第220話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」25

「決戦は三日後……?」

 ヨゼルド転移デー(?)の翌日、玉座の間にて。ライト騎士団全員が呼ばれ、ヨゼルドから告げられた内容がそれだった。――の前に、気になる事が。

「何か、いつもと違ういい匂いがする気がする」

「団長、アロマの香りですね。私のハーブティーと同じで、組み合わせ次第で心のリラックスに繋がります。ハルが持っているキャンドルからでしょう」

 ソフィの指摘通り、ヨゼルドの隣で待機しているハルが綺麗な色のキャンドルを持っていた。

「……ハル君、もう大丈夫だ。私はもう忘れたぞ」

「本当ですか?」

「うむ。黒いドレス式の寝間着と、チラリと見えた胸の谷間などすっかり忘れて熱っ!?」

 ハルがキャンドルをヨゼルドに接近させた。良い子は真似してはいけない。――何があったんだあの二人は。

「ハル、何があったのか知りませんけどそれでは話が進みませんわ。いっそのことやるなら今全部やってしまって」

「パパのピンチなんだからエカテリス止めて!?」

 と、エカテリスの宥めによりハルがキャンドルの火を消し、移動してライト達と一緒に並んだ。――話をする体制が出来上がる。

「昨晩、ヴァネッサと話をして決定した。ハインハウルス国は、今回のこの事態を大きく受け止め、全面的な対処に乗り出す」

「!」

 ヴァネッサ。王妃にて軍最高責任者。現在城を離れ最前線にいるその彼女とわざわざ昨晩緊急で話をするレベルと考えると、本気も本気、優先度の非常に高い任務となるのだろう。

「あの様な形で我が国の施設を襲撃、被害者を出されたとなると、黙っているわけにはいかない。研究もそうだが、フリージア君はライト君の大切な幼馴染であると同時に、我が国にとっても重要な優秀な存在なのだ。その彼女を傷付けられて曖昧にするつもりなど毛頭ないということだ」

 部下や仲間を大切にするヨゼルドらしい言葉だった。

「無論現在相手は何者かもわからないし、規模も当然未知数。難しく、長い戦いになるかもしれん。状況に応じて前線の部隊も借りる事になるとは思うが、内陸部という事を考えると君達――ライト騎士団に主で動いて貰う事が多くなるかもしれん。それぞれ、覚悟をしておいて欲しい」

 未知の相手との戦い。規模も不明の為、今までの様な「ライト騎士団なら大丈夫」という保証は薄くなる。

「お父様、決戦は三日後というのは」

「それに関してはニロフに説明して貰おう。――ニロフ」

「は」

 ニロフが数歩前に行き、振り返り全員を見る形となる。

「今回の敵は、我々が調べていたあの召喚技術が目的です。あの技術の奪取という可能性もゼロではありませぬが、可能性としては証拠隠滅の方が高いでしょう。つまり、こちらがもう一度あの召喚を調べている事を匂わせれば」

「エサにつられてホイホイやってくる可能性がある、と。いや寧ろ、絶対来るねこの感じだと。あれだけの事をやらかしておいて、次に何もして来ないはない」

 レナの意見は他の団員もほぼ同意見だった。――だが、

「ニロフ、言いたいことはわかるし、俺は魔法に関して疎いのでわからないだけかもしれないが、データ云々を全て無くして奴らに匂いわせる事が可能なのか?」

 というドライブの疑問も他の団員もほぼ同意見だった。

「その為に三日頂きました。三日間の間、我は研究所に出向き、ソーイ殿と共にあの召喚を再現してみせます」

 だがそれに対して、ニロフはそう力強く宣言した。

「我の記憶、ソーイ殿の記憶、それとあの研究所の技術全てを用いて、必ず再現してみせましょう。世界一を目指す魔導士の、ライト騎士団の団員の、勇者ライトの魔法の師の、大魔導士ガルゼフの使役者としての想いを賭けて」

