第240話 演者勇者と忠義の白騎士13
「――まあ、うん、言いたい事もやってる事もわかった」
ハインハウルス城内、レナの部屋の前。レインフォル交流深めましょうレナのターンだったのでレインフォルはレナの部屋を訪ねた。……のだが。
「ただ私特に何もする事ないのよ。今から昼寝する所だし。というわけで私はパスでいいよ」
快く引き受けるレナではなかった。面倒だった。本当にレインフォルと何かする事も無かった。寝たかった。――が、
「そう言われても困る。全員と交流を深めて来いと言われてる。とりあえず中に入れろ」
レインフォルが退かない。ドアに手を置きレナが閉められない様にする。
「勇者君には私がちゃんと上手く言っておくって大丈夫だって」
「貴様仮とはいえ奴隷の私に不正を働けと言うのか」
「真面目か! 百歩譲って部屋に入れたって私寝るよ!? その間あんたどうすんの!?」
「交流を深めて来いと言われてる! 一緒に夢の世界へ何とかして行ってみせる!」
「謎のファンタジー!? 兎に角っ、私は交流深めなくても勇者君がいる限りあんたを信頼するから帰って大丈夫! ぐぬぬぬ!」
「あの男がどうこうではない、私の問題だ! ぐぎぎぎ!」
何とかドアを閉めたいレナ、入りたいレインフォル。そのやり取りはしばらく続き、
「貰った!」
「あっ!」
勝敗はレインフォルに上がった。滑り込む様に隙間からレナの部屋に倒れこみながら侵入。
「はぁ、はぁ、はぁ……勝った……さあ交流だ」
「はぁ、はぁ、はぁ……な、何が交流なのよ……何の勝負なのよもう……」
傍から見たら本当に何の勝負だったかわからない光景である。――誰かに見られなくて良かったと思うレナ。
「兎に角、私昼寝するから……適当に寛いでてよもう……物は弄らないでね……」
「安心しろ、交流だ、私も昼寝する。――ソファーを借りるぞ」
そう言うと、レインフォルは置いてあったソファーに横になり、
「ぐぅ……」
一秒で夢の世界へと旅立った。――って、
「お前が私より先に寝るんかーい! 寝つきの良さよ!? 本当に何の為に来たの!?」
一通りレナがツッコミを入れる羽目になるのであった。――レナも直ぐに寝たのは御愛嬌。
「みんな、今日はドライブさんと会う日だよ! 元気よく行こうね!」
「ワン!」
先日、とある騒動でライト騎士団、そして何よりドライブと親しくなった見習いテイマー・シンディ。今日は定期的に約束し一緒に行っている、犬魔獣達と一緒の散歩の日。――二人きりで会う日もあるのだが、中々進展しないのは御愛嬌。
さてそれは兎も角、約束の場所、時間に相棒達と一緒に向かっていると……
「……あれ?」
待ち合わせ場所に居たのはドライブだけではなかった。隣に見た事のない女性。褐色で長身でスタイルが良さそうな美人。偶然そこに居た……様子はない。明らかにドライブと話をしている。ドライブが連れて来たのだ。
(え? どういう……事……? まさか)
恋人が出来たから紹介するとか言われるんだろうか。もしかしたら妻ですとか言われるのかも。いやいや待って待って私は。私は……恋人じゃないけど、あのその、でも……えええええ。
「クゥン」
相棒達の中で唯一、一応同性であるレイが「仕方ないじゃない、諦めて会いましょ」とでも言いたげにこっちを見て鳴いた。――待って決めつけないで。冷静に、冷静になるのよ私。
意を決して二人の所へ向かう。そして、
「ドライブさん! わ、私確かに叔父が軍人ですが、他に親戚にそういう職種の人は居なくて、ましてや弁護士なんて!」
全くもって非冷静な第一声を発した。
「? 俺も居ないが……長に相談して紹介して貰った方がいいなら訊いてみるが」
そしてドライブは真面目に応対した。――レイがシンディの隣で溜め息をついていた。
…………。
「成程、そういう事だったんですね……ライトさんらしいかも」
要はレインフォル交流深めましょうでドライブのターンだったので、ドライブは深く気にせず今日この日の予定にレインフォルを連れて来てしまったのだ。説明を受けてシンディは納得。――いや何で今日なのという部分は若干納得出来ないがドライブらしいと言えばそれまでではあった。
