第235話 演者勇者と忠義の白騎士8

「あ……あうっ……ヴァネッサ様……っ!」

 部下もいたが、取り繕う島もない。リンレイは涙を拭う事もせず、ヴァネッサを呼ぶ。

 リンレイがヴァネッサを崇拝している事は軍では周知の事実であり、本人も隠していない。この光景を前に、部下達も行動をとらなければならないのに次の行動に出れない。各々のショックが大き過ぎたのだ。

「嘘ですよね……嘘ですよね……! 私、まだまだヴァネッサ様に教えて貰いたい事が……! 一緒に戦いたくて……! それに……それに、ヨゼルド様に、何て説明すればいいんですか……!? あんなですけど、あの人、ヴァネッサ様の事を本当に大切に想っていて……!」

「あら、何だかんだでリンレイちゃん、あの人の事も考えてくれるのね。嬉しい」

「……え?」

 その声にハッとすると、ヴァネッサが目を覚まして、笑いかけてくれていた。――生きていた。

「ヴァネッサ様っ! ご無事、ご無事だったんですね! 良かった……良かった……っ!」

 ガバッ、とリンレイはそのままヴァネッサに抱き着く。

「痛い痛い痛い。ごめんリンレイちゃん、結構な傷だらけだから私」

「あっ、申し訳ありません! 治療班、急ぎ治療を!」

 その指示で部下達も我に返った。リンレイがヴァネッサを抱き締めるのを止めた所で急ぎヴァネッサの治療に入る。

「でも、本当にご無事で何よりでした。心配させないで下さい」

「まだまだ誰にも負けないわよ。――まあ今回ばかりは本当に紙一重だったけど。少しの間戦闘は出来そうにないわこれだと」

 ヴァネッサは苦笑。実際かなりの重症であった。

「あの、王妃様、リンレイ様。――あそこで倒れている者は」

 と、部下の促す先では、こちらも傷だらけの浅黒い肌をさらけ出して倒れている人影が。

「息はある?」

「辛うじて。意識はありません」

「なら治療して。死なせない」

「畏まりました」

「待って下さいヴァネッサ様、誰だかわかりませんがあの者と戦ったんですよね? ならばどうして」

「そりゃ応急処置してあげたのが私だからよ。大変だったんだから自分のダメージもあるのに」

「そういう意味合いではなくて! というよりも、応急処置をわざわざ……!?」

 リンレイの疑問は最もである。何故敵に応急処置を施す必要があるのか。しかも自らをここまで追い詰めた相手に。……ちなみにリンレイは勿論、部下達もその相手の正体には現状気付いてはいない。――やっぱり甲冑ないとわからないわよね。私もそうだったし。

「死なせるわけにはいかないの。色々な意味でね。治療が終わったら私と一緒にハインハウルス城まで送って。後は私が不在になるから、リンレイちゃんは出来る限り早く前線に戻る様に。――じゃ私、少し寝るから後宜しくね」

「え? あっ」

 そう言い切ると、ヴァネッサは目を閉じ、静かな寝息をたてるのであった。



 自分の存在に、戦う理由に、疑問を持った事などなかった。

 魔族として魔王領に生まれ、戦闘の才があったから徴兵された。人類は敵という言葉に特別な感情を持った事は無い。魔王軍に属する者として、それが当たり前。――当たり前なのだと、そう思っていた。人類に私個人が何かをされたわけではない。だから厳密に言えば特別人類に恨みなどない。

 ただ、人類と戦うのが当たり前で、それ以外の生き方を知らない。その事を疑問に思った事がないだけ。魔王様の言葉は絶対だ。だから今日も剣を持ち戦う。駒である事に喜びも悲しみもないのだ。

「……ふぅ」

 その日は中々厳しい戦いだった。人類の中にも特に指折りの騎士がいて、こちらの被害が大きく撤退した。私も個人では負けはしなかったが、中々の深手を負っての退却となった。

