第236話 演者勇者と忠義の白騎士9

 思えば、私も単純だった。少し優しくされただけで、この人の為に……と思う様になってしまったのだから。

 だが、イルラナス様は本当にそう思うに相応しい方だった。魔王様と違い、私達を「駒」ではなく「仲間」として見てくれた。私にとっては初めての感覚。仲間などいない、信頼すべき人などいない私にとっては初めての感覚だった。

 だから私は戦果を挙げ続けた。元々騎士としての実力はあったが、自らを磨き、今以上を追い続け、戦い続けた。私が活躍すれば、私の名が広がる。その私がイルラナス様に忠誠を誓えば、イルラナス様の権限、権力が大きくなる。

 全てはイルラナス様の為に。――そう思って、その剣を振り続けて来たのだが。

「イルラナス様、只今帰還致しました」

「レインフォル! 今回も厳しい所へ行かされたのでしょう、無事で良かったわ……」

「ご心配には及びません。その分戦果を挙げて参りました」

 近年は人間の反撃も激しくなって来ていた。でも私は負けなかった。――こうして無事に帰ると笑顔で出迎えて下さるイルラナス様の為なら何て事はない。

 でも、イルラナス様は私の無事を喜んではくれても、私の戦果はあまり喜んではくれなかった。――戦果が足りないのかと考えた時もあったが、最近は戦場でも一、二を争う戦果を私は挙げていた。だとすると何故なのか。

 帰還すると報告と治療を兼ねて、イルラナス様の私室へ行くのも恒例となりつつあった。

「ねえレインフォル。――私達、どうして戦っているのかしら」

 と、治療を受けつつ、その日はそんな事を不意に尋ねられた。――戦う理由?

「人間が私達の敵だから、なのでは」

 それ以外の理由は思い当たらない。戦う理由など深く考えた事などない。人間と戦うのが当たり前、そう思っていたから。

「時折思うの。私が生まれた時から戦争は始まっていたから本当の所はわからないけど、もし争わなくて済むのなら、それに越した事はない。人間と魔族だって、分かり合えるんじゃないかって」

「…………」

 そんな事出来るわけないじゃないか。――少し前の私なら、そう言い切れただろう。でもイルラナス様は本当にそうお考えなのだ。

「……私に」

「え?」

「私に、何か出来る事はありませんか。私はイルラナス様の騎士。イルラナス様の為ならば、どんな指示でも」

 ならば、力を差し出したい。それが例え我々魔族にとって間違った選択だったとしても。――そう思って、そう申し出た。

「ごめんなさい、忘れて。――私達、魔族ですものね」

 が、これ以上は私を困らせる。そう思ったのか、少し無理した笑顔でイルラナス様はそう仰った。――困らせてくれていい。そう言えば余計に困るだろう。そう思って私もそれ以上は言えなくなる。

「……そういえば、今回の遠征先でもこんな物を拾いました」

 話題を変える為に、戦いの最中に見つけた「土産」を差し出す。

「! この前とは違う本ね!」

 それは、人間界の本。小説だった。――以前も偶々拾ったのを見せたら随分喜んで夢中になられていたので、今回も見つけて来たのだ。

「そんなに面白い物ですか」

「勿論! レインフォルにも読んであげるわ」

 今思えば、この本を楽しんでいるのも、イルラナス様の本音が隠れていたのだろう。――あの時はただ、イルラナス様の喜ぶ顔が嬉しくて、そこまで考えが及ばなかった。



「彼女が……黒騎士、だって……!?」

 拘束されて連れてこられた女性を、そう紹介された。確かに全身が黒い甲冑で覆われていたので中身など一ミリも見ていないのだが、勝手なイメージで体格の良い大きな男性風味をイメージしていたライトとしては予想外のシルエットだった。長身でスタイルの良い美人なのだ。言われなければわからない。

