第228話 演者勇者と忠義の白騎士1
「――こうして、勇者に救われた「――」は、勇者を信じ、手を取り合って共に助け合い支え合い生きていく為に立ち上がる事を決意したのだった……か」
幼い頃から擦り切れる程に読んだその本を閉じる。物語は勇者によって救われた「――」が勇者と共に困難を乗り越えつつ、理想の世界を目指す話。最後はハッピーエンドで終わる、夢の様な話。
そう、夢。夢はいつまでも夢のまま、叶う事などない。何故なら、私が……私達が、勇者と手を取り合って生きていくなど、有り得ないのだから。
何故なら、私達は――コンコン。
「入りなさい」
「失礼致します」
ガチャッ。――ノックの音に気持ちを入れ直し、許可を出すと信頼出来る臣下の一人、ロガンが顔を見せた。
「ナルザック様、間も無くのご到着との事」
「出迎えの準備を進めるわ。私も行く」
立ち上がり、羽織っていた上着を脱ぐ。鏡の前に立ち、身嗜みを確かめ――
「っ……ゴホ、ゴホッ」
「! 大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫。少し咳が出た位で大袈裟よ」
「……少し、お休みになられた方が宜しいのでは」
「ロガン?」
「気を休める暇がないでしょう。お好きな事をする暇もなく、立場に翻弄されてお疲れでは」
ロガンがチラリ、とテーブルの上に置いた本を見た。――私が読書が好きなのを、知っているのだ。
「私は立場に翻弄されているつもりはないわ。責任ある立場として、成すべき事をするの。気遣いは無用よ」
「……は」
そう、私に休んだり夢を見ている暇は無い。
「ロガン」
「何か」
「……ありがとう。休みはしないが、貴方の心遣いには、感謝している」
彼の様に、私に忠義を尽くしてくれている様な者の為にも。
私が生まれ、存在している意義を示す為にも。
私は――戦うのだ。最後まで、「――」として。
「バンダルサ城の攻略戦に、参加……?」
ライト騎士団の団室の隣に魔術研究所の支部が出来て、少ししたある日。新しい任務が言い渡されるとの事で、ライト騎士団全員、玉座の間へ集められていた。
「うむ。――そろそろ勇者ライトにも、ハッキリとした魔王軍との戦いにおいての功績を残しておいた方がより今後の行動に繋がり易いからな。何処か手柄を上げられそうな箇所を前々から探していたのだ」
いつも通り、ヨゼルドの合図でハルがテーブルを用意し、その上に地図を広げる。
「バンダルサ城は昔からある魔王軍の拠点の一つで、一時は随分と苦戦させられていたが、長年の我が軍の奮闘もあり、戦局は大分こちらに傾き、ついに落城も見えてきているのだ。そこに出向き、勇者ライトが大きく関わったという事にすれば、名誉がまた大きく積み重なるだろう」
地図で示されたバンダルサ城は魔王軍の所領の前線に位置していた。周囲の地形を考えても、確かにここを落とせるのはハインハウルス軍にとってかなり大きな物になるのがよくわかる位置だった。
「国王様、具体的にマスターに何処までさせるつもりですか? 落城が見えていると言ってもバンダルサ城はかなり強固な城、魔王軍がまったくいないわけではないはず。向こうも落城を防ぐ為に必死ならば、主力部隊も居ておかしくない。それにあの辺りの部隊全部がマスターの立場に納得するとも思えない。手柄を横取りされた、で揉める可能性も」
「成長したねえネレイザちゃん。昔の自分と対話でもした?」
「……悔しいけどしたかもしれない。私がまだマスターに出会う前、前線で戦ってたら文句を言いに国王様や王妃様に突っかかってたかもしれないから」
「うわホントに成長してる。マーク君に手紙で報告しておいてあげる」
「あんたがお兄ちゃんに手紙出すな!」
「ボクが出そうか?」
「地味にレナさんより怖いので止めて下さい!」
レナとサラフォンに翻弄されるネレイザ。――今度俺がマークに手紙出そうかな、とライトはその光景を見て思った。……と、今の本題はそこではない。
