第238話 演者勇者と忠義の白騎士11

「うーん……ふぁーあ」

 色々あってあり過ぎた翌日の朝。ライトは起きて着替えて朝食の為に食堂へ行く支度をする。奴隷と契約すると何か自分の体にも変化が及ぶかと少し心配したが特に変わりはなかった。――契約奴隷。レインフォル。

「……待てよ、これって最終的に契約を破棄する方法とかあるよな? 大丈夫だよな?」

 将来演者勇者としての任務が終わっても契約したまま破棄出来なかったとすると、レインフォルを何処までも連れて行かなくてはいけない事になる。――明らかにレインフォルは未だライトに心を開いていない。あの冷たい目がちょっと威圧的で怖い。いつか実家に帰った時に何と紹介すればいいのか。

「まあ、差し当たってそんな事も言ってられないんだけど」

 夕べの内に城に療養を兼ねて滞在する数日間で何をするかは大体考えた。後は上手くいくかどうか。――そんな事を考えながら部屋のドアを開けると、

「遅いぞ」

「うわっ」

 部屋の前にその冷たい視線の持ち主ことレインフォルが腕を組んで壁に軽く寄りかかって立っていた。

「お早う。――もしかして俺が起きるのを待ってた?」

「何処の世界に主人より遅く起きる奴隷がいる。例え貴様が主人でもそれは変わらない」

 ライトへの嫌味が少々含まれるが、真面目な性格らしい。

「第一まだ数日の間に何をするか聞かされてないからな」

「ああ、それか。――ご飯食べながら説明するよ。食堂がある、行こう」

 というわけで、レインフォルを引き連れ食堂へ向けて移動開始。誰もが黒騎士は知っていても中身は知らないので、レインフォルのスタイルや美貌に目を惹かれる人はいても怯えたり逃げたりする人間とすれ違ったりはしない。

「あ、ライト。お早う」

 と、移動中に丁度部屋から出てきたフリージアと遭遇。

「お早うジア。ジアも一緒に食堂行かないか?」

「うん、行く……けど、そちらは?」

 当然レインフォルの存在が気になるのでフリージアも素直に尋ねる。

「レインフォル。昨日からライト騎士団に仮加入したんだ。昨日加入したばっかだからまずは色々俺が一緒に――」

「そして契約奴隷だ。こいつが主人となる。一応命令には逆らえない立場だから敵意は出せないからその辺りは安心していい」

 と、実は内緒にしておきたかった奴隷というワードをレインフォルがあっさり自己紹介として話してしまう。――結果、

「契約奴隷……勇者になると随分と綺麗な人を契約奴隷にしていいのね? ふーん。そうですかそうですか」

 レインフォルよりも数倍冷たい目でフリージアはライトを見た。明らかに何かを誤解している。――って、

「違う、違うんだジア、これには天より高く地より深い理由があって」

「おい、何故嫌なら私と契約した。大人しく辞退していれば良かっただろう。私とてお前みたいな人間と契約などしたくなかった」

「違う、拗ねないでくれレインフォル、俺は決してお前が嫌なわけがない、俺が進んで契約したんだ」

「やっぱりしたくてしたんじゃない。あたしに嘘とかつかなくていいけど。――もしかして、あたしに壁、感じてるとか」

「違う違う違うそんなわけないだろ、ジア落ち着いてくれ、経緯があるんだ経緯が、避けられない経緯が」

「情けない主人だな。よくそんなので騎士団の団長など努めてられるな。恥ずかしいと思わないのか?」

「ねえ、昨日契約したばかりの貴女がそこまでライトの事を咎める権利あるの?」

「何だと?」

「え、ちょ、ジア」

「ライトはあたしの事を何度も救ってくれた、あたしにとっての勇者様なの。人への評価はその人を詳しく知ってからすべき。第一それなら現時点の評価はその情けない主人の奴隷、貴女は更に情けない存在」