「犬魔獣か」
当然そんな事情は知らないレインフォル。シンディよりもシンディが連れてきたシルバー達に注目する。
「お好きですか? 良かったら触ってあげて下さい」
促され、レインフォルはしゃがみ込み、シルバー達を順番に触っていく。表情は冷静なまま。――あれ、この人好きなのか嫌いなのかわからないな、とシンディが思っていると。
「……信頼している様だな。口々にお前の事を言っている」
「!? この子達の言葉、わかるんですが?」
「少しならな」
流石にシンディには説明しないがそもそもが魔王軍所属。魔獣も居た。進んで会話等はしていないが、自然とある程度は身に着いたのだ。――それに。
「信頼出来る部下に居たんだ。魔獣とは少し違う存在だが、獅子と竜が。――あいつらには辛い選択をさせてしまったかもしれん。私の今の選択が私にとって正解でも、あいつらにとって正解とは限らないからな」
思い出しているのだろう、少しだけその横顔が申し訳なさそうになっていた。
「そのお二人、お名前は」
「ロガンとドゥルペ。――無事だといいが」
「無事ですよ。それに、そうやって案じてくれる貴女だからこそ、上司として着いて来てくれていたんだと思います。――何も知らない私が言うのも変ですが」
そこでレインフォルは初めて気付く。――自分が考えている以上に、二人の身を案じている事に。……そうか、信じていたんだな、私は本当に。
「安心しろ、レインフォル。――長は、きっとその二人も、助けてくれる。一緒に助けに行ってくれるさ」
「……そう、か」
そう言われ、少しだけ出ていた寂しそうな表情をレインフォルは直ぐに消すのだった。
「はい、これで大丈夫です。後はオーブンで焼くだけです。――焼きあがるまで、お茶にしましょうか」
促され、椅子に座る。直ぐにソフィが得意のハーブティーを二人分淹れて、テーブルの上に。穏やかな香りが、心を落ち着かせてくれて――
「――いや待て待て。何で私はここで菓子作りをしているんだ?」
「団長の指示で、交流を深めに来たのでしょう? ですので、一緒にクッキーを焼きながらお話でもと思いまして」
確かに今は交流深めましょうソフィのターン。レインフォルが部屋を訪ねると、それじゃあとエプロンを貸してくれ、二人で菓子作りを開始。菓子など作った事は無かったが手先は器用なのとソフィの教え方が上手いのもあって、順調に進んだ。――って、
「いやそうじゃなくて、てっきり訓練とかそういう話を持ち出すのかと思ったからな……戦闘時、敢えて一番闘志をたぎらせていたのはお前だったぞ」
「まだ完治していないのでしょう? なら無理はしては駄目ですよ。それに万全の状態じゃない貴女と戦った所で、今更つまらないって「アタシ」が言うもので」
「多重人格なのか?」
「私としては違うつもりなんですが、傍から見たらそうなんでしょうね。でも感覚も記憶も共有出来ますし、根っ子にある物は同じ。――そう、団長が言ってくれましたから」
「団長……あの男、か」
綺麗な仕草でソフィがハーブティーを口に運ぶ。レインフォルもカップを口に運び喉を潤す。――味わった事はなかったが、暖かい味がして、嫌いではなかった。
「貴女が魔王軍の姫様に忠誠を誓っている様に、私達も団長の事を尊敬し、大切に想っているんです。――貴女が止むを得ず団長の下にいるのはわかります。最後まで団長に尽くせとは言いません。でも、私達があの方を大切に想う気持ちは、わかって欲しいです。貴女が大切な人を想うのと、同じなのですから」
「大切に想う気持ち、か……」
少しだけ目を閉じて想う。今この時も、どうしているのか心配になる。あの方の為ならば、本当に何でもしてみせる。やり方を周囲に理解して貰えなくたって、あの方を守れるのなら、私は。
「逆に言えば――私達は、貴女の事はわかる、という事ですよ。だから、団長は、貴女の事をわかっていますよ」
「…………」
