第245話 演者勇者と忠義の白騎士18

「私の事は信用出来ないんじゃないのか? 指揮権を持つ人間として、無条件で同行でいいのか?」

 バンダルサ城へ速足で移動中。レインフォルがリンレイにそう話しかける。

「ええ、信用していない。でも、貴女の騎士としての姿勢は信用してもいいと思ったわ。そしてそれをライトさんが汲んでいる。ならば構わない。そう思ったのよ」

「……そうか」

「良かったわね、対応するのが今の私で。ひと昔前の私なら、絶対に同行させてないわ」

 独り言に近いそのリンレイの言葉。――きっとひと昔前なら、絶対同行なんてさせないと言い張り、ヴァネッサ様に宥められ、アルファスさんに怒られたでしょうね、と思い苦笑する。

 少しずつ大きくなってくるバンダルサ城のシルエット。このまま何も起きずに無事に……と誰もが思った矢先だった。――ドォンドォンドォン!

「魔法球だ! 一個は俺が受け持つ!」

「ネレイザ殿、残りは我々で!」

「ええ!」

 ポッカリ空いたバンダルサ城の穴から、大砲の様に大きな魔法球が三発射出され、こちらに向かって飛んで来る。

「ふぅぅん!」

 先頭に居たマクラーレンが更に前に出て、愛用の大きな盾で一つを受け止め、被害のない方角へ弾き返す。

「ハイアース・アロー」

「ボルテージ・ジャベリン!」

 残り二つをライト騎士団屈指の魔導士、ニロフとネレイザがそれぞれ魔法の矢、槍で爆発四散させる。

「うわっ……」

「おっとっと」

 被害は無いものの、その衝撃波は大きく、思わずライトが少しよろけ、レナに支えられる。

「ありがとうレナ。――ついでに教えてくれ。今の魔法球って」

「結構な威力だね。意図的にこっちを狙ったのか無差別に飛ばした結果こっちに来たのかまではわからないけど。――どっちにしろ、あの城に近付けば近付く程危険が危なくてデンジャー」

 同じ意味三連呼という小ボケを挟んではいるが、付き合いからわかるレナの真剣度は中々の物なのがライトにはわかった。気を緩めていたつもりはないが、改めて引き締める。

 そしてそのまま城へと接近を続けていると、レナの危惧した通り、更なる危険が出現する。周囲の至る所がボワッ、と淡く光ったかと思えば、

「ノォォォォ……」

 突然白い人型の様な物が無数に出現する。出現時と同じく淡く光るそれは、あくまで人の形をしているだけであって、到底人とは思えない感覚で、

「皆さん、恐らく召喚物です! あれから「生」を感じません!」

 リバールのその一声で、恐らく魔法球と同じくバンダルサ城から放出されたこちらの行く手を阻む物だというのがわかった。

「まあ、生きてようが無機物だろうが、この程度の数でこのエリートを止められると思うなよ」

 今度は対応したのはフウラ。夢幻斬(むげんざん)を放ち、周囲に現れた白い人型を次々と切り刻んでいく。――だが。

「お? なんだこいつら、本当に無機物か? 不死身ってか」

 即座というわけではないが、切り刻まれても元の形に戻り、こちらに向かって進撃を止める様子を見せない。各々も黙っているわけにもいかないので攻撃を仕掛けるが、結果が同じで――

「! 皆さん、小さいですが腹部に宝石らしき物が見えます! それが弱点かもしれません!」

 さてどうする、いざとなったら巻いて強引に城へ、と数名が考え始めた時、その声を上げたのはサラフォン。ハッとして見れば専用の魔道具だろう、オリジナルのゴーグルをつけて白い人型を見ていた。――肉眼で見る限りでは何処までも真っ白のその人型だが、サラフォンのゴーグルでは内部が薄っすらと見える様子。