 他の団員達も似たような感想らしく、その見た目に驚いて――

「これはあれだよ。勇者君と意見ぶつけ合ったから美女に性転換させられたに違いない」

「俺凄えぇぇぇ! ってんなわけあるか!」

 ――驚いていた。細かく語れば若干感じ方は違うらしいが。

 そこでライトと黒騎士の目が合う。一、二秒合った後、軽い溜め息と共に黒騎士から視線を外された。何処か呆れを感じさせる表情だった。――今のやり取りも戦場で遭遇した時もライトの事を良く感じる点が無かった様子。

「ちなみに本物よ? やり合った私が言うんだから間違いない。私以上に瀕死だったけど、生きているなら色々話も道もあるから、何とか治療して生かしたの。――私よりもダメージが重かった癖に私よりも回復が早いのはちょっと癪に障るけどね」

 そしてヴァネッサの補足。確かに要所要所で包帯等の治療痕はあるが、とても生死の境を彷徨った重傷者には見えない。魔族ならではの回復力なのか、彼女だけが屈強なのかはわからなかったが。

「お母様、彼女が黒騎士だったとして、この場を設けたのは何故ですの? 今後の為に彼女を倒さないとこれ以上の任務にはつけない、とか」

「王女様、それは違うと思います」

 と、若干物騒な事を言ったエカテリスを否定したのはソフィだった。……一番訓練を望んでいそうなのに、意外ではあった。狂人化(バーサーク)もしていない。

「彼女から、殺気が一切感じられません。少なくとも、彼女に私達への闘志が無いんです。「アタシ」が寝たままですから」

 確かに、まだまだ完璧なリベンジも果たせていないソフィならもう一戦、とか言いそうな物だが、戦闘の気配や敵意を感じなかったら狂人化しない。――となると、違う目的がある、という事になる。

「私としても何も喋らないのも覚悟してたんだけど、意外にもどうしても話がしたいっていうから。だから折角だから皆と一緒に話が聞きたいな、って思ってね。――さ、希望通り場所を設けたわ。話したい事って、何かしら?」

 促されると、ライト騎士団を押し退ける様に無視する様に黒騎士はヴァネッサとヨゼルドの前に行き、片膝をつく。

「ハインハウルス国王ヨゼルド殿、王妃並びに天騎士ヴァネッサ殿と改めてお見受けする。――バンダルサ城落城の際には、魔王軍イルラナス王女様の助命、一定の保護をどうかお願いしたい」

 そして迷わず、そう切り出した。

「黒騎士君。……何だか言い辛いな。名はあるかね?」

「レインフォルと」

「ではレインフォル君。詳しく訊いてもいいかね?」

 そして周囲はそのヨゼルドの問い掛け――語り方に、ヨゼルドにもしっかり「スイッチ」が入った事を察する。

「私個人は、魔王軍というより、イルラナス様個人に仕える身。なので、魔王軍の希望目標など二の次であり、イルラナス様の願いを叶える為に剣を持ち鎧を纏っていただけ。そして、イルラナス様は……本心では、貴方達ハインハウルス軍との戦争など望んでいない」

「!?」

 この言葉はライト達は勿論、ヨゼルド、ヴァネッサも驚きを隠せなかった。――戦争は魔王軍から仕掛けられた物。それを望まない存在が魔王軍にいるなど、考えた事も無かったし、実際そんな素振りも無かったからだ。

「イルラナス様は人類との共存を望んでおられる。だが魔王軍でそれを望んでおられるのはイルラナス様のみ。確かに王女なので権力派閥はお持ちだが、お体も弱く、魔王軍内部でもその力は弱かった。自分で言うのもあれだが、私という存在がいたからその派閥をキープ出来ていた様な物」

 確かに、魔王軍最強と呼ばれた黒騎士が忠誠を誓っているなら、数は少なくともそれは派閥となるだろう。……でも、逆を考えれば。

「でもそれも限界が近付いていた。このままではあの方はその立場に押し潰され、私に出したくもない命令を出す羽目になる。そしてあの方の命令ならば、私はどんな事でもするつもりだ。――貴方達を前にこんな事を言うのもあれだが、その結果そちらへの被害に関して私が思う事はないだろう。でもその結果を出した時、あの方が悲しむ顔はもう私は見たくはないんだ」

