第230話 演者勇者と忠義の白騎士3

「あ……あの!」

 アルファスに剣を預け、一足先に店を出たフウラを道で呼び止める声。

「うん? セッテちゃんだっけ、どうした?」

 振り返ってみればそこにはセッテが。要件を尋ねると、

「あの時、助けて頂いて、本当にありがとうございました」

 そう言って、真剣な面持ちで礼儀正しくセッテは頭を下げた。

「いやいや、そんな何度もお礼言わなくていいぜ。偶然通りかかったってのもあるし、俺が行かなくても勇者ボーイとレナが近くにいたわけだし」

 実際そんなに深く考えていなかったフウラはそう言ってセッテを宥める。

「いえ、その、さっきの事じゃなくて……その」

 が、セッテは真剣な面持ちは消さないが、何処か言葉を言い淀む。――さっきの事じゃない、となると。

「そっか。……俺の事、覚えてるんだな」

「!」

 思い当たる節はもう一つ。その言葉に、セッテはハッとする。

「私の事……覚えていて、下さってるんですか?」

「勿論。エリートは美女の事は忘れないもんさ。ああ、あの頃はまだ美少女、かな」

 本当に覚えていてくれた。その事にセッテは感動する。まさか覚えていてくれているとは思わなかったから。

「こんなところで、こんな形で元気な姿が見れるなんてね。あの時助けられて良かったよ。まあ実際俺は大した事してなくて大体がアルファスさんだったけどな、頑張ったの。それでそのアルファスさんの近くに居るとは。……あれ? でもわざわざこんな店の外でその話をするって事は」

