第234話 演者勇者と忠義の白騎士7
ズバァァァァン!
「っ!? レナ、あれって」
「始まったんだろうね。王妃様と黒騎士の戦い」
撤退中の馬車の中。それなりに先程の場所から離れたはずなのに、ビリビリと感じる波動。馬車から顔を出してその方角を見れば、白い波動と黒い波動のぶつかり合いがここからでもハッキリと見えた。――お互いの陣営で最強と呼ばれる二人の戦い。当然の規模なのだろう。
「……なあ、レナ」
だが、ライトはそれ以外にもどうしても気になる事が。
「王妃様に関してはもう信じるしかないよ。結局次元が違うんだもん。勇者君を馬鹿にするつもりはないけど、得意でしょ? 信じるの。だから――」
「黒騎士の守りたい物……守りたい人って、何なんだろうな」
それは、ぶつかり合いの時に言われてからずっと引っかかっていた疑問。
「へ? 魔王とかじゃないの? 魔王軍なんだから、魔王が死んだら自分達も死んじゃうとかあるのかも」
「そう……なのかな。でも、あれは」
まるで俺達と同じ人間が、純粋に大切な人を想う姿と同じに見えた。――少なくとも、ライトの目にはそう見えた。
「目の付け所がいいな勇者ボーイ」
と、そんな会話をフウラが拾う。
「例えばそれが奴らの弱点だったとしたら、それを掻っ攫う事で戦争は有利になるかもしれない。向こうにも付け入る隙はあるかもしれないってわけだ。王妃様は負けないだろうが、それでも黒騎士が生き残るなら、上手く利用して――」
「あ、いえ、そういう事じゃなくて。その……もし黒騎士が俺達と同じ様に、大切な人を純粋に守りたくて戦う存在だったとしたら、俺達って何の為に戦ってるのかな、って」
そもそも先に人類に手を出し始めたのは魔王軍である。その脅威を振り払う為にハインハウルス軍は戦っている。でもあの黒騎士の叫びは、まるでハインハウルスに攻められて大切な人を守る為に命を賭けて戦う、「被害者」の様にも見えてしまったのだ。
「つまんない情けは捨てろよ、勇者ボーイ」
そんなライトに対しフウラは立ち上がり、ポン、とライトの肩を叩き、何処か真剣な面持ちでそう告げ始める。
「お前の情が深いのはわかった。それを捨てる必要はない。だがそれを与える相手は見極めろよ。――やらなきゃこっちがやられる。そういう世界なんだ。魔王軍なんぞに情を持つな」
「……はい」
少し厳しく促され、ライトは再びレナの隣に腰を下ろす。すると、反対側にネレイザがやって来て座り直し、
「マスターの考え、好きよ」
そう、切り出してくる。
「味方同士だって派閥があってそれぞれ守りたい物があって揉めるもの。敵にだってあるわよね。それをお互い傷付けあっても何も生まれない。お互いがただ大切に、各々で生きていければいいのに。――マスターは大切な人、守れたから余計によね」
「……ネレイザ」
チラリと顔を見れば、優しく笑いかけてくれていた。
「ありがとう」
「どうしたしまして。――でも、マスターから学んだ信念よ」
俺から学んだ信念、か。――なら、俺はどうすればいいんだろう。
「……ふぅん」
「……何よレナさん」
「別に? 本当にマーク君に手紙書こうかな、って思っただけ」
「本当に止めて」
そんなネレイザを、レナが優しくからかう。その表情がいつもの様に馬鹿にした感じではなく、本当に優しい笑顔で、それはそれで癪に障るネレイザだったり。
「…………」
そんな三人の様子を、冷静な目で見るフウラ。
「丸くなってしまわれましたか、レナ殿もネレイザ殿も」
と、今度はそんなフウラの隣にニロフが座り、そう話しかける。
「レナは今でも読めないけど、殲滅ちゃんはまあ丸くなったぜ」
「まあ、我もそう思います。一応こうなる前のネレイザ殿も知っていますので」
「原因は勇者ボーイか?」
