第221話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」26
体が動かない。
目も開かない。
何も聞こえない。――あたし、死んだのかな。
「ううん、まだ死んでないよ?」
そんなあたしの疑問に応える様に声が何処からか聞こえる。何も聞こえないはずなのに、その声が聞こえる。
「聞こえてるんじゃないよ。貴女の心に、直接意思を送り込んでるの。貴女が感じている様に、実際の貴女は意識が無い状態だから」
ああ、だからあたしが考えてる事に直ぐ返事が来るわけ。――って、
「改めてこんにちは。フリージアちゃん、よね?」
あたしの心に意思を送るって……誰? 何者?
「えっとね、お友達に頼まれたの。気になる子がいるから、ちょっと見てきて欲しいって」
あたしを気にする人なんて……いないはずだけど……本当に、誰なの……?
「大丈夫、自分で言うのもあれだけど、私悪い人じゃないよ? まあそれは兎も角、本題に入ろうか」
本題?
「フリージアちゃん。実際貴女は今、とても危険な状態。厳しい言い方をすれば、いつ死んでしまってもおかしくない」
……ああそう、やっぱり。あの戦いで、あたし、駄目になったんだ。
「驚かないのね?」
覚悟はしてましたから。それに、
「いつ死んでも、良かった?」
…………。
「そっか。色々あったんだね。……って、また話反れちゃったね。――実は私ね、フリージアちゃんを助けてあげられるんだ」
助けられる……? つまり、回復出来るってことですか?
「うん。まあやり方は秘密。ってわかっても真似出来ないと思うけど。――でもね、フリージアちゃんが本気で生きたいって思えないのなら、助けてあげられない」
……それは。
「だってそうでしょ? 折角助けてあげたのに後悔なんてして欲しくないから。貴女の強い意志が感じられないなら、この話は無かった事にする」
あたしは……あたしは。
「ちなみに、生きるのを諦めても私は責めない。フリージアちゃんの事を深く知ってるわけじゃないから、偉そうな事は言えないから。貴女の選択を、尊重する」
…………。
……疲れました。
「生きるのに?」
はい。――大切「だった」人と再会して、あたしはこの先も、どうする事も出来ない想いに縛られ続けるんだな、って思ったら、疲れました。だから、こういう事になったんだと思います。
一回は立ち向かおうと思いました。その結果が今なんです。――自分で言うのもあれですが、心が折れました。こんな事なら、向き合おうなんて思わなければ良かった。……だから、もういいんです。折角の申し出ですけど、目を覚まして、どんな視線も受けたくない。誰の顔も見たくない。それが例え、大切な人だとしても。
「わかった。それが貴女の意思なら、私は止めない。――お疲れ様。ゆっくり休んでね」
ありがとうございます。
…………。
……居なくなった。ああ、これで本当に終わり。
「あ、言い忘れてた」
まだ居たんですか紛らわしい。
「貴女の大切「だった」人――それでも、戦う決意を固めて、立ち向かってる。丁度今」
……え?
「貴女という傷を抱えて、これからも歩き続ける覚悟を決めたのね。自分の弱さを認めて、それを汲んでくれる仲間達と一緒に戦ってる。彼も心は折れた。でもその折れた心をもう一度立ち上がらせて、戦ってるの。「誰か」の為にね。……フリージアちゃんは、自分の心の弱さは認めても」
……認めても?
