第242話 演者勇者と忠義の白騎士15
レインフォルの武器の話をアルファスの店でしてきた日の夜。さてもう寝る支度するかな、とライトが思っていると――コンコン。
「私だ。まだ起きてるか?」
レインフォルだった。ドアを開けると寝間着に上着を羽織ったレインフォルが立っていた。――服はハルに用意して貰ったらしいが、こうして改めて見るとまるであの黒騎士の正体とは思えない、普通の美人女性であった。
「どうした?」
「少し話がしたい。構わないか?」
「どうぞ」
部屋に招き入れ、椅子を用意し促すとレインフォルは座り、上着のポケットから掌サイズの小袋を取り出す。開けて中身を取り出すと――ぱくり。
「? クッキーか?」
「ソフィと一緒に作った。交流を深めに行ったらこうなった。訓練を要求されるかと思ったが、逆にこっちの方が大変だった」
「ははは、成程。――寝る前だろ? 程々にしておけよ」
「気にする事じゃない。私はいつどれだけ食べても体調を壊したり体系が崩れたりしない」
「お前その発言気を付けておけよ。女子を敵に回すぞ」
食いしん坊なのに太らないとか。世の中それを気にして食事をコントロールする女性がどれだけいると思ってるんだ。
「……おい」
「うん?」
ヒュン、パシッ。――レインフォルは不意にもう一つ、同じ様な小袋を取り出し、ライトに投げ渡す。触った感触からして同じクッキーだろう。ということは。
「くれるのか?」
「ソフィがお前の分も用意しろと。安心しろ、毒は入っていない。そもそも首輪の制限で入れられないだろうしな。敢えて問題点を挙げれば私が作ったという事位だ。――いらなかったら私が食べる」
「それは問題じゃないよ。ありがとう、俺は明日に頂くよ」
でもこの場合レインフォルにあげるのもある意味間違ってないのかも、とか少しだけライトは思った。食べてる姿が幸せそうだった。――って、
「それで、話がしたいって」
「ああ。――お前の指示通り、団員全員と交流を一通り交わして来た。その報告だ」
「そうか、お疲れ様。どうだった?」
「とりあえず、お前は慕われているという事はわかった。私からすれば言葉だけの人間にしか見えないが、それが皆ああいう言動に出るのなら、私が知らない何かが今までにあったという事なんだろう。その事は、心に留めておこうと思う」
「個性的だけど、皆いい人ばかりだろ。自慢の仲間だ」
「個性的。――言葉って、都合がいいよな」
「待ってくれ一体何があった」
何かしらあるだろうとは思ったが会って間もない人間に真面目な顔で言われるとやはり怖いライトである。
一方でその返事の後、レインフォルは少しだけ考える素振りを見せる。
「――私達は、どうして戦っているんだろうな」
そして、そう呟く様にライトに問いかけた。
「いくらこの首輪の制限があるとはいえ、直ぐに私をこうして受け入れた国王、王妃、勇者と仲間達。そして……イルラナス様も、本当は静かな日々を望んでおられる。――争う理由なんて、無いじゃないか。どうして戦っているんだ?」
「……レインフォル」
「私はどれだけ強くても、でもそれしかない所詮一兵卒だ。政治の事や国の事はわからない。――今回、命を賭けてこうしてる事も、イルラナス様の為を想っての事だが……本当は、全て間違っているのかもしれない」
こうしてイルラナスと離れてしまっている今、色々不安なのだろう。無理もない話ではあった。
「……俺も、実際国だの何だの事は何もわからないけど」
「勇者なのにか?」
「お飾りのな」
そこでライトは首輪があれば漏れる事もないだろうと思い、自分の事情を簡潔に説明。
「だから俺はレインフォルよりもそういう事、わからないって言っても過言じゃない。――でもさ、だから諦めて何もしないってのは違うと思うんだ」
それは演者勇者になると決めたあの日から、ずっと心に決めていた事。
