第225話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」30

「神様かぁ」

 夜、静かな風が吹くその場所で、視界に収まるハインハウルス研究所を優しく見つめる姿があった。

「実際、神様を蔑ろにはしちゃ駄目だけど、でも大切なのは本人の意思だよねぇ。神様だって知らない所で膨らまされちゃうと多分困るんじゃないかなあ、うん。……まあ、それより」

 目を閉じて、意識を集中させ、存在、魔力の流れを感じる。――内部の結末が、感じ取れた。

「フリージアちゃん。私が助けてあげたその命、意思、無駄にしちゃ駄目だぞ? 途中で諦めちゃうのが、私一番嫌いなんだから」

 そう言って優しく微笑む。――感じる風が、気持ち良かった。

「それからライトくん、か。――君にも正式に会ってみたいな。何処かで会えるといいね。まあ、「平和な場面で」会えるのが一番いいけど」

 不思議な存在だった。――皆が気にするのも、わかるかもね。

「それじゃね。二人のこれからの道に、幸あれ」

 そう告げると、その人物は静かに、消える様にその場を後にするのであった。



「フリージア!? ちょっ、大丈夫なの!? だって意識不明の重体で――」

 ポン。――急ぎフリージアに駆け寄ろうとするソーイを、ニロフが軽く肩を叩き引き留めた。

 実際、ここにいる誰もがフリージアの登場は予想外であった。何故、どうして。そう思って当然の状態。――でも、その疑問を自分達がぶつける前に、

「ジア……大丈夫、なのか……?」

 ライトが、ゆっくりとフリージアの前に歩いていく。――先に向き合わせてあげるべき人がいる。その答えに辿り着いた時、誰もが何も言わず、ただ様子を見守る形となる。

「うん。――死んでもいいと思ったのに、結局死ねなかった。ライトが戦ってるって知って、気付いたら、ここに来てた」

 謎の声は聞こえたが、結局経緯はわからない。しかも瀕死だったのだから目が覚めたとしても直ぐにここに来れるわけがない。でもフリージアは目が覚めた。ライト達が戦っているのも知っていた。だからここに走って来た。何故、どうして。――でも、そんな事よりも。

「良かった……ジア、生きててくれて……本当に、良かった……!」

 ライトにとってはそれだけだった。二度と会えないのも覚悟していた。その彼女と、会話している。その事実が、ライトを緊張の糸を途切れさせ、

「……泣かないでよ。生きてたんだから」

「だって……俺……俺……っ!」

 ライトの目から、大粒の涙を零れさせた。それは安堵の涙と、

「ジア……ごめんな……本当にごめんな……俺、またジアを守ってあげられなかった……今度こそ、今度こそジアを守るって誓ったのに、それなのに、俺……!」

 後悔と懺悔の涙だった。――その涙を見て、

「……謝らないといけないのは、あたしの方」

「……え?」

「ライト。……ずっと、ごめんね」

 フリージアは、ゆっくりとライトに謝罪をした。こちらの瞳にも、涙が浮かんでいる。

「ライトはあたし達が小さい頃からずっとあたしに寄り添って、あたしを何度も助けてくれたのに、あたしはそれに甘えるだけで、ライトの苦しみに気付いてあげられなかった。あたしは何度もライトに大切な物を貰ったのに、そのあたしはたった一度のすれ違いを、許せなかった」

「それは……俺の、勝手な」

「ライトがしてくれた様に、もっともっとあたしもライトに寄り添えば良かった。そうしたら、あたし達、こんな回りくどい事しなくて済んだの。自分だけが傷付いてるなんて思いこまなくて済んだの。――二人とも、傷付いたまま大人にならなくて、済んだ」

 口調はハッキリしているが、徐々にフリージアも、溢れる涙が止まらなくなる。

「あたしはライトを憎んで、再会しても突き放して。挙句にあんな手紙を残したあたしの為に、ライトは今も戦ってくれた。その姿を見て、ハッキリ思った。――あたしやっぱり、ずっとライトの横に、立ちたかったんだって。あの時みたいに、ずっと。その機会を無くしたのは自分なのに、我儘だよね」

「ジア……俺だって、ずっとジアから逃げ続けて来たんだ。再会するまで、ずっとだ。もう二度と同じ過ちは繰り返さないって勇者になったけど、結局ジア本人に届かなかったら意味がない。ジアが居なかったら、意味がないんだ」

 ようやくぶつかり合い始めた、二人の本音。音もなくぶつかる想いは、優しさとなって辺りを包む。

「ねえライト、ライトは、こんなあたしを許してくれる?」

「許すも何も、俺は――」

「ライトが許してくれたら……あたしも、きっと今ならライトを許せる」

「!」

 そして、ついに口にした、決定的な言葉。

「あたし達、お互い許し合えたら、また元に戻れるかな。だから」

「……元に戻れなくたっていい」

「ライト……?」

「また最初から、やり直せばいいんだ。新しい俺達を。あの時の俺達を、越えればいいんだよ」

「!」

 そう言って、ライトはフリージアに笑いかける。涙は溜まったままだが、それでも精一杯の笑顔を見せた。その笑顔を見て、フリージアも涙ながらに笑顔を浮かべる。お互い上手くは笑えてないが、それでもその笑顔は輝いていた。