「レインフォルちゃん」

「「ちゃん」……私はその様な呼び方で呼ばれる存在では」

「私が呼びたいからいいの。レインフォルちゃん」

 ヴァネッサとしては譲れない箇所らしい。先日まで死闘を繰り広げた相手に……という思いが当然レインフォルにもあるだろう。だがそれをヴァネッサは気にする存在ではなかった。

「貴女は、本当にその王女様の事を慕っているのね」

「当然だ。生涯仕えると決めた主」

「だから――今回の様な、無茶な特攻を仕掛けて来たのね?」

 そういえば、結局黒騎士――レインフォルが今回の謎の特攻を仕掛けて来た理由は未だわかっていない。でも、その理由が魔王軍の王女に忠誠を誓う結果だって……?

「例えば今回の戦い、貴女が勝って私かエカテリス……どっちかと言えば私かな、を撃破して、大きな戦功を挙げる。結果レインフォルちゃんが所属する派閥に、大きな権力がもたらされる事になり、イルラナス王女の安全が確保出来る事になる。そして最初から負ける気は流石に無かったでしょうけど、負けたら自らの身を差し出す事で、イルラナス王女の安全を保障して貰う。「黒騎士」の異名は、最早絶対ですものね」

「仰る通りだ」

 そこでレインフォルはガバッ、と精一杯ヨゼルドとヴァネッサに向けて頭を下げ、

「どうか、どうかイルラナス様の事だけは! 私が知っている事なら何でも話すし、私自身は死より辛い地獄を与えられて構わない! だからどうか……!」

 そう、懇願した。――そこで遅ればせながらライトは確信する。

(こいつは……本当に、自分の大切な人の為に、戦っていたんだ……)


『馬鹿にするなよ……? 私にも戦う理由がある……大切な人の隣に立つ理由がある……』

『……え?』

『守りたい物が……人が……いるんだよ!』


 ライト騎士団と戦った時のレインフォルの叫び。あれは心からの叫びだったのだ。

(だったら……本当に、争う理由なんて無いじゃないか……!)

 そしてその事に気付いたライトが、口を開こうとした瞬間――ガシッ。

「こらえて。今君が出しゃばったら駄目な場面」

「レナ……?」

 レナだった。ライトにそっと耳打ちする。

「君を軽く見てるつもりはないけど、でも君が考えている以上に、今この瞬間は重い。大丈夫、君の想いを伝えられる時は後で来る。だから今は我慢」

 レナの表情は真剣だった。もし放っておいたらライトがヨゼルドとヴァネッサを前に自らの正義を振りかざし、どう転んだとしてもライトにとって重い物が圧し掛かるだけ。それを防いだのだ。

「ごめん。……ありがとう」

 ライトも冷静さを取り戻し、レナの腕をポンポン、と叩くと、レナも腕を離した。

「……ふふっ」

 そしてその一連の流れを、ヴァネッサが見逃さない。少しだけ笑う。――そしてそのヴァネッサの様子をレナが見逃さない。……ああ、これはやっちゃった流れかも。

 ヴァネッサはそのままヨゼルドに提案があるのか耳打ち。ヨゼルドも少し考えた後、

「いいだろう」

 ヴァネッサに許可を出した。――ヴァネッサが動き、レインフォルの前に。

「顔を上げて、レインフォルちゃん。――貴女の考え、願い、わかったわ。もし貴女の言葉が真実なら、提案を受け入れない道理はないわ。貴女を無力化出来る以上に、貴女の存在をこちらで確保出来るのだから」

「! ならば――」

「勿論今直ぐ全てを信じるわけにもいかない。はいそうですか、で寝首をかかれる可能性もゼロじゃないものね。流石に貴女に寝首をかかれたら私だって即死よ」

 最もな意見であった。それは周囲は勿論、レインフォル本人も認識した様子。

「ならば、私はどうすればいい? どうすれば、信用して貰える?」

 そして当然、その確認に入った。

「レインフォルちゃん。貴女はこれからライト君――勇者ライトの、契約奴隷になって貰うわ」

 …………。

「ええええええええ!?」

 ヴァネッサのその迷いのない言葉に、何より誰よりもライトの驚きの言葉が響き渡るのであった。

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