「アルファスさんは、私の事は全然覚えていなくて」

「うわー、そういう所あの人抜けてるんだよな」

 フウラは苦笑する。――普段は人当たりに対して俺とは違うベクトルでエリートレベルなのにこういう所だよ。リンレイに対してもそうだったしな。

「どうする? それとなくヒント出しておこうか?」

「いえ。ちゃんと気付いて貰えるように、私が頑張らないと意味がないですから」

「そっか。君みたいな健気な子を口説けないのは残念だけど、応援してるから。頑張りなよ」

「ありがとうございます」

 フウラは笑顔でセッテを励ますと、今度こそその場を後にするのであった。



 それから数日後。フウラの休暇も終わり、ついにライト騎士団はバンダルサ城へと出発。大型の特注馬車に騎士団全員とフウラが乗り込み、今は絶賛移動中。

「いやー乗り心地いいなこの馬車。流石王女様がいると違うぜ。揺れが違う」

「? フウラさん、この包みってフウラさんですか? 荷物検品した時は無かったですけど」

「おうそうか、殲滅ちゃん今は事務官だったな、勝手に持ち込んで悪かった。差し入れの菓子なんだ、好きなの食べてくれ」

「やったー、昼寝前に一口何か口に入れたかったんだよねー。ソフィ、ハーブティーってある?」

「ええ、淹れますね」

「ハル、ボク達も貰おうよ。――あっ、犬の形をしたクッキーがある。ドライブさん、どうです?」

「ぐ……犬を食べるなど俺には……!」

「……好き過ぎるとああいう反応になりますのね。私、勇者様をイメージした菓子とか喜んで食べたら駄目だったのかしら」

「私は姫様の笑顔をモチーフにした焼き菓子をよく作るのですが、他の方にお見せする前に尊くて全部自分で食べてしまっています……姫様と一つになれる気がしまして」

「先輩地味に怖いですからねその発言」

「表情入り焼き菓子ですか……我もチャレンジしますかな。似顔絵、女性は喜んでくれるやもしれませぬな」

 そんなこんなで、皆で楽しくおやつを――

「――つまんでる場合なのか!? えっ、俺達魔王軍の拠点に行くんだよね!?」

 ――食べている団員に、ついライトは一人でツッコミを入れてしまった。誰も咎める様子がない。レナ辺りは兎も角(!)、ハルや狂人化前のソフィといった常識派まで。

「だって勇者君、別に今日中にバンダルサ城に着くわけじゃないし」

「そう、だけど、ほらそれこそ誰かに見られたら」

「オーケー勇者ボーイ、お前の言いたい事もわかる。俺に任せろ。――おほん」

 フウラは軽く咳払いをすると、ライトの前に。

「勇者様。もう直ぐの到着です。これが最後の戦いです。思えば、長い戦いでした」

「えっ、あの急にそれは」

「勇者様には黙ってましたが、実は自分、故郷に婚約者がいるんです。この戦いが終わったら、結婚しようと思っています」

「我も、この戦いが終わったら、主に報告に行きたいですな。色々積もる話もありますし」

「勇者君、私何だか眠くなってきちゃった……少しだけ、手、握っててくれない……? それで、安心出来るから……」

「でもこの犬型のクッキー、見た目がいいな。帰ったらシンディにも教えてみたい」

「うおおおいいぃぃぃ揃いも揃って何で今度は死亡フラグ立てるんだよ!? リラックス消したら即そういう方向性に行く位なら間違いなくお茶会やった方がいいよ!」

「ちなみにドライブ君は素だろうね」

「だろうねそれは俺も思ったよ!」

「? ? 長、俺がどうしたんだ?」

 …………。

「団長、気持ちはわかりますが、リラックスするのは大事ですよ。――どうぞ」

「ありがとう……」

 ソフィからハーブティーを渡され、口に運ぶ。――ソフィの笑顔とハーブティーの優しさで心が落ち着いていく。

「実際どっしり構えてろよ勇者ボーイ。この面子に俺を加えた部隊がいくら少数とはいえ簡単にやられる様な事案が発生する様じゃ、ハインハウルスなんてもっと昔にとっくに大苦戦してるさ」

 はっはっは、とフウラは実際どっしりと構えながら笑ってライトを宥めた。――うんそうだな。俺は勇者なんだから、この程度で慌ててたら駄目だよな。

「というわけで、俺はちょっと接近してくる敵を蹴散らしてくるから勇者ボーイは報告でも待っていてくれな」

 そして気持ちを新たにしたライトにフウラはそう告げて、移動中の馬車から外に――

「――って敵!? ちょ、今までの話からしてどっしりのんびりゆったりじゃないんですか!?」

「ライトくん、馬車にお風呂欲しいの? 今度開発しようか?」

「流石ライト殿、混浴を目指す方法がマニアックですな。いや我は支援します」

「何の話だよ!?」

 確かにそんなフレーズは並べちゃったけどそういう事を言いたいんじゃなくて!

「――ライト様、姫様、実際少数ですが敵が接近してきています。まだ距離はありますが」

 索敵に秀でたリバールがそう進言。どうやら本当に敵が接近しているらしい。

「ここで部隊を綺麗に二つに分けたり、下手に留まるのは得策じゃない。だから俺が行く。お前等馬車は止めるな、現地の本隊と合流を目指し続けろ。――何、直ぐに追いつくさ。エリートなんでな」

「あっ……」

 止める暇もない。ニッ、と笑顔を残して、移動中の馬車からそのままフウラが飛び降りた。

「まー、実際まだ慌てる時間じゃないよ勇者君。リバール、そうでしょ?」

「はい。十分な支度をする時間がありますし、そもそも本当にこちらを狙っているのかすら定かではない距離です」

「フウラさんの事も多分心配いらないわよマスター。実際あの人本当に強いし、それにああやって神出鬼没で部隊も部下も持たずにいつでも一人で色々な所に飛び回ってる人だから。任務失敗も聞いた事ない」