「ライト。――勝手に裏切られたと思って、ライトに寄り添えなくて、傷付けて、ごめんなさい」

「ジア。――ずっと傍に居るって言ったのに、約束守れなくて、ごめん」

 そして、二人で謝った。綺麗に頭を下げて、精一杯、謝った。――ゆっくりと、同時に頭を上げる。視線がぶつかる。

「ジアっ!」「ライトっ!」

 その瞬間、二人は勢いのままお互いに抱き着いた。強く強く抱きしめ合い、お互いの存在を確かめた。

「ごめん……ごめんな……! ありがとうな……!」

 再び涙ながら、謝罪とお礼をライトは繰り返した。

「あたしも、ずっとずっと、ごめんね、ありがと……ライトはやっぱり、あたしの勇者様だから……憧れの勇者様、だから……!」

 その謝罪を受け止め、憧れの言葉をフリージアは口にした。長い長いわだかまりが、溶けていく。二人の抱擁で、涙で、笑顔で、溶けていく。

 そして――



「ええっ!? フリージア、ライト騎士団には行かないの!?」

 フリージア、正式に病院を退院後、寮の自室にて。一緒に退院に付き添ってくれたソーイが驚きを隠せない。

「何? あたしがいたら何か迷惑な案件でも?」

「いやいやそうじゃない、そうじゃないけどさあ、あの流れあのシーンからしてどう考えても移籍でしょ。「ジア、これからは俺の隣で歩いてくれるか?」「うん、あたし、ライトの隣に一生いるから」……あっ待ってごめんちょっと誇張が過ぎたかも!」

 オーバーなリアクション、オーバーな台詞でライトとフリージアの仲直りを演じるソーイに、フリージアは満面の笑みで鬼の様な気迫を漂わせて接近。――うーんでも実際この位の勢いに私は見えたんだけど、とはこれ以上言えないソーイ。

「フリージアの実力なら全然行けるでしょ。今度こそライトさんと一緒に戦えるんだよ? 一緒に居たいんでしょ?」

「……まあ、居たいけど」

 あっ、何だこいつ、可愛い。――とも口に出せないソーイ。出したらまた鬼の気迫で迫られる。

「実際王女様にも言われた。来たいなら、いつでも歓迎しますわ、って」

「お墨付きじゃん! だったら尚更――」

「でも、それって何か違うね、って、ライトと話したの」

 ソーイの追求を遮るフリージアの顔は、晴れやかだった。

「あたし達、一からやり直すって決めた。でもそれはお互いが今抱えてる物を捨てるって事じゃない。ライトには勇者の、あたしには研究員としての役割がある。だからあたし達は再会出来たから。自分達が今している事に誇りを持って歩こう。今直ぐ隣で戦えなくても、いつか一緒に戦えたらそれでいい。その為に、お互い今出来る事を精一杯やろう。――そう、決めたの」

 二人は大人になった。子供の頃なら迷わず一緒になっただろう。でも今それをお互いの気持ちだけで実行すれば、少なからず多方面に迷惑がかかる。それは違う。自分達が目指す道じゃない。

 お互いに、隣にいる人間として、相応しくなるという事は。――それを考えた結果、出た結論なのだ。

「強い。……強いね、フリージア」

「強いわけないでしょ。弱いから、遠回りして遠回りして、やっとやり直せるんだから」

「そか。――あーもう、今直ぐ私、フリージアをライトさんから連れ去りたいわ。一生放したくない」

「ばーか」

 そんな風に、和やかに意思確認をしていると――コンコン。

「すみません、ハインハウルス魔術研究所所属のフリージアさんはいらっしゃいますか?」

 フリージアを訪ねて来る声が。寮の中にいるという事は、研究所の受付も済ませており、危険な人物ではない。フリージアはドアを開ける。――事務官風の女性が立っていた。

「フリージアはあたしですけど」

「あ、すみません、確か退院直後ですよね? 失礼かなとは思ったんですが、でも一応早い方がいいかと思いまして」

 そう言うと、その女は一枚の封筒を差し出す。

「これは?」

「国――正確には、国王様からの通達です。お受け取り下さい」

 国王からの通達。――あまりいい予感がしない。また合コンだろうか。

 溜め息混じりで封筒を開け、中身を確認する。そこには――



 捕らえられたタックとデジフ。取り調べが行われているが、目的こそあの魔方陣のデータ奪取を認めたが、裏、上に何が誰がいるかを語る事はしなかった。――正確には、語れない様に封印の魔法を施されていた。今度はその魔法の解析等も始めないと埒が明かない。長い戦いになりそうだ、という話をライト騎士団は受けていた。

 というわけで、任務も一旦終了。ライト騎士団も一旦休憩へと入ったのだが、

「へーっ、勇者君、フリージアこっちに呼ばないんだ」

 ソーイと同じく、やはりフリージアを加入させるものだと思っていたライト騎士団の面々は、その結論を聞いて大小あれど驚いていた。

「うん。フリージアとも話し合ったんだけど、何か違うよね、って」

 そこからはフリージアがソーイにしたのと同じ意味合いの説明をライトはする。

「成程。我としてはまた一人、騎士団に美女が増えるのを楽しみにしておりましたが、ライト殿らしい結論。応援致します」

「ありがとう」

「ライト、逆にフリージアを加入させたくなったら遠慮なく言って。それこそお父様無視で私が独自に動きますわ」

「はは、嬉しいけどそこは国王様通そうよ」

 実際フリージアの勧誘を熱心にしていたのはエカテリスである。――騎士団の戦力アップは兎に角嬉しい様子。

「それじゃ、この書類も取り合えずは仕舞っておくわね、マスター」

 そう言ってネレイザは加入に必要な書類を戸棚に戻した。そのネレイザにそっと近付き、レナはポン、と肩を叩き、

「へいガール、心の中のガッツポーズが透けて見えるぜ」

「ぶっ」

 そう耳元で囁いた。

「な、な、な、何の事よ」

「まあ今この勢いでフリージアに来られちゃったら厳しい戦いになるもんねえ。勇者君がわだかまり消えて元気になって更に本人が選んだ結論がこれだから今回言う事無し」

「う、五月蠅い、私はどっちでもいいと思ってたもん!」

 顔を赤くして強がるネレイザ。

「? ネレイザ、顔が赤いぞ、風邪でもひいたのか? ここ数日大変だったよな、無理はしないでくれ」

「大丈夫! マスターは気にしないで!」

 そしてその理由にライト「だけ」が気付かない。――他の面々は優しい目でネレイザを見ていた。

「でも、フリージアさん研究員だけあって魔道具にも精通してそう! 折角お隣にいるんだし、今度相談にボク行ってみようかな!」

「決めつけで突撃しちゃ駄目よサラ。いくらライト様の幼馴染でお隣でも迷惑……お隣?」

 いつも通り何気なくサラフォンをハルも制止しつつ、不思議なワードに気付いた。――隣?

「長、都会は凄いな。城と研究所のあの距離でも隣と判断する土地勘なのか」

「まてドライブ隣との境目の感覚に田舎も都会もないだろ。その感覚なら俺達全員同棲同居してる。……サラフォン、隣って何だ? 移動する魔道具でも出来たの?」

 そしてサラフォン以外の騎士団全員が疑問に思った様で、代表してライトが素直に尋ねてみると。

「え? フリージアさん隣の部屋に居たよ? ドア開いてたから姿が見えて、挨拶したら挨拶返してくれたし」

 と、寧ろ何で皆そんな顔してるの、という感じでサラフォンが返事。その返事を聞いて、各々軽く顔を見合わせ、気付けば立ち上がり、隣の部屋へ向かっていた。――まさか。

 廊下に出ると、隣の部屋に兵士が数名荷物を運び込んでおり、

「はい、それはそこで。――あ、それはこっちで大丈夫です」

 隣の部屋では、荷解きをしながら運ばれてくる荷物の置き場所を指定しているフリージアがいた。――って、

「ジア!? どうした、何だこれ!?」

 当然ライトを中心に、面々は驚きを隠せない。――どう見ても引っ越しの最中だったからだ。

「あ、ライト。それに皆さん。落ち着き次第ちゃんと挨拶に行くつもりだったんだけど」

「挨拶……? それに、これって」

「はい」

 そう言うと、フリージアは一枚の紙をライトに手渡した。

「本日付けで、あたしフリージアはハインハウルス魔術研究所・ハインハウルス城支部の所長に就任しました」

「え……ええええ!?」

 その書類には、ヨゼルドからの辞令として、確かにその通りに書かれていた。勿論ヨゼルドのサインつき。

「今後、今回の件の含め、ライト騎士団は特別な事案に関わっていく事も増えていくだろうから、より深く早く連携を取れるように、城の内部、ライト騎士団の隣に支部を作りたいって。人選としては騎士団と今回の事案で関わりがあったあたしが選別されたみたい。――今はあたし一人だけだけど、落ち着いたらソーイ辺りもこっちに呼ぼうと思ってる」

「国王様の……」

 ヨゼルドも当然経緯は知って、そしてライトとフリージアの判断も知っている。その上で、二人の関係を少しだけ後押ししたいと手を回したのだ。――ニコニコしながら決めてるヨゼルドの姿が全員目に浮かんだ。

「あたしの我儘で移動するのは違うと思ってたけど、こういう理由、内容ならいいのかな、って、あたしも受けた。――だからね、ライト」

「うん」

「これからは、昔程じゃないけど、隣で支えてあげられそう。――宜しくね、これから」

「ジア……うん、そうだな、折角なんだ、頑張っていこう」

 気付けば、二人は握手を交わしていた。新しい距離で、新しい一歩が進める。その事に喜びを隠しきれないライトと、クールを装いつつも、ライト以上の喜びを隠しきれないフリージア。

「どうするネレイザちゃん。来ちゃったよ?」

「ど、ど……どうしよっかなあ!」

 かくして、フリージア――ハインハウルス魔術研究所・ハインハウルス城支部へ転勤。ライト騎士団の隣へ引っ越し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る