第239話 演者勇者と忠義の白騎士12

「このチェックしてある所、読んで全部名前書いて。それだけしてくれたら後は私が手続きしておくから」

「そうすれば、身分証が貰えるんだな?」

「まあ、身分証っていうか、ライト騎士団の団員証だけど……何でそんなに身分証に拘ってるの?」

「重要だ。それがあればいつでも食べ放題……じゃなくて、イルラナス様をお迎えした時に責任を持って持て成しが出来る」

 朝食後。ライトの指示により、レインフォルは一人団室でネレイザを訪ね、入団の手続き中。やたらと積極的になっている理由がわからずネレイザは少々呆気に取られていた。

「事務官……ネレイザといったか。――簡単に、各団員の事を教えて貰えないか?」

「皆の事を?」

「指示によりそれぞれと交流を深めて来いと言われてるんだが、何も知らないで行くよりか軽い前情報があった方がいいからな」

 思ってる以上に真面目なのかも、とネレイザは心の中で感心。――これがあの黒騎士なのも驚き。

「まあ、私で良かったら簡単に紹介してあげる。まずは――」


 …………。


「――で、最後はレナさんね。普段は寝てばっかりだし適当な事ばっか言って人をおちょくって楽しんでるし、ろくな人じゃないから、気をつける事。まあ……一応護衛としての仕事は完璧にこなしてるし、マスターも信頼してるから、駄目ってわけじゃないんだけど」

 一通り(ネレイザの主観で)団員の紹介が終わった。真面目に聞いていたレインフォル。――と、

「お前は?」

「え?」

「どうして事務官などやっている? 魔力も高い、普通に魔法使いとして動くべきだろう」

 知らない人が当然辿り着く疑問にレインフォルも辿り着いた。

「私? 私は……ほら、あれよ。マスターに頼まれて仕方なくよ? 確かに以前は最前線に居たんだけど、騎士団の事務官の枠が空いて、私以外適任者が居なくて、マスターの為だから仕方なくって」

 つい見栄を張ってしまった。どうせレインフォルは一時期しか在席しないのだからいいだろうと思ってつい。――が、

「仕方なく……お前も私に似たような境遇か? 脅迫か奴隷か」

「え」

 レインフォルは真面目にその説明を受け取ってしまい、更なる勘違いをしてしまっていた。

「わざわざ「マスター」と呼ぶ辺り、裏で何かされてるんじゃないのか? あの男にも裏の顔があって何も不思議はない」

「マスターに……裏で……」


『ネレイザ、お前は俺の大事な事務官なんだ。もっとしっかりしてくれないと困るな。お前には最終的にはレナを越えて護衛も兼任して貰おうと思ってるのに、まだまだじゃないか』

『ご、ごめんなさいマスター、でも私』

『言い訳は聞きたくない。この調子なら国王様に相談して配置転換も視野に』

『そんな! そんな事されたら私、お兄ちゃんに顔向け出来ないし、何より私、マスターに』

『ならば教育だ。その体にしっかりと刻み付けてやろう。――服を脱いでベッドの上に行け』

『ふ、服!? それにマスター、その手に持ってるのって』

『言っただろう、教育すると。お前を、俺無しでは生きられない体に躾けてやるのさ』


「そ、そんなのマスターじゃない……でも野蛮なマスターも、あり……かも……ああ私マスターにそんな事されたらもう!」

 顔を赤くして勝手に想像を暴走させ、きゃーっ、と興奮するネレイザ。その姿を冷静にレインフォルは見る。――交流を深めろと言われた。ならシンプルに率直に受け取るのが一番。

「何だ、無理矢理とかではなく実は自ら奴隷希望だったんだな。そういう性癖か」

 そう言って納得した様にペンを走らせて――

「――って違ーう! 違うから! 奴隷希望でも何でもない! そんな性癖もない!」

 ネレイザ、現実に戻る。

「安心しろ、あの男には他の団員には他言しない様に念を押しておく」

「その前に伝えるなぁぁぁ! 忘れて忘れなさい忘れろぉぉぉ!」

「っ……おい、人が親切に言ったのに何故……首を絞める……書類が書けないだろ……」

 ガチャッ。

「ネレイザ、いるかしら? 今回の作戦の報告書についてお母様にいくつかあって少しいいかしら……って」

「兎に角今直ぐ忘れて! マスターに伝えるなんて絶対駄目だから!」

「くっ……書く、私は何としても書類を書くぞ……書かねば身分証が……」

 …………。

「ネレイザ……新しい団員が増える度に、パワハラで力関係を示すのは良くありませんわよ……? 貴女ドライブの時もしてたでしょう……」

「王女様!? 違うんです、黒騎士のセクハラなんです!」

「何処が……?」



「こちら、滞在する間の私室としてお使い頂いて構いません」

 ネレイザとのひと悶着(?)を終えレインフォルは廊下に出ると、ハルと遭遇。事情を説明したが特に自分は深める程の交流は無いものの要件があるので着いて来て欲しいと言われ案内されたのは、