「ネレイザ君の心配も最もだ。勇者ライトの功績にしたせいで軍内部に亀裂が入っては意味がない。かと言っていくら君達が強いとはいえライト君込みで過酷な最前線に送るつもりは勿論ない」
「ならお父様、どうなさるつもりですの?」
「君達の部隊に一人、「案内役」をつける。現場での存在は圧倒的だからな、彼がいれば周囲から文句が出る事もないだろう」
案内役? 案内を一人つけた所で何が変わるのか、と率直な疑問がライトに浮かんだ所で、
「どうも。ご無沙汰してます、国王様」
その声が、玉座の間に入って来た。ハッとしてその声の方を振り返れば、
「それから、こっちは一部は初めましてだな。案内役の登場って事で宜しく」
一人の男が、あまり緊張感を漂わせる事無く姿を見せた。
「えっ、フウラさんじゃん。珍しい内部に来るなんて」
「まあ俺は各地で引っ張りだこだからな。休暇帰還なんて久々だ」
はっはっは、と気さくな感じでレナの疑問に答えるフウラと名乗る男。――フウラ? あれ、この名前、確か何処かで……
「――ってもしかして、三大剣豪「夢幻騎士」のフウラさん……!?」
「お、そこの勇者ボーイは俺の事を知ってるみたいだな」
カーラバイト傭兵団との決戦前に一度だけその名を耳にしていた。ハインハウルスが誇る主力も主力、三大剣豪の一人。
「それじゃ自己紹介しておこうか。フウラだ。一応三大剣豪の一つ「夢幻騎士」の称号を国王様から授かってる。気さくなエリートだ、宜しくな」
自己紹介され、ライトは改めてフウラを見る。年齢は三十手前位だろうか、言い方は悪いがとても三大剣豪とは思えない、明るく自分で言っている様に気さくな感じの男だった。
「今回の任務は、フウラ君の帰還休暇終了後、フウラ君と共にバンダルサ城へ向かって貰う事になる。フウラ君の手解きがあれば前線で危機に陥る事も、他の人間と亀裂が入る事もないだろう」
「まあ、万能エリートなんで。任せてくれていいぜ」
はっはっは、と自らをエリートと言い切るフウラ。あまり自分をエリートエリート言うと逆に怪しくなるが。
「……ハル、そのハル的にはどうなの? フウラさんは」
というわけで、困った時の知恵袋、ハルに評価を求めてみる事に。
「ご自分でエリートと言い切るだけの才能と功績はお持ちの方ですね。三大剣豪ですから戦闘面は無論ですが、頭の回転も良く後方での指揮から外交面での活躍も可能。そしてあの人当たりの良さですから慕う人はいれど憎む人はあまり聞いた事がありません。――欠点を挙げるとすれば」
「やー、ハルちゃんも久しぶり。相変わらずメイド服似合ってる。でも折角だから私服のハルちゃんとデートしたいな。時間空いてる日、ない?」
「女性を見かけると所かまわずこの手の声掛けをする所ですかね。――忙しいのでお断りします」
「相変わらず釣れないなー。気が変わったらいつでも言ってくれよな」
「フウラ君、ハル君の魅力は私としても痛い位にわかるがハル君はやらんぞ!」
「別にヨゼルド様の物でも私はありませんが」
そんなやり取りをしてる間にも既にフウラはネレイザに「殲滅ちゃん久しぶり。見ない間に可愛くなった」と声掛けしていた。――うん、まあ誰しも何かしら欠点はあるよな、とライトは謎の納得。
「しかし羨ましいし凄いな勇者ボーイ。俺がエリートでもここまで自分の部隊に美女を集められないぞ。しかも側近がレナか。レナを堕とせる奴がいるとはなぁ」
「違うのよフウラさん、私実は脅されてて」
「脅してないしそもそも堕としてない!?」
初対面の人に嘘を吹き込むのは本当に止めて欲しいライトだった。
「少しいいだろうか」
と、そこでフウラに話しかけたのはドライブ。
「三大剣豪、噂で耳にした事はあったが会うのは初めてなんだ。休暇中、いつでもいいから一度手合わせ願えないだろうか」
自らを高める事を怠らないドライブらしい願いだった。――確かに、中々こんなチャンスはない。先日のヴァネッサ帰還時はまだドライブは居なかったのもある。
「おー、いいぞいいぞ。そういうのもエリートの大切な役目だからな」