「ですから、もう少しだけ、団長の事を信じてみてはどうでしょう。――手始めに、この出来立てクッキー、届けませんか?」
そう言って、優しい笑顔でソフィはオーブンを開けるのであった。
「姫様と交流を深めたいのであれば、まずはこの私を倒してからにして頂きましょうか」
交流深めましょうエカテリスのターン……と思ったらリバールが立ち塞がった。
「勿論貴女が今万全ではないのは知っていますので物理での決闘とは言いません。そこで貴女がどれだけ姫様と交流を本気で深めたいのか、姫様クイズを――」
「馬鹿な事を言ってないで通しなさい。ライトの案ですのよ。それに先日こちらに来たレインフォルが私の事を深く知っているわけがないでしょう」
「ならば教えるまで! 骨の髄まで染み込ませるまでです! 座学五時間、実践三時間、復習四時間!」
「長くなるから却下。――さ、レインフォルいらっしゃい。まずは少し話でもしましょう。リバールもこれ以上変な事を言わないのなら追い出したりしませんからいらっしゃい」
というわけで、自然とリバールも同時に交流深めましょうのターンになる。――自分はいつ変な事を言ったのだろうか、という疑問がリバールの顔に出ていた(!)。
「王女、姫、という立場は重荷か?」
不意に思った事をレインフォルは折角なので尋ねてみる事に。――イルラナス以外の姫という立場にいる人間とこうした平和な場で会話をする機会など無かった。
「そんな事はありませんわ。私の生まれ持った運命ですもの、全うしてみせます。この立場は私の誇りですわ。――貴女が仕える姫は」
「イルラナス様は……重荷だったかもしれん。――時折、辛そうな顔をしていた。私は戦う事しか出来なかったからな。あの方の心の支えにはなれなかった」
傷付く兵士達を見ては、魔王の無理な命令を耳にしては、辛そうな顔をしていた。せめてもと自分は圧倒的強者になって仕える道を選んだ。――それでも。
「きっと彼女は、貴女の存在はちゃんと心の支えになっていたはずですわ」
だが、エカテリスは、ハッキリとレインフォルに向かってそう言い切った。何も知らないだろう……と言いかけてレインフォルは口をつぐむ。まるでエカテリスが、全てを知っている様な気が一瞬してしまったからだった。
「上に立つ立場になればわかりますのよ。慕ってくれる下の者の想いは。例えばそうね……色々ありますけれど、リバールは私にとって本当に大切な専属の使用人ですもの」
「勿体なきお言葉」
リバールがスッ、と綺麗にお辞儀をする。
「戦う事しか出来ない。でも貴女は、彼女の為にずっと戦ってきたのでしょう? その想いはきっと伝わってますわ。――貴女は、忠義の騎士ですわ。だからこそこうして命を賭けてこちらの陣営に身を預けているのですし」
「忠義の騎士、か」
本当にそう思っていてくれたらどれだけ嬉しいだろうか。――もう一度会えたら、そう言ってくれるだろうか。
「使用人。――リバールだったか。私もお前みたいな立場だったら良かった」
「私も無条件で今の立場を手に入れたわけではありません。必死の想いで努力して、今のこの場所を掴み取れました。――貴女が仕える方への想いが本物なら、まだ間に合いますよ、きっと」
「そうか」
少しだけ夢を見てみようか。この二人を見ていると、そんな気すらしてしまう。
「……そういえば、エカテリス姫は読書が好きなのか?」
不意に目が行ったのは大きな本棚。勇者関連の物語がびっしり。
「ええ。新刊も欠かさず読んでますわ。貴女にもピッタリの本を貸しましょうか?」
「いや、私より……もしもイルラナス様と会えたら、本を貸してあげては貰えないだろうか。あの方も、本を読むのが好きなのだ」
「勿論ですわ。同じ姫同士、友達になれるといいですわね!」
そう言って嬉しそうに笑うエカテリス。その笑顔が、イルラナスの笑顔と重なり、レインフォルは決意を新たにするのであった。
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