第231話 演者勇者と忠義の白騎士4

「自分の剣をぶつけた時にわかったッス! お兄さん凄腕の剣士ッスね! これから本気で戦うにあたって、お名前を訊いてもいいッスか?」

 フウラの夢幻斬を潜り抜けて対峙する形となった竜人の騎士。自らドゥルペと名乗り、正々堂々と身構える。

「名乗る程じゃねえよ。ただの魔王軍嫌いのエリートだ」

 対してフウラは冷静にそう返す。その言葉は何処か冷たく、ドゥルペの心に――

「やっぱりエリートなんスね! 自分の勘は間違ってなかったッス! それで、お名前は?」

 ――今一歩届いてなかった。肝心な部分がまったく届いていなかった。フウラは軽く溜め息。

(周囲に変な気配はなし……本当に、単身俺に突っ込んで来たのか)

 確かに見た目は人間ではないが、正々堂々としたその姿、風格、正に「騎士」であった。――勘弁してくれよな。俺は魔王軍嫌いなんだよ。なのに何でこんなに真っ直ぐな奴いるんだよ。

「フウラだ」

 認めざるを得ない。――その結論に達したフウラは、名前だけは名乗る。

「フウラさんッスね! 覚えたッス! 戦えるの光栄ッス!」

「光栄も何もないだろ。俺達は敵同士だ。俺は魔王軍が憎い。お前達は人間を滅ぼそうとしている。そんな間柄に光栄も何もないさ」

「そんな事ないッスよ! 確かに敵同士ッスけど、でもあくまで自分はイルラナス様の為に戦ってるのであって、人間は別に憎くないッスから!」

 あっけらかんとそう言い放つドゥルペ。嘘を言っている様には見えない。――人間が憎くない、だって? 魔王軍の癖にか?

「お前、馬鹿だろ……」

「よく言われるッス! でも知ってますか? 馬鹿になるとトイレ我慢出来るんスよ?」

「知るか何だその情報は」

「ちなみに大と小がありまスが、しいて言うなら大の方が我慢出来るもんスね」

「お前の我慢具合なんて興味ないわ!」

 つい笑ってしまった。――変わり者は何処にでもいるもんなんだな。

「さて。――お前の心意気を買って、正々堂々と俺も戦う」

「ありがたいッス! それじゃ、いくッスよ!」

 そこから数秒、二人とも相手の様子を探るように身構えたまま動かなかったが、

「どりゃぁぁ!」

 先に動いたのはドゥルペ。持っている長剣を突貫しながら振るう。

(! 早い……!)

 何の変哲もない、ただの突貫。小細工の欠片もないその突貫だが、逆に頭が空っぽなのが強みなのか、ドゥルペの突貫は圧倒的速度だった。ガードするが、後手に回る形になる。

 そこから続くドゥルペのラッシュ。防戦一方となるフウラだったが、

「夢幻斬(むげんざん)」

 あくまでそう見せかけているだけで、夢幻斬を放つタイミングを見極めていただけ。右手の剣でドゥルペのラッシュを躱しつつ、左手の剣で夢幻斬を放つ。

 実際の所、夢幻斬は遠距離尚且つ多人数相手に光る技であり、ここまでの接近戦なら夢幻斬を放たなくても直接その左手の剣で攻撃した方が早いまである。

 だがこの接近戦で一対一、自分の視界の範囲を斬撃可能な技は、完璧なる奇襲、不意打ちとなる。――ズババッ!

「っ……!」

 やはりクリーンヒットこそしないが、それでもダメージとして確実に重なる威力の斬撃がドゥルペに入っていく。ノーモーションの遠隔斬撃など対応のし様がない。

「ふーっ……さっきからそれ、凄いッスね……」

 一旦間合いが開き、ドゥルペがそう漏らす。――落ち着いて感想を述べているが、優勢なのはフウラ。果敢に攻めてもフウラにはダメージが入らない。

「言っただろ、俺はエリートだからな。この技はそんな俺が苦労して会得したんだぜ、凄いに決まってるだろ」

 当たり前の様にコピーしてくる人はいたけど。――あの人はあの人で化け物だよホントに。

「予想以上ッスよ。――でも、自分も弱くはないッスよ!」

 ダッ、と地を蹴り、ドゥルペは再び突貫。フウラも容赦なく夢幻斬を放つが、

「でやっ!」

「!」

 ドゥルペ、夢幻斬を回避。フウラに接近、剣を振るう。――ガキィン!