 ニロフの誇りを全て賭けた想い。――その想いを信じない人間は、ここには居なかった。

「ニロフ。宜しく頼む」

 ライトが代表してそう告げると、ニロフも頷く。

「念の為にソフィ殿をお借りしたい。ソーイ殿の護衛に」

「ソフィ、行ける?」

「大丈夫です。お任せ下さい」

 こうしてニロフとソフィの先行移動も決定。

「三日というのは、引き伸ばせるギリギリの時間だ。あまり時間をかけてしまえば相手側に事実を疑われるし、この短い期間に再現したとなれば、相手側は動揺し、自分達のミスを疑うだろう。この三日の間に、君達には出来る限りの支度をして迎え撃って欲しい」

 ヨゼルドの補足が入る。確かにこれを半年、一年後にしてしまえば、向こうももっと万全な体制で仕掛けてくるかもしれない。相手に隙を与える為にも、相手の動揺を突く作戦だった。

「さてライト君。最後に君の意思だ」

 そしてヨゼルドは、ライトに向き合う。

「今までの任務が決して楽だとか危険が無かったとは言わんが、今回の任務――相手は、今までに比べて不確定要素があまりにも多過ぎる。今回ばかりは、演者勇者としての君の任務範囲外としても構わない。ライト騎士団を信用していないのではない。それでも、君が危険過ぎるからだ」

 ヨゼルドの目は真剣そのものだった。本気でその意見を告げ、ライトの身を案じているのだろう。

「フリージア君が目を覚ました時、君がいない。――そんなエンディングを迎えさせるつもりは私も毛頭ないのだ。君とフリージア君の事もある程度は聞いている。私としては、ここは退くのも間違いではないと思っている。そして……それでも参加したいというのなら、君の意見を汲もう。――だが」

 ビリッ。――強い威圧が、ライトに圧し掛かる。ヨゼルドの、威圧。

「中途半端な覚悟で、出向く事は許さん。曖昧な弱い気持ちのままで行くのなら、この城に監禁してしまった方がまだマシというもの」

 でもその威圧は、自分を想っての物だというのを、ライトは重々わかっている。――だから、威圧に負けず、真っ直ぐにヨゼルドを見る。

「行きます。行かせて下さい」

 そしてそう言い切った。そのまま数歩前に出て、今度はライトが団員全員を見渡す形となる。

「皆、色々心配と迷惑をかけた。俺がブレてるのはハッキリ言えば今回の事件とは関係なく、俺個人の話。ただでさえ弱い俺が、余計に足を引っ張ってる。本当に申し訳ない」

 そして、ゆっくりと全員に向かって頭を下げた。――「そんな事は思っていない」、それは仲間共通の答えだったが、今話を遮るのは違うと思い、ただライトの次の言葉を待つ。

「それでも俺は、皆と一緒に立っていられる存在でありたい。隣では戦えない、守って貰う立場だ。そんなのは承知してる。でも、演者勇者としてではなく、騎士団団長としてでもなく、ただ仲間として、皆の仲間として、一緒に立っていたいんだ」

 隣に立つに相応しいという事。近くにいるのに相応しいという事。物理的な強さじゃなく、存在として相応しくある事。――あの頃あの時、目指せなかった物。諦めてしまった事。

「今までも目指してきたつもりではあった。でも改めて、こうして皆の前で宣言したい。――その為に、俺は努力する。精一杯、頑張っていくつもりだ。それを見届けていって欲しい。そして相応しくないと感じたら、遠慮なく言って欲しい。それが、仲間であるっていう事だと、俺は思うから」

 ごめんなジア。どうしてあの日、俺はこの事をお前に言えなかったんだろう。その後悔で一杯だよ。俺が決める事じゃなかったんだ。

 だから俺はもう、同じ過ちを繰り返さない。それが例え、お前に恨まれる結果だったとしても。今、こうして俺を信じて一緒に居てくれた人達の為に、俺は前を向くよ。

「……それは、私達とて同じ事ですわ、ライト」

 そのライトの言葉に、代表する様に返事を始めたのはエカテリスだった。

「戦えるから私達の方が偉い。強いから私達の方が偉い。――私達は、そういう関係じゃないでしょう? それは私と貴方、最初に仲間になるって決めたあの日から、決まっていた事ですわ。助け合い支え合い、私達は一緒に立つのです」