「お飾りでも偽者でも俺は勇者だから。その立場を利用して、背一杯足掻きたい。一人でも多くの人に寄り添える、皆の為の勇者でありたいって思うんだ。それが俺が知ってる、勇者様の姿だって俺は信じてるからさ。俺の信じてる勇者様は、平和を望んで助けを求める人を絶対に見放さないよ。それが例え敵のお姫様だったとしても」
「でも本物の勇者はいない。今の所夢物語なんだろう、お前は勇者じゃない。私だって一人じゃ――」
「だから仲間がいる。俺のお飾りを、信じて一緒に居てくれる人が、信じてくれている人がいるんだ。お前自分で言っただろ? 俺を信じてくれる仲間達がいるんだ。皆で、夢で終わらせない。まだ何も終わってない。――そして仲間になったんなら、お前も一緒に何処までも連れていくよ。だから、そんな顔するな」
レインフォルは指摘されて初めて気付いた。らしくない、随分と弱気な事を発言している事に。――視線を反らし、苦笑する。
「そうだな。元々私一人ででもどうにかするつもりだったんだ。色々思う事はあっても同士が出来たんだ。なら今ここで諦めの話をしても仕方がないな。――つまらない話をした。忘れてくれ」
「寧ろ安心したよ。こうして、俺に本音を零してくれる事に。――俺の事、信じて欲しい。何も出来ないかもしれないけど、でも俺はお前の、お前達の味方でいたい」
「わかった。見極めさせて貰う。信じさせてくれよ」
そう言って、レインフォルは少しだけライトに笑顔を見せた。初めて見る笑顔は、自分達と何も変わらない。その些細な事実が、ライトは嬉しかった。
「さてと。――それじゃ、そろそろ始めるか」
「へ? 始めるって、何を?」
「最後の交流だ。――お前との交流だよ」
確かに全員と交流を深めて来いとは言った。でも、
「俺個人は十分だよ。こうして腹を割って話し合えたんだから」
距離が縮まった。当初の目的は十分に達成出来た。――だが。
「それの他に、奴隷と主人の関係もあるだろう。そこもハッキリさせよう。――もう寝るんだろう? 奴隷として、夜伽をしなければな」
そう言って、何の躊躇いもなくレインフォルは羽織っていた上着を脱ぐ。一方のライトはさも当たり前の様にそう言われて一瞬思考が止まってついていけなくなる。――夜伽? よとぎ? ヨトゥーギィ?
「――ってちょっと待て、もしかして夜伽ってあの夜伽か!?」
「人間界では他の言い方があるのか?」
「多分無い! っていうか俺がツッコミを入れたいのはそこじゃない!」
ハッとして見れば、薄手の寝間着一枚でレインフォルが接近して来ていた。ハッキリとわかるボディラインはスタイルの良さを際立たせていてドキッと――
「さっさとやるぞ。恋人同士で愛情を確かめ合うわけじゃないんだ」
――している間に抱き着かれ、そのままベッドにライトは押し倒された。……って、
「待て待て待て! ちょっと待って!」
「心配するな、確かに私も経験は浅いが、精一杯やってみる」
密着して感じる温かさ弾力、広がる視界。――いやだからこれはいかん!
「ストップストーップ! 主人命令! ストップだ!」
ライトが強く念じるとレインフォルが密着を止める。そのまま腰の辺りに馬乗りになり、ついに残された寝間着も脱ぎ始め――
「ってあるぅぇ!? 強く念じてるのに何で止まらないの!?」
「本能的に拒んでないからじゃないのか?」
「そうなの!?」
「私に確認してどうする」
確かに先日朝食時は命令に強制的に従わせられたのに今回駄目って事は俺がそこまで強く拒んでないから……いや拒んでなくても拒まなきゃ駄目だ! 絶対駄目だ!
「こ……こうなったら!」
ライトは急ぎポケットを漁り、勇者グッズの一つである「勇者の呼び鈴」を使った。何度か遭遇している転移系統のトラップ対策に最近サラフォンが開発した品であり、指定した人物に自分のピンチを知らせるアイテムである。つまり――ガチャッ!
