第232話 演者勇者と忠義の白騎士5

「ロガン、ドゥルペ」

 魔王軍居城、バンダルサ城。そのとある一室で、黒騎士はその二人を呼んでいた。

「この部屋で私と会う事は誰にも悟られてはいないな?」

「勿論ッス! バレない様に部屋から全力ダッシュで来ましたッス!」

 ドゥルペ。竜人族の騎士。――全力ダッシュしたら逆に怪しいのだが、「悟られるな」という指示に「成功してる」と断言してる以上本当に大丈夫だったのだろう、という位の実力の持ち主。

「僕も大丈夫です、誰にも悟られてはいません」

 ロガン。獣人族の騎士。穏やかな口調だが、こちらもやはり大丈夫と断言してる以上問題ないと思われる位の実力の持ち主。

 この二人、黒騎士が信頼する唯一の部下である。黒騎士は魔王軍といえどもほとんど味方を信用しない。信頼するのは前述通りこの二人と、「仕える主」のみ。

「僕ら二人だけを呼ぶという事は……イルラナス様に、何か」

 そしてドゥルペ、ロガンも「仕える主」は同じ。――黒騎士の力は絶大ではあったが、それでも魔王軍の中でも少数派であった。

「正直に答えろ。――バンダルサ城は耐えきれると思うか?」

 ロガンの問いには答えず、黒騎士はその問いを二人に投げかける。

「自分はまだまだやれるッス! 黒騎士様もロガンもいれば、そう墜ちる事はないッス! でも」

 そこで珍しくスッ、とドゥルペが真面目な表情になる。

「他の連中は、疲弊が大きいッスね。指揮の低下も分かり易いッス。自分みたいに馬鹿じゃないと、持たないッスよ」

「僕もほぼ同意見ですね。兵数はまだありますが、気力が足りなければ向こうの精鋭には勝てない。――時間の問題ではないかと」

 ロガンも落ち着いた表情のまま、そう告げる。黒騎士はその意見を聞き、数秒考え、

「――私も同意見だ」

 そう、ハッキリと言い切った。

「私がいる間は墜ちないし堕とさせん。だがその間に他の拠点を抑えられ、完全に包囲されたら状況は変わってくる。天騎士――私と同格の人間と私がやり合ってる間に他が全て押さえられたら、もうそこで終わりだ。そしてこの城が墜ちるという事は」

「イルラナス様のお立場が悪くなる」

 ロガンのその言葉に、黒騎士は頷く。

「ただでさえ現状イルラナス様の立場は危うい。今回の敗戦の責任を取らされてしまえばどうなってしまうかわからん」

「あれ、でも援軍が来る予定ッスよね? ビジラガ様が直々に軍勢を率いて来るとか」

 ビジラガ。――イルラナスの兄である。

「あの方の部隊は弱くはないが強くは無い。それに何より、ビジラガ様そのものが信用出来ん」

「……僕個人の意見を言えば、ビジラガ様は好意的な目ではイルラナス様を見てはいませんしね。あわよくば、という企みは確実にあるでしょう。そんな事を言っている状況ではないというのに」

 信用出来ないという黒騎士の考えにロガンも同意。そういう事には頭が回っていなかったドゥルペはふーむ、と考えるが、

「ならいっそ、ビジラガ様をバシッ、と実力で黙らせるってのはどうッスか?」

「馬鹿を言うなよ。それこそ内乱だ。壊滅するだろ」

 シュッシュッ、と拳を突き出すドゥルペにロガンは呆れる。――だが、

「だが実際現状では、ドゥルペの様な考えが起きてもおかしくはない状況だ」

 その意見を予測していたのか、黒騎士は冷静にそう言い切る。

「正念場だ。魔王軍……いや、イルラナス様の。あの方を守る為の」

「――何かお考えがおありなんですね」

「ああ。……お前達、最後まで付いて来てくれるか」

「勿論ッスよ! 最後までイルラナス様と黒騎士様と一緒って決めてるッス!」

「僕もです。――指示を」

 そして、黒騎士は抱いていた作戦、今後を語り出したのだった。



「勇者君。――黒騎士」

「!? あれ、が……!?」

 頭の先からつま先まで全身を黒い甲冑で覆い、その手に黒い大剣。正に「黒」。そして圧倒的存在感。初めて見るその存在に、ライトの背中に汗が流れる。――あれが、魔王軍最強の騎士。

