第237話 演者勇者と忠義の白騎士10

「黒騎士を……俺の、契約奴隷に……!?」

 衝撃的な提案であった。……というか、

「ね、ねえハル、契約奴隷って何かな?」

 と、こっそり尋ねるサラフォンの疑問がライトも実は過ぎった。

「普通の金銭での契約と違って、魔法による精神的契約による物よ。難易度が高い分、魔力で繋がるから反故に出来ないの。つまりね――」

「勇者君が黒騎士に……したり、……をやったり、更には……みたいな事までやりたい放題なわけよ」

「えええええええ!? ららららライトくん、だっだだだ駄目だよでもライトくんも男の人だから仕方がなくなくなくてうーん」

 ぷしゅー。……サラフォン、オーバーヒート。

「レナ様っ!」

「いやだって嘘は言ってないじゃん! 実際やってる人とかいるって聞くし! ハルだって顔赤いじゃん、考えたじゃん!」

「でもライト様はその様な事はなさいません!」

「じゃあハルは勇者君がどんなプレイ好きだと思ってる?」

「私はライト様はもっとこう、相手を大切に、その……ああもう何を語らせるんですか!? 第一ライト様がそんな方だったらレナ様はどうなさるおつもりですか!?」

「私は別に勇者君がそんなでも護衛やるもーん」

「というか俺抜きで俺の予測で揉めるの止めて!?」

 とりあえず契約奴隷に関してはわかった。……若干何かを失った気もするが。

「ねえニロフ、きっと貴方なら精度の高い品、用意出来るんじゃない?」

 と、そんなレナとハルのやり取りを他所に、ヴァネッサがニロフにそう尋ねる。

「やれやれ、確かに用意出来ない事もないですが……用意してしまって良いのですか?」

「ええ。それがベストだって考えてるから」

「承知致しました」

 するとニロフは何処からともなく首輪を一つ取り出し、ヴァネッサに手渡す。

「随分昔に作った、我と主の合作の一つになります。作ったのはいいですが使い道は無いと思い封印しておりました」

 それは確かに首輪だが、でもまるでアクセサリーの様な綺麗な品だった。宝石も嵌めてあり、その美しさは言われなければ奴隷の為の首輪だなどと誰も信じないだろう。

「実際にハインハウルス軍で使い道はないだろうと思い封印していたのも確かにありますが、本音を言えば中々に強力な品になってしまいある意味危険も伴う為に封印していた品です」

「具体的には?」

「契約者の意思次第では奴隷対象の心などあっと言う間に壊れてしまうでしょうな。人間を人形に変えてしまう。――しかし、契約者の心次第では、対象を何処までもしっかりと導く事が出来る。全ては主人と奴隷、お互いの心持次第」

 ニロフが真剣に説明している。――本当に、一歩間違えたら相手を「壊してしまう」品なのだ。ニロフとガルゼフなら、当時誰にも言わずに封印したのも頷けた。

「でも王妃様、どうして俺なんですか? それこそ王妃様が使うのがベストなんじゃ」

「私はまだ療養が必要だから、バンダルサ城攻略に間に合うかわからない。それじゃレインフォルちゃんとの取引にならないもの。第一私がレインフォルちゃん連れてたら戦力過多になって勿体ない」

 確かにハインハウルス軍最強のヴァネッサとそれと同格のレインフォルがいつでも一緒にいたら逆に能率が悪くなりそうだった。

「それからこの人はそれこそレナちゃんが考えた様な事をこっそりやりかねないので論外」

「やらないよ!? ヴァネッサはもう少し私を信頼してくれていいんじゃないかな!?」

「勿論信頼してるわよ。愛する夫だもの。だからこそいつでも浮気された時の準備をしておかないと」

「それ信頼してるって言える!?」

 まあヴァネッサの気持ちもわからないでもない面々。兎に角ヨゼルドでも駄目。

「王妃様、俺がやります。勇者ボーイ……ライト君じゃ荷が重いでしょう。俺なら」

 と、そこで自ら立候補したのはフウラだった。そうだよ、フウラさんがいるじゃないか、とライトが思っていると、

「うーん、フウラ君は駄目かな」

 ヴァネッサはフウラもあっさりと却下。

「どうしてです? 確かに俺は単独行動多いですけど、でもだからこそ一人戦力のある奴隷部下が出来ればまた話が違う」

「フウラ君の実力を、フウラ君自身を信頼してないわけじゃないの。実際フウラ君はハインハウルス軍に欠かせない存在。そこは絶対の自信を持っていいわ」

「なら」

「でもフウラ君が契約したら――レインフォルちゃん、壊れちゃうでしょ?」

「!」

 壊れる。――この場合、ニロフが例えた様に、レインフォルの心が壊れ、人形同然になる、という事だろう。

「例えこいつが壊れて人形になっても、俺は上手く扱えます。寧ろ人形の方が扱い易くなる」

 フウラも自らが契約して、レインフォルが壊れる事は否定しない。自覚はある様子。

「うん、きっとそうね。でも、私はレインフォルちゃんの心を壊したくないから」

「情けをかけるつもりですか? 俺達はこいつに一体どれだけの被害をもたらされたと思ってるんですか? そんなだったら――」

「フウラ君。――軍事に関してヴァネッサの決定は、私も決定も同意。つまり、私達二人の決定だ。どうしても納得出来ないかね?」

 と、先ほどまでの情けない姿は何処へやら、ヨゼルドが少しだけ鋭い口調で口を挟む。ピリッ、と感じるヨゼルドの気迫。

「――申し訳ありません」

 その気迫を受け、フウラが意見を下げた。――何処か納得出来ない様な表情に見えたのは気のせいではないだろう。

(フウラさん……一体何がある人なんだ……?)