(こいつ、夢幻斬の仕組みに気付いたか……それとも本能のなせる業か……)

 夢幻斬は、フウラが視界に収めていないと放てない。ドゥルペはそれに……まったく気付いてはいないが、でもフウラの予測の一つである「本能」でギリギリでフウラの視線を読み、体を動かした。まさに紙一重の回避である。

 そこから全力でのドゥルペのラッシュ再び。――だが、ドゥルペの猛攻もそこまで。

「いい腕だ。――敵にしておくには惜しい位だ」

 夢幻斬なくとも、フウラは強い。――二刀流を両方とも目の前のラッシュの応対に切り替え、抑え、そのままカウンター。その独特な長さの剣の二刀流に、ドゥルペも次第に追い込まれていく。

「勝負あり、だ」

「く……マジッスか……」

 そしてフウラのその言葉。――実際ドゥルペとしてもその通りだと思った。自分では勝てない。

「自分、魔王軍の中でも結構強い部類なんスよ……フウラさん、凄過ぎっス……」

「エリートだから当然な。――でも、お前みたいに本能だけで戦う馬鹿、嫌いじゃないぜ」

「どうもッス。――それじゃ、最後の手段を使わせて貰うッス!」

 何か隠し玉があったか。正々堂々と言ってる時点であまり意味もないが、それでもフウラは身構えて警戒する。

「撤退するッスー!」

 そして警戒するフウラを置いて、ドゥルペは踵を返し、全力で退避逃走を開始。

「……おい」

 呆気に取られたフウラ。ついその場から動けず、その背中を見送る形になってしまった。――やられた。まああのダメージなら他所へ行っても大した事は出来ないと思うが、

「狙いは何だ……? 無意味な突貫とは流石に思えないぞ……?」

 その疑問をフウラに残し、次の行動への躊躇を与えてしまうのであった。



 一方で、フウラを見送り、移動を続けるライト騎士団。

「リバール、大丈夫か? 止まった方がやり易いんじゃないのか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、この程度でしたら何の問題もありませんのでご心配なく」

 馬車から顔を出してリバールに声をかけるライトに、リバールは笑顔でそう答える。――何せ、リバールは移動中の馬車の上で警戒をしているのである。敵の気配を感じてフウラが出撃、万が一の事を考えて索敵してくれるのはいいのだが、見渡せるとは言えそんなアクロバティックな方法を取らなくても、とライトは心配してしまう。

 大丈夫、と言われてしまうと素人のライトとしてはこれ以上は何も言えない。顔を引っ込めて座り直す。

「勇者君、リバールどうだった?」

「今のところは心配なさそうだったよ」

「違うよ、あの位置なら風でスカートが舞うから下から見れば中が見れるでしょうに」

「その為に声かけたんじゃねえ!?」

 思春期なり立ての男子じゃあるまいし。

「ご心配なくー、見られてもこの場合事故ですからー」

「リバールはリバールで耳良すぎじゃないかな!?」

 天井、即ち馬車の上からその返事が聞こえてきた。索敵中なのか五感が鋭くなっている様子。――そんな緊張感のないやり取りをして少し経過すると、

「皆様、一度馬車に戻ります」

 そう声掛けした後、リバールがやはりアクロバティックに馬車の中に戻って来た。

「フウラさんが敵部隊を撤退に追い込んだ様ですね。しばらくすれば合流出来るかと」

「お疲れ様。でもフウラさんも流石だな。相手の数はわからないけど一人でだろ?」

 三大剣豪は伊達ではない、という事か。

「敵の気配は一旦消えました。警戒は続けますが……ただ」

「結局何の為の部隊だったかは分からないままですわね。兵を無駄遣いする余裕はないはずなのに」

 エカテリスの疑問は最もだった。そもそもまだ最前線でもないのに遭遇しているのも少々不可解である。更に言えば流石のリバールでもこの位置からではフウラとドゥルペの遭遇の様子、具体的なやり取りまではわからない。もしわかっていたら更なる警戒をして新たなる作戦を練る事も考えたかもしれないが、