「情けないだと……? 私はこの命の全てを賭けて、目的の為にこの男の下に着いた。私への侮辱はあの方への侮辱に繋がる、聞き捨てならないぞ……? 第一そこまで言うのなら、貴様もこの男の奴隷にでもなってみるんだな」

「あたしは奴隷なんかにならなくても、ライトの為なら何でもしてみせる」

「私とて目的の為なら例え主人がこの男だとしても何でもしてみせる」

「ふーん」

「ふん」

 廊下で謎のバトルを始める二人。置いてきぼりになるライト。流石に注目し始める周囲。

「と、とりあえず二人とも、ご飯、ご飯食べに行こう! ご飯を食べれば何でも出来る!」

 そして本当に情けない主人、勇者になりそうなライトは、兎に角その場を離れさせる事しか出来ないのだった。――何も食べてないのに胃が痛いぜ。



 三人で食堂に移動(その後無言になったので余計に気が重かったのは余談)、朝食を注文し、テーブルに座――

「――レインフォル? どうした、座らないのか?」

「何処の世界に主人と同じテーブルに座って同時に食事する奴隷がいる。私は貴様が食べ終わった後に決まってるだろう」

 ――ろうとしない。レインフォルが。

「それにまさかとは思うが、それは私の朝食じゃあるまいな?」

「え? そうだけど、わからないから俺と同じにしたけど、嫌いな物あったか?」

「馬鹿じゃないのか本当に。何処の世界に主人と同じレベルの品を食べる奴隷がいる。グレードを落とせ」

 呆れ顔のレインフォル。そして、やっぱり奴隷ってそういうものなのか、と痛感すると同時にレインフォル以上の呆れ顔をするライト。――そして、

「レインフォル」

「何だ?」

「命令だ。――座って、一緒に食べる。俺が用意したこれを、一緒に」

「だから、それは……っ!?」

 と、否定を続けようとしたレインフォルが、いきなりハッとした様にテーブルにつく。

「……言った俺が訊くのも変だけどどうした?」

「……体が強制的に動いた。恐らく契約奴隷としての命令に逆らえない部分が発動したらしい」

「え」

「それ程貴様の意思が強かったという事なんだろう。――普通の事は強制出来ない癖に何故貴様はこの事は強制出来るんだ?」

「指示した俺が言うのもあれなんだけど、俺に訊かれても……」

「まあいい。命令なら致し方ない、食べる」

 一回はあ、と溜め息をつくと、そのままレインフォルは目の前のトレーの食事を一口ぱくり。

「!?」

 そして一瞬驚きの顔を見せると、急にがっつく様に勢いよく食べ始めた。その様子にライトもフリージアも唖然。

「ライト、この人に食べさせたいのはわかったけどその契約の意思ってコントロール出来ないの?」

「いや違う俺むさぼり食えとか思って無いから。――落ち着いてくれレインフォル、今度はどうした?」

「美味い」

「え?」

「この食事は貴様が勇者だから食べられるのか? こんなに美味い食事はしたことがない」

 単純に美味しかったらしい。昨日晩御飯食べてないのかな、と思うと同時に、

「いや、ここ城の食堂だから身分証があれば誰でも食べられるぞ」

「その身分証はどうやったら手に入るんだ!? 千人切りか、今持っている人間から暗躍して奪えばいいのか、それとも国王に賄賂でも送ればいいのか!?」

「お前はソフィとリバールとレナを足して三で割ったのか!?」

 どれを選んでも発想が安直過ぎる。

「騎士団に仮とはいえ加入するんだから後で発行手続き取るから大丈夫だよ、安心してくれ。ここに滞在中はいつでも食べられるぞ」

「そ……そうか」

 気持ちが落ち着いたか、ハッとしてレインフォルは気持ちを落ち着かせる様に水を飲む。

「……貴女、何処の出身だか知らないけど、厳しい所で暮らしてたの?」

 と、何だかんだでレインフォルの正体をまだ知らないフリージアが疑問をぶつける。

「食事など味に構ってる場合ではほとんどなかったな。良い品が食べられるのは極一部のみだ。――イルラナス様は、イルラナス様だけはその状況を心苦しく思われていたがな。あの方はそんな貴重な自分の食事も私達に分け与えてくれた位だ。ご自分の体も弱いというのに」