「ですな。――納得出来ませぬか?」
そう尋ねられ、再びライトを見る。
「――軍人向けの性格じゃない。人としては間違っちゃいないが、戦いの場でそれは足かせになる。どれだけ強い仲間達に囲まれてても、な」
「その足かせを外してあげるのが優しさである、と?」
「俺はエリートだから足かせの一つや二つ抱えて戦えるさ。でも全部の人間がそうじゃないし、俺が二十四時間傍にいるわけじゃない。いつか、もしも何かあったら。その時を思えば、恨まれてでも足かせを外してやるのもエリートの務めだ。あの立場にまだ居続けるのであれば、な」
「我の考えとは近い様で遠いですなあ。――我はライト殿と皆には最後までその足かせを抱えて戦って欲しいと思っております。その足かせを抱える為なら、最悪我は犠牲になりましょう。例えそれが恨まれる結果になったとしても」
そこでニロフは少しだけ仮面をずらし、チラリとフウラが仮面の下を見れる様にする。
「! お前……」
特殊な空気を感じていたが、流石にその正体を知ってフウラも驚きを隠せない。
「犠牲者が出るとしたら、最初は我。そう決めております故。――勿論犠牲など誰も喜びませぬからそんな選択肢は簡単には選びませんが」
「…………」
それからフウラは口を開く事はなく、馬車はハインハウルス城へ向けて走り続けるのであった。
「はあああああっ!」「おおおおおおっ!」
ズバズバズバァァァン!――激しくぶつかり合うヴァネッサと黒騎士の剣。弾け飛ぶ波動だけで辺りの地形が変形してしまいそうな程の圧倒的勢いでの戦い。
当然、ライト騎士団とフウラ以外の味方、そして魔王軍ですらこの波動を感じ、二人が戦っているのは察する事が出来ただろう。でも介入は出来ない。――介入などしたら、巻き込まれて散るだけだから。
今までもヴァネッサの言う通り、幾度となく衝突し、決着が付かなかったこの二人。今までと同じ条件だったら、またいつまでも決着が付かず、外部での出来事を理由に勝負はお預け状態になったかもしれない。
でも今回は違う。まず一つ、黒騎士の既にそのトレードマークとなっている甲冑が、ライト騎士団との戦いにより大きく損傷している事。剥き出しの部分は当然弱点となる。
そしてもう一つ。その不利を覆せる程の気迫が、黒騎士から溢れている事。
「うーん、悔しい。……どうして今までその気迫、私との戦いで見せてくれなかったの? 何処かで馬鹿にしてた?」
ヴァネッサが持つ黒騎士のイメージは、感情を抑え、ただひたすら冷静に剣を振るう。事実それで十分天騎士と称されるヴァネッサと互角に渡り合える実力を出して来た。
それが今はどうか。覚悟、闘志、気迫。激しい感情を隠そうともしない。そして何よりそのオーラが、甲冑の損傷というハンデを物ともせず、やはり互角に渡り合っていたのだ。
もしもその気迫、甲冑が万全の状態で見せられたら。今までの互角の戦いも、もしかしたら違う結果になっていたかもしれない。そう思える程だったのだ。
「馬鹿にしているのは貴様の方だろう」
「? どういう意味?」
「どうせ思っているはずだ。私の様な存在に、守るべき物など、大切な人などいないとな!」
黒騎士が再び地を蹴る。ヴァネッサの剣と真正面から何度目かわからないぶつかり合い。でも黒騎士の剣に、また先程よりも強い力が込められているのがわかった。――黒騎士の言葉が、ヴァネッサの頭を過ぎる。
「そんな事思ってないわよ?」
「……何?」
「強さには理由がある。私にだって、そちらにだって。力の源が言葉通りなら、合点がいくもの。――私は何度だって見てきた。ハインハウルスが大国じゃない頃、隣国と争っている頃。何度もすれ違って来たわ」
「だったら何だ、哀れみか?」