 だが逆に言えば見えるのはそのゴーグルをつけているサラフォンのみ。流石にサラフォンに全て任せるわけにもいかない……と思っていると、

「ある程度の場所さえわかれば、後はぶつかるまで突き続けるだけ!」

 リンレイである。愛用のアルファス作の細身の長剣で、目にも止まらぬ速さで白い人型の腹部を突き刺していく。白い人型の反撃を喰らう事なく、ついにパリン、という音を立て、リンレイの剣が宝石を捕らえる。すると、

「ノォォォォ……」

 今までの無限再生が嘘の様に、リンレイが攻撃していた白い人型が塵となって消えた。

「オーケーオーケー、その辺りだな」

 その光景を見て的が絞れたか、再びフウラの夢幻斬。すると今度は数回切り刻んだだけで白い人型が消えていく様になる。

 そこからは反撃開始で、リンレイとフウラを中心に、全員での掃討を開始。周囲に見えていたのを全て消すと、一度落ち着く。

「……これは」

 と、直ぐに進軍再開を一番促しそうなレインフォルが立ち止まり、先程まで白い人型がいた場所から何かを拾った。

「レインフォル、どうした? 何か気になる事があるなら言ってくれ。わかってると思うけど遠慮もいらない」

 ライトが促すと、レインフォルは手を広げ、拾った物を見せてくれる。――緑色の宝石の欠片だった。察するに、

「サラフォンも指摘してた、さっきの奴らの動力源か?」

 という事だろう。だがレインフォルが気にしているのはその事ではなく、

「以前私は、ガラビアの鉱山に足を運んだ事がある」

「知ってるに決まってるだろうが。そこでアタシ達と最初に戦ったんだからよ」

「ああ、あれはお前達だったのか」

「お前喧嘩売ってんのかぶっ飛ばすぞここで!」

 素の顔で言っている辺り、本気でその時の相手には興味が無かったらしい。今にも飛び掛かりそうな狂人化(バーサーク)ソフィを周囲が宥める。

「イルラナス様に献上したくてな。魔力のコントロールに使えるアクセサリーをその宝石で作ったんだが」

「もしかして、その宝石の欠片……なのか」

 レインフォルが頷く。――これで、どういう形であれイルラナスが大きく関わっている事が判明。……しかも。

「こんな事が出来るお方じゃないんだ。確かに大きな魔力をお持ちだ。だがお体が弱い。体力の方がついていかないので、ここまでの攻勢の魔力が使えるはずがない。だが……」

 イルラナスの事を知らないライト達からしても、その補足はあまりいい予感をさせてくれない物だった。

「急ぐわ。理由はどうあれ、この威力の魔力を放出され続けたら、私達は兎も角、部下達に大きな被害が出る可能性が捨てきれない。私達が対応すべき」

 リンレイのその意見が最もであり、ライト達は再び進軍。――その後は邪魔者が現れる事無く、ついにバンダルサ城の前に。

 見上げればそびえ立つその城。その圧倒的存在感を前に、

「レナ。ライトを連れてお前だけで退けるか?」

「!?」

「んー、まあ退けはしますし、言いたい事はわかりますけど」

 その案を出してきたのはマクラーレンだった。――って、

「マクラーレンさん、どういう事ですか!? 俺が足手まといなのはわかります、でもレインフォルの権利を握っているのは俺だし、それに今更――」

「そうじゃない。――城の様子がおかしい。瘴気が酷い。お前は多分、数分で「やられる」」

「え……?」

 当然ライトは納得がいかない。マクラーレンに対して食い下がるが、

「勇者君、結構マジな話。簡単に言うと、魔力の変な毒素がうようよしてて、この中で勇者君だけがそれ吸ったら耐えられない。最悪死んじゃうね。流石に回避するには勇者君だけ退避しかない」

「っ……!」

 マクラーレンも、ライトの事を思っての真剣な提案である事が直ぐにそのレナの説明でわかった。そして色々気を使っている場合でもないので、それしか選択肢が無い事もわかってしまう。

