダメージを与えた事にも当然思う事はある様子。

「貴様に信用などして貰う必要はない。私は私の行動制限の中で、やる事をやるだけだ。――上から説明が来ている癖に、随分と度量の小さい指揮官だな」

「何ですって?」

 レインフォルの挑発に、ピキッ、となるリンレイ。――だが、

「その女の言う通りだ。――お前はヴァネッサから指揮権を預かっているんだ。この程度で私情を挟むな」

 そう言いながら姿を見せたのは、

「マクラーレンさん。お久しぶりです」

「ああ。お前達も元気そうで何よりだ」

 堅騎士マクラーレンだった。最前線の一つなので参加していた様子。

「俺もヴァネッサから連絡を貰っている。フウラも付いてるなら大丈夫だとは思うが、何かあったら言えよ」

「ありがとうございます」

 マクラーレンの登場で、場も落ち着き、さあ会議……と思ったその時だった。――ドゴォン!

「!?」

 大きな爆発音が響き渡った。でも近くではない。――となると。

「申し上げます!」

「何があったの」

「バンダルサ城の一部で、大きな爆発が!」

 事態は、突然の動きを見せ始めるのであった。

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