第224話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」29
ガキィン!――強く重く、剣がぶつかり合う音が響いた。タックがライトに向けて振り下ろした剣と、
「チッ!」
「……っ!」
その剣を、防いだライトの剣がぶつかる音だった。――そう、ライトは自ら反応、タックの攻撃を防いだ。
「一番弱そうな奴を狙ったのに……!」
タックのその判断は正解である。ライトが一番弱い。そしてこうなった以上、今ライトを押し切るしかもうタックに道は無い。ここぞとばかりに剣に力を込めるが、
(!? 重い……!? 何だこいつの剣は……どうしてこんなに重い……!?)
ライトの剣が微塵も動かない。生涯今まで剣を振るって来た中で、一番重い。そんな気がした。押し切れない。
「お前……何者だ……!? お前の剣は、何なんだ……!?」
決してライトが強くなったわけでも、タックが弱過ぎるわけでもない。――ライトの剣の秘密は、「あの日」に遡る。
「アルファスさん……何それ……それって」
「ああ。これが俺が編み出した剣術。「ミラージュ」だ」
あの日、アルファスがライトに教えるという剣技を体験したレナ。いつでも冷静なレナが、驚きをまったく隠さない。
「まあこれから教えるんだから種を明かすとだな、剣と剣がぶつかり合う感覚ってのは、当然ながら一度でも剣を振るった人間なら頭に染み付いてる。勿論相手の実力や武器のレベルによって重い軽いはある。でもそれを重い、軽いって感じる感覚もしっかり染み付いてる。それに関して疑問に思う人間はいねえ。レナは思った事あるか?」
「まあそれ疑問に感じるのは人間の生態の神秘とかの話だから疑問には思わないよ」
それはそうである。ライトとてレナより断然剣を振ったレベルは低いとはいえ同意見。
「だろ。――だから、その感覚をずらす。レナ、今の話を頭に入れたうえでもう一回、打ち込んで来てみろ」
アルファスに言われ、もう一度身構え、レナがアルファスに向かって軽く突貫、剣を振るう。――キン!
「! おーおー、成程、そういう事、言われると何となくわかるわかる」
二回目の衝突でレナは理解が出来た様子。うんうんといった感じで力を抜いて剣を仕舞った。
「レナ、どんな感覚なんだ?」
「なんつーの? こう……勇者君、私を抱いて! あっでも私から迫ったのに勇者君激しい、でもネレイザちゃんには私が勇者君を襲ってる様に見える、そしてそれを止めに入ったらネレイザちゃんも食べられちゃった! みたいな」
「一ミリもわからないしどうしてそういう方向性で表現しようとするのかな!?」
馬鹿なやり取りをしている横で、自分も試したいとフロウが志願、アルファスに試して貰っていた。――キン!
「兄者、こう言えばいいかもしれない。オムライスがあるだろう。卵の中はチキンライスがいいよな? でも中は白いライスだったんだ。何だ物足りない、と思って口に運んだら、その白いライス、実はハンバーグなんだ」
「フロウ!? 料理得意なんだろ、今度フロウのご飯食べてみたいな!」
最早その感想にしか辿り着かない例えだった。何故米がハンバーグになってしまうのか。
「まあつまりだ。俺の店には今従業員としてセッテとフロウがいる。ところがどうしてもセッテは五月蠅くなってしまう瞬間があるわけだ。可愛い子には旅をさせよって言うだろ、俺はあいつを旅に出したい」
「アルファスさんは編み出した張本人だから例え話いらないっていうか今の本当に例え話になってますか!?」
何処からどう聞いてもセッテが今日もはしゃいだのがアルファスからして邪魔だった話にしか聞こえない。
「んじゃちゃんと説明するぞ。剣と剣がぶつかる感覚が染み付いてるって話はしたな? そのインパクトの瞬間の力の入れ具合を変えて、微量の魔力を込めて相手に予想外の感覚を与える技だ。剣のぶつかり合いが染み付いてれば染み付いてる程普段とは違う感覚に、相手は混乱する。相手の力量と自分の力量の差が掴めなくなり、次の一手に戸惑う」
つまり、
「俺の事を知らない相手なら、俺が弱いかどうかわからず、警戒心を与えられる?」
という事に繋がると思った。
「まあその目的はあるな。相手が武器を使った接近戦を使う相手限定だが、結果としてお前の生存確率は大幅に上がる。基本お前の近くにはレナがいて心配はいらない。そのレナを掻い潜って万が一の一撃が来ても、お前がこの技を会得すれば確実に時間が稼げる。稼いでる間にレナが来るなり他の誰かを呼ぶなりすれば、今以上にお前がピンチになる確率が減るってわけだ。そしてそれは、お前の目的――「誰かの隣に立つ」事にも最終的には繋がるだろ」
「!」
そう。ライトが一撃でも防げる様になるのなら、例え隣にいるのがレナではなくても、作戦の幅は確実に広がるだろう。
「勿論デメリットもある。ハッキリ言って攻撃には向かない。あくまで相手からの攻撃に対して予想外の重みを与える事で意味が生まれる技だからな。一応俺位になれば攻撃でも使えるが、ライト、お前には無理だ。断言してもいい」
「……はい」
わかっている。自分は才能がない。弱い。――それに打たれて今はショックを受けている場合じゃないのだ。
「つまり、この技の練習を始めるという事は、しばらくの間、お前は純粋に強くなる事を諦めるって事だ。両方同時に訓練してどうにかなる様な技じゃねえからな」
少しずつでも強くなる。その目標を、一度捨てるという事。覚悟が必要。アルファスもそれをわかっていて、ライトに説明をしている。――でも、
「大丈夫です。俺は一人で強くはなれない。誰かの隣に立って、仲間と一緒に居る。その強さが、欲しいんです」
答えは直ぐに出た。――もしかしたら、アルファスが今から教えようとしているその技は、ライトが求めた答えなのかもしれない。そんな気がしていた。
「わかった。――言っておくけど難しいぞ。覚悟しておけ」
こうして、アルファスの剣の稽古は、新しいステップへと進む事になった。そして――
「ぐ……っ!」
「…………」
タックは困惑する。感じた事のない剣の重みに。その混乱は、「今ここで強引に力を込めればライトは倒せる」という事実をタックの選択肢から遠ざける。
勿論ここ数日でライトがミラージュをマスターしたわけではない。ライトが使ったのは教わりたてほやほやの初歩の初歩。タックはこの瞬間に辿り着くまでに重なったダメージ、状況として既に勝ち目などほとんどない極限の状態で、それが冷静さを削りきっているのが成功に繋がっている。一言で言ってしまえば、運、偶然の部分もあった。
だが今、ライトにとってそれは重要では無かった。
「ふざけるなよ……お前……」
「……!?」
彼の中に今あるのは、目の前のタックに対する――「怒り」。
「お前……ソフィの攻撃を完全に喰らって……やられた「振り」してたな……!? 自分がやられた「振り」をする事で、あの女の人を騙して、怒らせて、一人で戦わせたな……!?」
そう。ソフィの反撃を喰らったにしては傷が浅い。あの傷で、この勢いでライトに切り掛かる事が出来るとは考え難い。つまりタックは自分が傷付き倒れたらデジフが怒り狂い暴走する事を読んで、自分がやられた、寧ろ死んでしまった位の勢いを演じたのだ。
結果、デジフは大幅にパワーアップ、たった一人でこの人数、しかもライト騎士団の精鋭を一定時間相手にしてみせた。確かに作戦としては間違っていなかったかもしれない。――でも。
「自分を大切に想ってくれてる人を騙して……一人で戦わせて……倒れさせるまで放っておくって……何だよ……!」
客観的に見れば、そうなる。――その事実が、ライトの感情のリミッターを一つ外させた。
「五月蠅いな……敵のお前に、美人の女達に囲まれてるお前に、何がわかる!」
「あの女の人がお前を大切に想ってたのは敵だけどわかったよ! お前がやられて、あんなに、あんなに怒ったんだぞ!?」
そしていつからか、ミラージュも何も関係ない、ただの力の押し合い、感情のぶつけ合いに移り変わっていく。それでもライトは負けなかった。――今のライトは、負けなかった。
「誰かに大切に想って貰うって、誰かに信頼されるって、思っている以上に本当に大きい事なんだよ! そしてそこから逃げる事で生まれる傷は、想う方も想われる方もずっと残り続ける! 消える事のない傷が、お互いにずっと苦しめ続けるんだ! 向き合わなきゃいけなかったんだよ、真正面から、お前は、この人に! お前があの人の事をどんなに想って無かったとしても、それでも向き合わなきゃいけないんだよ! その想いを、こんな方法で利用してるお前が、何かを成し遂げられるわけない、俺の仲間達に勝てるわけがないんだ!」
「偉そうに、何様なんだよお前! 知った様な口を!」
「知ってるんだよ実際にな! 俺はお前以上に格好悪い存在だよ! そうだな、敵のお前達に何言ってるんだって話だよ、それでも、許せなかったんだよ! 俺と違って……「俺達」と違って、まだ間に合うのを見ればな! ああそうだよ、間に合うじゃんかよ! 向き合えよ、向き合えよ! 逃げるなよ! 今向き合わなきゃ、一生後悔するぞ!」
最早そのライトの叫びは私情以外の何物でもない。自軍の施設を襲い、何よりフリージアを瀕死にした人間相手に、何を言っているんだ、という話である。
それでも今、ライトを止める人間は居ない。いや、止められる人間が居ないと言った方が正しいか。それ程までの力が、想いが、ライトから醸し出されていた。タックとデジフの関係に少しだけ自分――「自分達」を重ね、やられた事は許せなくても、二人の関係を想いを壊すのは違う。そんな気迫が、ライトを奮い立たせていた。
だからと言ってぶつかり合いが永遠に続けられるわけではない。結局剣を握っているのはライトであり、ミラージュも無意識の内に解除した今、少しずつ負けが見え始める。その微塵の差に、団員の誰もがライトを助けようと身構えた――その時だった。
「ライト、左っ!」
同じくその微塵の差に気付いた「彼女」が、ライトにサポートの声を出す。耳に馴染んだ声、体に馴染んだそのサポートに、ライトの体が自然と動いた。力を入れ直し体を捻らせ、
「が……はっ」
そのまま力だけで押し切ろうとしていたタックの剣を躱しつつ、左側からの攻撃。元々手負いだったのもあり、そのライトの攻撃を喰らい、ついにタックは本当に倒れた。
ライトの勝利。紛れもなく、ライト一人での勝利。――だが、その事実よりも、もっと大切な事。ライトが急ぎ振り返ったその先には、
「ジ、ア……?」
サポートの声の主――フリージアが、落ち着いた表情で、ライトを見ていたのであった。
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