「それを抱えて戦う事は、もうしないの? それこそ、その大切「だった」人と一緒に。まだ待ってくれている、その人と一緒に」
…………。
あたしは……あたしは……もう……
建物の前で待ち構えていたドライブ達を振り切った――と、思い込んでいる――デジフとタックは、研究所内に侵入。
「デジフさん、急ぎましょう、大丈夫だとは思いますが追いかけて来られたら面倒だ」
「わかった!」
相当強力なモンスターを土産に置いて行った。簡単に負ける事は無いし、負けたとしても相当の時間を稼げる。――そう睨んだ二人は、急ぎ前回と同じくシミュレーションルームへ。
場所は覚えている。この廊下を真っ直ぐ行けば――
「タック君危ない!」
「っ!」
ズバァン!――突如その廊下の先から飛んでくる気功砲。デジフが咄嗟にタックに覆い被さってダメージを最小限に防ぐ。
「タック君大丈夫だった!?」
「大丈夫じゃないです。デジフさんが物凄い重いです」
「嘘、これでもこの前一キロ痩せたのに!」
「いいからどいて下さい……」
実際タックはデジフのお陰でノ―ダメージ、デジフも持ち前の防御力の高さで大したダメージにはなっていない。
「……けん制とは言え手を抜いたつもりは無かったんですが、成程それなりに厄介な相手なんですね」
そして気功砲を放った人物――ハルが、姿を現す。
(!? 中にも人を置いてる……)
その事実はタックに焦りをもたらす。外のドライブだけかと思っていたら中にも人。かなり警戒されていると考えていい。失敗は許されない中、状況はもしかしたら考えている以上に厳しいのかもしれない。
「メイドさん! メイドさんがいる!」
そして緊張感のないデジフは当然そこに目が行った。「どうしてメイドがいるのか」という所には辿り着かないのは余談。
「でも残念でした! タック君はメイドさんよりもうさ耳バニーさんの方が好きなんです!」
「人の好み勝手に決めないで貰えますか」
「えっタック君メイドさん好きなの? 私バニーは無理だけどメイドさんなら出来るかも!」
そんな馬鹿な話をしている間に、
「――はあああああっ!」
ハルは既に地を蹴っていた。助走をつけての鋭い飛び蹴り。――ドカッ!
「痛いっ! 何するの!? もう!」
そこでやっとデジフも戦闘態勢に入り、反撃を試みる。
(速度は遅いが、一撃は重い……当たるわけにはいかなさそう)
接近戦、打撃戦となってハルは直ぐに見抜く。デジフの防御力、攻撃力。簡単に当たるような代物ではないが、一撃当たったら「終わり」かねない。慎重に回避しつつ、攻撃を続ける。――故にタックまで攻撃をしている余裕はない。
(これ以上ここで時間を取られるのはマズい……無理矢理にでも突破しないと駄目か)
つまり、タックには若干の余裕がある、という事。そのタックの余裕は、考える隙を与えてしまうという事であり、
「デジフさん! 強引に突破します、使って下さい!」
打開案を使われてしまう、という事でもあった。タックはデジフに向けて掌サイズの球体の魔道具を投げつける。――パァン!
「来たっ! タック君、行くよ! 私に何処までも付いて来て!」
球体は弾けると炎の魔力を生み出し、デジフがそれを纏う。
「わああああああ!」
そして気合の叫びを響かせながら、デジフが突貫を開始。
「!? な……」
勿論通すまいと気功を練り直し真正面からぶつかり合うハルだが、その圧倒的勢いに攻撃は勿論自らの体ごと弾かれる。向こうはただここの突破が目的なので受け身を取ったハルにダメージはないが、それでもその隙に二人は進んでしまう。
「デジフさん、そのまま直進して下さい! 目的地までは効果が続くはずです!」
これであのメイド拳闘士は振り切れる、次は、とタックが作戦を練り直していると、
「成程、貴方がブレインですね。なら貴方と止めればここで終わりそうですね」
「!?」
その声は突然、タックの真横から聞こえた。ハッとして右を見た時には既に、
「刃斬雪翔(はざんせっしょう)」
リバールが印を組み、忍術を発動させていた。無数の鋭い刃が何処からともなく現れ、一気にタックに襲い掛かる。
「タック君!?」
「デジフさん止まらないで下さい! 止まったら相手の思う壺です!」
タックはデジフを止めずに、そのまま移動しながらリバールと戦う道を選ぶ。剣を抜き、リバールの忍術の刃に必死に対応する。
「おや、私が出した刃にだけ応対して、私の相手はして頂けないのですか?」
「く……っ!?」
勿論それを黙って見学するリバールではない。自らも愛用の短剣二刀流を持ち、タックに攻めかかる。――移動しながら、忍術の刃と、リバール本人の対応。全てにおいてタックよりリバールが上であり、
「がはっ……」
「タック君!」
ついにタックの足が止まる。タックが止まればデジフが止まる。デジフが参戦すれば戦局は変わるかもしれないが、この場に留まって戦えばハルが直にやって来て参戦する。そうでなくても外がもし落ち着いてしまっていたら外からも援護にやって来る。そうなってしまえば勝ち目は消える。それこそタックとデジフにしてみれば任務失敗確定である。
(くそっ……躊躇ってる場合じゃないのか……!)
