第223話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」28

「教祖様!」

 とある所にある、タカクシン教の本部、総本山。廊下で「教祖様」の姿を見かけたクレーネルは、急ぎ呼び止め、駆け寄る。

「クレーネル。どうした?」

「お聞きしました。私の使用した召喚魔方陣の外部使用調査に、タックとデジフを派遣したと」

「ああ、耳が早いね。――何処の誰だか知らないが、君のその力を調べている人間がいる。証拠を握り潰してくる様に、と指示を出した」

「ですが、心配には及びません。あの魔方陣から、私、及びタカクシン教に辿り着く事はありません。ですので――」

「クレーネル、君は俺の判断が間違えている、と?」

 冷静に、でも鋭い威圧を「教祖様」は飛ばす。

「――証拠を残してしまった私のミスなのに、お手を煩わせて申し訳ありません。ありがとうございます」

 なので、クレーネルは直ぐに自分の意見を退ける。――この人に、逆らってはいけない。

「気にしなくていい。君はタカクシン教において、大事な存在だ。この程度の事は当たり前さ」

 そしてクレーネルが意見を退けた事で、「教祖様」も直ぐに威圧を消す。

「ですが……タックとデジフ、ですか。ハインハウルス軍相手に、上手く動ければいいのですが」

 クレーネルも二人の実力は知っている。そして何より、ハインハウルスの実力も以前この目で間近で見てきた。比べてしまえば……

「いや、最悪失敗でも構わないんだ」

 が、そのクレーネルの疑問に対し、「教祖様」はそう答える。

「あの二人は能力値もバランスが悪くて扱い難いが、何より信仰心が足りない。まともに神に祈っている様には見えない。幹部だがその地位に溺れ惰性で在席している。俺の言う事にも時折不満気だしね。――そんな人間、神がお許しになるわけがない。ここで消えてしまっても、何の問題もないんだよ」

 落ち着いた表情で、当たり前の様にそう言い切る。――彼にとっては日常茶飯事の判断なのだ。

「下手に捕まって、あれこれ喋ったりはしないでしょうか」

「その心配もいらない。二人共、捕まっても何も喋れないよ。その下準備はしてある」

「流石です」

 捕まってもどうして喋れないのか。クレーネルも深くは尋ねない。ただ雰囲気から本当にそうなっているのはよくわかった。

「俺としては寧ろ、失敗して捕まってくれた方がいいとさえ思っている」

「? 何故です?」

「いざという時の、決定的な亀裂がこれで作れるからさ。ハインハウルス国との。――あの国は、タカクシン教に成り代わり、この世界を治めようとしている。果たして、それを神がお許しになるかどうか、という話さ。――争いを無暗に起こしたいわけじゃないが、仕方ない話なのさ」

 そう言って、「教祖様」は軽く笑う。自分の考え、意見、その全てに間違いを微塵も感じていない、完璧な顔だった。

「このクレーネル、タカクシン教の為に神の為に、今後共心身全てを捧げて動くつもりです」

「ああ。神の為に一緒に頑張ろう」

 頭を下げるクレーネルに、ポン、と優しく肩を叩くと、「教祖様」はその場から去って行くのであった。



「フーッ……フーッ……フーッ……」

 息を荒くし、コントロールを失った魔力が漏れ迸る。今のデジフは、最早獣。――ただの獣なら良かった。

「タック君……タック君が……あああああああ!」

 荒々しい威圧と共に怒り叫び狂うその姿は、精鋭揃いのライト騎士団にすら警戒心を与える物。少しでも気を抜けば、一気にこちらに被害が出てしまう。それを感じさせるには十分過ぎる姿だった。

「ライトニング・ハリケーン!」

 先制したのはネレイザ。激しい風と雷の混合魔法で一気にデジフを追い詰めようとするが――

「っ! ネレイザ殿、いけません! あれは恐らく魔法に対する防壁が圧倒的に強い!」

「え……? な」

 直ぐに気付いたニロフが叫ぶ。――デジフは無傷だった。怒りと共に漏れ迸る魔力が、ネレイザの高い攻撃力すら物ともしない。

「タック君の……仇ぃぃぃぃぃ!」

 そしてダメージは無いものの、攻撃を受けた事でデジフのとりあえずのターゲットがネレイザになってしまう。怒りと共に突貫。ネレイザも直ぐに魔力で防壁を作り防ごうとするが――ヒュン!

「失礼」

「!」

 デジフの突貫はそれも呆気なく貫通。――その光景を直ぐに予知出来たのは、

「リバールさん! ありがとうございます……」

 急ぎ合流の為に移動してきたリバールだった。素早くネレイザを抱きかかえ回避、別の場所で優しく立たせる。――先程までネレイザが居た場所は跡形も無かった。

「皆、相手の攻撃力が尋常ではないですわ! 一撃も貰わない様に警戒! 連携を大事に!」

 直ぐにエカテリスが指示を飛ばし、各々が位置取りを重視する。ソフィがエカテリスの近くへ、ネレイザがレナとライトの近くに移動、瞬時の機動力に長けるリバールが全体的に何処のフォローにも入れる位置へ。ニロフがソーイを守る為にソーイを連れ若干後退。

「ドライブ、サラフォン、ハルも直に合流出来ますわ! 勝負はその時!」

 実際、今のこの人数さえ断然有利だが、更にその三人が加われば勝利は確実。そう考えるのは当然だろう。勿論それで気を抜くわけではないが、その時まで気を抜かない様に、というエカテリスの作戦であった。

「全員……全員……倒してやるぅぅぅ!」

 一方でデジフ、両手に魔力を込め、その手を地面に当てる。デジフを中心に三百六十度、高熱の暴風が走り、視界も悪くなり、デジフに近付けない。

「ネレイザちゃん。いざって時はお願いね」

「え? レナさん……?」

 誰もがその高熱の対処に追われる中、動いたのはレナだった。炎を得意とするレナ、剣を握り直し一閃。デジフまでの視界を一気に開く。

「まったく、あんな根暗そうな男の何処がいいんだか。信じらんないわ」

「は……お前、今、なんて言った……?」

 そして何をするかと思いきや、デジフへ挑発を始めた。

「タック君だかベック君だか知らないけど、馬鹿みたい。あんなのやられて当然でしょ」

「タック君を……タック君を……馬鹿にするなぁぁぁ!」

 ズバァァン!――デジフ、更なる怒りと共に突貫。レナが真正面からぶつかり合う。

「っ! マスター、私の後ろに!」

「俺なら大丈夫だ! それよりレナを――」

 一対一では危険な相手、なら一番近いネレイザを援護に回すべき。直ぐにその判断をライトはするが、

「ぐ……この……この……!」

「…………」

 衝突後、一気に押し切るつもりだったデジフだが、レナを押し切れない。レナは冷静に、冷静過ぎる目で、デジフを見ていた。

「あんたさあ、何処の悲劇のヒロインのつもり?」

「え……?」

 そしてぶつかり合ったまま、その問いをデジフに投げかけた。

「この世界に関してどっちが正義かなんて私は語るつもりはないよ。私がいるハインハウルス軍、あんたがいる所、それぞれの考えがあるんだろうし。でもさ、あんたのその怒り、完全に個人的な奴でしょ? 自分が大切に想ってる人がやられたから?」

「当たり前でしょ!? 私にとってタック君は世界一ヤバい存在なの! それを――」

「じゃあさ、その前にあんた達に酷い目に合わされた人を大切にずっと想い続けてた、私達のリーダーの気持ちはどうなんの?」

「!?」

「私的にはさ、争いだし戦争だしお互い様って思うタイプなんだけど、ところがあんたはそこで怒り狂って叫びまくってるわけじゃん? その自分だけがー、みたいな顔が私としては非常にムカつくわけ。つまりさ。――ふ・ざ・け・ん・な・よ・こ・の・デ・ブ!」

 ズバァァァァン!――直後、物凄い激しい衝突音、爆発音。一瞬誰もが視界を奪われる。種を明かせば一時的に防御を捨て攻撃力を一気に増幅させたレナが、相打ち覚悟で攻撃。その攻撃はデジフの高い防御すら見事に貫通し、デジフも吹き飛ばした。……が、自らもデジフのカウンターでダメージを負い、吹き飛ばされる。

 誰もが未だ打ち破れていないデジフの防壁をレナが打ち破った。――その事実よりも、ライトは何よりもレナの安否が直ぐに気になった。見えない視界の中、まずその事だけを思考が優先させ、

「ネレイザ! レナをフォローする!」

「マスター!? 待って無茶しないで!」

 ネレイザに全てを託し、自ら走り出した。――ガシィッ! パァァン!

「レナ! 大丈夫か!?」

 ライト、見事にレナを抱きしめキャッチ。そのライトとレナに補助魔法でクッションを出しネレイザが衝撃を和らげる。

「おー、勇者君ナイス。まさか勇者君に正式にこうして抱きかかえられる日が来るとはね。ネレイザちゃんもナイス。……マーク君の方が補助魔法上手かったなー」

「助けてあげたのに減らず口! お兄ちゃん褒めるのはいいけど!」

 ダメージはあるものの、実際レナは大丈夫そうだった。ライトとネレイザは一安心。

「ここしかねえ、レナが作ったチャンス! 姫様!」

「ええ! リバール、援護をお願い!」

「承知」

 一方で、吹き飛ばされたデジフに特攻をしかけるソフィ、エカテリス、リバール。切り開いたレナのチャンスを無駄にせんと、全力での一斉攻撃。統率のとれた見事な連携に乗る、個々の高い攻撃力、技術に、デジフは対応仕切れない。

「う……あ……ああああ……」

 そして勝敗はライト騎士団に上がる。一人無双を続けていたデジフの暴走がついに途切れ、その場に倒れた。

「何者かは知りませんが、それでも今回ここを襲撃した事、そして前回ここを襲撃した疑惑で捕縛、連行しますわ。大人しくなさい」

 エカテリスがそう宣告すると、リバールが倒れたデジフをこれ以上何も出来ない様に特殊な拘束具で捕縛する。

「タック君……タック君……」

 弱々しくタックの名を呼ぶデジフ。失意のまま、愛する人の名をただ刻む。――そう、誰もが思っていた。

「マズい! ライト殿!」

 だが違った。デジフは、タックに助けを求めていたのだ。何故なら、その時タックは既に「立ち上がっていたから」。その事実に最初に気付いたのはニロフ。だが彼はソーイを守る為にその場から離れていた。――対応し切れない。

 そして本来ならこういう時に対応するレナがダメージでライトに抱き抱えられている状態。――対応し切れない。

「……死ねぇ!」

 タックが剣を振るう。ライトに向けて。近くにいたネレイザはレナの治療中。――対応が遅れた。

「っ! くそおぉぉぉ! 団長!」

 次いで気付いたソフィが斧を握り直し走った。――間に合わない。

 振り下ろされる剣がライトに近付く。決着の時が、終わりの時が、近づいていく。そして――

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