「そうなのか……」

 魔王軍の知らない現実を偶然にも知った瞬間だった。レインフォルは黒騎士、つまり魔王軍でも最強クラスの強者でも、まともに食事にありつけない場合がある位なのか。

「もし……無事に、イルラナス様をお救い出来たら、この城の食事を紹介して召し上がって貰っても構わないだろうか。あの方に、不自由のない食事をさせてあげたい。体も良くなるかもしれない」

 と、今までの強気は何処へやら、レインフォルは急に謙虚になってそう願い出て来た。

「良いに決まってるだろ、ここでお前に食べさせてる時点で。無事こっちに呼び寄せて、皆で食べよう。体も弱いんだろ? 食事の他に環境や設備を整えたら良くなるかもしれない。――ジア」

「あたしは医者じゃないけど、研究員の立場からその手に有効なアドバイス、セッティング、出来ると思う。あたしの手の空いてる時だったら、そのイルラナスさん? を連れてきて構わない。話聞いてあげられるから」

 ライトの頼みというのもあるだろうが、でもその他にフリージアなりにレインフォルに何か思う所が出来た様子で、そう提案。

「感謝する。……宜しく頼む」

 そしてレインフォルは、ゆっくり深く、フリージアにも頭を下げた。――本当に真面目な忠義者だな、うん。

「さて、それじゃ今日明日位でまずやる事な。――ライト騎士団の団員と交流を深めてくれ。俺達は個々の実力も高いけど、チームワークを大事にしてる。各々の事を知って、本番でいがみ合ったりしない様にして欲しい」

 ライトのまずやらせたい事はそれだった。言ってしまえばレインフォルは黒騎士の正体であり、つい先日ライト騎士団全員と全力でぶつかり合った間柄。その蟠りがあって欲しくないと考えたのだ。

「貴様らの手など借りなくてもバンダルサ城に行けば私一人で……と言いたい所だが、それが指示なら従おう。意地を張っている場合ではないからな」

「うん。――全員と一通り交流したら俺の所に来てくれ。連れていく所があるから」

「承知した」

 まだまだ心を許しているわけではないだろうが、自分の目的の為、そもそもの真面目な性格もあり、手順を踏めばしっかりライト騎士団ともやっていけるだろう。ライトはレインフォルの返事を聞いて一安心――

「――その前に、一つだけいいだろうか」

 ――しかけた所で、レインフォルがそう切り出してくる。

「どうした、質問か?」

「いや、質問ではない……いや質問と言えば質問なんだが……そのだな……」

 急に歯切れが悪くなった。さっきまでとは打って変わって少々モジモジしている。

「遠慮なく何でも聞いてくれていいぞ。駄目な物は駄目だって言うし」

「そうか? じゃあ訊くが……」

 おほん、と軽く咳払いをして呼吸を整えるレインフォル。

「――おかわり、出来るか?」

 そして、恥ずかしそうにでもハッキリと、そう尋ねて来た。――おかわり。つまりこの場合、朝食をもっと食べたいという意思表示。

「ぷっ……あはははっ、そんな畏まって言うから何かと思っただろ! そんなに美味しかったか」

「うん、まあ、その、私は一応奴隷であるし」

 つい笑ってしまった。フリージアも笑っている。――拍子抜けと穏やかな可愛らしさがテーブルを包む。

「俺が居ないとまだ注文出来ないからな、一緒に行くか。今度は自分で選んでいいぞ」

「そんなに選択肢があるのか……!」

 こうして、もう少しだけ、三人で朝食の時間を過ごすのであった。

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