その結論に達したタック、意を決して再び掌サイズの球体を取り出す。だが先程デジフに使ったのは赤色だったのに対し、今度は白。それを地面に叩き付けると――カッ!
「っ!」
辺りに迸る光のフラッシュ。流石のリバールも一瞬目を奪われる。鍛錬の賜物、直ぐに目は慣れ視界の確認も出来たが、
「……消えました、か」
その時既にタックとデジフは居なかった。近くに気配も感じられない。
「先輩!」
と、そこへデジフとタックを追って来ていたハルが合流する。
「敵は」
「逃げられました。相当高レベルな転移系統の魔道具でしょう。サラフォンさんだったら細かい分析が出来るとは思いますが、そのサラフォンさんレベルの技術に相当の資金、資材、時間をかけた品だと思います。気配の消し方が綺麗過ぎます」
「先輩が言うなら相当ですね……」
気配を追う、察する、という事では忍者であるリバールの右に出る物はライト騎士団には居ない。
「ただ退却とは思えないので、それであの貴重品レベルの品を使ったとなれば」
「こちらの思惑通り、ですね」
「はい。勿論油断は出来ませんが。――私は姫様達と合流します。ハルさんは」
「念の為にドライブ様、サラと合流してから追います」
「わかりました。それではまた後で」
手短な意見交換、意思確認を終え、二人はそれぞれの方向に走り出すのだった。
バシュゥン!――魔道具を使い、移動したデジフとタック。
「わっ! タック君、何処に移動したの?」
「……目的地、ですよ。前回来た時に念の為にマーキングしておいたので」
そう、移動先は二人の目的地、シミュレーションルームだった。
「えっ、それじゃ最初からそれで移動したら良かったんじゃない?」
「この魔道具貴重なんです。支給もほとんどされないし。そもそもは緊急の脱出用に一つだけ持っていたんです。それを使ったんですよ」
実際脱出も視野に入れたが、ここでただ待ち構えていた敵にやられて脱出しましたなどと報告したらそれこそ何を言われるか。そのストレスを考えたら気付けばこちらへ移動する事を選んでいた。
「兎に角、ここまで来たらやるしかない。時間もない。急ぎますよ」
「あっ、待ってよ」
緊張感のないデジフを置き去りにしそうな勢いでタックは足を速め動く。――そして「それ」は直ぐに視界に入った。
「! タック君、あれって」
「静かに!」
直ぐに物陰に身を潜め、こっそりと覗き直す。――視界の先では、仮面をつけた魔導士風の何かと、白衣の女性が、例の魔方陣を囲んで何かをしていた。
「では」
ボッ、と仮面の方が魔力を込めると、魔方陣からモンスターが召喚される。そのモンスターも、例の魔方陣から召喚される物。
(馬鹿な……資料証拠は全て持ち去ったはず……消し忘れた……? それとも)
「再現したのですよ、我々が」
「!?」
心の内を読まれた。――そもそも、居る事に気付かれていた。
「さあ、ぜひこちらへどうぞ。再現度の感想をお聞きしたいので」
そう、落ち着いた口調で仮面魔導士――ニロフは、二人を手招きするのであった。
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