「勇者君、どうしたの!? 何があった――」
使えば護衛であるレナが急いで駆けつけてくれる……のだが、レナはライトのピンチを思ってドアを開けると、そこにはベッドに寝そべるライトと、その上に裸寸前の恰好でまたがるレインフォルの姿が。
「あ、ごめんなさい、部屋間違えました」
バタン。
「いや帰らないで!? 呼んだよ間違えてないよ呼んだよ!? 何度でも呼ぶよ!?」
ライト、グッズ再使用。――ガチャッ。
「はぁ……」
レナは最初に入って来た緊張の面持ちとは真逆の表情で、溜め息をつきながら一応再度部屋に入ってくると、椅子を取り出し座り、
「ほら、見張っててあげるからさっさと済ませてよ」
そう言ってライトとレインフォルを促した。――って、
「違う見張りが欲しくて呼んだんじゃない!」
当然ライトはそんな謎の趣味は無い。……多分。
「はぁぁ……」
一方のレナと言えば、先程よりも更に深い溜め息をつくと、
「わかったわかった。私も流石に覚悟決めるよ。三人でとか実際やった事ないけど。流石に先にシャワーだけ浴びさせて」
そう言ってシャワールームへと歩を進めて――
「ってそれも違うもっと違う!? 単純に俺はレインフォルを止めて欲しいだけなんだけど!」
「だってさレインフォル。今日は私の番らしいから」
「何だ順番があるならそう言え。私は明日か? 明後日か?」
「お前等あれか!? 欲求不満なのか!? 俺にどうしろってんだー!」
こうしてひと悶着して、何とか誤解を解くライトなのであった。
「こちらからの指示通り、バンダルサ城攻略は君達待ちとなっている」
そしてついに再出撃の日。玉座の間、ヨゼルド、ヴァネッサを前にレインフォルを含むライト騎士団、そしてフウラが揃う。
「逆に言えば君達到着後、駐在している部隊と共にバンダルサ城攻略は開始させる。――君達の……レインフォル君の目的があるのなら、それ相応の覚悟が必要な事、心しておくといい」
ヨゼルドとしても国王として、レインフォルの目的だけを優先させて必要以上の被害を出すわけにはいかない。なので、攻略部隊待機はライト達の到着まで、になっているのだ。そこから先は、自分達次第。
「そこまでの気遣いだけで十分だ。迷惑はかけない」
「最高の結果を待っているよ。イルラナス姫を持て成す準備もしておくさ」
その言葉は、イルラナスを保護出来れば、それ相応の身分としてしっかりと応対する、という事であり。
「心遣い、改めて感謝する」
レインフォルにとって、考えられる最高の答え。――ゆっくりと、頭を下げた。
「私からは、私自身が行けない分こんなの用意したわ」
ヨゼルドの隣にいたヴァネッサが合図を出すと、奥の部屋から鎧が運ばれて来た。
「剣は終わったら返して貰うけど、これはプレゼント。以前の黒い甲冑みたいな防御力はないけどその分動ける仕様になってるから。貴女の二刀流でも十分扱えるわ。さ、着てみて」
「ありがたい……のだが、その……これは」
レインフォルがその鎧を見て若干躊躇する。何故なら、
「流石王妃様の趣味だわー。真っ白じゃん」
レナの言う通り、その鎧は純白。以前レインフォルが纏っていた黒とは真逆も真逆。黒騎士とは一体、という事になる。――でも。
「いいじゃないか、レインフォル」
ライトは迷わず、そうレインフォルに語り掛ける。
「黒でも白でも、レインフォルはレインフォルだよ。恥じる必要なんてない。誰も貶したりなんてしない。知らない人間が貶す様なら、俺達が許さない。お前は、今ライト騎士団の一員なんだから」
「……ライト」
レインフォルと目が合う。そういえば初めて名前で呼ばれた……などと思っている間に、
「可笑しくないだろうか」
レインフォルは、その純白の鎧を纏っていた。
「可笑しいわけないだろ。似合ってるよ」
「もう黒騎士の異名も捨てるべきですわ。以前私言いましたわよね、貴女は忠義の騎士だと。だから、今貴方は魔王軍最強の黒騎士ではなく、イルラナス姫に仕える忠義の白騎士です。――同じ姫として保証しますわ。イルラナス姫もきっと喜んでくれると」
「忠義の白騎士、か。――いいだろう。イルラナス様の為なら、甘んじてその称号、受け入れる」
この瞬間、魔王軍最強の黒騎士は消え――新たに、忠義の白騎士が誕生したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます