第226話 幕間~手をつないで、さよなら 前編

 少しだけ早く起きた朝。ネレイザは着替えを終え、部屋を出た。朝食には少々早い。窓から外を眺めれば朝の陽ざしが眩しい。偶には散歩でもしてみようか。

「……あ、そうだ」

 折角だからライトを誘おう。二人きりで朝の散歩。他愛のない会話をして、ゆっくりと歩く。その平和なシチュエーションを想像して、ネレイザの胸は高鳴った。

 そもそもライトはまだ寝ているかもしれない。なら起こしてあげよう。誰かを起こしてあげるなんて中々ない。リバールがエカテリスを起こすのがまず朝の最初の楽しみだと言うが、それを自分とライトに置き換えると、ちょっとだけわかる様な気がしてくる。

「よし」

 零れそうになる笑みを我慢して、廊下の角を曲がる。ここを曲がればライトの部屋が――

「ライト、起きてる?」

「ジアか、どうした? 起きてるけど」

「散歩に行かない? 毎朝この位に体を動かすといいから。起きれないならあたしが毎朝起こしてあげる」

 ――あったが、そのドアを開けてやり取りするフリージアの姿が既にあった。しかもネレイザの中の散歩と目覚ましシチュエーション両方を既に抑えていた。先手を打たれた。

 ライトは承諾した様で、少しすると二人で部屋を後にした。その背中を角から見送る形になるネレイザ。

(ぐ……む……ま、まあ、ここから割り込むのは感じ悪いよね……そうだ、なら朝ご飯を一緒に。フリージアさん城の施設に関してはまだ詳しくないはず、それなら私の出番よね)

 ネレイザはぐっと堪えて散歩を諦め、食堂へと先回りするのだった。



「よし、マスターはまだ来てない」

 食堂へ先回りしたネレイザ。作戦は以下の通り。

 恐らく散歩を終え、フリージアと共にライトはやって来るであろう。二人で列に並ぶが、フリージアはここの食堂に関してはまだ無知に近い。そこでさり気なく自分が登場し、軽い運動後なのを察し(実は見てましたとは言えない)、それに見合ったメニューをテキパキと選んであげる。勿論フリージアを蔑ろにはしない。寧ろフリージアに自分を感心させる事で、ライトの感心を自分に向ける。――プランは完璧。想像の中のライトの自分に向ける眼差しも完璧だった。

「! 来た!」

 少し待っていると、予定通りライトとフリージアがやって来た。二人が注文の列に並ぶ。一呼吸おいてネレイザも並んだ。

「えーっと、どれにするかな」

 ライトがメニューを見ながら考える素振り。――よし、今!

「ライト、決まってないならモーニングセットのCコースにすれば? 運動後ならあれが一番適してる」

 ――と思った瞬間、その言葉がフリージアの口から出てきた。……んん?

「パンにハムステーキにサラダに飲み物か」

「ハムステーキ、チキンに変えられる。ライトはそっちの方が好きでしょ」

「え、変えられるの?」

「メニューに書いてないだけで結構融通利くから。AとBに使われてるのなら頼めば変えてくれる」

「よく知ってるな……あれ? ジアって城で生活した事あるの?」

「初めてだけど。でも自分が生活する所なんだから、色々把握しておかないと思って色々見て回ったから。――席取っておいて。飲み物一緒に持っていくから。朝はコーヒーでしょ?」

「よく覚えてるなあ」

「記憶力がいいだけ」

 そう言って、テキパキとフリージアは無駄のない動きを見せた。――ネレイザの入る隙などまったく与えずに。

「次の方どうぞー」

「…………」

「……あのー、次の方」

「モーニングにTボーンステーキってあります? ちょっと肉々しい物が食べたくて」

「さ、流石にモーニングにTボーンステーキは無いです……」



「私は事務官、マスターの事務官、そう、マスターの隣で支える存在」

 口に出して言い聞かせながらネレイザは廊下を移動中。――二連続でフリージアに先手を取られた。だがここでやっかみを醸し出してはいけない。以前の自分ならそうだったかもしれないが、今は違う。そんな事をしてライトに迷惑をかけるだなんてもっての外。