 何故ここに。どうしてここに。何故自分達を。どうして自分達を。――次いで出たのは疑問。バンダルサ城からはまだまだ距離がある。自分達を奇襲するのはいいが、その分城の防御が疎かになるだけ。狙うメリットが見出せない。

「わざわざテメエの方からもう一回出向いてくれるとはなぁ、黒騎士ぃ!」

 と、そんなライトの困惑を他所に臨戦態勢に入り、ライトを守る為に身構えたレナの前に更に降り立つ威勢の良い声。

「リベンジマッチといこうか! 何のつもりか知らねえが、同じ相手に二度負けるつもりはねえ!」

 狂人化(バーサーク)済みのソフィである。――ライト騎士団一部の人間は、ガラビアで黒騎士と遭遇し、敗退している。ソフィもその一人。

「リベンジ? 何処の誰だか知らないが、私に一度負けておいて再びやったら勝てるとでも? 私と一度戦った時にその実力差すら感じられなかったのなら私に負けて当然の存在だ。――そんな下等兵士などいちいち覚えてられん」

「っ……テメエ……っ!」

 覚えていないのが本当なのかどうかはわからないが、あからさまな挑発に怒りを露わにするソフィ。――だが。

「それだと相手の思う壺だ、冷静になれ。――何を言われても今はいい。今回勝てばそれでいい」

 ザッ、とソフィの横に並んでソフィを宥めるのはドライブ。――同じくガラビアにて黒騎士に惨敗した一人。

「お前が俺の事を覚えていなくても俺は一向に構わん。――今度こそ、本気でお前を倒す。それだけだ」

 薙刀を握り、両手に溢れんばかりの紋章、オーラを出すドライブ。――事実、ガラビアでは両方の紋章が出せる事はまだ隠している状態だったので本気では戦えていない。

 そしてそのドライブの様子に、冷静さを取り戻すソフィ。聖魔法による強化を自らにかけ、あらためて身構える。

「はあああああっ!」「おおおおおおっ!」

 そのまままるで打ち合わせしたかの如く、二人は同時に地を蹴り、黒騎士に向かって突貫。全力で両刃斧、薙刀を振るう。対する黒騎士は冷静に、持っていた大剣でドライブの薙刀を、そして左籠手で直接ソフィの斧を掴むが――

「舐めるなぁぁぁ!」

「!」

 ガシッ!――気合一閃、ソフィの切り上げは黒騎士の圧倒的魔力防御力を誇る籠手を弾き返す。

 実際黒騎士の甲冑、そしてそれを使いこなす黒騎士の実力は、それが出来て当たり前。だからこそ前回は当たり前の様にライト騎士団の精鋭の攻撃を武器ではなく籠手でも掴んで弾き返していた。

 だからソフィは更なる鍛錬を重ねた。いつでも聖属性の魔力を開放し続けるのではなく、一瞬にして更に研ぎ澄まされた爆発力をコントロール出来る様にして、攻撃力を更に上げたのだ。

「余所見とは余裕だな。――貴様の剣を抑えているのは俺だ!」

 一方でドライブ。黒騎士の大剣と自らの薙刀のぶつかり合い。――あの時とは大きく違う点が二つ。一つ、武器がアルファス制作の品になった事。そしてもう一つは、前述通り全力を出せる事。両手に紋章を浮かび上がらせ、全身全霊で薙刀にオーラを纏わせる。

「……!」

 弾き返せない。その事実は、黒騎士にとっては久々の感覚。

「その首、置いていきやがれぇぇ!」

 その隙にソフィが追撃。横薙ぎで黒騎士の頭を狙う。

「成程、確かに余所見をしていい程の雑魚ではないのか。――だが、それだけだ!」

「っ!」「ぐ!?」

 だが、それでも相手は黒騎士。魔王軍最強と呼ばれ、あの天騎士ヴァネッサと同格と呼ばれる存在。そう簡単に追い詰められる様な存在ではない。その大剣に魔力を込め直し、回転する様に一閃。ドライブとソフィを同時に弾き飛ばす。

「いっけーっ!」

 だが回転するという事は一周するという事であり、ほんの一瞬、刹那の瞬間、背中を見せるという事。――その隙を見逃さなかったのがサラフォン。魔法式突撃銃を構え、弾丸を連射。ズガガガガ、という音が辺りに響き、