 一緒に戦えなくても、隣に立つ為に努力を続けている。でも、「どうしようもない時がある」。わかっていたつもりでも、いざ直面すると、悔しさしか生まれない。

「……わかりました」

 でも、時間がない。自分の我儘を通す時じゃない。――そう気付いて、直ぐにその判断を受け入れる。

「レインフォル。必ず、大切な人を助けろ。お前なら出来る」

 そして次にした事は、レインフォルへの励ましだった。

「わかっているのか? お前の目が離れるという事は、私がより自由になるという事だぞ。私にとって、反旗を翻す絶好の機会かもしれない」

「かもしれない。でも、今のお前はそんな事をしない。そう、信じてる」

 ライトとレインフォルの目が合う。――本当に、何も出来ない癖に、どうしてそんなに強い目をしている。

「そこまで私を信じられるか?」

「ああ。お前の大切な人を想う気持ちは本物だから。もしもお前が俺をまったく信じてないって今思っていても、俺はお前を信じてる」

 そこでレインフォルは無意識だが、周囲に目をやっていた。すると周囲は口を開かずとも「お人好しでしょ、でもそういう人だから」という目をしていた。――この男ありきでこいつら、か。

「……信じていないわけないだろうが、馬鹿め」

「えっ?」

 その呟きはライトには届かない。――リバール辺りには届いたかもしれないが。

「ちょっといいか?」

 そして直後、ライトを呼び寄せると、

「――え!? ちょ、レインフォル!?」

 迷わずギュッ、とライトを抱き寄せた。

「な……コラー! 別れのハグは事務官の特権ってこの部隊では決まってるんだけど!?」

「いやネレイザちゃんその特権初耳だし色々おかしい」

 というネレイザの叫びを無視し、レインフォルのハグは続く。――だがそれは、決して別れのハグではなく。

「これでいいだろう。これでお前が望むなら城に一定時間なら入っても問題無いはずだ」

 そこから十秒後、レインフォルはライトを離し、そうハグの理由を告げた。

「私が黒騎士と呼ばれる所以となったあの黒い甲冑は覚えているな?」

「勿論だけど、でもそれが?」

「あれは半ば呪いの装備だ。圧倒的性能を誇る代わりに、不の瘴気を出し続けている。普通に装備していたら魔王軍の私ても二、三時間でアウトだ。だから私は、いつでも瘴気を防ぐ為の防壁を張っていた」

「! まさか」

「お前に今、その防壁を張った。余程無理しなければ今日一日程度は防いでくれるはずだ。――これで、お前の意思次第ではバンダルサ城の内部に共に行けるはずだ」

 レインフォルからしたら、客観的に言えばライトを一緒にバンダルサ城へ連れていくメリットは無い。いくら見張られていないとはいえ周囲にライトの仲間達はいるし、実際目的はイルラナスを救う事。そこにライトの有無は関係ない。

 それでもレインフォルはライトに選択肢を示した。それは、レインフォルなりのライトへの今までの「答え」。

「一緒に行くさ。一緒には戦えなくても、お前の近くにいるよ。一緒にイルラナス姫を救おう」

 その答えに、ライトも揺るがない返事を示す。

「皆さんも――相変わらず何も出来ない俺ですけど、でも、宜しくお願いします」

 ライトは次いで、他の全員に意思を示す。――当たり前だと思ってはいけない。いつでも俺は、それを頼む立場。その気持ちを、出来る限り意思で示す。

「安心しろよ勇者ボーイ。エリートは、お前のその勇気を汲めるからエリートなんだ。それに」

 ポン。フウラは、ライトの肩、そして――レインフォルの肩を、同時に叩く。

「勇者ボーイにそこまでする、お前の心意気を買うさ。騎士として、な」

 それは、ライト達にはわからないが、フウラが初めてレインフォルを認めた瞬間だった。この中で、敢えて比べたらリンレイよりも先に会っているのに認めていなかった。やっと、認めた瞬間だった。

「それじゃ、城内部に突入するわ。全員気を引き締めて。――出撃!」

 そして、リンレイの号令で、一行はバンダルサ城の内部へと突入するのであった。

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