「……まあ、別にあそこで戦死でも構わなかったんだが」

 どうせ完治などする前に再び駆り出されるだろう。だったらあの場で死んだ方が楽だったのかもしれない。そんな事を思いながら体を休めていると。

「!? どうしたのその傷、大丈夫なの!?」

 通りがかったその声にハッとして見れば、前線にはいささか不釣り合いなドレス姿の少女が。――魔王様の第三子、長女イルラナス様だった。

「申し訳ありません。お目を汚してしまいましたか」

「そうじゃないわ! そんな傷でただ休んでいても治らないでしょう!? 直ぐに治癒魔法をかけてあげる」

 イルラナス様は魔法の才があり、魔族としては珍しく治癒魔法も扱える方だった。ただ少々体が弱く、他の魔王様の御子息達とは違い前線に出てきたりはしない。

「お気持ちだけ頂いておきます。イルラナス様のお手を煩わせたとなると、私が処罰を受ける事になりますから」

「そんな事はさせないわ。私が好きでやるんだから。さあ、じっとしていて」

 実際怪我は酷く、上手く体が動かせないのもあり、結局私はされるがままに治癒される形となる。

「……ありがとうございます、イルラナス様」

「お礼なんていらないわ。寧ろ本来なら私がお礼を言う立場。戦ってくれているんだもの、私の代わりに。――名前を訊いてもいいかしら」

「レインフォルと申します」

「レインフォル。――いつも、私達の為に命を賭けて戦ってくれて、ありがとう」

 そう言って、イルラナス様は笑顔でお礼を言って来た。――戦って当然の立場の私としては、戦ってお礼を言われるなどと考えた事もなかったので、どうしていいかわからなくなった。

 でも、嫌な気持ちではなかった。――それが、出会い。

 私とイルラナス様の、出会いだったのだ。



「王妃様、大丈夫なのかな……」

 ライト達がハインハウルス城に帰還してしばらくして、ヴァネッサ帰還の一報が入った。当然全員で出迎えに行ったのだが、当の本人は重症で意識の無い状態で。

 命に別状はないとの診断だったが、しばらくは安静が必要との事で、そのまま運ばれていった。意識が戻らないので戦いの経緯も結果も訊く事も出来ないまま、今日で二日が経過していた。ヨゼルドからも一旦待機を命じられており、ライト達はやきもきした状態で過ごす事に。

 そして今日、大事な話があるとの事で、玉座の間で招集されたのだった。

「エカテリス、大丈夫?」

 皆が心配なのは当たり前だが、当然団員でより心配しているのは娘であるエカテリスである。この二日間気丈に振舞っていたが、不安や疲れを隠し切れない。

「大丈夫ですわ。私はハインハウルス第一王女、私情を挟むわけにはいきませんもの」

 そう力強く告げるが、後ろに控えているリバールがエカテリスには気付かれない様に、ライトに向かって少しだけ首を左右に振った。――大丈夫じゃない、という合図。リバールも必死に支えているが、それだけではどうにもならない部分があるのだろう、悔しそうな表情を一瞬見せた。

「王女様、王妃様は大丈夫です。俺達が考えているよりももっともっと強い人です。――俺も三大剣豪なんて呼ばれてますけど、あの人には勝てませんからね。俺より強い人が、そう簡単に駄目になるわけがない」