「おい、自分で言うのもあれだが私は奴隷なんだが。何故一般的な個室を宛がう」

「それがヨゼルド様、ヴァネッサ様、ライト様のお考えだから、です」

 あっさりと断言するハルに、レインフォルは溜め息。――変わり者ばかりかここは。

「タンスに着用出来る服、下着類を含めて勝手ながらご用意させて頂きました。必要でしたらお使い下さい。――念の為サイズが合うかどうか、一枚袖を通して頂けますか?」

 言われるがままに一枚着てみるとサイズピッタリ。下着も見た限り問題無さそうなサイズ。

「問題無さそうですね」

「ああ。――図った様にピッタリだ。捕らえられて身体検査は受けたが身体測定まではしてないはずだが」

「お世話をする様言われたので、目測で早急に用意させて頂きました。身長、体重、スリーサイズ、この数値ですよね?」

 ハルに見せられたメモに書かれた数値は、正に、の数値である。細かい数字までピタリ。

「……目測と言わなかったか?」

「ええ目測です。お世話する方に関してはどんな方でも完璧にこなしたいので」

「そう……なのか」

 冷静に考えればそれだけを理由に出来るわけがないのだが、それがハルのパワーであり、その勢いにレインフォルは流された。

「それでは私はこれで。何かありましたらお声掛け下さい」

「あ、待ってくれ。この城に魔具工具師はいないか?」

「おりますよ。というより、団員の中に一人。小柄で魔力型の銃を撃っていたのを記憶していませんか?」

「ああ、覚えているが」

「彼女の本業は魔具工具師です。この城で一番の腕の持ち主ですね」

「……驚いたな。戦闘員としても問題ない腕の持ち主だったと思うが」

 サラフォン。一対一なら負けないが、多人数相手でフォローに回られると非常に面倒なタイプであることをレインフォルは戦いの様子から思い出す。

「私にとって個人的に幼馴染という間柄でもあるので、話は通し易いですよ。どういったご用件ですか?」

「私もいくら一時的に傘下となったとは言え、立場上正体がバレる可能性もあるからな。私を恨んでいる人間もいるだろう。――今はまだその恨みに真正面から向き合っている場合ではないからな。だから念の為に、部屋にトラップを仕掛けられたらと思ってな。工具師なら、地雷なども――」

 ズダダダダダダ、ガチャッ!

「今、この部屋から地雷を求める声がした気がする! ボクに任せて、オーソドックスな地雷から催涙型、神経型、広範囲型、どんなタイプでも! 新作も用意……え、ちょっ、ハルなんで無言で追い返すの!? この部屋から地雷を求める声が……ハル、ハル! あーっ!」

 バタン。

「レインフォル様。この城内において、「地雷」というワードを出すのは禁止されておりますので、以後お気をつけ下さい」

「いや待て、明らかに今来たのがお前が言っていた工具師だろう、だったら」

「レインフォル様。再度申し上げます。「禁止」です。発言にお気をつけ下さい」

「あっはい」

 逆らえない何かがハルから出ていた。真面目に返事をするしか選択肢がなかった。――おかしい、私はこの女と契約したんだっけか。

「では改めまして私はこれで。急用が出来たので失礼致します」

 そう言うとハルはレインフォルに一礼した後、何処からともなくハリセンを取り出し、廊下に出るのだった。



 身分証の手続きを終え、私室を用意され、ひと段落。さて次は、と思って廊下を歩いていると、

「おやレインフォル殿。どうです、一晩経って気持ちも落ち着きましたかな? 契約の首輪の副作用等も出ていなさそうで安心」

 仮面の魔導士、ニロフと遭遇。――丁度いい。

「今時間はあるか? あの男から団員と交流を深めて来いと言われている」

「フフフ、ライト殿らしい。――お茶でもしながら少しお話しましょうか。お勧めのスポットへ案内しましょう」

 そのままニロフの案内で、二人は見晴らしの良いテラスへ。飲み物もいつの間にかニロフが用意しており、レインフォルは素直に受け取る。

「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に訊くが、貴様は何者なんだ? 人間のオーラは感じない」

 魔王軍所属、当然その手のモンスターも大勢見てきたであろうレインフォルの指摘。

「まあ、レインフォル殿相手に誤魔化せるとも思っていませんでした。仰る通り、我は人間ではありませぬ。その昔、ガルゼフという偉大な魔導士がおりましてな。それに使役されていた存在です。かなり大雑把に分類すれば、我もガルゼフの契約奴隷と思われても否定仕切れない存在でしょう」

 ニロフも自分でも口にした様に、ある程度は気付かれていることをわかっていたので、動揺する事無くそう告白。

「ですが、我が主は我をそんな風には一度も見ませんでした。主にとって我は友であり、仲間であり、相棒でした。最後まで、最後の最後まで、そうでした」

「……その言い方からするに」

「既に亡くなっております。人間です、寿命が来るのは当然の事。――そして今はそのガルゼフと我自身を救ってくれたライト騎士団に、主の願いと我の意思、両方の想いで所属しております。幸い素敵な人達しかおりませぬ故、我は歓迎され、こんな存在ですが力一杯進んでいるつもりです。……ですが」

 ニロフが一旦飲み物を口に運び、少しだけ遠くを見る。

「やはり主のいない寂しさは、皆には言えませんがどうしても時折感じてしまいます。ここにあの方が居てくれたら。我を最初に導いてくれた主が今も一緒だったら。思わないと言えばそれは嘘。……やはり「主」というのは、唯一無二の存在なのですよ」

「そうか。……そう、だろうな」

 主を本当に大切に想っていた。それが伝わってくる。――レインフォルも、隣で景色を眺める。穏やかな風が吹いていた。まるでその風は二人を見守り、会話を優しく聴いているかの様だった。

「レインフォル殿、主と離れているこの時間、さぞ不安が過ぎるでしょう。――貴公の主、必ず救いましょう。貴公が望むのであれば、我は、我々は、必ず貴公の力となりましょうぞ」

「感謝する。――ニロフといったか。イルラナス様を保護出来たら、共に貴殿の主の墓参りをさせてくれ」

「ありがとうございます。主もきっと喜ぶ事でしょう」

 こうして、共に「主」を大切に想う二人の間に一つの約束と、不思議な信頼関係が生まれるのであった。

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