 そもそも言い聞かせていた様に自分はライトの事務官。ならまずはあらためて事務官として完璧な仕事をしてライトを支え、自分の立場をアピールすべきではないか。焦ってプライベートに手を出そうとするからこうなる。

 任務中は事務官としていつでも隣にいるじゃない。もう一人余計なのがいるけどあの人はあの人でまあもう慣れたしいざという時はその……やれる人だから仕方がない。――そんな事を思いながら団室のドアを開ける。

「おはようございます」

 微々たる差だったであろうが、今日はネレイザが最後の登場となった。ライトはテーブルの上で報告書を書いている。――って、

「? マスター、報告書の期限、まだ先よ?」

 基本団員は特別その日に用事でもない限り、提出日当日に出している。ライトも例外ではない。なので今必死に報告書を書く理由が見当たらず、つい指摘してしまった。

「ああうん、そうなんだけど」

「団長たるもの率先して早く出すべき。そうすればネレイザさんも困らないでしょ」

 成程、フリージアの提案らしい。ライトを立てる&真面目さが際立った結果の様子。

「よし、出来た。……ネレイザ、チェックを頼む」

「はい。――あ、凄い見易い」

 決して今までのライトの報告書が見辛かったわけではないが、要点が綺麗にまとめられており、かなり読み易い報告書となっていた。成程察するに、隣にいるフリージアの指導のおかげ――

「――っておーい! そこまで手を出されたら私の出番がなーい! 何で当たり前の様に団室にまで居るの!?」


 …………。


「――ごめんなさい、確かに出しゃばり過ぎた」

 というわけで、ライトと再会後、わだかまりもすっかり消えたフリージアが今まで抑えていた物を発散させる様にライトの世話を焼いていたのだが、ネレイザのツッコミで冷静さを取り戻した所である。仕事関連に口出しはやり過ぎと思ったのだろう、素直にフリージアは謝罪した。

「ネレイザ、俺からもごめん。ついジアに甘えてた」

「まあ、別に害を出してるわけじゃないからいいんですけど……」

 いいんですけど、でも釈然としないです。――ネレイザは心の中で溜め息。止めなかったら何処まででもライトの世話をしてそうだった。

「あれ? ハルもライトくんを見習って報告書?」

 と、離れたテーブルでハルが書類にペンを走らせていた。サラフォンが気付き覗き込む。

「ううん、休職願い。――しばらくヨゼルド様の専属を休んで、ライト様の身の回りのお世話に専念しようかと」

「謎の対抗意識!? ハル落ち着いてくれ、そんな事されたら俺が国王様に恨まれる!」

 そのお世話っぷりに火がついたハルだったり。――急いで宥め、思い止まらせる。

「にしても……」

 今日の出来事を振り返ってネレイザは思う。実際この人はマスターの事を何処まで想ってるんだろう。信頼すべき幼馴染なのか、家族なのか、それとも、私と同じで……

「それじゃ、あたしは仕事に戻るから。――ネレイザさん、本当にごめんなさい。ちゃんと何かある時は次からは段取りを通すから」

「あ、いえ、私も驚いただけなので大丈夫です」

 改めてネレイザに謝罪するフリージア。ネレイザとしても何かされたわけではないので、謝罪されてしまえば何も言う事はない。――ない、のだけど。

「すみません、ちょっと出ます」

 決して心の靄が消えたわけじゃない。気付けば部屋を出て行ったフリージアを、ネレイザは追いかけていた。

「フリージアさん!」

 呼びかけると、フリージアは当然振り返った。

「? まだあたし、何かしてた?」

「あ……いえ、そういうわけじゃないんですけど……えっと……その」

 が、勢いで呼び止めておいて、ネレイザは次の言葉に困った。――何を聞こうとしていたのか。何を言おうとしていたのか。言いたい事は沢山ある様で一つしか無い様で、上手く纏まらず。