 フウラも未だハインハウルス城で待機の状態であり、今日一緒に召集されていた。

「ところで……私達、国王様に召集されたはずなのですが、国王様はどうなされたんでしょうか。ハルは何か聞いていますか?」

 ソフィの指摘通り、指定された時間に来たのにヨゼルドが居ない。時間にはキッチリしている人のはずなのに。

「いえ、皆様と同様の話しか。――でもお疲れなのかもしれません。こんな事は今まで無かったですから」

 エカテリス同様、気丈に振舞っても愛する妻がそんな状態なら、流石のヨゼルドでも少し位は……と、思っていた時だった。

「あーもう、大丈夫だから! 気を使ってくれるのは嬉しいけど、一人で歩けるから!」

「駄目だ駄目だ、無茶したら駄目だ! さ、私の肩に掴まって!」

 そんな声が聞こえてきた。――この声は。

「やっぱりおんぶか!? 抱っこか!?」

「どっちもいらないってば! 現に今一人で歩けてるでしょ!?」

「ぐむ……ヴァネッサはツンデレの気があるとは思っていたが、皆の前でお姫様抱っことは……! 結婚式以来だが、ヴァネッサの為ならいくらでもやるぞ! さあ!」

「どんな登場にするつもりよ!? というか人を勝手にツンデレ認定しない!」

「わかった、今度皆がいない所で久々のお姫様抱っこだな!」

「あーもう馬鹿じゃないの!? 恥ずかしいからホント一回黙って!」

 何だかんだで仲睦まじい、ハインハウルス王国国王王妃夫妻であった。――つまり、

「お母様!」

 ヴァネッサが目を覚ました、という事である。エカテリスが駆け寄り身を寄せる。

「エカテリス。――心配かけてごめんね。でももう大丈夫だから。まさか自分でも二日間も寝てたとは思ってなかったけど、でもそのお陰でバッチリよ。流石に戦闘はもうしばらく無理だけど、日常生活に支障はないわ」

 実際無理をしてる様には見えない。ライト達もその様子を見て色々な意味で一安心だった。――ポンポン。

「ん? レナ、どうした?」

「勇者君。今睡眠は正義という事が完全に証明されたよ」

「王妃様は瀕死だったから寝てたわけで君は元気一杯でも寝てるからね!? 全然違うよ!?」

 ぐっ、と親指を立てて誇らしげにライトにそう告げるレナ。これを機に昼寝が増えそうな気がした。――は兎も角、ヴァネッサとヨゼルドはそのまま移動、エカテリスもライト達の元へ戻り、話をする体制が出来上がる。

「さて、あらためて皆、心配かけてごめんなさいね。でもこうして、無事目が覚めました」

「そんな、お礼を言うのは俺達の方です。王妃様が来てくれたから無事俺達は一回帰還出来たんです」

 フウラも居てくれたとはいえ、あのままヴァネッサをここまで追い詰めた黒騎士と戦っていたらどうなっていただろうか。全員の無事は保証出来なかっただろう。

「私も負けるつもりは毛頭無かったけど、でもここまで深手を負ったのは初めてかも。紙一重だったわ。黒騎士、敵ながら本当に強かった。さっきエカテリスにも言ったけど、しばらく戦線復帰は無理そう。勿論引退なんてしないけど」

 ふぅ、と少し悔しそうな表情を見せるヴァネッサ。責任感も当然強いのだろう、休む事に罪悪感がある様子。

「バンダルサ城の攻略に関してはリンレイちゃんもマックさんもいるし、大丈夫だとは思うのだけど、でも黒騎士の行動しかり、ちょっと引っかかる事もあるのよね」

 確かに神出鬼没とはいえ、何故黒騎士は突然移動中のライト騎士団をピンポイントで狙って来たのか。その疑問は未だ解決されていない。

「だから、ライト君達にはお願いというか、新しい任務を言い渡したいのだけど」

「バンダルサ城への応援ですか?」

 実際少数だが精鋭揃いのライト騎士団。行けば戦力アップには確実に繋がるだろう。多少なりともヴァネッサがいない穴埋めも出来るはずだった。

「あ、最終的にそうなる可能性はあるけど、ひとまずはこっちかな」

 と、ヴァネッサは控えていた兵士に合図を出す。すると奥から、両手を前に拘束具で繋がれた、一人の女性が連れてこられた。浅黒い肌に、グレーの長い髪。長身でスタイルの良い、目を引く美人だった。

「その人は」

「黒騎士よ」

 …………。

「……あの王妃様、黒騎士ってもっとこう、甲冑で、なんて言うか、その」

「その甲冑の中身がこれ。私と激闘を繰り広げた相手が彼女」

 …………。

「えええええええええ!?」

 大小あれど、ライト騎士団全員が驚きの声を上げるのであった。

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