 ライトの目に、再びいつもの力強さが戻っている。――戻ってくると信じていた。だから大丈夫だと、誰もがその目で語っていた。

「マスター、号令をお願い」

 ネレイザの促し。ライトはもう一度全員の顔を見渡し、

「皆、頑張ろう。決戦は三日後だ。――俺達は、全員で、勝つ!」

 そう力強く宣言するのであった。



 そして三日後の深夜。ハインハウルス魔術研究所の外壁付近。

「ねえタック君、本当に反応があったの?」

「はい、間違いないです」

「それってヤバくない? ヤバいよね? えっ、どうしよう」

「だからこうしてもう一度足を運んでるんでしょう」

 本当にヤバいと思ってるんだろうかと日々疑問に思うタックである。

「実際まだ何か取りこぼしがあったなら回収しないと、何言われるかわかりませんからね。真面目にやって下さいよ」

「いつも真面目にやってるじゃん! 任せて! それに私とタック君なら大丈夫よ!」

 というわけで、再びこうして足を運んで来たデジフとタックであった。タックはフリージアとの戦闘の傷が完全回復とは言えないのだがデジフ一人に行かせるわけにはいかないし、何よりこのまま黙っていたら「上」に何を言われ何をされてしまうか。それを考えたら体に鞭打ってでも動くしかなかったのだ。――建物が近づく。

「? タック君、その鞄は何?」

「言ったでしょう、二回目の失敗なんてしたら本当に立場無くなるんです。だから、色々準備してきたんですよ。デジフさんは何かしてきました?」

「お腹一杯食べてきたから大丈夫!」

「……聞いた自分が馬鹿でしたよ」

 本当に何でこの人といつでも組まされるんだろう、どうにかして欲しい……と、思った矢先だった。

「侵入者はお前達二人だけか」

「!?」

 現れる人影。長身で背中に薙刀を背負うその男は、ゆっくりと二人の前に距離を置いて立ちはだかる。

「うわ、イケメン! 格好いい、嘘みたい!」

「あのですね」

「大丈夫よ、タック君の方が素敵だから!」

 そういう事を言いたいんじゃない。――そう思いつつも、タックはその男を見る。独特の雰囲気を漂わせるその様子、研究員とは思えない。一度襲撃されたから傭兵でも雇ったか。

「一応我が長からの伝言だ。投降するならそれ相応の持て成しをする」

「それを言われて簡単に投降する位ならこんな風に足を運んだりしませんよ。それに悪いですけど、あんた一人に負ける程――」

「なら二人なら投降してくれるのか?」

 パシュゥン!――何処からともなく鋭く飛んでくる魔法波動。細く、でも高威力で精密であり、

「デジフさん!?」

 ズバン!――デジフのおでこに直撃、デジフが吹き飛ばされる。……だが、

「痛ーい! びっくりした!」

「!?」

 デジフは吹き飛ばされた先でそう言いながら立ち上がり、直ぐにタックと合流する。

(サラフォンの狙撃は完璧だった……それをあの程度で立ち上がるだと……成程、一筋縄ではなさそうだ)

 男――ドライブは薙刀を取り、身構える。一方で、

(他にも人を揃えてる……? ここで手間取るわけにはいかない……)

 タックは警戒を強める。時間をここで喰えば喰う程、作戦は失敗に近付く。――結論は、直ぐに出た。

「デジフさん、突破しますよ!」

「うん!」

 タック、鞄から掌サイズの球体を三つ取り出し、地面に投げつける。バァン、という軽い爆発と共に、

「グルゥゥゥゥ……」

 大型モンスターが三体、ドライブを取り囲むように出現した。簡易型の召喚道具だった様子。だが仕組みはシンプルでも出現したモンスターは強力。それをドライブは肌で直ぐに感じ取った。

「ふうううううん!」

「!?」

 そしてデジフは入り口に向かって突貫。タックもその後に続き、強引に建物内へと突入する。サラフォンがもう一度狙撃するがその突貫の勢いに弾かれ、ドライブもモンスターに囲まれて追う事が出来ない。――結果、取り逃がしてしまう。

『ドライブさん! ごめんなさい、あんなに防御力が高いなんて……』

 魔法による通信で、サラフォンの声がドライブの耳に届く。

「大丈夫だ、そのままフォローを頼む。――これも「作戦通り」だ」

 そう、この取り逃がされるのも作戦であるとは知らずに、タックとデジフは突き進むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る