 そんなネレイザの様子を見て、フリージアは察する。――ああ、この子。

「あたしは、ライトの幸せを一番の考えてる」

「あ……」

 だから、少しだけ腹を割った話を始めた。

「だから、ライトが幸せになれるなら、隣にいるのはあたしじゃなくていい。隣にいるのがレナさんでもネレイザさんでも、他の皆さんでも、ライトが一番幸せになれる形があるのなら、あたしは喜んでそれを祝福する」

「……フリージアさん」

「でもね。逆に言えば、あたしが一番ライトを幸せに出来るのなら――ライトの隣は、譲らない。あたしが、幸せにしてみせる」

「!」

 口調も表情も穏やかだが、力強い目をしていた。――本気、なんだ。

「だから……ライトの事、これからも宜しくね、ネレイザさん」

 そう言って、フリージアは優しく笑う。――この人、本当にマスターの為なら、私達を押し退ける覚悟も、身を引く覚悟もしてる。だったら、私がすべき事は。

「私、これからもマスターを事務官として支え続けます。だから……負けません、って宣言して、いいですか」

 自分の覚悟を、この人に伝える事だ。――しっかりと目を見て、ネレイザはフリージアにそう言い切る。

「うん」

 フリージアはその想いも全て汲み取った上で、優しく頷いた。――信頼出来てしまう好敵手が、生まれた瞬間だった。



 午後。――シミュレーションルームで戦った時に武器を破壊されてしまったので新しい武器を欲していたフリージアの為に、ライトはお馴染みアルファスを紹介する事に。というわけで、今日はフリージアが稽古に同伴する事に。

 メンバーは前述通りライト、フリージア、お馴染みライトの護衛でレナと、

「……ねえライト。やっぱり王女様だから、あの槍は格段に特別とかそういう感じなの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ、うん……」

 愛用の槍をメンテナンスに出したかったが午後から公務があったので代理でエカテリスの槍を持つリバール……なのだが、

「ああお気になさらず。私は染み込んだ姫様のオーラを感じ取って吸収しているだけですので」

「うん、俺達は慣れてるから忘れてたけどそりゃ初対面の人からしたら怪しさ爆発だわ」

 まるで可愛がっている赤ん坊かペットかを抱き締める様にエカテリスの槍を抱き、時折匂いを嗅いでは幸せそうな表情をリバールは見せており、その様子が不審で仕方がないフリージア、というわけである。

「私は寧ろこの光景を見て引くフリージアが常識人だとわかって安心だよ。わかりますとか言われたらどうしようかと思った。つーかリバールは路上なんだからもう少し自重しろ」