「とりあえず、前に進むしかないのか……」

 という結論しか今は出なかった。

「マスター、合流すればこっちのものだから、少し急ぎましょ。――サラフォンさん、魔力付与でこの馬車、速度上げられますか?」

「出来ない事もないけど、現状ボクの技術の大半を注ぎ込んでる特注の馬車だから、コツがいるかもしれない。下手な魔力付与は馬車の故障に繋がるし」

「では我もサポートに入りましょう。サラフォン殿、具体的にはどの程度の量で――」

 ネレイザ、サラフォン、ニロフが単純に馬車の速度を上げ、前線にいる味方とのいち早い合流を考え始めていた――その時だった。――ザザザッ!

「!? え、何、皆どうした、まさか」

 ライト以外の団員全員が急に立ち上がり、分かり易い警戒に入る。

「明らかにこの馬車――つまり俺達狙いの殺気を飛ばされた。長、レナから離れないでくれ。――ソフィ!」

「おう!」

 一旦馬車を止め、ドライブとソフィ(狂人化(バーサーク)していた)が武器を持ってまずは馬車の外へ。――見渡せる位置に敵らしき影はない。勿論だからと言って警戒を緩めず、気配を探る。リバールも再び馬車の上に移動。

「このままこの位置に留まるのは悪手ですわ。リバール、少しずつでも進めそうなら合図を!」

「承知致しました、お待ち下さ――」

「! いけません、リバール殿回避を! ネレイザ殿!」

「ええ!」

 ガバッ、と更に外に出たのはニロフとネレイザ。直ぐに魔力を込め、防壁魔法。――更に直後、ズバァァァン、という激しい衝突音と衝撃が辺りを突き抜ける。

「!? 何処から……!?」

「勇者君大丈夫、ニロフとネレイザちゃん二人の魔力ならそう易々と突破される攻撃魔法なんてないから」

 チラリと見れば、まるで二、三階の建物位の高さの魔法波動が、ニロフとネレイザの共同の防壁魔法とぶつかり続けている。レナは大丈夫だと言ったが、中々消える様子が――

「まさか……これは……! 我とした事が!」

「ニロフ、どうした!?」

「全員退避を! あれは魔法ではありませぬ! 純粋なる「斬撃」による波動です! あのレベルの斬撃、魔法防壁では止めきれませぬ!」

 ニロフとネレイザは魔力を感じ、魔法防壁を出した。魔法による攻撃と判断した為である。補足をすれば、出した魔法防壁は決して斬撃による波動を防げない品でもなかった。あくまで魔法による防御に重点を置いた為、極一部、ほんの極一部の超一流の斬撃だけは防げない。そういった類の防壁だった。

 だが、そのほんの極一部の斬撃が、今飛んできていたのだ。しかも少しだけ魔力を織り交ぜ、まるで魔法の様にみせかけて。――フウラだけが離れている事といい、完全に裏をかかれていた。

「勇者君、捕まって、脱出する!」

「サラ、こっちに!」

 自力での反射神経に劣るライト、サラフォンをそれぞれレナ、ハルが抱え、それぞれ急ぎ馬車から脱出。残りの団員も急ぎ回避、防御の体制を取るが――ズバァァァァン!

「っ――!」

 ニロフとネレイザの防壁を打ち破った斬撃は威力を衰えさせず、着弾。激し過ぎる程の衝撃破をまき散らし、それぞれがバラバラに吹き飛ばされてしまう。――代わりに、馬車があった場所に降り立つ影一人。

「こんな所をこんな少数で雑魚共がノコノコと。舐められた物だな」

 全身を黒い甲冑で固めたその姿。――魔王軍最強の騎士、黒騎士であった。

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