「それこそ馬鹿にしないでくれる?――同情で世界が平和になるなら、好きなだけ魔王軍に同情してあげるわ!」
バァン!――気迫と剣のぶつかり合いで、再び開く間合い。
「ソード・オブ・ワールド」
そしてヴァネッサが勝負に出る。自慢の騎士剣を召喚し、万全の体制に。
「決着をつけましょう。私達は騎士。言葉で殴り合って勝ち負けを決めるよりかは、この剣で。お互いの意思と、守るべき物を守る事を証明するのなら、倒すべき相手を、この剣で」
その内一本、ひと際輝く大剣を手に、ヴァネッサは集中。光のオーラがその大剣に集い、建物の高さを越えそうな大きさの大剣となる。
「その考えだけは同意する。――この剣で、貴様を倒す。そして私の存在意義を証明する」
一方の黒騎士も、自分の胸の前で両手で剣を握り、祈るようなポーズ。すると装備していたトレードマーク、黒い甲冑が溶ける様に消え、その溶けだした黒いオーラが剣に集まり、ヴァネッサの大剣と同じく、大きな黒い大剣が出来上がる。
全身を纏っていた甲冑が消える。――ヴァネッサは、初めて黒騎士の素顔を見た。真っ直ぐな目で、自分を見ていた。
「その黒い鎧、沢山あるの?」
「あったら量産してとっくの昔に貴様らに大勝利だ。――私が「黒騎士」として呼ばれるのも、今日が最後だ」
つまり一点物。それを捨てる、覚悟。捨ててでも戦う意味。
「ヴァネッサ=ハインハウルス。ハインハウルス軍総指揮官にして、天騎士の称号を持つ騎士」
「レインフォル。魔王軍イルラナス様の騎士」
そしてお互い、自らの名を名乗った。――どちらが勝ってもこれが最後のぶつかり合い。それが改めてわかったから。勝者の、敗者の、名を心を刻む為に、その名を名乗った。
「はあああああっ!」「おおおおおおっ!」
地を蹴り、迷わず相手にその大剣を振り下ろした。ぶつかり合う波動、はじけ合う衝撃、譲れない想い。――そして。
「急げ! 急ぎなさい、もっと!」
ハインハウルス軍騎士・リンレイは数名の部下と共に、馬を飛ばしていた。
ちょっと出かけてくる、でヴァネッサが居なくなった。何か嫌な予感がしていたが、時折ある事なので黙って見送った。そうしてしばらくしたら、離れた場所からでもわかる激しいぶつかり合い。
リンレイも黒騎士と対峙した事はあった為、相手が黒騎士である事は察せた。だがあそこまでのオーラを感じた事はなかった。それこそヴァネッサのオーラもあそこまで感じた事はなかった。
故に危惧をし、数名の部下を連れ、急ぎ現場へと向かっていたのである。
(ヴァネッサ様……ヴァネッサ様が、負けるわけがない……!)
最後のひと際大きな衝突を最後に、綺麗さっぱりオーラが途切れた。勝敗がついたのは察せたが、客観的に見ればどちらが勝ってもおかしくはない物。つまり、ヴァネッサが負けた可能性もあった。――そんなはずはないと言い聞かせ、リンレイは急いでいた。
現場が近づくにつれ、辺りの地形が変形し始めていた。普段ならその光景に驚いているが、今はそれどころではない。馬を降り、必死にヴァネッサの姿を探す。
「っ! リンレイ様、こちらです!」
部下の声がして、急ぎ足をそちらに向けると、ヴァネッサがいた。
「ヴァネッサ……様……?」
傷だらけでボロボロの状態で、土壁に背中を預け、両手両足をだらりとし、首を垂れた状態で。――いつか自慢していた、ひと際輝く大剣が傍に落ちていた。……真っ二つになった状態で。
「ヴァネッサ様……ヴァネッサ様……そんな……!」
急ぎ駆け寄り声をかけるが、返事がない。
「ヴァネッサ様ぁぁぁぁーっ!」
そしてリンレイの悲痛な叫びが、辺りに響き渡るのであった。
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