「舐めるのは自重してますが」

「勇者君とりあえず急ごうか。アルファスさんの店に着いちゃえば」

「そうだな」

 珍しく(!)常識派だったレナのその提案により、少しだけ速足で歩く。

「お疲れ様です、今日も宜しくお願いします」

 見えてきたアルファスの店。ドアを開け挨拶。

「おう……ってライトお前、また新しい女じゃねえか……流石に洒落にならない人数になってんぞ……」

「違います!? ジアは幼馴染で先日再会して!」

「ごめんね勇者君、私達だけじゃ満足させてあげられなかったんだね……」

「事情を知ってる癖に拍車をかけるんじゃない!」

 およよよ、と泣き真似をするレナにツッコミを入れた後、ライトはアルファスに事情を説明。

「お前……子供の頃からだったのか、その女好きは……」

「話は最後まで聞いて下さい!」

 ――事情を説明。理解して貰えた所でいつも通りアルファス側からのテストの意思確認。フリージアは承諾する。

「じゃ、裏行ってテストな。――セッテ、店番頼む!」

「はーい!」

 裏手に居たのか、アルファスがセッテを呼ぶ。姿を見せ、ライト、レナ、リバールはそれぞれ挨拶。

「あ……」

 そして、フリージアとセッテの目が合う。フリージアはつい声を漏らした。――二人は偶然一度会っている。そしてお互いしっかりと覚えていた。

「ジア、この人はセッテさん。このお店の従業員で」

「アルファスさんの未来の妻です!」

「セッテ、俺は今を生きる男だ。未来に興味はない」

「アルファスさんの否定の仕方がランクアップしてる!? ならセッテは今この場から妻です!」

 そんな紹介をしつつ、ライト達は裏庭へ。自然と最後尾となったフリージアがセッテに向かって軽く頭を下げると、セッテは優しい笑顔を浮かべて人差し指を立てて口元に充てて、内緒のポーズ。

「? ジアどうした、行くぞ」

「あ、うん」

 そんなセッテに感謝しつつ、フリージアはライト達の後を追うのだった。



 テストの結果、フリージアは合格を貰い、後日アルファス印の剣を用意して貰える事になった。アルファスはフリージアのテストをして「魔法主体で戦う人間の剣捌きじゃねえ」と実力の高さに最終的に呆れが入っていた。

 その後ライトの稽古が始まり、さてリバールとフリージアは帰るのかと思いきや、二人はそのまま見学。ただ見られるだけはライトとしては少々恥ずかしかったが、隠すものでもない、しっかりと見て貰った。

「つーかフリージアさ、普段は研究員なんでしょ? 私より剣振ってないのに何なのよあれは」

 そして今は四人での帰り道。そんなレナの言葉が不意に出る。――フリージアのテストの様子を見ていたレナ、リバールも彼女の実力に驚きと感心が入り混じっていた様子。

「剣は振ってないけど運動しないわけではないし、感覚的に。そもそも誰かに教わったりとかはないから、下手になるとかは無いんだと思う」

 それじゃ日々剣を振って超一流に教わっている俺は一体、とは思わない様にしようとするライトだった(意識している時点で思ってはいる)。

「それにしても……ライト様の稽古、少々不思議な感覚が致しました。何処か普通の剣技とは違う様な」

「あ、リバールはわかる?」

「詳細はわかりませんが、剣がぶつかり合う音に違和感が」

 五感が鋭いリバールならではの感じ方だった。――ライトは今特訓中の「ミラージュ」について説明。

「成程、その様な剣技を」

「強くなるのを諦めたわけじゃないけど、でも誰かの隣に立っていたい。そう思ったからさ。――ああジア、お前のせいじゃないぞ」

「あ……」

 先に謝られそうな気がしたのでライトは指摘。図星だったらしい。

「俺が自分で決めたんだ。俺が出来る事を全力でするって。だから、いざっていう時は、必ず隣に立つから」

「……うん。あたしをライトを待つだけじゃなくて、あたしなりに、ライトに近付く努力、する」

「二人とも健気だねえ。――ま、でも普段は私だから気、張らなくていいよ。近くに居てくれたら何処に居ても守ってあげるから。それこそ、隣にいてもね」

 フリージア、レナ。新旧の相棒は性格もライトに対する触れ方も違うが、でもライトにとっては二人とも隣に立っていたいと強く思える存在だった。――頑張ろう。少しでも、実現出来る様に。

 そんな決意を新たに固め、歩いていると。

「あ……あの!」

 不意に呼び止められる声。振り返ってみれば、一人の中年の男性が。自然と半歩、レナとリバールが前に出る。当然ライトを守る為に念の為、である。

「貴女……フリージアさん、と仰るんですよね?」

 が……男性の目的はフリージアだった様子。

「そうですけど。あたしに何か」

「もしかして……母親の名前は、ジュリアン、といいませんか?」

「っ!」

 その名前を出されて表情が一気に強張るライトとフリージア。……その様子を見て、更にもう半歩、レナとリバールが前に出る。

「貴方……一体」

「自分、ジャンといいます。――ジュリアンの、今の夫です」

 それは、衝撃的な告白、出会いだった。

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