「疾風」

「!?」

 そしてその弾丸が黒騎士に到着する「前に」リバールが黒騎士の前に移動。まさに言葉の如く疾風、一撃必殺で短剣を振るい、黒騎士の動きを止める。一撃、本当に全力のたった一撃を黒騎士に放つと直ぐに姿を消す。消した後にやって来るのはサラフォンの放った無数の弾丸。

「チッ」

 流石にかわす余裕がない。大剣を構え直し、素直にガード。その甲冑の圧倒的防御力もあり、大したダメージにはならないが、

「イフリータ・メテオフォール・バウス!」

 ガードしているという事は、確実に足が止まっているという事。――黒騎士の頭上に、威力重視の炎の隕石が現れ落下してくる。

「私は「殲滅」。アンタのその黒すら、綺麗さっぱり殲滅してあげる!」

 攻撃力自慢のネレイザの魔法である。ソフィ、ドライブからサラフォン、リバールへと繋いで作った隙を見逃さない。――その二つ名に相応しい威力の攻撃魔法は、

「く……っ!」

 黒騎士の意識を確実に、気持ちを本気にさせるのには十分過ぎる程だった。――回避は間に合わない。

「散れ……!」

 だが回避が出来なくて終わる黒騎士では当然ない。大剣を握り直し、一閃。激しい斬撃波動が炎の隕石とぶつかり合うと、炎の隕石がドゴォォォン、という激しい音と共に激しく砕け散る。――黒騎士の瞬時の斬撃が、ネレイザの準備万端の攻撃力を上回った。それだけなら、黒騎士の実力の驚愕さが光るだけ。

「あー悔しい。――ちょっと前の私だったら、発狂して二発目撃ってる」

 その事実を、ネレイザは冷静に受け止める。実際「殲滅魔導士」として最前線で幅を利かせていた頃なら諦めきれずに追撃に走っただろう。でも今は違う。――まだ、仲間がいる。その仲間に託す。仲間で勝てればそれでいい。

「さて。――我にも勿論世界一を目指す魔導士としてのプライドがあるのですよ。例え斬撃相手でも、我の防壁を破られてそこで終わりになどするわけには参りませぬ。こちらの番ですぞ」

 そう、ネレイザはそうする事で更に黒騎士の動きを制限し、次の仲間にバトンタッチしたのだ。

「純粋に、力比べといきましょうか!」

 ニロフが魔方陣を展開。その魔方陣から、何の変哲もない、細いビーム状の魔法が連続で黒騎士に向かって放たれる。まるで魔法初心者が撃つ、初めての攻撃魔法の様な見た目のその波動は、

(!? 馬鹿な……甲冑を、削っていくだと……!?)

 何処までも圧倒的だった黒騎士のその象徴である甲冑を、ガリッ、ガリッ、と音を立てて削っていく。その事実が、そのニロフの攻撃魔法がどれだけの威力を持っているか、ニロフがどれだけの実力者であるかの証明。

 今までの仲間達のお陰もあり、黒騎士はニロフの攻撃魔法を回避し切れず、防御に徹するが、それでも甲冑が確実に削られていく。――今までの戦いで、ここまで甲冑が削られる事などなかった。誰を相手にしても、崩される事の無かった圧倒的防御が、崩れ始める。それは黒騎士にとっては衝撃の事実。

「王女様。覚悟は宜しいですか?」

「勿論ですわ。私だって、そう何度も負けるわけにはいきませんもの」

 そして黒騎士は気付かない。そのニロフの圧倒的攻撃すら、最後の一撃のお膳立てだという事に。――最後に控えるのはハルとエカテリス。こちらもガラビアで見せたハルの気功でエカテリスの速度を増幅させての突貫という合体技のリベンジになる。

「はあああああっ!」

 ハルが全身全霊を込め、最大限で気功を練る。これを他人に付与してフォローするには危険が伴う量の気功だったが、

「私は天騎士ヴァネッサが娘、飛龍騎士エカテリス! 黒騎士、ここで引導を渡しますわ!」

 その全てをエカテリスは見事に背負い、槍を構え突貫。ニロフの攻撃魔法を周囲に、黒騎士の体ど真ん中へ飛ぶ。

「貫くっ!」

 その槍が見事、黒騎士の甲冑の腹部に届き、

「ぐ……お……おおおおっ!?」

 ガシャァン!――激しい音を立ててついに甲冑を突き破り、そのまま黒騎士を吹き飛ばしたのだった。

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