そしてフウラは嫌な顔一つせずにあっさり承諾。成程、こうやって皆に頼られる存在なのか、とライトはハルの評価を再確認。
「あれなら今から行くか?」
「そちらに問題がないのならお願いしたい」
「! フウラさん、アタシも! アタシも一戦!」
「いいぞー。じゃあやりたい奴皆で移動するか」
こうして、フウラ、ドライブ、その二人の提案にあっさりと狂人化(バーサーク)したソフィを中心に、希望者が訓練場へと移動するのであった。
「一応お断りな。俺は確かに三大剣豪の一人だけど、どっちかって言ったら多人数相手のゲリラ戦に特化してるんだ。だからタイマンだと同じ三大剣豪の王妃様にはまあ勝てない。あの人レベルは期待しないでくれ」
訓練場に移動すると、フウラからそんな説明が。あれだけ自分を評価する人間がそう言うのだから、本当なのであり、ヴァネッサの実力が圧倒的である事を同時に示唆していた。
「じゃあやるか。――薙刀ボーイ、自前の武器でいいぞ。流石に訓練場に薙刀なんて珍しい物ないだろ。俺も愛用を使うから」
ドライブと対峙したフウラが手に持ったのは二本の剣。長剣と短剣の丁度中間位の長さの独特な二刀流だった。
「いつでもいいぜ」
「宜しく頼む。――はああっ!」
ドライブ、地を蹴り圧倒的勢いでフウラに向かって突貫。――キィン!
「おー、おー……こいつは中々」
そのドライブの攻撃を、ギリギリの所で受け流すフウラ。隙を与えぬドライブのラッシュが続く。その特殊な剣では薙刀相手に不利なのか、それとも本当に一対一には特化していないのか、フウラは受け流すだけの光景が続き、ついには、
「……あれ?」
ついには、「ドライブが追い詰められる」状態に。気付けばドライブは訓練場に引かれたライン際まで下がっている。――いや待て。さっきまでドライブが圧倒的に優勢だったぞ。流石に一番弱い俺でも見ていてわかったぞ。
「凄いでしょ。厳しい言い方だけど、勇者君じゃ何が起きたかわからないはず。あれであの人、得意技まだ封印してるから」
「マジですか……」
「実際あのテクニックは王妃様には厳しい。でも、私達レベルならああいう芸当を見せるんだよあの人」
訓練する気はないがライトの護衛なので付いて来た(!)レナの補足が入った。――「私達レベル」って、レナ達のレベルはハインハウルスの中でもトップクラスのはずなのに。
「よし、こんなもんだろ」
「はっ、はっ……ありがとうございました。勉強になった」
「会う機会は早々ないけど、またいつでも受けてやるからな。――次は? ソフィか?」
「おう!」
そしてドライブとの一戦を終えて、軽々とそのままソフィとの一戦に入る。――疑っていたわけじゃなかったが、三大剣豪は本当に伊達じゃなかった。
そのままフウラはエカテリス、リバール、ニロフとも模擬戦(ハルは仕事があるとの事で辞退、レナは言わずもがな)。勿論全てに勝ち続けた。
「あの、俺もいいですか?」
最後にライトが挙手。勿論自分の実力では失礼になるのはわかってはいるが、それでもやはり受けてみたかった。
「勿論勿論。強い弱いじゃない、気持ちが大事だからな」
フウラもそのライトの心意気を勝って既に四戦もしているのに嫌な顔一つせず承諾する。
「王妃様に聞いたぞ? 勇者ボーイ、アルファスさんに稽古してもらってるんだろ?」
「はい、そうです」
「凄いな。あの人にほぼ毎日指導して貰えるとか激レアだから、光栄に思っておけよ」
「言われなくても。本当にありがたいと思ってます」
「そっかそっか。――じゃ、いつでもいいぜ」
「宜しくお願いします!」
挨拶の後身構え、ライトも全力でフウラに向かって剣を振るう。――ガキィン!
「! おーおー、成程」
その剣を一度受けて、フウラは何かに納得する様な表情を見せた。――剣を振るのに必死でライトは気付かなかったが。
そんな感じでしばらくしてライトの稽古も終え、フウラとの初対面の日は終了するのであった。
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