 思えば帰還中の馬車の中でも似たような感覚を覚えた。ヴァネッサにここまで信頼を言わせる人物のはずなのに、何故――

「で、ライト君を選んだ理由に戻るんだけど」

「あっ、はい」

 と、ヴァネッサのその言葉でライトは考えをフウラの事から目の前の事に引き戻す。

「ライト君なら、「導いて」くれそうだから。彼女を」

「導く……? 俺が……?」

「感じる所があったでしょ? 彼女に」

「!」

 確かにあった。黒騎士は紛れもない敵だが、大切な物の為に戦ってると知った時、自分達と同じなんじゃないか、もしかしたら一歩歩く道筋を変えたら争わなくて済むんじゃないか。分かり合える事があるんじゃないか。そう思った。

 そして、そのチャンスが今、目の前に来ているのだ。

「本当に、俺でいいのなら、やります」

 それに気付いた時、ライトはそう答えていた。ヨゼルドとヴァネッサが満足そうな笑みを浮かべる。

「ニロフ、これどうやって使えばいいんだ?」

「真実の指輪と同じです。魔力を込めて相手に使用して下され。魔力の量は然程関係ありませぬが、契約相手に何を想うか。それを念じながら使うとより効果が出易いと思います」

 一度はヴァネッサの手に渡った契約用の首輪をライトは受け取り、ニロフに確認を取る。そしてライトはレインフォルの前に。

「えーっと、自己紹介。ライトだ。一応勇者やってる」

「勇者……? とんだお笑い勇者だな、守って貰うだけの存在で、偉そうに私に語ってたわけか」

「そうだな。だから屁理屈になるけど守って貰える有難さを知ってるし、こうやって自分の実力だけで大切な人を守ろうとする事が出来るお前が羨ましいよ。格好いいし憧れる」

 俺は――俺一人じゃ、誰かを守る事なんて、この先も出来ないままだから。だから俺に出来る事を、精一杯やるんだよ。

「その俺の憧れ、応援させてくれ。そして証明して見せてくれ。力があれば、大切な人は、本当に守りたい物は、守れるんだと。隣に立つので精一杯の俺に、改めて証明してみせてくれ」

「…………」

 レインフォルは無言でライトを見続けた。その目が、「貴様にこの私を扱えるならやってみろ」と語っている。ライトはその威圧に――ちょっとだけ圧されながらも、契約の首輪に魔力を込めて、レインフォルの首に嵌めた。

 カチッ。――という音が鳴っただけで、特に何も起こらない。もっと何か起きるかと思っていたが、

「成功ですな。契約成立ですぞ」

 というニロフの一言で、それで完了という事がわかった。――ライトとしては何の実感も当然ない。次いでヴァネッサの指示で、レインフォルの拘束が解かれる。立ち上がり、軽く腕を回すレインフォル。

「おい、何の実感も無いぞ」

 そしてレインフォル本人も何の実感も無かった。――あれ。

「勇者君、試しに何か命令してみたら? その場でジャンプとか」

「えーっと……レインフォル、命令、ちょっとその場でジャンプ」

 しーん。レインフォルはその場に立ったままだった。……あれれ。

「ニロフ、疑うわけじゃないけど本当に俺、契約出来てる?」

「出来てますぞ。指示ももっとこう、強い願いというか、そういうのでないと」

「勇者君ちょっと抱き着いてこようか。色々触ってきなよ。いや下心はないよ、あくまで実験だから。抵抗して来なかったら本物」

「先程までの発言を総合して下心無しと判断出来る人はいないと思うぞ」

 確かに先入観が無ければスタイルのいい美人を奴隷にしたという事実が……いやそうじゃなくて。

「ふむ。そうですな……ちょっとお借りして良いですか」

 と、証明に悩んだニロフが、不意に立っていた兵士から剣を借り、

「レインフォル殿。こちらでご自由に動いてみて下され」

 そのままレインフォルにその剣を手渡した。レインフォルはその剣を持って、

「――え」

 ブォン、ピタッ。――圧倒的速度でライトに向かって剣を振り下ろし、寸止めで剣を止めた。早過ぎて反応する暇がライトは無かった。……一方で、

「成程。契約成立は本当らしい。――これ以上は体が動かない」

 レインフォルのその言葉。寸止めは自らの意思ではなく、ライトを傷付けたくてもそれ以上は体が動かなくなるらしい。つまり、ライトを「主人」という契約が成立したという証拠になった。――契約に失敗していたらライトは真っ二つだった。

 レインフォルはそのまま剣をライトから離してニロフに返した。そして真正面からライトを見る。

「さて、これで貴様が私の主人になったわけだが、具体的には何をしてくれるんだ? 私は何をすればいいんだ? 何をすれば――イルラナス様を助けてくれるんだ? あれなら直ぐにでもバンダルサ城へ向けて軍を――」

「ライト君、その案は受けちゃ駄目よ。いくら私よりレインフォルちゃんの回復が早いとは言っても、私のあの一撃を喰らって全回復してるわけがないもの。数日は療養が必要。――作戦は、それからよ」

 ヴァネッサの補足が入る。……数日の猶予、か。

「とりあえず――これを、渡すよ」

 ならば、やれる事はシンプルだ。――ライトは、ライト騎士団のエンブレムを一枚、レインフォルに渡した。

「レインフォル、今日からお前はライト騎士団に仮加入な。出撃までの数日間で、団員として色々やって貰うよ」

「……フン」

 こうして「元」黒騎士、レインフォル――ライト騎士団に、仮加入。

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