「団長。自分で言うのもあれですが、まだ「アタシ」が出てこなくて大丈夫、と言っています。その距離感ですから。それに何かあったら直ぐに「アタシ」が出れますし」

 団員に説明され、ライトも一旦気持ちを落ち着かせる。

「わかった。ありがとうな、皆。でも一応警戒は続けよう」

「勿論ですわ。油断してやられたなんて論外ですもの」

「ボクも引き続き温泉付き馬車の設計を練るからね」

「それは止めようか!」



「ふーむ」

 一方でこちら、馬車を単身飛び降りたフウラ。感じる敵の気配に向かって移動中。

(おかしいな……迷わずこっちに向かって来てる……こっちの情報が筒抜けか……? 優秀な諜報員でもいるか……? だとしてもこの中途半端な数を割いてバンダルサを手薄にしてまでか……?)

 馬車内では微塵も感じさせなかったが(ライトを不安にさせない為)、この状況下での敵との接近はいささかフウラとしては疑問だった。理由が思い当たらない。

 敵を蹴散らすだけなら二流。その理由、そして相手の作戦を呑みその先を行って初めてエリート。フウラのポリシーである。そのポリシーを胸に、索敵しつつも考察を続ける。

「よっと」

 しばらく移動して、手ごろな高台に移動。目を凝らせばギリギリ目視出来る位置に敵と思わしき影。数にして二十前後か。

「まあ、取り敢えず俺に発見されたのが運の尽き。数のハンデがあるんだから、先手は貰うぜ」

 そう呟くと、フウラは愛用の特殊双剣を抜き、構え、意識を集中。すると、それぞれの刃に何本もの魔力の刃が生まれ、周囲に纏われていく。

「夢幻斬(むげんざん)」

 そしてある程度溜まった所で、その場でフウラは剣を振るう。すると纏われていた魔力の刃が消え――ズバズバズバッ!

「よしよし、クリーンヒット」

 その纏っていた本数だけ、離れ距離があった敵陣営に斬撃が「現れる」。斬撃を喰らい、倒れていく敵の様子を確認。

 これがフウラを夢幻騎士と呼ばれる所以となった技、夢幻斬である。魔力の刃を剣に溜め込み、自分が認識している位置を「斬る」。――似たような技でフロウの「高音斬(こうおんざん)」があるが、あちらは居合切りで魔力の刃を高速で飛ばすのに対し、こちらは離れた位置からフウラの視界に入った物を直接斬るという、ある意味異次元の技である。

 勿論無敵ではない。前もって魔力を込めて剣に溜めておかなければならないし、しっかりと視界に入れて認識しなければならない。だがそのルールさえ守れば何処でも斬れる。このギミックを知らない相手からすれば、回避のしようがない技である。

 元々ライト騎士団との模擬戦でも見せた様に、普通に剣技剣士としても超一流。その彼にこの技がプラスされ、彼は三大剣豪とまで呼ばれる様になったのだ。

 さて、敵はどうするか。フウラとしては正直退いて欲しい所だった。相手の作戦が読めないので、出来ればもう一度ライト騎士団と合流しておきたい。――と、

「――ぅぅぅぉぉぉぉおお!」

 敵部隊の中から、道の中央を駆けて来る一つの影。――勿論無視するわけにもいかず、フウラは夢幻斬をリロード、放つが、

「おいおい、マジか」

 全力疾走が早いらしく、夢幻斬がクリーンヒットしない。多少は当たっているがそれを無視し、相手は全力疾走。フウラの視線が追い付かないのだ。――ある意味夢幻斬に対する対処法の一つでもある。

「でりゃあああ!」

 その影はあっと言う間にフウラに接近し、フウラのいる高台に向け大ジャンプ。持っている剣を大きくフウラに向かって振るう。――ガキィン、とお互いの剣が激しくぶつかると、お互い一定間合いを置いて対峙する形となる。

「自分の名はドゥルペ! 魔王軍イルラナス様傘下の騎士ッス! いざ尋常に勝負ッス!」

 そして切り掛かってきた竜人の騎士は、フウラに向かって高らかにそう宣言するのであった。

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